第五話
聖ヴァルキュリア学園に入学して二日目の勉学の時間だった。
俺は、いつも通り一番後ろの席に座って授業を受けている。
教科書を開き、ノートを開き、シャーペンを走らせているとちょんちょんっと何か突かれるような感触を感じた。
なんだ? と思いチラッと隣を見ると……そこには俺と同じく黒髪の少女が座っていた。
その長い髪をツインテールに束ね、くりっとした赤い瞳とその顔立ちにはどこかやんちゃな性格を現しているようなものを感じる。
「なに?」
「えっと……ちょっと、教科書を見せてはくれないかな?」
「忘れたのか?」
「にゃははは……」
声を潜めて、会話を始める。
どうやら、この少女は教科書を忘れたようなのだ。そういえば、授業が始まってからというもの隣か妙な物音がしたけど。
教科書を忘れて慌てていたのか。
まあ、別に俺も意地悪ではない。
隣同士なんだし、見せ合うのはだめじゃないだろう。俺は、すっと教科書を真ん中辺りに移動させて少女に見えるようにした。
「ありがとぉ……!」
声を潜めながらも感謝の言葉を言う。
そんな時、先生がこちらを見て。
「では、本題に入る前に。この世界の歴史の始まりを……墨原さん。ご説明してくれますか」
「は、はい!」
おっと、これは別に教科書がなくてもいいな。
墨原と呼ばれた少女は助かったぁっと胸を撫で下ろしながら喋りだす
「私達の世界チスタリアは、元々二つの別世界同士でした。でも、三百年前の突然の世界融合により地球とアスタリアはひとつの世界になってしまいました」
「はい、その通りです。ありがとうございました」
メガネをかけた女性教師に言われ、墨原は席に着く。
もし、教科書を使うことだったら危なかっただろうな。その時は、こっちがフォローをしようと思っていたんだけど。
「墨原さんの説明の通り私達の世界チスタリアは、元々二つの世界でした。ですが、三百年前。突然、地球の隣にアスタリアという異世界が出現。わけのわからないまま調査が進む前に光の包まれ、気づけば融合していました」
そう、俺達の今現在生きている世界チスタリアは、地球とアスタリアという異世界が融合した世界。
かなりの混乱を招いたが、今では別世界同士協力しあい、なんとかなっている。
世界の名前もお互いの名前を合体させチスタリアとなっているが、アスタリアのほうが濃いっていう意見もなくはない。
まあだが、三百年経った今でもどうして世界が隣り合わせになったり。そして融合したのか未だに解明されていない。
こうして、教室を見渡してもところどころに獣耳を生やしている少女や、耳が尖っている少女が見受けられる。
三百年前の地球人にとっては、空想の存在でしかなかったものがたくさん目の前にあって興奮したんだろうなぁ……今の俺達のとっては日常的なものなんだけど。
「そして、世界統合によりお互いの技術が発展。地球側の機械とアスタリア側の魔法。うまく融合したことにより生まれたのが魔工学になります」
授業は、淡々と進み授業終了のチャイムが鳴る。
「では、今日の授業はここまでです。次は戦いの基礎をやるそうなので、早めに着替え移動するように」
先生が出て行くと、生徒達は、教科書やノートを片付け次の授業のため準備に戻っていく。
俺も早く着替えなくちゃな。
「ちょっと待って!」
「ん? どうした?」
席を立つと、先ほどの少女に呼び止められた。
「さっきは本当に! 本当に!! ありがとうね!! いやーまさか二日目にして教科書を忘れるなんて……。でも、隣が君のような優しい人で助かったよ! あたし、響香。墨原響香だよ。一年二組なんだ」
「隣のクラスなのか。俺は、一之瀬空だ。見ての通り、男だ。クラスは一組。まあ、あまり教科書は必要なかったようだけどな」
「うんうん。内心すごいドキドキだったから助かったよ……今度からは忘れないようにしないとね! あ、君のことはニュースでも話題になってたからもちろん知ってるよ! それでなんだけど、ひとつ聞いてもいいかな?」
上目遣いに小首を傾げる響香。
なんだろう?
「空って……強いの?」
「……それはどういう」
「おっと! あたしも早く戻って着替えなくちゃ! じゃあね! 空! またー!!」
「って、おい! ちょっと待てよ!!」
しかし、響香は走り去って行ってしまった。
なんだって言うんだよ。
一人残された俺は、頭を掻き更衣室へ移動を始めた。
★・・・・・
「やほー」
「メルか。今日も一緒に食べるか?」
「うん。今日は、カレーライスなのだー」
「へー。おいしそうだな。俺は、しょうゆラーメンだ。いい香りが漂ってきて、俺の腹の虫も鳴きに鳴いているぜ……」
午前の授業が終わり、昼食の時間になった。
俺はいつものように食堂で食べるところだ。
昨日と同じく、景色が見やすい窓側の席に座ると、またいつの間にか隣に座っていためる。
今日のメニューはカレーライスらしい。
昨日のオムライスといい……子供が好きそうな食べ物が好きなんだな、メルは。
「それじゃ、いただきます」
「いただきますー」
食べ物への感謝を忘れずに言い、レンゲで汁を掬い口に入れる。
あぁ、このさっぱり感やっぱりラーメンはしょうゆだよなぁ。などと、思いながら箸で麺を掴み食べていく。
隣では、スプーンでカレーライスを少し混ぜながら食べているめるの姿が目に入った。
メルとは、同じクラスで同室ということもあって他の生徒より仲が良くなっているような気がする。
それに、なんだか気軽に話せる相手、というか。
話していて不思議と落ち着くのだ。
「そういえば、午後の授業六時限目に何かやるらしいけど……何か聞いてるか? メル」
「確か、二組と合同の訓練をするとか言ってた」
「二組とか……」
そういえば、あの子。響香も二組だったな。
思い出すと、あの言葉が気になってしまった。
―――空って……強いの?
どういう意味で言っていたんだろうか?
生身で? それとも【戦乙女】を発現させた状態で?
「おっ! やっほー空。隣、いいかな?」
「あれ? 響香」
言葉の意味を考えていると、それを言ったご本人が登場。
おぼんには、豚カツ定食が乗っている。
「空いてるし、いいよね? 座るよー」
「ああ、別に構わないけど」
「はあー! お腹減った! いただきます!! はむ!!」
なんというか、すごく元気な子だな。
席に着くと、本当に腹を空かせていたようで、がつがつと食べ物を胃袋へと収めていく。
気持ちいいぐらい、すごい食べっぷりだ。
そんな彼女を見ていると、箸が止まりチラッと視線をこちらに向けてきた。
やべ、見すぎたか。
「ふふ」
「どうした?」
「今日の午後の授業、楽しみだね!」
「午後の?」
そう言っては、また箸を動かす響香。
今日の午後の授業。
つまりは、一組と二組の合同授業のことを言っているのだろうけど。
一緒に授業ができるのがうれしいのか?
それとも、もっと他の理由があるのか……。
何を考えているんだ?
「空」
「ん? どうしたんだ、メル」
考えていると、メルがカレーライスをすでに食べ終わり、俺の裾を引っ張ってきていた。
「ラーメン。伸びちゃうよ?」
「あっ……」
ま、まだ大丈夫だ。ラーメンは汁の量が多かったから。麺はそこまで汁を吸っていない。とはいえ、あまり考え過ぎるのもだめだな。
さっさと食べてからゆっくり考えるとするか。