雨の愛は
ふたりぼっちになりたかった。
雨が降った日に産まれたから、あなたの名前は、雫なのよ。
そういって笑った母が逝った日も。
ガキ大将に、ブスだと苛められる私を、殴られながらも守ってくれた時も。
成長と共に、一緒にいられる時間が減り、別々の学校へ進むことが決まった春も。
ずっと、ずっと、つなぐ手を離されないよう、必死にしがみつく私の願いは、一つだけで。
空に太陽が在るように。
月には、星が寄り添うように。
雨の名前を持つ私と、太陽の名前を体現するあなたは、名前からいったら、一緒にはいられないかもしれないけど。
それでも、違う存在でも、一緒に居られたら。
そんな気持ちで四季がめぐる度、名前の通り、光り輝くあなたが羨ましくて、妬ましくて、釣り合わない自分が、惨めで。
私の名前の通り雨が降ると、雨だとサッカーできねーや、とぼやきながらも、あなたが一緒にいてくれるから。
雨を願ってきた。
織姫と彦星のように、年に一回は寂しすぎるから。
一年に一度しか会えない恋人同士には悪いけど、七夕も、ハロウィーンも、クリスマスも。
雨なら良いのに。
そう、願い続けてきた。
自分では、何も動かず、うじうじして、雨ばかりを願っていたバチが当たってしまったのだろうか。
今は、もう隣に、輝く笑顔はない。
何があっても助けてくれる、その手も、声も、温もりも。
俺、サッカーで留学する。
別々の学校に進学して、不安になって、めそめそと雨を願うばかりの私に、雨は、容赦なく、打ち付けて、雨の冷たさを、無慈悲さを思い知らせた。
身体の芯まで冷えきって、風邪をひいて寝込む私に、謝りたそうな顔をしながら、曉は、私の太陽は、日本を飛び出して、灼熱の国に旅立っていった。
最後に、手をつなぐことすら、出来なかった。
前だけを向く、隣の家の男の子は、もう、男の子の顔じゃなくて、戦う男の顔をしていたから。
何日も泣いて、何も動かなくても手に入ると夢見ていた愚かな自分を叱咤激励して、ようやく、上を向く気力を取り戻した。
夏が始まる前の独特の空の色は、どこまでも澄んで、青くて、そして端の方から闇が赤ぐらく染め始めていて、一つだけで輝く星を引き立てる、一枚の絵のようだった。
まだ、何も始まってもいない。
そう、瞬く星は、どんな慰めの言葉よりも、心に染みた。
遠くから、少し気の早い蝉の声が一鳴き聴こえる。
手を繋いで、家路を急ぐ、無邪気な親子。
公園で遊ぶ、幼なじみの子供たちの声。
曉の家に目を向けると、曉は居なくても、夕御飯のカレーの匂いが香ってくる。
そう、まだ、私たちは大人になった訳じゃない。
いつまでも子供ではいられないけど、まだ、帰る家が決まっている大人になったわけでもない。
まだ、何が決まった訳でもない。
明日は、学校にきちんといこう。
そして、図書館で、あの国について、調べてみよう。
ふたりぼっちではいられないけど。
私は、まだ、何も手にしていないのだから。
ぐんと両手を天に突き上げ、背伸びをする。
掌を開き、握り、何度か繰り返し、笑顔を空に向ける。
曉と繋がっている空に。
もう、雨を願うことは、きっとない。
曉が飛んでいくなら、私も、晴れた空を翔んでいけばよいのだ。
明日は、久しぶりに晴れるだろう。
手を伸ばしても空を掴むだけだった。
一秒でも早く雨が止みますように