まだ死ねない
多少、血の表現があります。
苦手な人がいましたらごめんなさい。
スライムが食べていたプリンで、私が思いついたのはお菓子大作戦だった。
本当は自分で食べたいけど、今はそうも言ってられない。勇者達に勝利した暁には、ご褒美としてゆっくりと食べればいいのだ。きっとその味は格別に違いない……!!
最初に作ろうと思ったのは、あまーい味が口の中に広がって、噛むとシャリシャリする飴みたいなお菓子だ。ピンクや黄緑とカラフルで見ていて楽しいし、小さなトゲが可愛らしくてたまに食べたくなるんだよね。
まずはそれを部屋の四方から徐々に雨のように降らせる。一カ所に勇者達を追い詰めるのが目的だったから、真ん中だけは退路を残しておく。そこへ特大シュークリームを落っことす。
名付けてお菓子天国。一度でいいから埋もれてみたい。
神様が何処にいるのかわからないのと、せっかくのお菓子が勿体ないのが欠点だけど、上手くいけばまとめて拘束できるはずだ! 行くぞ、お菓子天国! やってみせる!
思い切り布団を蹴飛ばして、天井へ手を伸ばした。
「降り注げ! 金平糖!!」
「きゃっ」
悲鳴のした方をちらりと見ると、すぐ傍に立っていた女の子が目を丸くしている。
可哀想に。突然布団から、知らない女が黒髪を振り乱して現れるんだから、確かに驚いてしまうのも無理はない。
こんな荒廃した薄暗い屋敷で見たら絶対怖いと、少し同情してしまう。
「黒髪、赤目の……隠れていたんですね……!」
「あいつが魔王か……!」
「う…上から多数の魔力反応があるわ! 迂闊に近づかないほうが良さそうよ」
さすが勇者達だと、敵ながら感心してしまう速さで対応する。
天井を覆う黒い靄から、次々と降り注ぐ金平糖を避けながら中央へ逃げていく。私に驚いていた女の子も、もう体勢を立て直したようだった。
とりあえず成功した金平糖にほっとしながら、さて、神様は……と部屋の中を探すと何かを口に含みながら「ほう……」と呟いている。
あれ……金平糖じゃないの? お菓子を一番食べたいのは私なのに、スライムに続き神様まで……許すまじ! 大丈夫そうな様子に一先ずは安心したけど、プリンは作っても食べさせてあげないことに決めた。
今のうちにとどめのシュークリームをと思って勇者に視線を送った途端……胸が早鐘のように打つ。
――え、何……これ……。
だ、駄目。今は集中しなきゃいけない……のに。そう思っているのに、強い想いと一緒に、切れ切れに流れる映像に思考が定まらない。
黒髪の少年。木々に囲まれた小さな村。はにかんだように笑う青い瞳。燃え盛る家。泣き叫ぶ人々。飛び散る血。倒れて動かなくなった人を抱く少年。『わたし』の大好きな人。彼の名は……。
頭を揺さぶられるような衝撃に、吐きそうになって口を押さえる。それなのに、彼の名を呼びたいと『わたし』が叫んで抑えられない。
「う……あ……アルベール……」
「何故……その名を知っているんですか……?」
「アル!? 今がチャンスよ!?」
「何してんだ、アル!! ……くそっ!」
大好きなアルベール。その名を呼んだ瞬間、それが『ルミナス』の記憶だということがわかった。呼応するように、混ざり合った記憶に混乱してしまう。
「あれ……私……?」
待って。ねえ、私の名前って……何だっけ? 何で……何で思い出せないのだろう。
「魔王、お前は終わりだ!」
――え?
向けられた矢に反応が遅れた。
風を切るような音が聞こえた後、最初に感じたのは肉を貫く衝撃。その感覚を何かの間違いだと否定したくて、恐る恐る確認する。眼下に映った光景が信じられないのに、痛みだけがやけにリアルに感じる。
痛い、痛い痛い……何、これ。お腹に刺さって……。
いたい……よ。どうして……? 神様……どこ……どこにいるの?
神様を探そうとするのに、景色が霞んでいてはっきりと見えない。もしかして……こんなところで終わりなんだろうか。今度こそ生き抜くって決めたのに。
――私はここで……諦めたくない……のに。
ご褒美もまだ食べてないじゃない。まだ死ねない……。死にたくない。
せめて、と意識を失う前に手に力を込める。黒い靄はちゃんと私の手を覆ってくれただろうか?
――神様が逃げられるように時間を稼げればいいんだけど……。
大きな音と甘い匂いがする中、私は眠るように目を閉じた。