第八話
「メルの奴なにを考えてるんだか……。あの、嫌だったらやめてもいいんですよ?」
「いえ、罰を受けると言ったのは、私ですので。それに、飲み物を買いに行くだけなので大丈夫ですよ。お友達同士では普通なのではないのですか? こういうのは」
「いやまあ、確かにこういうのはありますけど。そうじゃなくてですね……その、手を繋いでいることについて、言っているんですが」
休日をメルと響香の二人と過ごしていたところにユリア様が参戦。
そして、ババ抜きを始めたのだが。
めるが急にビリの人には罰ゲームを受けてもらうと言い出したのだ。
それで、ユリア様がビリになってしまい、今現在罰ゲームとして俺と一緒に飲み物を自動販売機で買わされているところなんだ。
それだけなら、まだいいが。
なぜか手を繋いで、という条件付きで。
部屋出てからというもの、ユリア様の手の感触が直に伝わってきて……柔らかい。なんて柔らかさだ。雑誌にも載り、世界中から人気を集めるユリア様の手はこれほど柔らかいのか……!
それに小さく、俺の手で包み込めそうなほどに。
こんなところを、他の生徒や先生に見つかりでもしたらと、俺は心配している。
飲み物を持ったユリア様は、僅かだが紅潮させて口を開く。
「大丈夫です。先ほども申しましたが、罰を受けると言ったのは私です。それを途中で投げ出すのはよくないと思うんです」
「それはそうですけど……嫌じゃないんですか? 罰ゲームとはいえ、男と手を繋ぐことが」
「嫌ではありませんよ。誰かと手を繋ぐことはとても良いことです。それに」
それに?
「男性と手を繋ぐことなんて、今まで無かったものですから。その、初めての体験ができて少し嬉しい気分なんです」
「……」
やばい、すげぇやばいよ。
その言い方は、ちょっとやばいんじゃないですか? ユリア様。
さすがにやばいですよ!
そんな言い方をしたら、色々と勘違いされちゃいますって。
紅潮させながら、恥ずかしそうに見えて嬉しそうな表情をして……そんな言葉を言ったら。
やべえ……こっちまで、恥ずかしくなってきた。
顔赤くなってないよな? 大丈夫だよな。というか、やましいことを考えていた穢れた俺には、ユリア様の笑顔が眩しすぎる。
こんな俺がユリア様の手を繋いでいていいのか!?
「ん?」
恥ずかしさでちょっと顔を逸らした方向。
そこには、物陰に隠れているメルと、出たそうにうずうずしている響香の姿が視界に映った。
見つかったことに気づいたメルは、何かスケッチブックに文字を書きそれを見せ付ける。
〈抱きしめろ〉
できるかぁ!! とジェスチャーをする。
〈へたれめ〉
そういう問題じゃないだろ……まったく。
何がしたいんだ、メルは。
楽しんでいるのか? 俺が困っている姿を見て。
あぁもう……早く戻ろう。こんなところに、手を繋いだまま一緒に居たら、勘違いされてしまう。
というか、俺の精神が堪えられないかもしれない。
「ユリア様。飲み物も買ったので、部屋に戻りましょうか」
「そうですね。早く戻りましょうか。お二人も、待っていることですし」
「そ、そうですね……」
と、先ほどの物陰を見るとすでに二人はいなくなっていた。
その後、戻る途中で真田先生や浅間教官に見つかったのは言うまでも無い。ま、ユリア様が弁解してくれたおかげでなんとか誤解は解けたけど。
生徒達に見つからなかったのは、不幸中の幸いだったよな。先生だったからこそ、あまり大きな勘違いをされなかった。
これが青春真っ盛りな乙女達だったらと思うと……あぁ、本当によかった。
★・・・・・
「まったく、お前は何がしたかったんだ?」
「空が困っている姿を観察したかった。ただそれだけ」
「さいですか……」
今は、俺とメルだけが部屋に居る。
ユリア様は、早々と帰り、響香は宿題をやっていないということで自分の部屋へと戻っていった。
