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招かれざる訪問者



 侍女長を中心に、侍女たちの熱意が後宮全体を熱くした。


 デヴォンが突然距離を縮めてきて、シェルビーにキスをしたのを知った周囲の人間は大いにはしゃいだ。10人目の側室が駄目だったら、次にどうするのかもう手がないとまで言われていたのだから、当然と言えば当然なのだけど。


 デヴォンが訪れてから、1日経ち、2日経ち……10日経つと流石に盛り上がっていた周囲も冷静になってくる。同時にどんよりと落ち込むのだから、シェルビーは苦笑した。


「そう落ち込まなくても、前と違ってこうして今は手紙をもらっているのだから」

「そうですわ……そうですわね!」


 侍女長ははっとして、気持ちを奮い立てた。デヴォンからの手紙は簡単であるが、あの日、押しかけてきた元側室の対応についてごたごたしているらしい。


 色々聞きたいこともあったが、シェルビーは何も聞かないことにした。手紙には説明らしきものもほとんどなく、聞いてほしくないのだなと感じ取ったことと、側室としての役割を全く果たしていないのに変に口を出すのもおかしいからだ。


 それでもモヤモヤしてしまうのは、直前にデヴォンと優しい時間を持ってしまったからなのだろう。これが前のように放置状態で起きたのなら、さほど気にならなかったに違いない。


 気持ちを振り切るようにシェルビーは立ち上がった。


「庭に散歩に行くわね」

「外にお茶を用意いたしましょうか?」


 侍女長は普段シェルビーが外で過ごしていることを知っていて尋ねた。シェルビーもできればルビーと会いたかったので、素直に頷いた。


「そうね、では用意してもらえるかしら?」


 ゆっくりと庭を散策し、ルビーの姿を探す。だいたい同じ場所にいるのだが、デヴォンと出会った後、ルビーとは一度も会えていなかった。毎日、お昼時には外にいるのだがそれでも姿を見せることはない。こんなにも長い時間、会えないことがなかったので少しだけ心配していた。蛇だけど、シェルビーにとってとても大切な存在だ。


「側室様、お茶の準備が整いました」


 侍女長が声を掛けてくる。顔をそちらに向ければ、いつものテーブルは美しい白のクロスが掛けられ、お茶と軽食の準備がされていた。


「ありがとう」


 礼を言って、席に座れば温かなお茶が用意される。穏やかな時間を一人で過ごしていると、少しだけ慌ただしく侍女がこちらにやってきた。その姿を見て、侍女長がわずかに眉をしかめる。焦っている様子が目に余ったのだろう。


「どうしたのです。騒々しい」


 侍女長が静かに怒りながら、注意をした。駆け寄ってきた侍女は青ざめながら、緊急事態だと告げる。


「今、後宮の方へお客様がいらしています」

「お客様?」


 この後宮にはお客が来たことはない。実家の方にも来るなと言ってあるし、手紙だけでやり取りをしていた。社交界でも積極的に行動していたわけではないので、付き合いのある人などほんの一握りだ。たとえ知り合いだったとしても、事前に連絡なく会いに来る人などいない。


「今日の面会予定はありませんよ。お断りしなさい」


 侍女長もシェルビーの予定を把握していたのか、すぐさま指示をする。侍女はその指示に非常に困ったような顔になった。


「それがコールター侯爵令嬢でして」

「誰?」


 名前を聞いても分からなくて、眉根を寄せた。侍女長はシェルビーの疑問によどみなく答える。


「元側室様でございます。先日こちらに押しかけてきた」

「……今、処遇について話し合っているのではなかったかしら? どうしてこちらに来たのかしら?」


 疑問は尽きることはなかったが、この場で答えを持っている人はいない。誰もが困惑の表情だ。侍女長も呆れたような何とも表情をしている。


「会う必要はございません。すぐに殿下に報告いたします」

「そう。では、断ってちょうだい」


 シェルビーは頷くと、断るように指示した。何も教えてもらえていないのに、厄介な人間と会うつもりはこれっぽっちもなかった。


 そう考えていたのだが。


 勝手知ったる後宮という事だろうか。

 護衛の隙をついて、コールター侯爵令嬢が庭へと入り込んできた。



******


 侍女長が招かれざる客の前にカップを置いた。


 庭での茶会になったのは、わざわざ自室に招待するつもりはないからだ。

 流石に立ちっぱなしにしておくのはまずかったのか、侍女長がもう一つ椅子を用意した。表情には全く感情は浮かんでいないが、淡々とした様子が怒っているように見えた。


 シェルビーは姿勢を正すと、コールター侯爵令嬢を真っすぐに見つめた。赤の混ざった金髪と強い眼差しが印象的な女性だった。高位貴族らしい矜持の高そうな雰囲気もある。こうして対峙するなど、面倒くさい相手だ。


