第8話:幸福の掴み方
※ボインプルンという単語が気に入ってしまったので、タイトルを変えました。
「おかえりなさいカロン。ゼウスの加護は得られましたか?」
カロンがビニール袋を引っ提げ帰宅すると、ボインプルンがカロンの方に顔を向けた。
ボインプルンは、カロンの机のパソコンに向かっているらしかった。
「何やってんですか?」
「欲望に塗れた人間達を教化していたのです」
そう言って、ボインプルンは微笑みながら胸を張った。
でんすけスイカを二つ並べたような乳が揺れる。
「あの、ちょっといいですか?」」
「はい、何でしょう?」
「人のパソコンで荒らししないでもらえます?」
「えっ!?」
ボインプルンは心底驚いたような表情をするが、カロンはげんなりとしていた。
何せ、美少女ソシャゲSNSの公式アカウントに「あなた方は一体どれほどの罪を犯しているか分かっているのですか! 今すぐ悔い改めてサービスを終了して下さい!」と片っ端からリプライを送っていたのだ。
これではただの痛々しい奴である。
「……真に正しきものは、時として愚者に笑われるものなのです。ノアの方舟だって最初は馬鹿にされたでしょう?」
「いや、あんたは普通に営業妨害だから」
そう言って、カロンは小柄な体躯で椅子によじ登るようにして座ると、リプライをどんどん消していった。
「ああっ! な、何て事をするんですか! 私の二時間の努力が!」
「二時間もやってたんですか……」
確かに、ボインプルンはそこら辺の有象無象のソシャゲ公式アカウントに片っ端から文句を付けていた。しかも定型文では無いので、いちいち手打ちだったのだろう。
さらにアカウント名が「乳の神ボインプルン」で画像は自撮り。プロフィールが「私はソシャゲの犠牲になった魂を救う者」だったので、そこそこフォロワーが付いていた。完全に痛い人間を観察するためのアカウントだと思われる。
カロンは軽い眩暈を覚えながら、結構な時間を掛けて火消し活動行う羽目になった。
アカウントを消す事も考えたが、ボインプルンにまた文句を言われそうなのでとりあえず放置しておく。
「ところでカロン、ゼウスの加護は得られましたか?」
「それなりに」
以前なら適正サイズだったマウスやらキーボードやらも、子供の体格になったカロンには結構でかくて難儀しているのだが、カロンの格闘中、ボインプルンは買い物袋を引っかき回していた。
「……カロン、プリンが見当たりません」
「プリンは値引きされてなかったから」
「な、何という事を……カロン、プリンは定価であっても買ってきて構いません。私はプリンを所望します」
「いや、これ安息地にいる連中の分じゃないんですか?」
「それはそれ、これはこれです」
ボインプルンは心底残念そうに溜め息を吐いた。ボインプルンの好物はプリンなのだ。
「プリン、プリンはどこ……」
それでも諦めきれないのか、ボインプルンはカロンの自室にあった冷蔵庫を勝手に開け、プリンを探していた。だが、ビールや惣菜があるだけで、プリンはどこにもない。
「そこにあるじゃないですか。二つ」
うっとうしかったので、カロンは椅子に座ったままボインプルンの胸元を指差した。すると、ボインプルンはいかにも不快そうな顔つきでカロンを見た。
「また罪業を積むような発言を……いいですか、あなたを美少女に変えたのは、性欲のはけ口にされるソシャゲ美少女の気持ちを味わってもらうためなのですよ。それなのに、いやらしい……」
「そう言われても、ソシャゲって大体そんなもんだし……」
そりゃあ男性向けソシャゲなのだから、おっぱいボーン! おしりプリン! みたいなのが主流になるのは仕方がない。確かに、人間の業と言われればそれまでであるが。
「まあ、この際それはいいでしょう。これから食事の準備をしなければなりませんしね。安息地の皆は傷付いています。そういう時、温かく美味しい料理は、身も心も癒してくれる事でしょう。料理の準備は整っていますか?」
「うん。今日はこれでいこうと思う」
