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力強すぎる腕

 どのくらい泣いていたんだろう。すがりつくように泣いてしまった私を、神様はずっと抱きしめてくれていた。その温かさが全ての事から守ってくれるようで安心した。泣き止んだ後も、神様が優しく背中をさすってくれて心地よかった。

 それなのに……何故なんだろう。


 ――ぐっ……く、苦しい……!!


 うっとりと身を任せるようにいた私の体は、今は神様の腕によって締め上げられていた。

 じわじわと強くなっていく腕の力に『あれ? おかしいな』とは思っていたものの、『神様って男らしいんだな』とか『力強い腕も素敵』とか、そんなことを考えていた私の目を覚ましてやりたい。

 まさかこんなに神様の力が強いとは……!!


 ――こ、このままじゃ……ど、何処か折れちゃうんじゃないの? こ、これはまずい。


「か……か、みさま。く…るし……」

「ど、どうした? 大丈夫か?」


 心配してくれてるようだけど、力は一向に弱まらない。腕だ、腕をどうにかしてほしいんだと胸の辺りを押しても、涙目で訴えても、神様はきょとんとするだけだった。これでわかってもらえなかったらもう駄目だと思いつつ、もう一度訴える。


「う、でが……ぐるじ……いで……」

「す、すまない。苦しかったか」

「ぐふぅ……」


 神様はようやくわかってくれたようで、腕を(ゆる)めてくれた。

 思わず出てしまった変な声も気にしていられず、夢中になって空気を吸い込む。


「大丈夫か……?」


 荒い息を整えてから視線を合わせると、神様が心配そうな顔でこちらを窺っていた。本当は苦しかったし、大丈夫じゃなかったけど、しゅんと落ち込む神様に私は弱かった。


「すまなかった。何処か具合の悪いところはないか?」

「はい。一時はもう駄目かもと思いましたけど、今は大丈夫です」

「……無理はするな」

「いいえ! 本当にもう大丈夫です。

 泣いたらすっきりしましたし、次から優しくして頂ければ……」

「次……か? 俺は……また、お前に触れてもいいんだろうか?」


 そう言った神様は、嬉しそうで……それでいて少しだけ泣きそうな笑みを浮かべていた。

 唇は薄っすらと弧を描き、頬は赤く、瞳は潤んでいる。瞳を縁取るような長い睫毛も、透き通るような金の髪も、すっと通った鼻筋も、神様の全てが完璧な美少年だ。

 それなのに、熱のこもった視線だけが大人っぽくて……何だか余計にドキドキしてしまう。

 こんな素敵な人に抱きしめられていたんだと、今更だけど身体が熱くなって身じろぎした。


 神様は『触れてもいいのか』と言っていたけど、何て答えればいいんだろう。『はい』は恥ずかしいし、『もちろん』は何だか……お、おかしいよね。

 そうやってぐるぐると悩んでいたせいだと思う。


 まるで気持ちが離れていってしまうように、神様の腕が私から離れていってしまった。


「大丈夫だ……。もうお前に触れたりはしない。すまない」

「へ……?」

「好いてもいない男に触れられるのは嫌だろう? 無理に触れてしまってすまない。お前には嫌われたくないのだ」

「え! い、嫌じゃないです。だって私は……」


 ――私は? 何だろう……。


 頼りにならない神様を最初は放っておけないなと思った。抱きしめられたのだって、恥ずかしかっただけで嫌だったわけじゃない。

 それどころか、嬉しかったんだと思う。

 触れられたところが熱くて、心臓がおかしくなりそうだった。泣いているときは神様の力強い腕が心強かった。

 何よりも、神様は私が不安なときに一緒に居てくれた。生きていてもいいと私を認めてくれた。生きる理由を与えてくれた。

 優しくて、少しだけ頼りない神様のことを……私は……?


「嫌ではない……のか? だがそれも……今だけだろう。真実を知ったらお前は……」

「神様……?」


 考えている最中だったからか、小さな声で話す神様の声がうまく聞き取れなかった。「大丈夫だ。何でもない」と言った表情が、初めて会ったときと同じ、寂しそうな笑顔で不安になる。


「心配するな。お前が望むなら、あの勇者という男も……お前の憂いは排除してやる。全て……な」

「排除……ですか?」

「ああ。もっとも、人間程度なら力を使わずともできるが、確実に消し去るためには……」

「だ、駄目ですよ。神様!」


 や、やっぱり排除って物騒な言葉だった。私の聞き間違いじゃなかった。今度は間違いない。

 ふるふると頭をふって「そんなことを言っては駄目です!」と伝えても、「何故駄目なのだ」と神様は首を傾げるだけだった。


「確かに、私は勇者のことが怖いです。殺されることを考えるだけで、本当は怖くてどうにかなりそうです。私は殺される痛みがどんなものかを知っていますから……」

「では、やはり排除すべきではないのか?」

「いいえ。違うんです、神様。

 勇者は私のことを殺しに来ます。あの女の子も私を見て怖がりました。でもそれは、黒髪に赤い目を持つ『私』が、あの人達にとっての『敵』だからなんです。

 それは決められてしまっていることだから、あの人達のせいじゃない」


 それがゲームの設定だから仕方の無いことだって、今の私には割り切れそうにはない。

 射られた矢は痛かった。少女の怯えた顔は悲しかった。私は生きていちゃいけない存在だって、否定された気がした。

 今も思い出すと悲しいけど、それでも報復してもいい理由にはならないと思う。


「だが、俺はお前の悲しむ顔を見たくないのだ」

「……神様の気持ちはすごく嬉しいです。

 でも、だからと言って、誰かの都合で命を奪ったりしては駄目です。一生懸命生きているのも、死ぬのが怖いのも皆一緒なんです。

 私は神様にそんなことをしてほしくはないです」


 ――だからこそ、私は勇者にも復讐をさせるつもりはない。私だって……生きていたいのは一緒だから。


「みすみす殺されるつもりはないから、その為に抗ったりもしますけど、私からどうにかしようなんて思ってないんです。

 私は平和に暮らせれば満足なんです。だからこそ、そのための努力をしたいんです」


 そうだ。私は平和に暮らしていきたいのだ。神様と一緒にご褒美にはプリンを食べながら、幸せですねって。

 あわよくば、普通の人とも仲良くなりたいけど……。

 も、もしかしたら……世界の何処かに仲良くしてくれる普通の人がいるかもしれない。……い、いないかな。


 それでも寂しくはないはず。私には、スライムもいるしね! 多くは望まないようにしよう。……諦めないけど。


 私が話し終えると、神様は「ふむ」と言いながら考え込んでしまった。


 手を口に当てて眉をひそめる神様に少しだけ不安になる。

 神様にはわがままだと呆れられてしまったかもしれない。


 それでも、私は嫌だったのだ。

 自分が痛いのも、傷つけるのも……痛みを知っているからこそ、想像できてしまうから余計に怖い。

 神様には排除するなんて嫌な言葉を使ってほしくなかった。


 しばらくすると押し黙っていた神様が「そうか……!」と嬉しそうな声を上げた。その声に、私の言ったことがわかってもらえたのかもしれないと、続く言葉に少しだけ期待してしまう。


「これならば……問題が無くなるのではないか?」

「へ……?」

「お前の姿を変えてやろう。あの娘が言っていたのは、角と目の色……だったな。それさえなければ、お前は普通の人間と変わらぬのだろう? 任せておけ」


 にっこりと笑う神様の言葉に私は固まってしまうのだった。

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