第六話
午後の授業。
二組と合同でやることになったそれは、どうやら模擬試合のようなもの。
戦乙女同士の戦いがどれほどのものかをその目で確かめるという意図があるらしい。
一組、二組、三組から、二人選ばれ、皆の目の前で勝負をする。
勝負といっても真剣勝負ではない。
立会人が、これ以上はだめだと判断するかどちらかがギブアップした時点で、勝負ありと判断し、そこで試合は終了となる。
生徒同士で、模擬試合で死人を出してはことだということだ。
その試合をする生徒は学園側が決める。
そして、決まったのが……一組と二組の模擬試合。
模擬試合には、試合会場が使われる。
この学園に設置されている施設のひとつで、そこではいつもこの学園のイベントなどを多く開催しているという場所。
この模擬試合も、毎年恒例のもの、らしい。
そんなこんなで、どうやら一組からは俺が選ばれてしまった。
唯一の男であり、実力もあると判断されてのことだそうだ。
まあ、こうなりそうだとは思っていたけど。それで、俺の対戦相手の二組はというと……。
「むふ」
「そういうことだったのか……」
目の前で、黒いツインテールを揺らし楽しみにしていた! と言った表情を見せる墨原響香。
あの時の言葉の意味がやっとわかった。
どうやら、響香は俺と模擬試合をするということを知っていたようなのだ。
それで、あの時「強いの?」と聞いてきたのだろう。
俺は、始まる寸前に教えられたのに。
「今日は、ずっとわくわくしていたよ! 唯一男で戦乙女を発現できる君と戦えるって聞いていたからね! もう始まる前から武者震いが止まらない……!」
「それは光栄だけど……。あんまり期待するなよ? 俺は、そんなに強くないぞ?」
「それは、実際に戦って判断するよ! ギャラリーも待ち遠しいみたいだし。そろそろ始めようよ!」
響香の言うとおりこの模擬試合は一年生全員が見ているのだ。
皆、俺達がどんな試合をするのか観戦している。
こういうのは初めてだから緊張するな。
響香は、そんなこと気にしないで俺と試合できるという嬉しさでいっぱいのようだ。あの顔を見ればすぐにわかる。
というか、顔に出やすいタイプのようだ。
「準備はよろしいですか? お二人とも」
そうそう。
立会人は、あのユリア様がしてくれるそうだ。
今日も、可憐なお姿が眩しいぜ。
「はい。俺はいつでも」
「あたしもいつでも戦えます!」
お互い、準備はよし。
それをみたユリア様は、もう一度俺達を見て頷く。
そして、手を挙げて。
「それでは、これより一年一組一之瀬空と一年二組墨原響香の模擬試合を開始いたします! 両者戦乙女を発現させてください!」
「「はい!!」」
ユリア様の言葉に、俺達は【戦乙女】を発現させた。
「さあ、行くぜ! 我が呼びかけに応じよ! セイヴァー!!!」
光を纏いて、その姿を変える。
その身は、戦に赴く乙女。戦いを重んじる心を持ち、武を持って相手を倒す。可憐で尚且つ勇ましいその姿が現れる。
発現させることで、俺は知っての通り性別が女になり機械天使のような武装を纏う。
茜色の髪を揺らし、目の前の相手である響香を見る。
その姿に響香は、驚くと同時に先ほどより嬉しそうな表情を見せた。
「すっごーい! 噂通り女の子になっちゃうんだね! そして……強そう。それじゃ、あたしも見せなくちゃね。我が呼びかけに応じよ! ブラック・ブレイヴ!!!」
黒き渦が巻き起こる。
響香の体を包み込み、乙女との魂がひとつに。
顕現さし、黒き衣を纏った戦士。
武装よりは、強化服と言った見た目をしている。俺のとは違い、機械なものはあまりなくちょっとデザインが奇抜な服。
……拳闘士、と言ったところだろうか。
「さあ、やりあおうよ!」
拳を構え、体勢をとる。
やはり、予想していた通り……あの構え、響香の戦闘スタイルは格闘か。
