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あー、憂鬱。
どうせアンリエッタの誕生日会だといってもみんな影では<黒き白百合>だなんて言って馬鹿にしているもの。
待機している自室からお客様が何人かいらしているのがわかった。
当然、今日のパーティーには婚約者のシリウスもくる。
できれば婚約破棄したいが、さすがに祝いの席で婚約破棄なんて外聞が悪い。
それはプライドが許さないし、最悪不敬罪に問われかねない。
アンリエッタの我が儘からの婚約だったものね…。
我ながらなんて馬鹿なことをしたのだろう!
今さら後悔しても遅いのだが…。
ドレスのヒラヒラした袖をいじりながらもどかしい気持ちになる。
「お嬢様、そろそろ時間です」
ノック音がしてレティーシアがやって来た。
「分かったわ。でも、待って。横笛ってないかしら?」
「横笛…、でございますか?」
「えぇ!伝統的な横笛ですわ。ありましたよね?」
「ただいま持って参ります!」
レティーシアはすぐに取りに行った。
仕事が早くて感心、感心。
なぜ私が横笛を持ってくるように言ったのかというと、もちろん吹くためだ。
登場と同時に演奏をしようと思う。主役のインパクトもでるし、私がちょうど吹きたかったからだ。
今の時代、ピアノやバイオリンが淑女の嗜む楽器として主だ。アンリエッタ自身もバイオリンを嗜んでいる。
しかし、下手くそなのだ。まだ九歳なのだからそんなにうまくないのは当然なのだが…。
アンリエッタ自身は横笛を吹いたことがない。
が。アリアは違う。
アリアは後世にも残る横笛の名手として密かに知られている。
横笛を吹く感覚に思い出してから目覚めた。アンリエッタとして吹いたことはないが一発で吹けるという自信がある。
自分で言うのもなんだが、この時代の誰よりも上手い自信もある。演奏者自体が少ないことには大変残念だが。
(久しぶりに吹きたいな~、それで皆が驚く顔が見たいわ!)
「お嬢様ー!持って参りました!!」
レティーシアが息を切らして帰ってきた。
私はレティーシアから横笛を丁寧に受けとると、優雅にホールまで歩みをすすめた。
▪▪▪▪▪▪▪
Side ロイド
僕はスフィーリア王国第4王子のロイド・スフィーリアだ。
この国の第3王子シリウス・スフィーリアの双子の弟。
僕たち双子は正室の二人いる子供だから、どちらかがこの国の王になることが決まっている。
けれど、実質シリウスが王になるのだと決まっているようなものだった。
僕は昔から体が弱いために王には向いていないし、なによりシリウスの才能があまりにも秀でているからだ。
シリウスはピアノもできて、運動もできて勉強もできる。おまけに本来なら王座を巡って争いあうはずの僕にも優しくしてくれる。弟ながら惚れてしまいそうなぐらい、兄は凄いのだ。
僕も当然シリウスが王になるものと思っている。
そんな僕と兄シリウスは今日とある令嬢の誕生日パーティーに来ていた。
本来ならあまり出席することができないけれど、僕は最近体調がよくて今日のパーティーに出席することができた。
それに来たい、と前々から思っていたのだ。
少しワクワクしている。
なぜかって?
それは今日のパーティーが兄がよく話してくれる兄の婚約者、アンリエッタ・ユリエス嬢の誕生日パーティーだからだ。
兄はよくアンリエッタ嬢のことを小馬鹿にしたように話す。けれど、あんなに優しい兄が悪口を言うのがなんだか僕には嬉しかった。
大好きなシリウスから完璧じゃない、人間味を感じられるアンリエッタ嬢の愚痴はアンリエッタ嬢には悪いが僕はなんだか楽しくて好きだった。
兄は嫌悪していても僕からしてみれば少しだけ好感がもてた。
もちろん、本人に会ってその気持ちが変わることもあるだろう…。けれど、それならそれでシリウスに共感できるからいいのかもなんて思ってしまっている。
僕は変かなぁ…?変だよね。
だから、アンリエッタ嬢に会ってみたかった。学園に入学する前に。
アンリエッタ嬢がシリウスの婚約者として本当に相応しくないなら学園にいる間に婚約破棄させるつもりでもあるから。
好感はもてても、それとこれとは別。母上にもアンリエッタ嬢を見てこいって言われてるしね。
「兄上、<黒き白百合>どんなものか楽しみです」
「はぁ、そんなに面白くないぞ。我が儘の塊だよ、あんなの。」
馬車の中、これから訪ねる令嬢なのに彼女の悪口を言う婚約者とその弟。
「ふふっ、本当に楽しみです!兄上にそこまで言わせるとは」
「俺はたまにお前がわからないよ…」
そうして、ユリエス家に着く。
すでにたくさんのお客が来ていた。
どこにいるのもかなり位の高い貴族の子息や令嬢ばかりなので僕も知っている顔が多くて助かった。
まぁ、令嬢の目がギラギラしていて怖いのはちょっと困るけどね。
僕はこれでも一応王子だし、兄上の側室狙いか僕の婚約者狙いの令嬢はどこに行ってもいっぱいいるのだ。
さすがにアンリエッタ嬢の誕生日パーティーで兄上にアピールするほど馬鹿な令嬢は少ない。
よってその分僕に向かうのだった。
こうなるだろうな、って思っていたけど勘弁してほしいよね。僕、体弱いんだからさ!
適当に令嬢たちの相手をしていると、そこにピュッーと風が吹き抜けた気がした。
いや、音がしたのだ。上の方から。おそらくホールの二階からだろう。
なんだろう?皆が一斉に音のした方を、向く。
そこには白髪の少女がいた。
黄色い瞳が凛としている。
彼女は皆を見渡して、一礼すると手に持っていた横笛を構えた。
「ピュッー!~♪」
軽やかな、でも鋭い音が奏でられる。
なんて綺麗な音なんだ…。
「凄い…!!!!」
僕はいつの間にか夢中になっていて、そんな言葉がもれていた。
胸がドクドクしているのが分かる。
きっとこれは僕だけじゃないはずだ。
彼女は二曲ほど演奏を終えると、お辞儀をして微笑んだ。
(女神かな…?)
そう思えてしまうほどに美しかった。
だから僕は次に彼女が言ったことを理解するために五分ほどブリーズしてしまった。
「こんにちは、今日は私の誕生日パーティーにお越しくださりありがとうございます。アンリエッタ・ユリエスですわ」
だって、僕が女神だと思った令嬢が兄上が言っていた我が儘令嬢だとは思えないだろう?
(アンリエッタ、信者ができました。)
ロイド・スフィーリア
ブラコン、マザコン、女神崇拝、病弱を兼ね備える最強第3王子。(婚約者を作れない…
最近は体調がよくなってきているらしい。
アンリエッタ・ユリエス
勝手に女神認定された。
白髪で黄色い瞳。←これが白百合
つまり、<黒き白百合>は見た目綺麗なのに性格ブスと言っている。
アリア・スフィーリア
横笛得意だったよー。たぶん世界一!
無料コンサート開きました。(誕生日パーティー)