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状況を整理しましょう

 立ち上がった神様に、「少し日に当たろう」と外に出るよう促される。

 見た目よりも重い木の扉を開けると、柔らかい日の光が心地よかった。眠っている間に雨が降ったのだろうか。木々や草に水滴がついており淡く輝いている。

 思い切り息を吸い込むと、爽やかな空気が胸に広がった。

 隣を見ると、神様が目を細めて空を見上げている。その姿は光に溶けてしまいそうなほど綺麗だった。

 その透き通るような肌や赤い瞳に、思わず見惚れてしまう。


「気持ちが良いな」

「そうですね……」


 神様に聞きたいことはたくさんあった。

 それでも最初に聞いておきたいのは、やっぱり勇者達のことだ。もし、近くに居るなら落ち着いて話も出来ないし、今後の優先順位も変わってしまう。


「神様、早速聞いてもいいですか?」

「ああ。何でも聞け」


 先程までのしゅんとしていた神様が嘘のようだった。優しい笑みを浮かべながら、背筋を凛と伸ばした神様は幼くなっても威厳や風格が滲み出ているようだった。


「勇者達は今、何処に居るんでしょうかか?」

「ゆうしゃとは何だ?」

「えーっと、私達のいた部屋に来た黒髪に青眼の男とその仲間です」

「ああ。お前を傷つけた人間達のことだな。追ってきた人間達は村へ飛ばしておいた」

「村……ですか?」


 きょとんとする私に神様が教えてくれたのは、この世界の事だった。

 神様が創り出したこの世界はゲームと同じように、ルルト王国を中心にして八つの村や街があるらしい。神様が勇者達を飛ばしたのは『始まりの村』。魔王城からは一番遠く、勇者の生まれ故郷だ。


 ――始まりの村は、勇者が両親と幼馴染みを失った場所……。


 小さな村である『始まりの村』は、ルルト王国の中でも穏やかで平和な村だった。そこで勇者は両親や幼馴染、気の良い村人達と暮らしていたが、その平和は長くは続かなかった。


 ある日魔物と共に現れた魔王の襲撃に遭い、勇者の両親は殺されてしまう。目の前で幼馴染まで奪われそうになった勇者は必死に抵抗するが、幼い勇者が敵うはずもなく魔王の攻撃によって意識を失ってしまう。

 目覚めたときには、幼馴染みの赤い髪の毛と血痕だけが残っていた。

 そして魔王に受けた攻撃の際に、打ち所が悪かったせいか記憶が曖昧になってしまった勇者は、魔王が黒髪に赤目ということしか覚えてはいなかった。魔王の手がかりを元に復讐を誓う……というストーリーだ。


 ――勇者達が魔王城に来たってことは、最後の場面よね。まさか、私を倒せないまま終わる……わけないか……。


 大体のゲームはラスボスを倒せば終わりで、私はそのラスボス『魔王ルミナス』だ。

 ゲームがどんな最後を迎えるかはわからないけど、唯一わかっていることがある。それは、私が勇者に殺されるって事。


 ――でも、何でルミナスが勇者の名前を知っていたんだろう……。私は自分の名前すら全然思い出せないのに。


 未だにさっぱり思い出せない自分の名前を考えていると「しばらくは大丈夫だぞ」とこちらを窺うような神様の声が聞こえた。先程から私を安心させるような声音で神様は話してくれている。その気遣いが嬉しかった。


「ここは俺達が転移した城から、さらに北西に離れた場所にある。お前が勇者と呼ぶもの達は南東の最奥へ送ったからな」

「神様のおかげで本当に助かりました。ありがとうございます」

「俺が好きでしたことだ。だが……お前がどうしても俺に礼がしたいと言うなら……褒美はプリンで良いぞ」

「神様……金平糖も食べてたのに……」


 私がジロリと睨むように見ると、得意気に笑んでいた神様がしょんぼりとした。その様子がおかしくて「プリンは一緒に食べましょうか」と提案すると、神様は嬉しそうに笑んだ。