「両者の戦乙女の発現を確認しました。両者、悔いの無い試合をしましょう。では……始め!!」
始まった。
響香がどれほどの実力者なのかは知らないけど、まずは空中に飛び様子見を―――そう考えた瞬間だった。
視界に映っていたはずの響香の姿が、いつの間にか目と鼻の先にまで近づいていた。拳を構え黒きエネルギーが纏っているのを目視した俺は、直感的に……いや、見ての通りこいつはやばい、と察して素早く天空へと飛翔。
「あれ?」
「なっ!?」
ここの試合会場は、実践用に色々なセッティングをしてある。
平らなステージや障害物などを設置したステージ。
学園内でも外と同じ感覚で訓練ができるようにと作られている。そのため、俺達が現在試合をしているステージには岩の障害物が設置されている。
その岩が、それも俺と同じぐらいの大きさがある岩が……砕け散った。
無残に。
粉々に。それをやったのは響香の攻撃。俺を見失ったことで小首を傾げるもすぐに空中にいることを確認した響香はにこっと笑って見せた。
「結構早いでしょ? あたし」
「早い。それになんなの? その技は」
「《黒桜拳》だよ。どう? かっこいいでしょ!」
「うん。かっこいいよ。それに」
当たったらやばいっていうのも理解した。
まさか、あれほどの技を持っているなんて。響香は根っからの格闘家だったりするのかな? じゃないと、あれほどの技は。
もしかすると【戦乙女】による力なのかもしれない。
「それにしてもいいなぁ。空を飛べるって。あたし、飛べないからな~」
「それは良いことを聞いた。響香には悪いけど、しばらくは空中で作戦を練らせてもらうよ」
じゃないと、まともに戦えないかもしれないしな。
卑怯者と言われようと、かまわない。
さて、どうしたものか。
「それは困るなぁ。あたしは、戦いたくてうずうずしているんだ。だからさ……そこまで、跳ぶよ」
「マジですか」
地面を蹴り、響香は跳んだ。
彼女は飛べないが、跳ぶ事はできた。それにしても、跳びすぎだろ! 八メートルは飛んでいるはずなのに。
「だけど。跳べるとしても空中での移動はできないでしょ!」
彼女が近づく前に、俺は空中で移動をする。
さすがに、これだったら。
「それが……できちゃうんだなぁ!」
逃がさない! と響香は空中を蹴った。
そんなのありかよ! 迫りくる黒き弾丸。
空中を蹴るという予想外の出来事が起こった俺は、響香の拳を光の粒子をバリアのように張り防ぐ。
「へえ。そんなことができるんだ! 面白いね!!」
「こっちは、全然面白くないんだけど、ね!!」
拳を防いでいるバリアを衝撃波として叩きつけた。
それを受けた響香は、吹き飛ばされるも地面にうまく着地し俺を見詰める。その顔は、遊び盛りな子供のような笑顔だった。
「あの一撃を防がれたの初めてだよ!」
「防がないとやられていたからね。それにしても、本当に楽しそうに戦うね」
「強い人と戦えるんだよ! これは喜ばずにいられないよ!」
「本当……変わってるね」
だけど、その純粋さが響香なんだろう。
それに自分も人のことを言えないよな。男で戦乙女を発現できたり、発現させると性別どころか口調まで変わってしまうからな、俺。
まあだけど、わくわくしてもらえるのなら。
「今度は、こっちからいかせてもらうよ!」
「どっからでもこい!!」
空中を舞い、うまく響香の背後を取った。
そこへ光の粒子を撃ち放とうとしたが、すぐに気づかれ宙返りで避けられる。今度は俺が背後を取られたが、素早く横へと移動。
「逃がさない!」
「逃げる!」
歓声が聞こえる。
頑張れ。
負けるな。
一之瀬君ファイト。
墨原さんもファイト。
どっちも負けるな。
そんな歓声の中、俺たちは攻防する。
だが、この攻防もそう長くは続かないだろう。始まりがあるように終わりもある。いくら身体能力が向上しているとはいえ俺達は人間なのだ。
疲れはくる。
動きが鈍り、まともに攻撃を食らえば……!
