log in - 54 悼み
「あれ、は……?」
戦闘に次ぐ戦闘で、どうやら随分と村の中心部から遠ざかっていたようだ。もっとも、魔物を引きつけるという意味では間違いではなかったのだが……。しかしてひた走るオレの肌が刺すような寒さを感じ始めた頃、ようやくそれは目に入ってきたのだ。
……無数の氷の彫像に囲われた……巨大な、ドームが……。
「っ!?」
“ギャイィイ~~~~~ンッ”
凍原と化した周囲に響く金属音。
咄嗟にかざした剣に加わる衝撃を、半身になって受け流し。そのまま地面へと吸い込まれていく凶刃を、掬い上げるように跳ね除ける。
だが、追撃は叶わない。剣を跳ね上げられると同時に飛び退いたのであろう、やや体勢を崩しつつも距離を取って着地する影。
「シトメラレナカッタ、カ……」
喋るのか!?
よく見れば、その瞳は狂乱特有の真紅に染まったものではなく、確かな理性……いや、知性の光を湛えている。
2mを超える長身。茶褐色の体は細身ながらも引き締まった筋肉で覆われ、その醜悪な顔も何処となく精悍に映るのであった。
それは、ゴブリンの面影を残す……何か。
ふと、以前にしたゴブリンの成長についての考察が頭を過る。
運よく生き延びて成長するか、何らかの原因で急速に成長したとしたら……。
「異常進化個体……とでも、言ったところか?」
そんな俺の呟きに、帰ってくる答えなど無く……。
「オマエ、タオス。コ……ミライ、ウバウ……ユルサナイ! ガァアアア~~~~~ッ!!」
っ、速っ!?
「くっ!?」
“ドンッ”と地面が弾ける音と共に、目の前に剣の切っ先が迫る。
瞬動か!?
「ちぃいっ!?」
咄嗟にそれを回避したオレがそのがら空きの胴を薙ぐよりも早く、まるで躱されるのが分かっていたかの様に踏み込んだ脚で強引に制動を掛けたそいつは、無理矢理体を独楽のように回転させて、剣をオレへと叩き付けてきたのだ。
“ギャイィイ~~~~~ンッ”
再び響く金属音。それは“ギィイン、ギャイン”と2撃、3撃と繰り返されていく。
くっ、強い!? 下手をすると武羅魏・弐式などよりよっぽど……。
ステータスはそこまで高くはないだろう。だが、反応速度が異常すぎるのだ。そう……まるで、こちらの動きが予め分かっているかの様に……。
それでも……。
「っ、せいっ!!」
「グガッ!?」
幾度目とも知れぬ金属音と共に、そいつの体が大きく弾き飛ばされる。
辛うじて態勢を整え地面へと着地するも、その姿は満身創痍。まあ、反応出来ることと、対処し切れるかは別だからな。
とはいえ、手間取ったのも事実だ。こちらも相応に傷を受けている。と、いうかだ。戦い難いという意味でなら、覇刃鬼以上に苦戦したんじゃないか? 戦闘自体は凄く地味だったが……。
「グ、ググッ……マケ、ナイ。 コ、マモルッ! ミライ……ウバワセ、ナイッ!!」
何だろうか、この……どこぞの小説の主人公? のようにも見れる展開は……。まるで、こっちが悪者……みたいな?
……いやいやいやっ!? いずれにせよ、相手が決死の覚悟で殺しにきているのだ。取るべき手段は……1つのみ! いい加減、時間も惜しいしな!!
「いくぞ?」
「クッ!」
振り上げる剣。そして、振り下ろす踏み込みと共に。
――ザンッ――
「ガッ!?」
斬撃と同時に踏み出された縮地に、既に死に体であったそいつが反応し切れるはずもなかった。
それでも……オレを捉えようと突き出された抜き手が、僅かに頬を掠めていったのは……一体、どれほどの執念だったのだろうか……。
「グ、グフッ! ……スマ、ナイ…コ、ヨ。……アア、アカ…ネイリス……」
その言葉と共に、そいつの目から光が失われた。
「ぐっ!?」
な、何だ!?
不意に脳裏に過った光景。
醜悪な緑の小人に群がられる、一糸纏わぬ赤毛の少女。
そこは……遺跡か何かであろうか……? 薄暗い石造りの空間に、悲痛な叫びが響き渡る。
「今の……は……」
「ふニャ~~っ! アギト、アギトぉ~~~っ!!」
少女の頭上に浮かぶマーカーを目のあたりにし呆然と立ち尽くすオレの元に、遠くから猛然と走りよってくる1匹の猫……もとい、1人の虎?
「リアン!?」
「ふニィ~、シシリィが……シシリィがぁ~~ぁあっ!!
