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【神様視点】わがまま

 顔を歪め、何かを(こら)えているようなお前を抱きしめる。お前がしてくれたように背を撫でてやると、華奢(きゃしゃ)な肩を震わせて泣き始めた。時々、漏れ聞こえる嗚咽が痛々しい。


 この世界に転生させてから、お前に無理をさせているのは分かっていた。このような辛い思いをさせるつもりはなかった。俺の手で幸せにしたかっただけだ。共に生きていたかっただけだ。

 だが、今となっては全て戯れ言にしかならないだろう。 


『これは俺のわがままだ。お前は何も悪くない』


 先程の己の言葉を思い出して、苦笑する。

 お前は礼を言ったが、俺は礼を言われるような事は一つもしていない。お前がこの姿に転生したのも、お前の顔が悲しみに歪むのも、全て俺のせいだからだ。





 初めてお前が俺の前に現れたとき、哀れな魂だと思った。

 お前は人を助けて死んだが……本来ならば死ぬのは幼い子供のはずだった。


「人間は、命が助かっただけでは……満足しない者も居るのか」


 下界の様子を見て、思わず苦笑してしまう。

 子供が助かったことで喜んでいたはずの母親は、子供の腕を見て顔色を変えた。


『私の娘は将来の夢を諦めないといけないのよ! 事故を起こした車も突き飛ばした女も同罪よ……』


 死ぬはずだった子供が、事故に巻き込まれても腕を無くすだけで済んだのだ。それが分からず、代わりに死んだお前のことも罪があると言う。


 お前は、それを知っても『助けてよかった』と言えるだろうか。

 人を助けて死んだお前の魂は無垢だった。そんなお前に、事実を告げるのは余りにも酷だと思った。


 ――それに、転生すればお前も俺のことなど忘れてしまう。


 どうせ忘れてしまうのだから、話す必要は無いだろうとも思った。

 今までの人間も、まるで俺など最初から存在しなかったかのように忘れていった。転生した後は、それぞれの生があるのだから仕方がないとはわかっていた。だが、わかっていても忘れられることは虚しいものだった。


 そう思いながらも、俺に興味を抱いたお前に『俺を忘れないかもしれない』という期待が、少なからずともあったのかもしれない。

 お前に少しでも喜んでもらおうと新しい世界を創り、お前と弟が好んでいた世界に転生させたのは、その為だろう。


 さぞ喜んでいるだろうと思っていた世界が、お前の望んだものと違うと気付いたのは『痛い』という叫びが聞こえてからだった。

 それから俺はどうすれば良いのかと思案し続けた。


 何度となく苦痛を訴えるお前を見て、痛みを消した。

 お前が手足を望むなら、その通りにした。

 この頃には、お前が俺を忘れないでいてくれたことを嬉しく思うようになっていたのだ。

 何度も諦めずに生きようとするお前は好ましく、手助けできればと力も与えてやった。


 ――それなのに……お前は力を使わなかった。


 俺が与えた力を使わずにお前は死んでしまった。

 お前を再び神界に呼び出したのは、願いを叶えてやろうと思ったのだが……それ以上にお前と会って話をしたかったのだと思う。


「何かなりたいものはあるか?」

「私のなりたいものが何なのか、わかった気がするんです」

「言ってみろ。お前には……悪いことをしてしまった。俺に出来ることなら何でも叶えてやる」


 本来ならばこのような干渉は、神としては許されざる事だった。俺の力は次第に失われていき、もう神界に留まれるほど残ってはいなかった。

 それならば、お前の願いを全て叶えるために……神としての力を使い果たしてもいいと思えた。

 その結果、俺自身が消えたとしても構わなかった。


 ――これがお前の転生に関われる最後の機会だ。


「ありがとうございます、神様。もう一度やり直せるなら……私は……普通の人間になりたいです」


 その時、辛そうな顔で笑うお前から声が聞こえた。


『転生してからずっと寂しかった。一人はもう嫌だ……』


 お前のその強い思いが聞こえた瞬間、驚愕した。一人、この世界で忘れられていく俺も……お前と同じように寂しかったのだと理解した。

 初めてだった。気持ちを分かち合えたことが。それを嬉しいと思えたことが。


 だからこそお前に与えられた気持ちのように、今度は俺がお前を喜ばせたいと強く思った。

 お前に菓子を作れるような力を与えよう。俺も菓子を作れたら喜ぶだろうか。

 そして……あの世界で一番の力を持った、少しでも長く生きられそうな人間にお前を転生させる。


 ――そうすれば……お前と長く共にいられる。


 俺はこの代わり映えのしない世界に飽いていた。消えてもいいと思っていた。だが、それはもう少し後だ。

 お前と共に居たい。今度こそ、お前を死なせない。

 この世界で一番の幸せをお前に与えたい。それを俺自身の手で。


 それは俺の願いだった。


 だが……それはお前にとっては苦しみになった。


 お前に執拗に付きまとう黒髪の男は、お前を人間の器に転生させても同じだったからだ。

 お前のことを見殺しにしそうになった俺を許し、『居なくならないでほしい』と俺の存在を欲してくれた。

 『幸せですね』と笑いかけてくれたお前に我慢が出来なかった。強く抱きしめたまま離したくなかった。

 嬉しいと感じた。幸せだと思った。

 呆れたように笑う顔も、仕方ないと許してくれる優しさも、諦めず立ち向かおうとする強さも、お前の全てが愛おしかった。


 俺の腕の中で頬を朱に染めるお前に、俺の伴侶になってほしい、とそう告げようとしたのだ。


 だが……開いた扉から娘が現れると、お前の表情は変わってしまった。悲鳴を上げた娘を見て、楽しげだったお前の笑みは消えた。俺に向けられた笑みまでもが今にも消えてしまいそうで、俺は間違っていたのだと理解した。


『俺の力が戻り次第、お前の憂いになる全てを排除しよう』


 ――お前の憂いを絶つためならば、と思ったのだが……消えるべき輩は俺……なのだろうか。


 お前を悲しませているのも、辛い思いをさせているのも、俺だ。俺がこの世界を創らなければ、お前の傍に居たいと願わなければ、あるいはお前の望んだ転生にしていれば……。



 もう一度、お前の存在を確認するように強く抱きしめる。

 そうしているとお前が生きている証が聞こえてきて穏やかな気持ちになれた。


 ――身勝手な理由で転生させたと知ったら、お前は俺から離れてしまうかもしれない。


 目を瞑ると、先程の娘に笑んだお前の顔が瞼に浮かんだ。人間の娘と話しているときの楽しそうな笑顔は、お前の心を映すかのように美しかった。

 お前は、お前の望みどおりに人間の傍にいるほうがいいのだろうか。俺の傍ではなく、人間の……。

 だが、とその考えを押しやるようにお前の肩に顔を埋める。


 ――俺は……お前を諦められないのだ。傍に居たい。


 お前には笑っていてほしい。悲しまないでほしい。幸せになってほしい。それが叶う世界ではないなら、お前の憂いを全て排除してやる。お前が望むのならば、俺の存在でさえも……。


 だから、せめて力が戻るまでは……憂いを排除するまでは傍にいさせてくれ。


 ――すまない。


 これは、俺のわがままだ。お前は何も悪くない。

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