「うーん! 気持ち良い!! やっぱり、動くと気持ち良いよね! 空!!」
「私は、ちょっと疲れてきたんだけど」
「なんて言ってるけど、全然疲れていないみたいだね。まだまだいけそうだ!!」
良い汗を掻いた! みたいな感じの響香。俺も本当はまだ余裕だけど、相手を油断させるために……とは思ったが、あまり効いていないようだな。
とはいえ、呼吸は乱れ始めている。
飛べると言っても疲れないわけじゃない。
この光の粒子はどうやら、体力を奪っているようなのだ。やっぱり、こういうものには何かしらの欠点があるというか、完璧なものはないってことだな。
「よーし! そろそろ時間もなくなってきたことだし……一気に攻めていくよ?」
「そうだね。授業終了の時間は刻々と近づいてきてる。早く、終わって休憩をしたい」
「終わったら、一緒に飲み物を飲もう!」
「おっ。それはいいかも」
「空の奢りで!」
「こっちが奢るの!? ……まあいいよ。でも、私がもし負けたら、の話だけどね」
光の粒子を拳に纏わせ、構える。
それを聞くと、響香はとても良い笑顔で、拳を構え黒いエネルギーを纏わせる。
また、あの技か。
「じゃあ、あたしが負けたらあたしが奢ってあげよう!」
「約束だよ?」
「うん! でも、負けるつもりはないからね」
「私も負ける気は豆粒ほどもないよ!」
響香とは今日出会ったばかりだが……この試合を通じて、友情のようなものが芽生えたのかもしれない。
昔からある「拳で語り合ったら」の法則だ。
あれは、男同士だったような気もするが、そんな細かいことは気にしないことにする。
今はこの試合を。
「いくよ! でやあッ!!」
「来い!!」
ぶつかり合う二つの拳。
白と黒のエネルギーが交わり火花が散る。
力のほうはあっちが上だ。
体力でさえも。
だが……! 負けるわけには行かない! ここまできたんだ。
「負けてたまるかッ!!」
「こっちだってッ!!!」
一気に、エネルギーが膨れ上がり爆発した。
吹き飛ばされる二人。
砂煙が舞い、観戦席まで届くほどだ。
俺は、少しふらつきながらも向こうにいるはずの響香を見詰める。
あいつはどうなったんだ?
砂煙が徐々に消えていく。
そして、そこには……。
「えへへ。なんだかやりきったって感じであたしは満足! だよ」
ぺたんと女の子座りをしていた響香。
顔や体中に汚れが付いている顔で、本当に満足そうな表情を浮かべる。
「ギブアップ、ということでよろしいでしょうか?」
「はい、ギブアップです」
ユリア様には、汚れひとつ付いていないのに驚いたが、さすがはユリア様と関心する。
響香の言葉を聞きうけたユリア様は手を挙げ。
「墨原響香のギブアップを確認しました! これにより、勝者! 一年一組一之瀬空!!」
宣言。
その瞬間、歓声が湧き起こる。
「おめでとう! 一之瀬君!」
「さすが、一組のエース!!」
「良い試合だったよ!! お疲れ様!!」
いつから、俺はエースにあったんだ?
俺は【戦乙女】を解除し、座っている響香に近づき手を差し伸べた。響香は、それを迷いもせずに取り引っ張りあげる。
そして、自分も【戦乙女】を解除し頭を掻く。
「いやー。負けちゃったよー。空ってなんか格闘技とかしてるの?」
「いや、別に。ここに来るまではちょっと運動ができるただの少年だった」
「うっそだー! そんな人にあたしが負けたなんて信じられないよー! ぜーったい! なにか格闘技してたでしょ!」
「してないって言ってるだろ……。それよりも、ちゃんとジュースを奢ってくれよ?」
「わかってるよー。約束はちゃんと守る女だからね、あたしは」
相手に奢らせたほうがおいしい。
どっちもそれをわかっていたから、あんな約束をしたんだろう。
「あたし達って結構気が合うんだね」
「だな。それと、お前……本気出してなかっただろ?」
「え?」
「だって、武装をひとつも使ってなかったし。違うか?」
っと、俺に指摘されると、困ったような顔をする。
「確かに武装を使っていなかったよ、うん。でもね、なんというかその……使わなかったじゃなくて”使えなかった”って言うのが正しいかな」
「どういうことだ?」
「あたしの【戦乙女】はどうやら気難しい性格のようでさ。あんまり気持ちが伝わりきれていないようなんだよね~。まいった! まいった!」
「そういうのもあるんだな」
戦乙女は、意思を持っている。
それを俺達は理解し、心をひとつにしてこそ本当の力を発揮する。俺だって、自分の戦乙女のことを全て理解しているわけじゃない。
それでも、少しは武装を使えるから分かり合っている……のかな。
「うん。でも、いつかは気持ちを伝えきって全身全霊で戦えるようになるから! その時は、もう一度戦ってくれるよね?」
「ああ。もちろんだ」
握手を交わす。
これで、模擬試合は終わり。
また明日からは、いつもの授業と訓練の日々が続くだろう。