第17話:予期せぬ事態
巨竜ファフニールをハメ技で討伐した四名は、勝利に酔いしれていた。
だが、そこで異変が起こった。
倒したはずのファフニールが、ボロボロになりながら身を起こしたのだ。
「げっ!? あいつまだ戦う気なの!?」
へたり込んでいたアイリが叫ぶと、ジーパンとアーノルディが身構える。
この二人ではどうにもならないのだが、カロンはそこに突っ込むほど野暮ではない。
仮に戦闘が継続したら、さっきのをまたやればいいだけである。
「案ずるな娘よ。我にもう戦意は無い……貴様らの連携、見事であった」
結局ゴルゴ以外に一度も攻撃を当てられなかったくせに、ファフニールは偉そうに囁いた。
敗北し、満身創痍のファフニールだったが、声色は心なしか嬉しそうだった。
「我は強者との戦いを欲していた。だが、その機会は無かった……。世界に産み落とされ、役割を果たすことなく消えて行くのだと思っていた。そこに貴様らが現れたのだ。我は敗れた。だが、悔いは無い」
『いえいえ、どういたしまして』
離れていたボインプルンが照れくさそうにそう言ったが、カロン以外には誰も認識していない。
ついでに言うと、カロンもスルーした。
「ファフニール。お前も俺達と同じだったのか……お前のような偉大な竜と戦えた事を、俺達も誇りに思うぞ」
アーノルディが代表し、ファフニールに賛辞を述べた。
アーノルディとジーパンはゴルゴに石を突っ込むだけの係だったのだが、厳かな雰囲気なので、カロンはツッコミたい衝動を抑えていた。
「我は満ち足りた。貴様らの行く先に幸あらん事を……」
ファフニールはカロン達を真正面から眺めると、光の粒子になって消えていった。
消える間、暴君竜ファフニールは目を細め、微笑んでいるように見えた。
「色々あったけど、これで一件落着だね!」
「やれやれ、あのバケモンが出てきた時はどうなる事かと思ったぜ」
「えー? ジーパン、あんた『姐さんが大丈夫って言ってるから大丈夫だ!』とか言ってたのにぃ?」
「そ、そりゃそうだけど、やっぱりビビるじゃねぇか……」
「フンガー! フンガー!」
アイリがジーパンをからかい、アーノルディとゴルゴも茶化すように笑っている。
それはとても穏やかな光景だった。
とりあえず、ボインプルンの無茶ぶりをクリアした事に、カロンは胸を撫で下ろす。
「はぁ、終わった……」
カロンは手ごろな岩に腰を下ろし、ほっと一息吐いた。
今回は大した損害も無かったが、今後、また無茶苦茶なイベントをクリアし、幸福度を上げていかねばならないのだろうか。
四名でこれなのに今後もメンバーが増えていくと考えると、ソシャゲの提督や団長の心労が少しだけ理解出来た気がした。ハーレムは一見羨ましそうだけど実際は大変だろうなあ、なんて事を考えていた。
『カロン! た、大変です! 想定外の事態が発生しました!』
『はい? 想定外?』
カロンがげんなりしていると、不意にボインプルンの叫び声が脳内に響いた。
こいついつも想定外になってんなと思いつつ、カロンは相槌を打つ。
『安息地の幸福度が……最大になってしまいました!』
『は?』
ちょうど幸福度はどれくらい貯めればいいのか考えていた矢先、いきなりMAXになっていたので、カロンは喜びよりもむしろ困惑した。
『他のメンバーの皆さんもいますし、詳しい話は向こうでします。急いで戻りましょう』
『わ、わかった』
ボインプルンの切迫した雰囲気に押され、カロンは手をかざし、異界への門を開く。
「姐さん? どこ行くんですかい?」
「みんな、私は、少し用事が出来た。先に屋敷に帰っていて。ご飯は倉庫にあるから」
「はぁ……んじゃ、俺たちは先に帰ってるんで、姐さんも無理はしねぇでくださいね」
ジーパンに軽く手を振り、カロンは門を潜る。
現代日本の住み慣れた部屋に戻ると、ボインプルンが浮かない表情でパソコン机の椅子に座っていた。
「さて、まずはファフニールさんの魂の救済お疲れさまでした……と言いたいところなのですが、実はそのせいで安息地が大変な事になりました」
「大変な事って、幸福度が最大になった事ですか?」
「そうなのです。実は、安息地には隠しパラメーターがありまして」
「隠しパラメーターとな」
「はい。この際なので、カロンにも見てもらいましょう」
ボインプルンがそう言うと、乳の谷間から光が溢れ、壁に投影スクリーンのように画像が表示される。
そこには、『安息地幸福度』と表示されたバーがあり、虹色に輝いている。
