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憎むべき存在。それは

「神様、行きましょう」

「ああ……」


 ――早く出て行かないと。怯えている彼女が可哀相だ。


 まるで逃げるように教会を後にする。先程は柔らかかった日差しが、やけに眩しく感じた。慌てすぎてもつれそうになる足を必死に動かす。

 木々が囲む道を外れ、草をかき分けて、道なき道をひたすら進む。


 一心不乱に進んでいく私に、きっと神様は戸惑っていると思う。私だって何処まで行けばいいのかは分からなかったけど、できるだけ人の居ない所へ行きたかった。


 ルミナスに転生しても、勇者達が現れて、弓を射られて痛くてたまらなくて。それが魔王という立場に転生したからだと分かっているつもりでいた。

 なのに、彼女と少し話しただけで嬉しくて……舞い上がってしまった。


 ――私は……彼女とは違う。普通じゃないんだ……。


 眉にぎゅっと力を入れ、唇も噛みしめる。そうやってあちこちに力を入れていないと、体の中から何かが零れ落ちてしまいそうだった。


 ――私は勇者に殺される。それが正しい結末だから。それでも頑張りたいと思ったんじゃないの……?


 先程の少女の姿が瞼に浮かんで『最後まで生きていたい』という気持ちが揺らぐ。

 彼女の拒絶は、それだけ痛くて……辛くて堪らなかった。

彼女の愛らしい顔が私を見て恐怖に歪んだ。優しく微笑んでくれた彼女が『命だけは助けてほしい』と私に懇願した。怯えて震える体が、私を敵だと示していた。


 彼女を見れば嫌でもわかってしまった。

 私が生き続けることは、誰にも望まれてはいない。

 魔王は角があるだけじゃない。目が赤いだけじゃない。この世界から嫌われ憎まれる存在だ。私はそんなこともわかっていなかった。


 ――それに、神様にも嫌な思いをさせてしまった。


 あの子は私の角だけに怯えたんじゃない。赤い目にも恐がっていた。

 だから、神様はあんな悲しい顔をしていたのかもしれない。私があの時、彼女を近づかせなかったら……。神様に嫌な思いをさせなかったし、彼女に恐い思いもさせなかったのに。


 ――私ってやつは……


「待て。これ以上はやめておけ」

「あ……神様」


 腕をくいと引かれて神様に抱きとめられた。

 目の前には濁った川があった。雨で川の水が増えたんだろうか。勢いの増した水音を聞いて肝が冷えた。

 何も考えずに歩き続けていた私は、神様に止められていなかったら川に落ちていたんだと思う。


 ――そういえば川へ落ちたこともあったなあ……。


 何だかスライムだった頃が、遠い昔のような気がする。あの時は、一人ぼっちで何もできずに溺れ死んだ。だけど今は、神様が傍にいてくれる。川に落ちそうになれば神様が助けてくれる。心配そうに私の顔を窺ってくれる神様の存在が素直に嬉しかった。


「神様、ありがとうございます」


 お礼を言った私の頬に、白く綺麗な手が触れる。気遣うように優しく包んでくれた手は、温かくて心地よかった。


「お前を……この姿に転生させたのは間違いだったな」


 神様が「すまない」と目を伏せる。相変わらず綺麗な金色の睫毛が、今は赤い瞳に影を作っていた。神様にこんな悲しい顔をさせたくなかったのに。


「神様……ごめんなさい」

「何故お前が謝るのだ」

「神様にも、彼女にも嫌な思いをさせちゃいましたから……」

「お前は悪くない」

「いいえ。私が……」

「ふむ。ならば、お互い悪かった……というやつだな」


 優しく笑んでくれた神様に、笑みを返そうとしたのに上手く笑えなかった。鼻の奥がつんとしてきて慌てて目を伏せる。すると、頬を包んでいた温かい手が、髪をつたうように頭をそっと撫でてくれる。


「お前はこれからどうしたいのだ?」

「私……は……」


 私はどうするべきなんだろう。

 勇者が私を倒そうとするのは、それが正しい結末だから。それでも生きていたいと望むのは間違いなんだと思う。


「私は……結局、どうしたらいいかわからないんです。

 本当は諦めたくない。神様にせっかくもらった命だから。最後まで生きていたいんです。それに死ぬのはとても怖い……。

 でも、私はこの世界では生きていてはいけない存在なんです。だから……」

「俺はお前に生きていてほしい。それでは駄目なのか?」

「ありがとう……ございます。でも……」

「そうか。ならば、お前が生きたいと願い、理由を欲するのであればお前は俺のために生きろ」

「私は……」

「これは俺のわがままだ。お前は何も悪くない」

「うあ……あ、りがとう……ござい……ます。神様……」


 どうしてこんなに優しい言葉をかけてくれるんだろう。私は神様に何もできてないのに。神様に強く抱きしめられて、背中をさすられた。その優しさに堪えきれず、溜めていた物を吐き出すように泣いてしまった。

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