第三話 生誕の儀①
旅立ち前に数話、ニノンの生い立ちのお話があります。
夢を見た。
“生誕の儀”を明日に控えた、前夜のこと。
見知らぬ男の目を通して見た風景。
乳白色に輝く空間にキラキラ光る珠の天の川が広がる、幻想的な凛とした神聖な空気感。えも言われぬ風景だった。
同時に恐怖した。
男は聞いたことのない言語を話していた、しかし何を話しているのか理解できた。
男を通して様々な知識や情報が流れ込んでくる。
怖い。
だが、その知識の大部分を占めるとある情報に心ひかれた。
料理だ。
その男は料理人だった。
愚直なほどまじめ、料理バカと呼ばれるほどに。
洋食店で修行に明け暮れ、師から認められると郊外にささやかな店を構えた。
店が人気を得るのにそう時間はかからなかった。
それでも男は料理を追求した。
洋食に限らず様々な料理を食べ歩いた。食材の育成や必要な環境なども調べ、実際に農家へ見学に行ったりもした。インターネットでも世界の料理について勉強した。
幼いニノンにはそんなことは理解できない。
そんな事よりも、見たことのない料理が気になる。
トロリとした濃厚なデミグラスソースをかけ、ナイフを突き立てると中から肉汁が染み出すハンバーグという食べ物。
キャベツの葉で肉を包み、コンソメスープで煮込む。琥珀に輝くスープに浸るロールキャベツに、ひき肉たっぷりのトマトソースが絡んだミートソーススパゲティ。
クリームに包まれ色とりどりのフルーツで飾られたケーキに、黄色くフルフルと揺れ艶めくプリン、餡子やゴマ、飴色に輝くみたらしをかけたお団子に、フルーツやクリームでトッピングして飾られたアイスといったスイーツと呼ばれる甘味。
キャベツやトマトといったこの世界でも共通の食材の名前だけは、ニノンにも理解できた。
どれもこれも知らない料理だが、それらを食べた味の記憶に陶然となる。
そこで目が覚めた。
恐怖、興奮、ワクワクとした気持ちに胸が高鳴った。
薄目を開けて見回す、薄暗い室内にひんやりとした空気が漂う。春とはいえ日が落ちた夕闇はまだ肌寒さがある。
布団のぬくもりがうれしい。
気付かぬうちに胸の高鳴りは落ち着き再び眠りに落ちていた。
コツコツ、と窓を叩く音で目が覚める。
寝ぼけ眼でもぞもぞとうごめくニノン。
目を開くとカーテンの隙間から日差しが差し込み明るくなっていた。
眠気の残る体をフラフラ起こし、そっとカーテンを持ち上げ覗いてみる。
驚いた小鳥が慌てて飛び立つ。
「あ、とりさぁん…」
思わず声を掛けるが鳥はすでに見えない距離に遠ざかっていた。
少し寂しげな目で飛び去った方を見送る。
カチリ、とドアノブが鳴りドアが開いた。
「ニノン、おはよう。一人で起きれてえらいねぇ」
優しく微笑むフリーダと使い魔のモモがドアを開け入ってくる。
「おかぁさん」
ベッドから滑り降りると小走りに駆け寄り足にしがみついて甘えるように顔を見上げる。
脇に控えたモモがちょこんとお座りした。
「どうしたのニノン」
何か言いたげな様子のニノンの肩に軽く触れると、しゃがんで目線を合わせ問い掛けた。
もじもじと言いよどみ、もにょもにょ何か言ってるが聞き取れない。
「どうしたの?」
やさしく微笑みかけられ思い切って顔を上げる。
「あのね、はんばーぐがたべたいの!」
「はんばーぐ?」
可愛らしいお願いながら、聞きなれない単語に思わず聞き返してしまう。
食べたいと言っているから食べ物であろうことは思い至る。
「ハンバーグ!すごくおいしかったの!」
「おいしかった…?どこかで食べたの!?」
食べたことがあるような言い方に思わず動揺が走る。
グッと堪えて微笑んだ。
「ううん、ニノンはたべてないの。おじちゃんがたべてたの!おいしかったの!」
「おじちゃん!?」
そこからが大変だった。
