第四話 生誕の儀②
あっさり生誕の儀が終わる…。
「おはようニノン、朝よ~」
フリーダの声に目覚めるが目が開かない。
まどろみに身を任せたい、でも起きないと。
「むにゅ~…」
だらけた思考でふにゃふにゃと言葉にならない言葉を口にして布団の中でうごめく。
うつぶせのままお尻を突き上げた芋虫のようになって2度寝をしようとしたところで、ポンとお尻に一撃が加えられる。
さほど力が入ってない一撃に愛しさを感じる。
ベッドの下で寝ていたモモも大きくあくびをする。
眠い目をこすり開くと見知らぬ部屋が目に入る。
「ここ、どこ…?」
室内を見回し戸惑う。が、すぐに宿に泊まったことを思い出す。
もぞもぞと眠気の残る体を起こしベッドの上にアヒル座りで呆ける。
「ニノンはご飯にいかないのかなぁ?」
いたずらっぽく微笑んだフリーダの言葉に即座に反応する。
「ごはん!」
先程までの緩慢な動きが吹っ飛びテキパキと着替えをこなす。
先日の夢の一件以来、食に対して並々ならぬ行動力を発揮し始めたニノンに戸惑うもその愛らしさに頬が緩む。
階段を連れ立って下りる。
ふわりと漂う香りは朝食のスープの香りだろう。
食堂に近づくにつれて既に食事中の人々のざわめきが聞こえてくる。その中にはいくつか子供の声も聞こえた。
食堂は数組の家族でにぎわっている。
どの家庭にも5歳くらいの子供がいることから、今日の“生誕の儀”を受けに来たのがうかがえた。
その中の一つのテーブルに近づく。
先に降りてきていたウォートとエクトルが飲み物だけを口にして待っていた。
「おはようニノン」
「やっと来たな寝坊助」
「おとうさん、じーちゃん、おはよぅ」
笑顔で挨拶を交わし席に着く。
ニノンの脇に控えるようにお座りをするモモ。
ウォートの存在を知る数名の客がチラチラと視線を送ってきているが、当の本人は慣れた風に平然としていた。
何人かはニノンの脇にいるモモのフワフワした尻尾の方に気を取られていた。
「おはよう、夕べはゆっくりと休めたかい?」
注文を取りに来た女将さんが愛想よく話しかけてくる。
「おはよう女将さん、昔と変わらずゆっくりできたよ」
満足げに挨拶を返すエクトル。
「さて、今朝のメニューだけど、パンとほうれん草の温サラダ、目玉焼きが基本メニューでオーク肉を使ったトマト風味のスープと鳥肉と豆のスープのどちらかを選んどくれ」
そういうとフリーダとニノンの前に水の入ったコップを置いた。
「オレはしっかり食いたいからオーク肉のスープを頼む。ニノンはどっちにする?」
「おーくのおにくのすーぷ!」
エクトルに聞かれたニノンは、迷うことなく答えた。
「わしはあっさりと鳥肉のスープじゃな」
「わたしもそれで」
ウォートとフリーダは揃って鶏肉のスープを選ぶ。
「はいよ」
笑顔で下がる女将を見送る。
厨房へ入った女将がとった注文を復唱する大きな声が響いてくる。
「元気そうで何よりだな」
健在な女将の様子に安心した笑顔のエクトルに、
「そうね」
と、同意するフリーダも微笑む。
程なく大人の手でも余るような大きなコッペパンを4つ入れたバスケットと、オイルと塩と乾燥ハーブで作ったドレッシングの小瓶を持って女将がくる。
それらをテーブルに置くと、
「パンのおかわりは2つまで、サラダはここの所野菜が高くなっててね、おかわりなしで勘弁しとくれよ」
申し分けなさそうに笑って引っ込むと続いてスープと目玉焼きを運んできた。
「あんたはこっちね」
そういうとモモの前にほぐした鶏肉と野菜の乗った皿を出す。
きゅ~ん、嬉しそうにモモがのどを鳴らす。
ありがとう、エクトルの言葉に笑って頷きさがる女将。
「さあ食べようか」
各々が食事を始める。
そして、さっそくやらかす。