「っ!?」
*
*
*
*
*
*
立ち上る煙。それは、天へと向けた慟哭のようで……。
燃え盛る炎。それは、ぶつけどころの無ない怒りに憤る心のようで……。
周囲を囲む人々の咽び泣く声が、真っ赤に染まる世界の中に物悲しく響いていた。
それは、送り火。
行き場のない怒りを糧に燃え上がり、宿る悲しみを天へと向ける。
およそ半数にも及ぶ村人が亡くなったそうだ。
そして、村を守る為に戦った狩守にも、甚大な被害が出た。
その1人が……シシリィだった。
そう……間に合わなかったのだ!
リアンに聞いたところによると、シシリィは非難した村人を護るために氷の結界を展開、それを維持しながら戦っていたらしい。そのために無理があったのだろう、不意を突かれて深手を負ってしまったそうだ。
その後すぐに轟いた雷鳴と共に避難所へと迫る魔物の後続が途絶えたのを契機と見たのか? シシリィは残った力を振り絞って、未だ周囲に群がる魔物を一掃して……そのまま……。
リアンの言う雷鳴が最初に使った〖震電〗だとしたら、そのまま百乃の群れを掻き分けてあの場へと向かったとしても間に合いはしなかっただろう。寧ろ、魔物を引き連れていってしまえば、シシリィが命と引き換えに護ろうとした村人をも危険に晒していたことだろう。
何より、魔物が俺の方へと引きつけられていたからこそ、避難所の村人は助かったのだともいえる。
……分かっている。頭では……分かってはいるんだ! だが、どうしても心がもしかしたらを訴えてくるんだ!!
“キュ”と小さな手が、苦悩に晒される俺の服を握る。
「お兄ちゃん?」
心配そうに見上げてくる幼女……テティスちゃん。シシリィが守ろうとした者の中には、この娘とその両親もいたのだ。
最初に再開した時は泣きついてきたテティスちゃんも、今ではすっかり落ち着いている。あの時、縋りついてくるこの娘の温もりに、言い知れない安堵を覚えた。救われたのだと。そう……他でもない、この俺の方が……。
「アギトさん……あまり思いつめないで下さい」
「そうですよ。貴女がそんなですと……この様で戦力に慣れなかった、私なんて……」
そう言葉をかけてくるテティスちゃんの両親。
労わるように優しく微笑みを向けながら、“ソッ”と俺の背中に手を添える、母……、セーラさんと。肘の当たりから先を失った右腕を掲げながら、最後は心底悔しそうに呟く、父……ハワードさん。そう、彼は利き腕を失っていたのだ。
どうも最初の襲撃で、セーラさんとテティスちゃんを庇って魔物に食い千切られてしまったらしい。それでも、慣れない左手で剣を取り、魔法を駆使して2人を護りながら避難所までたどり着いたのだとか。
そこでシシリィから戦力外は引っ込んでいなさいととばかりに、問答無用で建物の中にセーラさんとテティスちゃん諸共押し込まれてしまったのだそうな。まあ、戦力外うんぬんは、口実の1つであろうが……。
何ともいえないもどかしさにも似た感情と憤りとがないまぜになった痛みが、胸の中で渦を巻いた……その時。
天使は……降臨した。
「ううぅ、お兄ちゃん……悲しいの? んっとね、とね……悲しい時は、ちゃんと泣いた方がいいんだよ? そうしないとグルグルがいっぱいになって、お胸がパーンって破裂しちゃうの。だからね、ね……泣いていいんだよ?」
「っつ!?」
――はぁ・・・…まったく、悲しい時くらい素直に泣けばいいのに。そんなに我慢ばかりしていると、その内胸の奥がグルグルでいっぱいになって、何時かパーンって弾けてしまうわよ? まあ、言っても聞かないでしょうけど……――
それは、いつかどこかで聞いた言葉。けれども、結局オレは……最後の最後まで涙を見せることはなかったのだ。
もし、泣くことが出来ていたならば……何かが、変わっていたのだろうか……。
けれどもそれは、既に遠く……今とは、何の繋がりもない。だから、なのだろうか……?
「ふく……く、お、おおぉ……おおぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~……」
胸の奥から込み上げてきた痛みが、慟哭となって迸った。
年端もいかない幼子を抱き締め、恥も外聞もなく泣きじゃくることの……何と無様なことか。ましてや、困惑しつつもその小さな体で必死に受け止め、労わるように“ポン、ポン”と背中を摩るその姿に許されているような気になってしまうことの……何と浅ましいことだろうか……。
されど、それを責めるものは……今、この場には存在しない。
募る悼み。
仰ぎ見る空へ軌跡を描く黒煙は、まるで消えることのない傷痕を虚空へと刻み込んでいくかの様に、様々な思いを乗せて天へと昇っていくのであった。
第1章……完
また、しばらく間が空きます。
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