他のメンバーのステータス画面で見た幸福度メーターによく似ていた。
「メンバーの魂が癒されるたび、安息地の幸福度が増えて行くのです。本来なら、最低でも50人は魂を癒し、渡し船で送る事で満タンになる設計でした。それと比例してカロンの罪業も減っていくのです」
「え? まだ四名しかいないし、誰も送ってないですよ?」
「そう、そこなのです! カロンがあのような戦い方をしたせいで、計画が大幅に狂ってしまったのです!」
「え? え? 意味が分からないんですが……?」
「先ほどのゴルゴさんとファフニールさんの戦術が原因です」
ボインプルンは困り果てた表情で、さらに状況を説明する。
「いいですか? 私は以前、『自分の使命を果たせない事は不幸である』と言いましたよね? そして、ゴルゴさんとファフニールさんの使命は、『誰かを守る事』と『強者との熱き戦い』なのです」
「ああ、確かにゴルゴのスキルは防御系でしたし、ファフニールも消える前にそんな事を言ってたような」
「そうです。通常通りの戦闘……つまり、ゴルゴさんのかばうを一度だけ使い、後はカロンのプロテクション連打で、後は皆さんが通常戦闘すれば問題は無かったのです……ですが!」
ボインプルンは急に立ち上がり、幸福度MAXの投影された壁を叩いた。
「あなたがゴルゴ肉壁を乱発し、無駄に時間を長引かせた影響で、大量の幸福度が一度に稼がれてしまったのです!」
「あー……何となく分かりました」
そこまで言われ、カロンは何となく状況が掴めてきた。
要するに、意図しないうちにカロンは『稼ぎ』を行ってしまっていたのだ。
通常、ソシャゲはスタミナ制なので、無課金で連続戦闘する事が難しい。
だが、状況次第で、一回の出撃で半永久的に経験やアイテムを稼ぐ事も出来たりする。
例えば、仲間を呼ぶボスを一体だけ残し、取り巻きだけ倒す。
そして再召喚するのを待ち、取り巻きが出たらまた倒して……を繰り返す。
こうすると、消費するスタミナは一回分なのに、時間さえあれば大量に経験値やアイテムを稼ぐ事が出来る。今回はそれが安息地の幸福度なわけだ。
「そう、その恐るべき事態が起こってしまったのです……。ゴルゴさんがかばうを連打し、ファフニールさんも戦闘が無駄に長引いたため、相乗効果で幸福度が最大になったのです。ファフニールさんを含めてもまだ五人しか救っていないのに、安息地が幸福で満ち足りてしまったのです」
「でも、これで私のノルマはクリア出来たんですよね?」
「……そうなります」
ボインプルンはめちゃくちゃ不満そうに表情に歪ませていたが、カロンは内心で狂喜乱舞していた。
まさか、こんなに簡単に罪業が消滅するとは思っていなかったのだ。
しかも向こうの設定がガバガバなのであり、こちらに落ち度は無い。
悪いのは運営側である。
「じゃあ、これで私の贖罪は終わりで、異世界転生させてくれるんですね!?」
「誠に遺憾ではありますが、約束は守らざるを得ないでしょう。あの四人も充分に魂は救われたようですし、明日、私が安息地に直々に顕現し、彼らを新たなる世界へ導きましょう……」
心底残念そうにボインプルンは宣言した。
要するに、明日で運営によるサービス終了の告知が流れるのである。
それは同時に、カロンの新しい人生の再スタートを意味する。
「私は今から帰宅して、明日の文言を考えねばならないので、これで失礼します。カロン、明日の早朝、四人の新しい門出を私と共に見送って下さいね。彼らが消えた後、あなたを異世界に転生させましょう」
「わかった!」
渋面を作るボインプルンとは真逆で、カロンは満面の笑みでボインプルンを見送った。
アパートの窓から外を覗くと、巨大な乳を重力に引っ張られ、とぼとぼと肩を落として歩くボインプルンの姿が見えた。
その背中にちょっと哀愁みたいな物を感じたが、これ以上関わり合いにあうのも面倒だ。
これでようやく無口無表情の少女から解放され、異世界転生出来るのだ。
「明日が楽しみだな!」
時刻はまだ夕方だったが、カロンは早々に布団に潜り込んだ。
だらだら時間を過ごすより、明日の異世界転生に備えて早めに休むことにしたのだ。
「こんなに明日が待ち遠しいのは、小学校の遠足以来だなぁ」
わくわくして眠れないかと思ったが、昼に慣れない山歩きをしたお陰で、カロンは安らかな眠りに落ちて行った。
――そして翌日、カロンは安息地で過ごす最後の朝を迎えた。




