スライム地獄
最初は、はっと目が覚めたように飛び起きた。
その瞬間、鈍痛とともに頭に固い何かがぶつかって意識を失った。
二回目はお腹の辺りがくすぐったくて目が覚めた。
肌が痒くて我慢ができず、お腹の辺りをかこうとしても手が動かせないことに気づいた。
「あれ? どうして手がないの?」
声を出したくても音にすらならなかった。
その間に背中に衝撃が走った。言葉にならない痛みに意識を失った。
三回目に目覚めたときは、頭に何かが刺さっている感触しかわからなかった。
四回目に起きたときは、風のような物で吹き飛ばされて意識を失った。
どうやら私を攻撃してくる種類が増えたようだった。
そうして何回も、何十回も繰り返すうちに、ようやく気づいた。
「もしかして、私……転生してる? しかも、同じモンスター?」
視界に映るのは、黄色のぽよぽよしてるお腹のような部分。
歩こうとしても、足がないからうまく動けなかった。その間に何度刺されたことか。
鏡がないからうまく見られないけど、歩こうとするとぽよんぽよんと跳ねるコイツは、弟と一緒にやったゲームの『スライム』というキャラに似ていた。色はゲームとは違ったけど、要は敵キャラだ。
「どうりで、何回も切られるわけだわ……」
まるで親の敵と言わんばかりに、襲ってくるあいつはゲームの主役。つまりは勇者だった。
黒髪に青い目の精悍な顔立ちのあいつは、きっと私がやっていたゲームの主人公だと思う。
まだ安そうな胴の甲冑と木の剣を使ってるあいつに刺され、切られて真っ二つ……すれすれになる私。
木だから切れ味が悪いのかもしれないな、多分。
「ねえ、神様? もしかして……楽しみにしておけってこのこと?」
天を仰いだけど返事はないし、そもそも声が出ない。
転生先を選ばせてやるって言ってた、あの人は神様……だったんだと思う。でもね、私の転生先はきっと何かの間違いだと思うんだ。
「だって、ねえ……黄色いけどプリンじゃないじゃない! プルプルしてるけど!」
え、まさかスライムって食べられるの……? いや、そんなまさかね……。どんなに頑張っても、口……届かないし。
自分で食べられないなら意味がないじゃない……!
そんなプリンもどきのスライムに転生してから、私が一番困ったのは、デコボコしている舗装されてない道を跳ねることだった。
スライムは体が小さすぎて、視野が狭い。ただでさえ移動が難しいのに、木で周りを固められてしまうと自分が何処にいるのかさえわからなくなった。
最初はうまく動くこともできなくて、跳ねた先が川といったこともあった。その後、意識を失った私は本当に可哀相だった。
そんな勇者に追われ続けるうちに、ようやく動けるようになった私は、本当によく頑張ったと思う。
だけど、スライムへの転生も悪いことばかりじゃなかった。私にも良いことが少しだけあった。
スライムに転生してから味わった鈍痛や、裂傷の痛み、草を踏んづけて痒かったお腹の辺りも、今では岩を踏んづけても痛くなくなったのだ。
痛みがなくなる感覚は、まるで麻酔をうたれているような不思議なものだった。
多分、神様のおかげなんだろうなと漠然と思った。
スライムに生まれ変わって、勇者に相対するのは何十回目なんだろうか。
あの何も映していないような空虚な青い瞳。何もできずに死んでいく私に対して、殺すことなんて何とも思っていない表情。
――正直怖い! けど、それよりも……悔しい。悔しすぎる……!!
お腹の表面が強くなったあれ以降、能力が変わらない私と比べて、勇者はどんどん強くなってる気がする。
少しくらいはやり返したかった、その表情を変えてやりたいと思った。
殺されるしかないスライムも、ちゃんと生きてるんだってことをわかってほしかった。
それくらい、一人で生きることにも、誰ともわかり合えないことにも、虚しさを感じ始めていた。
今日こそ一矢報いてやると、逃げずに立ち向かう私に珍しく躊躇したように止まる勇者と、その隣にいる杖を持った女の子。
もしかして、私が可哀相に思えたのかな? と思ったら背中に何かが刺さったようだった。
お腹の辺りから突き出る矢尻を見た瞬間、私は勇者に何かを期待した自分を呪った。
前に二人、矢を射ったのが一人。少なくとも敵が三人に増えたようだった。
それから何度転生しても、スライムでは太刀打ちできなかった。
か弱いスライムである私は、勇者一人の時だって何もできなかったのだ。三人の敵に囲まれては言わずもがなだ。
――お願い、神様。
勇者への復讐を誓った私には、腕と足が必要だった。
――腕と足をください! お願いします!
魔法で火責めされ、何十回目の意識を手放す瞬間に神様へ願ったのだった。