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眠りを妨げる者

 とても良い夢を見ていた。目覚めたくないと思ってしまうほど心地良い夢。

 夢の中で私は、神様に膝枕をしてもらっていた。優しく温かい手に頭をそっと撫でてもらったり、「まだ起きないのか」と頬を指でつんつんと触られたりと、やけに現実味のある夢だった。もしかして私の願望なんだろうか。とにかく幸せな夢だったのだ。


 なのに……一体何が起こっているんだろうか。突然の顔の重みと息苦しさに、目を覚ました私は絶体絶命の状況だった。


 い、息が苦しい……!! な、何これ。何も見えないし、本当に……く、苦しい。

 懸命に腕と足を動かしても何かにぶつかるだけで、息苦しさは変わらない。


 もしかして、勇者……!? い……意識が……


「やめろ」

「ぶはっ……!!」


 ひょいと何かが顔から離れた途端、苦しさから解放された。

 荒い息を整えながら一体何が起こったんだと、体を起こして周りを確認すると、見覚えのない部屋の中に居るようだった。


 私が寝かされていたのは扉の近くにある長椅子の一つだった。木の扉から続く通路の先には、綺麗なステンドグラスが色鮮やかに部屋の中を照らしている。壁は白く清潔にされており、丁寧に掃除をしているのがよくわかる。

大体を確認して、ここが教会のような場所だろうと思う。たくさん並べられている長椅子は、神に祈りを捧げる人が使うのだろうが……今は誰も居ないようだった。


 勇者達がいないということは、とりあえずは逃げられたってことだろう。ふう……と息を吐いて、張り詰めた空気を解くと「大丈夫か?」と背中の方から声をかけられた。

 どうやら神様は私の寝ていた長椅子の端に座っていたようだ。助けてもらったお礼を言おうと、スライムを抱える神様に視線を合わせて目を見開いてしまう。


「あれ? 神様……ですか?」

「そうだ。どうやらこいつも、お前のことを心配していたようだな」

「あ、スライム……」


 どうやら私の息苦しさは、スライムが顔に乗ったせいだったようだ。神様からぴょんと離れて私の傍に近寄ってくるスライムに、なんだ、結構可愛いところあるじゃないかと、ぐりぐり撫でる。

 仕方が無いから、プリンの件も許してあげよう! って、そうじゃない。


「神様……何だかまた幼くなってませんか?」


 神様は「ん……?」と言いながら、今気づいたかのように自分の身体を確認している。私の目の前に居る神様は、魔王城にいる時と比べて随分と幼い。私が最初に転生する前と比べると、神様の年齢は十歳以上は若返っているだろう。

私の今の身体が15歳くらいだから、それと同じか少し下くらいに見えた。

 それでも……幼くなった神様は、それはそれで可愛かった。


「ま……まるで天使……」

「天使とは何だ。俺は神だ」


 眉を寄せて不服そうにしている神様の顔は、まさに美少年。真っ白い服からすらりと伸びた手足が眩しい。触れるのも畏れ多いほどの可愛さだ。小さな顔に輝くような赤い眼が私をいじらしく見つめている。

 だけど、神様の綺麗な金の長い髪が何故か短くなっていた。首元までになってしまった髪の毛が痛々しくて、思わず手を伸ばしそうになった。


「神様、その髪……」

「ああ。どうやらお前を連れて行くときに、追いすがった人間に切られたようだ」

「怪我はないんですか……!?」

「大丈夫だ」


 どうやら勇者たちは私だけではなく神様にまで手を出したらしい。

 しかも、神様の綺麗で艶やかな髪を切るなんて……!! 許さない。皆まとめて坊主にしてやろう……!

 私が憤怒に燃えていると、神様が心配そうに私を見つめている。


「それよりお前の身体は……何ともないか?」

「あ、そういえば何故か痛みが消えていて……」


 神様の言葉にお腹の辺りを確認しても、傷自体が嘘だったかのように何も残っていなかった。

 確かにすごく痛かったのにと不思議に思っていると、神様が「すまなかった」としゅんとする。もしかして、私が黙ってしまったからだろうか? 神様の背中がどんどん丸くなっていく。


「お前を傷つけて……痛い思いをさせてすまなかった」

「え……? どうして神様が謝るんですか?」

「人間は脆く、傷つけば痛いと感じるのだろう? 俺にはそれがわからないのだ。お前との転移の際、力を殆ど使ってからは心を読むこともできない。だからこそお前が目覚めて、痛みと苦しみを訴えてくるまで治癒してやれなかった。

 お前が目覚めなかったら……俺はお前を見殺しにしていたのだ」


 苦しそうに顔を歪める神様は「すまない」ともう一度私を見て謝った後、黙ってしまった。もしかしたら神様は、私が起きるまで気が気じゃなかったのかもしれない。

 夢の中で聞こえた神様の懇願するような声や、泣いていた神様を思い出して、胸が苦しくなった。

 先程は幼くなってしまった神様に驚いていて気付かなかったけど、綺麗に輝く目の下には薄らと影ができている。


 ――起きなかったら、そのまま死んでいたかもしれない……。


 神様の言葉は、確かに衝撃的だった。痛くて気を失ってしまったけど、そこまで酷い傷だとは思わなかった。

 私はどうにかなると甘く考えていたのだ。ここには、医者がいるのかも、医療があるのかさえもわからない。そのまま死んでもおかしくない。しかも、私は魔王に転生した。殺される運命だ。


 ――それなら、あの時勇者を見て呆然としてしまった私が悪いじゃない。神様は何も悪くない。


 それなのに、私のせいで神様に辛い顔をさせてしまったのだ。それに、私はまだ助けてもらったお礼も、謝罪もしていない。

 思い切り息を吸い込んで、神様を見つめる。


 ――無茶はしない。だけど、勇者達にみすみす殺されてやったりしない。もう神様に悲しい顔をさせたくない。


「神様、治してくれてありがとうございます。あと……本当にごめんなさい!!」


 私が勢いよく頭を下げると、神様が困ったように眉を下げた。


「何故……お前が謝るのだ」

「神様に迷惑かけましたし、心配させちゃいましたから」

「俺はお前を殺していたのかもしれないのだ。謝る必要はない」

「それは、私が勝手なことをしたせいですから。神様は悪くありません」

「だが、元はと言えば俺がお前をここへ転生させたから……」


 ――駄目だ、埒があかない。


「私が明らかに悪かったと思いますけど『お互い悪いところもあったね』で、終わらせましょう! それに、神様が人間のことを知らないなら、私が教えます。だから、私にも神様のことを教えて下さい」


 私が「それならどうですか?」と問うと、ようやく薄らと笑みを浮かべて頷いてくれた。その事に胸を撫で下ろしつつ、私も安堵の笑みを浮かべるのだった。

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