 護衛を使って追い出すことも考えたが、そうしても騒ぐだけだと思いこうして話すことになった。もちろん護衛は5、6人周囲におり、侍女もそれなりの数がいる。二人しかいないのに、非常事態の様相だ。緊張感にシェルビーは気分が悪くなりそうだが、コールター侯爵令嬢は気にならないようだ。


「それで事前の申請もなく後宮まで押しかけてきて何か御用ですか?」


 努めて淡々とした口調で問えば、彼女は口元に嘲りの笑みを浮かべた。


「礼儀のなっていない側室ね。これではデヴォン様が可哀そうだわ」

「わかっていないのは貴女の方でしょう。先日の件でも今処分が検討されているにもかかわらず、同じことをするなど頭が弱いとしか言いようがありません」

「ふふ。デヴォン様がわたしを処分するわけないじゃない。貴女のような側室よりもわたしの方が彼にとって大切なのよ」


 意味が分からなくて、思わず侍女長を見てしまった。侍女長は何やら知っているようだが、無表情だ。一人で対応しなくてはいけないのかと、憂鬱になりながら口を開いた。


「大切だろうが何だろうがどうでもいいことです。現在の側室はわたし、コールター侯爵令嬢は元側室。そして一度でも後宮を出た女性が再び側室になることはないという現実のお話です。もし、愛人になるおつもりでしたら、殿下と直接お話しください。わたしの口を挟むところではありませんので」


 とりあえず、現状を言ってみた。コールター侯爵令嬢は怒りで顔を赤らめる。ぎゅっと握りしめられた手がわずかに震えた。


「愛人だろうが、デヴォン様の子供を産んだらわたしが王妃になるのよ」

「デヴォン様はそのつもりはないとおっしゃっていました」

「そんなはずないわ。わたしは彼にとって初恋なのよ」


 初恋?


 シェルビーは思わず固まった。意気揚々としている彼女をまじまじと見つめる。


「初恋?」

「そうよ。子供ができない理由が閨を共にしていないからだと聞いたわ。だったら初恋のわたしが側にいた方がいいじゃない」

「それではデヴォン様は侯爵令嬢とは閨を一緒にしたことがあるのですね?」

「いいえ」


 あり得ない答えを聞いて、固まった。だが、コールター侯爵令嬢はおかしなことを言っているつもりはないらしく、平然としている。


 初恋の相手で側室であったのに閨を共にしていない。

 それが何を指しているのか理解できなかった。


 気持ちを切り替えようとそっとため息をつくと、温くなったお茶を飲んだ。お茶を飲んだことで、少しずつ気持ちに平常心が戻ってくる。


「側室で閨を共にしていないのなら……貴女が初恋というのは思い込みでは?」

「失礼な女ね! わたしたちには強い繋がりがあるのよ」


 否定するように彼女は大きな声で喚いた。


「一つ聞いてもよろしいですか?」

「何よ」

「その……今でも独身でいるのはデヴォン様を愛しているからという事でしょうか?」

「当然じゃない」


 胸を張る彼女を見て、あり得なくはないのかと思い直した。二人の間に何があったかは想像もできないが、もし彼女への愛情が原因で()()になったとしたら、彼女が彼の元に戻ってくれることが復活の第一歩かもしれない。


 二人の関係を愛情で測るのなら、シェルビーにはまだちょっとした好意しか生まれていないし、デヴォンにしても気になる程度だろう。コールター侯爵令嬢はそこの弱いところを突こうとしている。


 これは不利かもしれない、と不安が頭をもたげたころ。


 乱暴な足音が響いた。そちらに顔を向ければ、息を切らしたデヴォンがいた。後ろから何人かの護衛がついてきている。全力で走ってきたといった感じだ。


 コールター侯爵令嬢は立ち上がると、嬉しそうにデヴォンに近づいた。馴れ馴れしい様子で彼の腕に手を伸ばす。


「まあ、デヴォン様。お待ちしておりましたわ。わたしに会いに来てくれたのね?」

「勘違いするな。私が会いに来たのは……守るために来たのはシェルビーだ」


 冷たい声音で突っぱねると、コールター侯爵令嬢の手を強く払った。


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