そう言ってカロンがビニール袋から取り出したのは、シャケのお粥だった。真空パックになっていてお湯や電子レンジで温めるとすぐに食べられる奴である。
カロンが笑顔で突き出したパックお粥を見て、ボインプルンは眉を潜める。
「手料理じゃないじゃないですか! 愛情は!?」
「だって私、料理とかあんま出来ないし、最近のレトルトって簡単で美味しいし……」
料理は愛情というが、いくら愛情が籠っていても飯がまずいよりいいだろう。
某半分が優しさで出来ている風邪薬も、優しさを捨て、100パーセント非情な殺菌薬と化した方が多分売れる。
「まあ、いいでしょう。確かに日本の料理は美味しいので、好物がケーキ、好感度を上げるために産まれてからケーキしか食べた事のないアイリさんには新鮮でしょうし」
「なんか、すごい偏った食生活ですね」
ソシャゲのシステムとして好感度を導入しているゲームは割と多く、大抵のキャラには好みの物がある。アイシャは甘い物が好きなので、ゲーム内で大量に手に入る安っぽいケーキで爆撃されるのは、カロンも知っていた。
好感度がマックスになると専用グラフィックが見られるので、大抵のプレイヤーはとても一日で食べきれないほどのケーキを美少女に押し付け、画像を保存した後は放置するか捨てるかするのが基本である。
「では、メンバーも大分揃ってきたので、そろそろチュートリアルを始めましょう。今回は『幸福度』の上げ方です」
「幸福度?」
「はい。あなたの役割は傷付いた魂を癒し、カロンの渡し船で別の世界へ送る事です。ですが、具体的にどう癒されているのか分かりづらいでしょう? そ・こ・で! 私が新機能を付けました」
ボインプルンが笑顔で指を動かすと、カロンの目の前にステータスメニュー画面が表示される。
「右下の部分を見て下さい。先ほどまで無かった項目に気付きませんか?」
「あ、このゲージバーみたいな奴?」
カロンは安息地のソシャゲキャラのステータス画面を見る事が出来る能力を持っているが、表示されるのはレアリティと大まかなプロフィールのみだ。
今は狼男――ジーパンのプロフィール画面が出ているが、今まで見た事のない体力ゲージのようなバーが表示されていて、1/3ほど緑色で埋まっている。
「それは、ジーパンさんの幸福度です。その緑のゲージがマックスになった時、魂は完全に癒されたという事です。分かりやすいでしょう?」
「分かりやすいけど、数値化出来る幸福って、本当に幸福なんですかね?」
「では、具体的にどうすれば上げられるかを解説します」
カロンの疑問をスルーし、ボインプルンは微笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
ここで下手に突っ込むと面倒な事になりそうなので、賢明にもカロンは黙っていた。
「安息地で暮らしているだけでも自然と上がっていきますが、やはり食べ物や多幸感を得られる体験をすると上がりやすくなります。ちょうどここにいいアイテムがありました」
そう言って、ボインプルンは再びカロンの冷蔵庫を勝手に開けた。
中には、先ほどゼウスから仕入れてきた惣菜の鳥のから揚げがあった。30%オフというシールが貼ってある。
「ジーパンさんの好物は肉類なので、まさにうってつけでしょう。さらにあの人は低レアリティなので幸福度の上がり方が容易で、かつ獣人なので単純です。この唐揚げを食べさせながら頭でも撫でてあげれば、あっという間にマックスまで行くはずです」
「なんかボロクソ言ってますね」
「いえいえ、単純なのは悪い事ではありません。これでジーパンさんの魂は救われ、あなたは神へと一歩近づくのです。Win=Winでしょう?」
「そりゃまあ……」
「さあ、では早速ジーパンさんを渡し船送りにするチュートリアルを開始しましょう。そのついでに、そのレトルトお粥も温めて、アイリさんやアーノルディさんに食べさせましょう」
そう言って、ボインプルンは手を叩いた。