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第10話:ジーパン、異世界送りにされる

 アーノルディの部屋のテーブルを囲んで食事が開始された。


 といっても、カロンは同席しているだけで何も食べない。安息地でカロンは『管理人』という立場なので、食事は自室でしているのだ。


「ケーキおいしー! ケーキおいしー!」


 アイリは目の前に用意されたケーキを一口食べるたびに「ケーキおいしー!」と歓喜していた。もしかしたら、ケーキをあげるたびにボイスが流れる思考がまだ残っているのかもしれない。


「ハチャ! ハッチャチャッチャ!」


 その横では、レンジで熱したばかりの唐揚げを口に放り込んだジーパンが、熱さに身悶えていた。ジーパンの食べ方は豪快で、大口を開けて皿にあった唐揚げを一気に丸飲みしようとしていた。

 そりゃ、そんな事したら熱くて仕方ないだろう。


「熱っ! あっちっちっ!」


 さらにその隣では、お粥を口に含んだアーノルディが悪戦苦闘していた。


 アイリを除く男二名は、苦悶と愉悦を同時に顔に浮かべるという器用な技を披露していたが、料理自体はお気に召したらしく、何だかんだ言いつつ楽しそうだった。


 全体的にやかましい食事風景だが、カロンだけが人形のようにその様子を眺めている。


「す、すまない。この粥が想像していた以上に美味くて止まらなくてな……不快に思わせてしまったか?」

「ううん、違う」


 アイリとジーパンはマイペースに食事を堪能していたが、アーノルディはカロンが無言でいたのを不快に感じたと思ったのか謝罪した。だが、これは仕様なので、カロンはふるふると首を振る。


「ああ、姐さんは別に怒ってねぇよ。俺も最初はビビったけど、姐さんはクールビューティだからな」

「カロンはあんまり顔に感情が出ないけど、優しいから安心しなよ」


 アイリとジーパンの方がここで暮らしている期間が長いので、『カロンは無表情で口数は少ないが、心優しく穏やかな少女』という認識をしているようで、アーノルディに心配しないよう伝えた。


 本当は無表情で口数が少なくされ、あんまり優しくも無いおっさんだ。時として事実は無情なのだ。


「いやー、しかし、この唐揚げは本当にうめぇや。俺はもういつ死んでも後悔しねぇよ」


 ジーパンが最後の唐揚げを食べ終わると、全員の食事が完了した。その直後、カロンは空中で指をくるくると動かす。その先に座っているのはジーパンだ。


 ジーパンのステータス画面が表示されると、ボインプルンが新たに実装したうさんくさい『幸福度』のステータスバーがかなり伸びていた。


「ジーパン、ちょっと来て」

「何すか?」


 カロンが椅子に座ったまま手招きすると、ジーパンは椅子から立ち上がってカロンの方に回る。カロンとジーパンでは身長差がかなりある。


「ジーパン、ちょっと屈んで」

「はぁ、こうすか?」


 カロンに言われた通りジーパンが膝を付く。すると、丁度撫でやすい位置に頭が来たので、カロンはジーパンのごわごわした頭を優しく撫でる。


「ああっ……! わ、ワォン! オォン!」


 まるで電流でも流されたように、ジーパンの身体がぶるりと震える。

 決して嫌がっている訳ではないようで、目はキラキラ輝いていた。

 ジーパンの横に表示された幸福度メーターを見ると、物凄い勢いで上昇していくのが分かる。


「あ、姐さん! も、もっと撫でて!」

「うん」


 ジーパンは辛抱たまらんという感じで、尻尾をぶんぶん振っている。カロンも表情を変えないまま、ジーパンの頭やら首元やらをわしわし撫でていく。すると、幸福度がモリモリ上がっていく。


「ジーパン、狼じゃなくて犬みたい」


 その様子をアイリとアーノルディが苦笑しながら見守っていた。今やジーパンは床の上に腹を仰向けにした服従のポーズを取っており、カロンはその腹を適当に撫でていた。


 その姿はもはや人狼ではなく、飼い馴らされたポメラニアンのようだった。


 しばらくそれを続けていると、『シャキーン!』とゲームの効果音のような音が辺りに響く。といっても、アイリやアーノルディには聞こえていないようで、二人とものんびりと机に頬杖を付いている。


『ジーパンさんの幸福度がMAXになりました!』


 カロンの脳内にボインプルンの声が響く。


 奴の気配は無い。多分、今頃ボインプルンはSNSでソシャゲの公式アカウントに喧嘩を売っている事だろう。一応止めたが、多分無駄だろうという事はカロンも分かっている。


 恐らくは、幸福度マックスになったら自動で分かるような仕組みになっているのだろう。カロンは気付かれない程度に溜め息を吐くと、ジーパンのステータス画面の方に視線を向けた。


 すると、緑色のゲージが虹色に輝き、すぐ横に『幸福度MAX!!』と表示されていた。何だか安っぽい最高の幸福な気がしたが、とりあえず幸福度がマックスである事は分かった。


「ジーパン、ちょっと来て」

「へぇ、分かりやした。また誰か送られてきたんですかい?」

「違う。二人は休んでて」


 アイリとアーノルディにそう言い残し、カロンはジーパンを引き連れて部屋の外に出た。ジーパンはこれから散歩に行く犬みたいに尻尾を振って付いてくる。


 そのまま二人で静謐(せいひつ)な廊下を渡り、屋敷の裏に出る。中庭を突っ切り、清らかな水を湛える湖に出る。湖の水平線には柔らかな光が輝いており、水面には一隻の木製のボートがあった。『カロンの渡し船』だ。


「ジーパン、あなたの魂は完全に癒された。間違いない?」

「えっ? いや、よく分かんねぇっすけど、前のトラウマみたいなもんは無くなった気がしやすね」


 ジーパンは犬歯を剥き出しに屈託なく笑う。弱小低レアのジーパンは、アーノルディ同様にデイリーミッション消化ですり潰されてここに来た。来た直後は虐待を受けた野良犬みたいに警戒していたのだが、元が単純なのか、二、三回飯を食わせたらあっさりと安息地に順応した。


 そして今、ボインプルンの設置した幸福度メーターによると、ジーパンは完全に回復したらしい。それはつまり、ジーパンがこの仮の宿から巣立っていく事を意味していた。


「ジーパン、あなたとのお別れの時が来た」

「えっ、い、いきなり何を言い出すんすか!?」


 カロンが能面モードで淡々とそう言うと、ジーパンは困惑したように問い返す。


「ここは傷付いた魂を癒す場所。そして、癒された魂は去っていき転生する。あの渡し船に乗って進んだ光の先には、新しい世界が待っている。そこは、とてもいい場所だと聞いている」


 カロンも行った事がないのだが、ボインプルンいわく、傷付いた魂が完全に癒され転生すると、来世では幸福な世界に産まれられるらしい。本当かどうかかなり怪しいが、一応ボインプルンも女神の端くれなのだから信じるしかない。


 これだけ懐いているジーパンと別れるのは少しだけ寂しい気もするが、異世界転生させてくれるノルマをこなすためにも、幸福度が最大になった奴は、効率よく追放せねばならない。


 ジーパンにとっても悪い話ではないだろう。


 だが、カロンに渡し船に乗れと言われたジーパンは、先ほどまでのはしゃぐ様子は微塵もなく、口を閉ざし、真顔でカロンを真っ直ぐに見つめていた。


「いや、別に俺、新しい世界とか興味ねぇっすから」

「…………えっ」


 想定外の答えに、カロンは目を見開いた。

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