思わず声を荒げたフリーダに驚き大泣きするニノン。
答えられる状況ではなくなり泣き止むまであやした。狼狽えつつも涙をなめとるモモ。
しゃくりあげながら答えるニノンの言動は要領を得ず、内容もフリーダの理解を超えていた。
考えたい事は山ほどあるが時間がないので脇に追いやる。
何しろ今日は、“生誕の儀”を受けるため教会のある大きな町に移動しなくてはならないからだ。
ニノンを慰めつつ話を切り上げ朝食をとった。
その席でエクトルに軽く相談をするも答えを見出せず、慌ただしく準備を整えるとウォートの持つ馬車で街に向かった。
誕生からここまで、何事もなく順調にきた育児に初めて不安の陰が差した。
道中、今朝の出来事をウォートに相談した。
う~ん、と唸り髭をなでつけ深く考えた末に、ニノンを気遣いながら夢の話を掘り下げて聞いてみる。
その結果ウォートが出した答えの内容は驚くべきものだった。
曰く、その夢は前世の記憶かそれに類するものだろうと。
話の内容から前世の男の自我は残っておらず、ニノンには何も影響はないという結論に至る。
その上で、何かしら能力を受け継いでいるだろう事は推測できる。
十中八九食べ物に関するだろう、ということだった。
ホッとするエクトルとフリーダ。とはいえ何があるかわからない。
注意深く様子を見ることで3人は同意した。
そんな両親の心配をよそに、足をパタパタさせながらモモと並んで膝立ち、窓外の初めて見る風景の流れにニノンは心躍らせていた。
途中、何事もなく順調に進んだ一行は予定通り日が傾く前に街に到着する。
緊張の面持ちで身元を確認する門番を不思議そうに見るニノン。
世界に数人しか存在しない賢者もニノンにとってはただのおじいちゃんである。
門兵の尊敬のまなざしに見送られて街に入る。
石畳で整備されきれいに区画分けされた道に石造と木造の建物がバランスよく立ち並ぶ街並み。
街路樹が冷たさを感じさせる風景に彩を添える。
道行く街の人々に商人、武装した冒険者は活気にあふれている。
人口三千人、ニノンの住む村の5倍近い規模だ。
にもかかわらず、外壁は村の方が堅牢に思えた。
原因は、賢者である祖父のウォート。
エクトルとフリーダが結婚し、移り住む際についてきたウォートが、村の貧弱な柵に不満を覚えて勝手に作り変えてしまったのだ。
その結果、厚みや高さはそれなりであるが、六百人程度の村なのにも関わらず、その構造は王都の外壁に匹敵するものになってしまっていた。
そんな事は知らないニノン、初めて見る大きな町の風景に興奮し目を輝かせている。
何もかもが目新しく新鮮だ。
中でもひと際目を引いたのは、やはり食材を扱う店や食べ物屋だった。
好奇心を掻き立てられたニノンは頬を上気させ、興奮気味に矢継ぎ早に質問を浴びせていく。
そんなニノンを微笑ましく見守り、質問にも丁寧に答えながら馬車は進んでいき宿へと至る。
エクトルとフリーダが冒険者時代に利用したことがある宿。
名を寛ぎの我が家亭。
清潔で程よく必要な設備が整っており、その割に安価。
料理を担当する親父が癖のある頑固者だが腕は良い。
女将がほんわかと柔らかい接客をするため、居心地のよい雰囲気を醸し出している。
そんな所が気に入っており、事前に予約していたのだ。
久しぶりにもかかわらず気持ちよく迎え入れてもらい、元気に宿を営んできた夫婦と旧交を温めながら翌日の“生誕の儀”を迎える。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿作品となります。
色々つたない点があるとは思いますが、温かい目でお読みください。
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