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第11話:緊急メンテナンス

 癒された魂が『カロンの渡し船』に乗っていけば、その先に幸せな転生が待っている。

 そう伝えたはずなのに、ジーパンはそれを突っぱねた。


「……どうして?」


 カロンは「えっ!? 何で!?」と取り乱していたのだが、常に明鏡止水モードで振る舞う呪いのような制約を掛けられているため、ぽつりとそう呟いただけだった。


 カロンの問いに対し、ジーパンは辺りをぐるりと見回し、口を開く。


「ここはいい所じゃねえですか。俺を奴隷みたいに扱ったクソ魔物使いはいねぇし、恐ろしい怪物もいねぇ。空気も水も飯もうめぇし、辺りは静まり返ってキレイ。俺が今まで想像してたどんな楽園より楽園っすよ」


 ジーパンはうっとりとした表情で、歌うように言った。その言葉に嘘の匂いは感じない。


「それに、ここに来る連中も俺と似たり寄ったりの体験をしてるじゃねぇですか。俺も魔物の中じゃ弱っちいけど、そんな俺を差別する奴は、ここにはいねぇんです」

「でも、ここは安息地。魂が癒されたら去る場所。私は、それを最後まで見届けねばならない」

「そう! そこなんすよ!」


 カロンが「いいからさっさと行けよ」と遠回しに促すと、ジーパンは急に人差し指を立てた。


「姐さん、俺と最初に会った時、罪を償うためにここで管理人をしてるって言ってやしたよね? 一体、その罪ってのは何なんすか?」

「それは……言えない」


 カロンはかぶりを振った。ボインプルンに余計な発言を禁じられているのもあるし、お前らみたいな低レアキャラをすり潰していたとはさすがに言いにくい。


「そうっすか……俺がここを気に入ったってのもあるんすけど、それ以上に、俺は姐さんが心配なんすよ」

「私が、心配?」


 カロンが不思議そうに小首を傾げると、ジーパンは照れ臭そうに頭を掻き、横を向きながら語り出す。


「その……姐さんは美人だし優しいし、そんな人が、ここで仲良くなった奴をもてなして別れ続けるなんて、ちょっとむごすぎると思うんすよ」

「そう、かな?」

「そうっすよ! 俺だって元々ろくでなしだったけど、姐さんのお陰でまともになれたんすよ! なのに、俺だけが幸せな世界に行っちまって、姐さんが最後まで残るなんて不公平じゃないっすか!」

「ジーパン……」


 ジーパンは大声でそう語った。目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。本気でカロンの事を想っているのが感じ取れる。女神ボインプルンより余程優しいな、とカロンは思った。


「ありがとう、でも、私は大丈夫。全員を送りだしたら、私も船でこの世界を出られる」


 ジーパンの気持ちはありがたいが、カロンとしては一刻も早く美少女カロンを辞め、異世界転生したいのだ。そのためにも、ジーパンの気持ちだけ貰い、さっさと出て行ってもらいたいのが本音である。


「んじゃ、こうしましょうや。他の連中を全員送り出した後、俺がここを出るんすよ。んで、その次に姐さん。つまり、俺は最後から二番目って訳っすね」

「え、ええ……?」

「いいじゃないっすか。俺だってそれなりに役に立ちますぜ? 姐さんの手伝い、俺もしたいんすよ」

「……わかった」


 恐らく、こうなったらジーパンはテコでも動かないだろう。チュートリアルで忠誠心が上がり過ぎたのか、群れのリーダーに絶対服従の狼気質なのか分からないが、カロンは承諾せざるを得なかった。


「へへ、ありがとうごぜえやす。ま、せいぜい俺をこき使ってくだせぇや」


 ジーパンは犬歯を剥き出しに笑うと、そのままさっさと屋敷の方へ戻っていく。

 その背中を、カロンは虚ろな瞳で見つめていた。



「……っていう事があったんですけど」

「そんな……」


 その夜、自室に戻ると、SNS廃人のようにパソコンに貼りついているボインプルンに、先ほどのジーパンのチュートリアル失敗の件を伝えた。


 ボインプルンはキーボードを打つ手を止め、曇った表情でカロンを見る。


「何という事でしょう。私が完璧すぎるあまり、あまりにも居心地のいい安息地を作ってしまったのですね。優れすぎているというのも、時として困り物ですね」

「いや、想定していた機能が動かないのって無能なのでは」


 どさくさに紛れて熱い自画自賛をするボインプルンに対し、カロンは思わず突っ込みを入れてしまった。


 発注したイラストと違う物が来たが、こっちの方が可愛いから採用した。


 プログラム的にバグだが、結果的に面白いのでそのまま実装したというのは割とあるのだが、基本的にはエラーはエラーである。そして、エラーを出してしまうというのは優れすぎた奴の仕事ではない。


「まあ、カロンの言う事も一理あるでしょう。私が天才過ぎるがゆえに、出ていきたくなくなる安息地を作れた訳ですが、あそこはあくまで仮の宿。限度枠もありますし、それを超えた場合、拡張するために課金をせねばなりません」

「意外と素直に反省するんですね」

「私は傲慢ではありません。ちゃんと間違いを正し、非を認める事が出来る、真に優れた女神なのです」


 ボインプルンは巨乳をふんぞり返らせるが、いい加減うざくなってきたので、カロンは無視して話を進める。


「それはいいんですけど、具体的にどうするんですか? 強制退去させる訳にもいかないでしょ?」

「大丈夫です。たった今、解決方法を編み出しました」

「今思いついたんですか」

「ええ、私の頭脳を持ってすれば造作も無い事です」


 本当に有能なら「こんな事もあろうかと」と対策を準備しておくのではないだろうか、と内心で思ったが、これ以上話をややこしくしたくないので、カロンは押し黙った。


「カロン、明日の朝7時まで安息地には入れませんので、壁に向かって歩かないで下さいね。すり抜けられずに顔をぶつけるだけですから」

「朝7時?」


 カロンは壁に掛けてある時計を見た。時計の針はちょうど23時を指している。


「はい。これから緊急メンテナンスを行います。ジーパンさん達も、メンテ中はぐっすり眠っているようにします」

「メンテナンス? 何が起こるんです?」

「心配しないでください。安息地に居座り続ける問題に対する改善策です」


 心配しないでくださいと言われると不安しか無いのだが、ボインプルンは自信たっぷりにそう言い残し、ドアから出ていった。


 普段どこで何をしているのか分からないが、カロンがドアを開けると、ボインプルンの姿は既に無かった。


「メンテナンス、ねぇ……」


 ボインプルンが何をするのか分からないが、既に0時近くなっていたので、カロンは自室で眠ることにした。


 だが、寝る前に一つだけ気になった事があったので、カロンは寝ころんだままスマホに手を伸ばし、匿名掲示板を覗いてみた。


「……やっぱり」


 そこには、SNSの変な奴を監視するスレッドがあり、その中にボインプルンがしっかりと書かれていた。


 内容をざっと追っていくと、「乳の神って何だよwww」「こいつ片っ端からソシャゲ運営に電波リプライ送ってるんだけど、ソシャゲに親でも殺されたのかよ」「でも美人で乳がでかいからOKです」などの書き込みがあった。


 カロンはそっとブラウザを閉じ、明日7時に終わるメンテナンスのために眠りに就いた。

 あんまりいい予感がしないが、それはなるべく考えない事にした。


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