大きなパンを半分にちぎり、ちぎった片割れに切れ目を入れるように割く。そこの切れ目に温サラダを挟み、スープで軟らかく煮こまれたオークの肉をフォークで取り出すと挟んだサラダの間に詰め込む。そこへ少しドレッシングを垂らして簡単コッペパンサンドイッチを作る。
それを大きなお口で頬張った。
「おいしー」
満面の笑みで声を上げるニノン。
「お、うまそうだなそれ」
そう言ったエクトルはパンを半分にせず、そのまま切れ目を入れてサンドイッチを作ると噛り付く。
「おかあさん、あれ食べたい」
ニノンの声に気付きサンドイッチを見た隣のテーブルの子が母親にねだる。
連鎖するように別のテーブルでも次々と親にねだる子が続出し、食堂内がざわめきに包まれた。
この世界にも焼いた肉をパンではさんで食べる事はある。しかし、それは冒険者たちがゆっくり食事をとる暇がないときにやるやり方であり、一般にはあまり知られてなかった。
ましてや、野菜と煮込んだ肉を挟みドレッシングで味を調整するといった手間をかけたサンドイッチなど知らなかったためこの騒ぎになったのである。
ざわめきに驚き厨房から出てきた女将と親父が店内を見回す。
すると、見慣れぬものを食べているニノンとエクトルが目につく。
親父が足早にテーブルへ向かい女将が続いた。
「坊主、それうまそうだな」
着くなりそういった親父を満面の笑みで見たニノンは「うん」と大きくうなずいた。
「お前が作ってやったのか?」
同じようにサンドイッチを作って噛り付いていたエクトルに聞く。が、軽く首を振り否定される。
「息子がやったのをまねしたんだ」
チラリとニノンを見てエクトルはそう告げた。
「この子が?」
驚いて見る。そこには幸せそうにもぐもぐとサンドイッチを頬張ったニノンがいた。
まさか、この幼い子供がこのように手間をかけたことをするとは思えないのは道理だろう。
「やり方をきいてもいいか?」
教えろと言わないあたりにレシピの重要さを知る料理人の誠実さが見える。そして、料理人の矜持より好奇心が勝るあたり、この親父も十分料理バカの類である。
「いいよぉ」
あっさり作り方を教えるニノンに驚くも、さっそくとばかりに親父が厨房に消えた。
その姿を見送った女将が、自分の旦那の相変わらずの料理バカ具合に苦笑いを浮かべた。
その後、丁寧にお礼を述べられレシピの料金代わりにと、今後の宿泊費を無料にするという女将からの提案を断りひと悶着あった。
結果的に、もし今後人気が出て定番料理として利益が見込めそうならその時相談しようということにまとまる。
部屋で食休み後着替えて身なりを整える。
ウォートとフリーダは魔法使いらしくローブを纏い、エクトルは剣士の服に上着を羽織る。
毛を梳かされたモモはひと際毛艶もよくなりフサフサになる。
ニノンも余所行きの服を着せられた。
教会からの指示に従い馬車での乗り入れは控え、途中までは町中を走る乗合馬車で行き、そこからは徒歩だ。
大きいとはいえ国全体から見れば辺境の小都市である。教会も相応の規模であり、何台もの馬車をとどめられる敷地など持てないのである。
宿のある商業区を抜けるときは道中の食料品店や屋台に寄りたがるニノンを抑えるのに苦労する。
しばらく行くと職人街を抜け一般居住区に入る。
その先には特別区、いわゆる高級住宅街があり、教会は一般居住区と特別区の境にあった。
少し手前で乗合馬車を降りて教会の入り口をくぐり前庭に入る。
春先の新緑の木々と色とりどりの花が咲く花壇の中を進むと建物が見えてきた。
その建物は全体にメリハリがない、3階建て相当の高さの大きな建屋の中央が六角形のドーム状に膨らみその奥に一段高い塔と尖った屋根の先端には主神、ユピテルの象徴を象ったものが飾られているが、全体的に質素な外観をしている。