 私が「もう一つだけ聞いてもいいですか?」と問うと神様は快く了承してくれた。


「神様は力がなくなったはずなのに、どうして力を使えるんでしょうか?」


 これも最優先で聞いておきたいことだった。転移した時も、私の傷を治した時も、神様は幼くなってしまった。


 ――もしも幼くなることが、力を使うことと関係しているのだとしたら……。


 その嫌な予感が頭から消えなかった。本当は答えを聞くのがどうしようもなく怖い。聞かずに……目をそらしてしまえたらと思う気持ちもあった。


 ――でも、怖いからと目を背けて、取り返しのつかないことになったら……私はきっと後悔する。


 そう思ったからこそ、私は神様からは視線を逸らさなかった。一瞬たりとも神様の挙動を見逃したくなかった。すると神様は私の視線を受け止めて、言葉を紡ぎ出すように真剣な顔で答えてくれた。


「お前の言う通り、今の俺には力が殆ど残っていない。どうやらその状態で神力を使うと、身体が幼くなるらしいな」

「そのまま力を使い続けるとどうなるんですか……?」

「俺はこのままだと消えてなくなるだろう」

「じゃあ……神様は……」


 ――神様はいなくなってしまうんですか?


 そう聞こうとしたのに……最後まで言えなかった。口に出したら本当に神様がいなくなってしまいそうな気がして……怖かったのだ。

 勘違いで転生先を間違えたり、プリンをうまく出せなくて言い訳したり……思い返すとちょっと頼りない神様だった。でもそんな神様だからこそ、一緒に居て楽しかったのかもしれない。神様と過ごした時間は短かったけど、私にとっては大事な時間だった。


「神様、居なくならないで下さい……」


 精一杯気持ちを伝えようとしたのに、声は震えて小さくなってしまった。そんな私を見て、神様は穏やかに微笑んでくれる。


「大丈夫だ。お前が望むなら俺は消えたりはしない」


 神様はそう言うと歩き出してしまった。近くにある大きな木の前で止まる神様にどうしたんだろうと思っていると、傍に来るように促される。


「何をするんですか?」

「お前も俺と同じように触れてみろ」


 何のことかわからなかったけど、神様に習うように私も木に触れてみた。

 最初は何も感じなかったけど、次第に温かいような不思議な何かが流れてくるような気がした。驚いて神様を見ると、体が淡い光に包まれていた。


「お前にも力の流れがわかるだろうか?」

「えっと、力なのかはよくはわからないですけど……温かいような気がします」

「そうか。今、俺とお前に流れているのは、この世界にある力の源なのだ」

「力の……源ですか?」

「ああ。神界ほど満ちてはいないから時間はかかるが……この世界にも至る所に力はある。その力が俺の身体に満ちていけば、体も戻るし神力を使うことも出来るだろう」


 神様に説明されても、私にはいまいち実感が湧かなかった。

 恐る恐る「本当に大丈夫なんですか?」と聞く私に神様は頷いた。


「本当だ。しばらく力を使わずにいれば戻る。神界に居た頃のようには使えないが……お前の傍から居なくなりはしない」


 その言葉を聞いてようやく少しだけ安堵する。神様は力を使わなければいなくならない。それなら、私が頑張れば何とかなるかもしれないんだ。

 不安は残るけど、精一杯頑張ろう。


「わかりました。神様の力が戻るまでは私が守ります。だから、神様は力を使わないで下さいね! 約束ですよ?」

「ふむ……。お前は俺が消えると……嫌なのか?」

「当たり前じゃないですか!」

「そうか」


 神様は「約束しよう」と屈託なく笑う。その笑顔につられて肩の力が抜けていくようだった。

 するとどうしたことだろう。『ぐうう』と私のお腹の虫が騒ぎ出した。今までの空気が台無しだ。


「何の音だ?」

「む、虫の鳴き声じゃないですか?」


 苦しい言い訳だとわかっていても、虫は虫だと言い張った。

 素直に納得してくれる神様に、『ごめんなさい』と心の中で謝るのだった。

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