もう少しで、夕食の時間だけど。
さてはて、どうしたのもか。
このまま、メルと会話をして時間を潰すか……それとも、他のことをするか。なんだか精神的に疲れたからなぁ。
「ねえねえ」
「ん? どうした」
夕食までどうしていようかと考えているとメルに呼ばれる。
見ると、メルの手には一枚の写真が握られていた。
「おい、それいつの間に撮ったんだ?」
「隠密をしながら、ちょくちょくと」
その写真には、俺とユリア様が手を繋いで居る時の光景がばっちりと写っていた。
俺は、少し顔を紅潮させてすげぇ挙動不審にキョロキョロしている。
ユリア様は相変わらず眩しい笑顔だ。
角度的に、あの時撮られていたんだろう。
こいつは……本当に。
「記念に一枚、どうぞ。私は、優しいから無料で、それも一番写りがいい写真をあげる」
「……ありがとう」
「素直でよろしい。やっぱり、空も男の子」
「そうですね……」
受け取ったのは、自動販売機の前で丁度二人とも顔を紅潮させている時のものだった。
本当いい写りをしている。
それにしても、データ写真が多いって言うのによくもまあアナログでこんないい写真を。
写真の才能もあるんじゃないのか? こいつ。
「それじゃあ、おまけにこんなのもどう?」
「こ、これは……!?」
出された写真には、あのラフな格好をした響香が気持ちよさそうに寝ている姿が写っていた。
いったい、どれだけ撮っているっていうんだ。
それにしても、無防備すぎる。
そんなラフな格好をしていて、寝ていると色々と危ないものある。これは注意をしておかないとな。
「ほしいでしょ?」
「……いくら?」
「おまけと言った。無料であげよう」
別にやましいことは考えていない。これを証拠に、ちゃんと注意するんだ。
写真を受け取り、俺はそれをバックの中に仕舞った。
「ちょっと早いけど、先に食堂に行くか?」
「ういー」
移動していれば、それなりの時間帯になるだろう。
俺とメルは、夕食を食べに食堂へと移動を始めた。部屋を出て、鍵をしっかりと閉め廊下を歩く。
そこで、丁度部屋から出てきた響香と遭遇。
俺達を見つけると、大きく手を振って近づいてくる。
「や! 二人も、今から食堂に?」
「ああ。ちょっと早いけど移動していればそれなりに時間帯になるだろうってな。響香もか?」
「うん! いやー、もうお腹が減っちゃって我慢できなくてさ。かなたって子が同室なんだけど、先に食べにいくからーって」
なるほど、同室の生徒を置いてきたわけか。
本当に腹を空かせていたんだな。
「じゃあ、一緒にいこーぜ、お譲ちゃん」
「おう! 一緒に行こう!」
また、メルは変な言葉を。
何はともあれ、響香を加えて俺達は食堂へと向かう。
そして、食堂へと着くところで。
「あっ。皆さんも食堂ですか?」
ユリア様が先ほどと変わらない姿で再登場。
さっきのことを思い出し一瞬言葉が詰まったが、すぐ喉を整え声をかける。
「あれ? ユリア様もですか? 珍しいですね。食堂に来るなんて」
いつもは、学園近くの別荘で食べているのに。
ユリア様は世界中に別荘を建てている。
もちろんこの学園の近くにも別荘があるので、学園で特別講師をしている間はそこで寝泊りをしているんだそうだ。
「今日は、食堂でという気分なので。ご一緒してもよろしいですか?」
「俺は構いませんよ」
「あたしもー!」
「私も」
「では、お腹も空きましたし、行きましょうか」
なんと、ユリア様まで加えて食堂へと入っていく。
今日の休日はなんとも、記憶に残りそうな出来事が多い。いや、この学園に来てからは、忘れられない出来事が多いような気がする。
まだ、二週間ぐらいだけど。
これから、もっといい思い出が作れればいいなぁ……。
「おーい! 空ー! 早くおいでよー!」
「ああ! 今、行くって!」
置いていかれないように、俺は慌てて三人に近づいていった。