大人二人分はあろうかという巨大な扉をくぐると中は縦長で中央が少し膨らんだ広大な空間が広がっていた。
全体に白基調の壁と柱で構成され2階部分の壁は巨大な窓が奥まで続いている。壁や柱は細かく描かれた模様と彫刻で飾られている。
入口から奥へ、一階部分は淡い紫色が使われており、その上の二階部分には淡い青色が使われている。
中央のホール部分には長椅子が並べられており、その先に教卓がありその奥には一段高い土台の上に豪華な台座が乗り、そこへ主神ユピテルの像が鎮座している。
教卓と主神象の周辺は淡い赤と金で飾りつけられている。全体に豪勢な造りに見えるが色使いと窓からの光によって嫌味がなく、静謐で神聖な空気を作り出し、質素な外見とは対照的に絢爛な様相を呈していた。
既に入場している人々が雑談をする間を抜けて適当な位置に陣取る。
ここでもウォートは注目を集めたがどこ吹く風で平然としていた。
そうして暫くは家族で歓談したり、教会内を観察したりしていると参加者が集まり切ったのか、入り口のドアが閉じられた。
静寂に包まれると教卓の奥、左右にあるドアから助祭四名を従えた司祭が現れる。
教卓の左右に二人づつ並び司祭が卓に立つ。
「皆さんおはようございます。皆さんの御子が今日この日を迎えられることは大変喜ばしく思います」
と、前口上を述べた後“生誕の儀”の開始を宣言した。
開始のあいさつに続き“生誕の儀”の始まりと経緯、歴史などを織り交ぜた祝辞を読み上げ始める。
内容を要約すると、昔、まだ世界が不安定だった時代。生まれた子供が順調に育つことが難しく、5歳を迎えられる子供の生存率がとても低かった時代に端を発し、これを祝い感謝をささげる事でその先の健やかな成長を祈願した。そんな意味だった。
抑揚をつけて歌うように朗々と読み上げる声は教会内に響き渡る。
神聖な空気を感じたニノンは夢で見た、あの白い空間に似ているな。などと思いつつ聞いていた。
集まった子の中には朗々と祝辞を読み上げるゆったりしたリズムに眠気を誘われ、コックリコックリ舟をこぐかわいい姿が見受けられるのは毎年のご愛敬だ。
祝辞が終わると感謝の祈りを捧げた。
最後に子供たちが順番に司祭のもとを訪れ、額に聖水をチョンと塗られてこの先の健やかな成長を祈願されて終わりとなった。
帰り際に特殊な術を施された羊皮紙をもらう。
それは、子供の血を垂らすとその子の特技や才能が幾つあり、どんなものか知ることができるものだった。
渡された際、必ず家族以外のものがいない場所で使うこと、その内容を他人に公開しないこと、高位の人物に強要されても聞く必要がないことを厳重に言い渡された。
助祭が言うには、昔は教会で行っていたが他人の才能を知ることで差別がおこり、そうしたことが重なるうちに“生誕の儀”そのものが行う意味を失いかけ、才能の公開に関しての法律を作り現在の形に至ったそうだ。
もちろん、ウォート、エクトル、フリーダはそのことを知っているが、今だ年数件問題が起こるらしく注意喚起しているらしい。
ちなみにこの法律で、高位のものが強要した場合の罰は重く、より高位になるほど重罪化していき、対象が貴族だった場合は死罪が確定しており、家督も没収される。
朝から始まった“生誕の儀”がすべて終わったのは昼少し前だった。
一度宿に戻り軽く挨拶を交わす。
検討した結果その日帰ると到着が夜中になることからもう一泊して、翌日帰路についた。
読んでいただきありがとうございます。
徐々にお話が進行してますが旅立ちにはもう数話かかります。
お付き合いよろしくお願いします。
色々つたない点があるとは思いますが、温かい目でお読みください。
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