第二話 不思議な夢と誕生
ニノンが“生誕の儀”の前に見た夢の部分のお話です。
ふっと、意識が持ち上がる。
目覚める前のふわふわとしたまどろみを感じつつ、しかし、目を開けることなくそれを楽しむ。
『気持ちいいな…』
眠気に負け2度寝に入りそうになる意識を引き寄せる、しかし、目が覚めないようにまどろみを保つ。
そのまま意識を耳に傾ける、するとチリーン…カリーン…と、金属を叩いたような、それでいてガラスっぽい澄んだ透明感のある音がそこかしこから聞こえてくる。
『なんだ…?』
そう思いつつハタと気が付いた。布団の柔らかな感触と温かさが感じられないことに。その内、自分の体の感覚すらないことにも気付き一気に目が覚める。不安なのでうっすらと目を開き、周囲の状況が目に入ってくると安心したようにつぶやいた。
「ああ、夢か…」
そうひとりごちた男がゆっくりと周囲を見回す。見渡す限り果てのない乳白色に輝く空間。そこは凛とした、どこか神聖な空気をも感じさせる不思議な感触の場所。頭上を埋め尽くす無数の珠は、天の川のごとく連なり幻想的な雰囲気を感じさせた。
その珠は、よく見ると中心に色とりどりの光の粒子を抱えキラキラとした光を放っている。
「夢…、じゃないな」
先程から感じているリアルな感覚と、肉体がなく、先刻から辺りにあふれている珠と同じく自分も一個の珠として不思議空間に浮かんでる事に気付いた。
「え?オレも珠!?」
唖然として思わず言葉が漏れた。
「何でここにいるんだ?え…死んだ?なんも思い出せん…」
名前も、自分個人の情報も何も思い出せない。死んだかどうか、その原因も。なぜここにいるのか、そして手足の感覚がない、というか、体そのものがない!?。大混乱で呆然とした。
「さて、どうしたものか」
しばし呆然とした時間を過ごすと、少し落ち着きを取り戻す。とはいうもののできることは少なく、どうしようもない時は過ぎていく。
そもそもこの珠はいったい何だろう?。そして、なぜオレはここにいるんだ?。思案を巡らせつつも見るとはなしに近くの珠に目をやる。
パッと見は普通のビー玉のように見えるがこの空間にあって宙に浮いている以上そんなことはあり得ない。
そうして観察するうちにそこから感じられたのは、才能や特技と言われているものの塊。そういう認識が自分の意識に流れ込んでくる。そう、この広大な空間に浮かんでいたのは、ありとあらゆる才能の種だった。
「え、才能?…そうか、それで何も覚えてないのにレシピや料理法、食材なんかの知識だけは自覚できてるのか」
料理を作る自身の姿が朧げに脳裏に写る。
その姿が本当に自分なのか、確信が持てないほどに希薄な記憶だった。
その時、目の前を掠める様に一個の珠が落下していく。
途中2つの珠を巻き込み、淡い光をまきつつそのまま一体化して勢いを増しながら広い空間の彼方へ溶け込むように見えなくなる。
何とか気を落ち着けようと他方へ目を向けると、そこには、同じく流れ星のように落下して行く珠たちが目に入ってきた。それらの珠も、2~3コの珠を巻き込み一体化しては落ちて行く。
多くてもせいぜい4~5コというところだが、自分が見ているうちにそれだけの数を巻き込んでいったのは数個だった。
「あいつは多才だな」
なんとなく一体化していくのは、いくつか才能が固まっているんだということがわかる。
そして、この空間にいるうちにわかった事は、ここは新たな生を受けるものたちの素質などが一時的にとどまり、時が来ると降り注ぐことで生まれてゆく。そんな場所だということ。
しかし、自分のように自我があるように感じる存在は、少なくとも目に映る範囲で自分以外感じ取れなかった。
『なんでオレは自我があるんだろう…』
そんなことを考えていると、下から引っ張られるような感覚に襲われ、落下が始まる。
「うお!急にかよ。」
思わず毒づき行く先を見ると、やはり別の珠に迫っていく自分。
カチリと音がしてぶつかるが衝撃は感じず内包した光の粒子を取り込み一体化してゆく。別の力が流れ込んでくるような不思議な感覚に襲われるが嫌な感じはしない。そして、意識が少しだけ薄れる感じがした。
『ああ、こうやって人は生まれていくのか』
変に納得する中、4つの珠にぶつかりながら一体化してゆく。
最初に当たったのは魔眼(鑑定)という才能だった。
『お、いいね』
まだ意識が残っていた男はそう思った。
二つめが“適応力”で三つ目が“魔法の素養”だった。
『適応力?ってなんだ…、魔法の素養って、魔法って存在するんだ…』
遠ざかる意識の中でそんなことをぼんやり思う。
四つ目は“……の友”。わずかに残った意識で認識できたのはそこまでだった。
最後の珠に当たった瞬間、わずかに残った自我が消え去る。その刹那に強く光り輝き、5つ目の才能として完全に一体化すると、空間の彼方へ飛び去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日、辺境の険しい山々の麓にある村に住む元冒険者の夫婦に、元気な男の子が生まれた。
夫婦にとっては待望の子であり、祖父にとっても初孫であった。元気な産声が響くと皆が目を細め、ささやかな幸せに浸る。
「元気な子じゃな、おめでとうエクトル」
傍らでそわそわと落ち着きない様子でうろついていたが、産声を聞いたとたんに身動き一つせず固まっている、たった今父親になったばかりのエクトルにウォートが声をかけた。
「ああ…、ありがとう」
嬉しさに震え、声にならない返答を返したエクトルを促し室内に入る。
そこには産後の処置を終えるも、まだ汗をかき頬に髪を張り付け、疲れを感じさせつつも満面の笑顔で母親の表情を見せるフリーダが赤ん坊を胸に抱き初乳を与えていた。その傍には、産後のかたずけを終えフリーダの面倒を見る産婆のボニーばあさんがいた。
「フリーダ、お疲れさん!あとボニーばあさんもありがとな!」
フリーダの顔を見て我に返り、気合が入ったエクトルが二人を労う。
「しかしなんじゃな、赤子とはここまで必死になって乳を飲むもんだったかのう」
フリーダの乳にしがみついている赤ん坊。その姿が必死に見えてウォートが微笑みを浮かべつつも不思議そうにつぶやいた。
「フフ…、違うわよお父さん、この子おっぱいを口に含んだとたんに、とっても幸せそうな笑顔になったんだから」
すっかり母親の顔になったフリーダもとても幸せそうに眼を細め微笑みかけるように赤ん坊を見つめる。
その子はニノンと名付けられた。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿作品となります。
色々つたない点があるとは思いますが、温かい目でお読みください。
評価や感想などいただけたら励みになりますのでよろしくお願いいたします。