腹が減ってはなんとやら
黒い靄が私の手を満たすと、禍々しい気配が教会の祭壇を覆っていく。
これから起こる出来事を想像して、思わずニタリと笑みがこぼれた。
――ふふふ……ついにこの時がやってきた……!!
お腹の虫が騒ぎ出した私は、神様と一緒に教会内に戻ってきていた。もはや一刻も我慢が出来なかった私は、早速お菓子を出そうと味や見た目を想像していたのだ。
『ぐううう……』
だが、空腹時にこの行為は危険だった。お腹の虫が合唱しそうな程鳴り始めてしまう。
その度に神様が「虫は何処に居るのだ」ときょろきょろしている。
やっぱり嘘は良くなかった。今度は本当のことを話そう。そう考えていると、神様が待ちきれない様子で祭壇に身を乗り出してきた。
「これから何を創り出すのだ?」
「もちろん、最初はプリンです!」
神様は「おお……」と少年のように目を輝かせている。
無理もない。私もようやく食べられると、胸のときめきが止まらない。
「出でよ、プリン!」
私の言葉で祭壇にプリンが三つ現れる。スライムには食べづらいかなと、お皿に乗せたスライムそっくりのプリンを出してあげた。
先程から私の足元にへばりついているスライムを見て、一瞬脳裏に『共食い』という言葉が浮かんだけど、ふるふると頭を振って打ち消す。
あれはスライム。これはプリン。共食いではないはずだ。
今回はスプーンも出したし、準備はばっちりだ。スプーンとお皿の形が少し歪んでいる気がするけど、食べられればいいよね!
近くの長椅子に神様と腰掛けて、その間にスライムのプリンを置いてあげた。
「じゃあ、食べましょう! いただきまーす!」
「ああ。食すとしよう」
「あ、神様! 食べる前はいただきますって言わなきゃ駄目ですよ?」
「そうなのか? わかった」
そのまま食べようとした神様が、手を合わせて「いただきます」と言ったのを見て、私もプリンに向き合う。
一口分をスプーンですくい上げて、恐る恐る口へ含むと、バニラの香りがふわんと通り抜けていった。濃厚な卵の味わいと一緒に、甘く幸せな味が口の中を満たしていく。
「美味だな……」
「美味しいですね!」
緩んでいく頬を押さえて、うっとりとしてしまう。
甘い物って何でこんなに幸せな気持ちにしてくれるんだろう。それに、いつも食べてるものより美味しく感じる。
夢中になって食べてしまい、プリンはあっという間に無くなってしまった。
次は何を出そうか。ケーキ? クッキー? いやいや、お団子とか、お饅頭も捨てがたい……。何しろお菓子をたらふく食べられるのだ。
まさに至福のひと時!
「幸せですね……!」
「……そうか。これが……幸せというものか」
そう言った神様の声音がいつもと違う気がして隣を窺うと、こちらを向いた神様と目が合った。視線はすぐに逸らされてしまったけど、神様の耳が赤いような気がする。
「お前が幸せだと……嬉しい」
「え?」
「俺も……お前と居ると、その……幸せなのだ」
私をちらりと見て、はにかんだように笑う神様はやっぱり可愛かった。私がつられて笑うと、一瞬真剣な顔をした神様は、すっと音もなく立ち上がる。
どうしたんだろうと思って見ていると、細い腕に引き寄せられた。
い、一体何が起こったんだと、状況を確認する。神様の後ろには色とりどりに輝くステンドグラス。私の目の前には神様の首筋。切られてしまった金の髪。背中には私を抱きしめる力強い神様の腕。
――あれ? 肌に触れて……?
認識した途端に、ぴったりと触れあった肌から一気に体が熱くなる。もはやパニック寸前だった。
「へ……あれ? あ、あの……!」
「お前が死ななくてよかった……」
「は、はい! 生きてます!」
かろうじて答えるけど、声が裏返ってしまった。神様の体に触れているからか思考も上手く働いてくれない。
耳元で聞こえる囁くような甘い声に、胸がどきどきして苦しい。
「お前を失うと思ったら怖かった。本当は触れるのを我慢していたが……失うくらいならいっそ……」
「か、神様……?」
「お前には笑っていてほしいのだ。幸せそうな姿を見ていたい」
その言葉で温もりが離れていく。「すまない」という神様の声に視線を上げると、困ったような笑みを浮かべていた。
「俺の力が戻り次第、お前の憂いになる全てを排除しよう」
「は、はいじょ……ですか?」
「ああ。任せておけ」
気のせいだろうか……? 今、物騒な言葉が聞こえたような。
はいじょとは『排除』のことだろうか。いやいや……そんなまさかね。
そう思いながらも、念のため神様に確認しようとすると、後ろから聞こえてきた音に遮られてしまった。