log in - 42 さ……寒い……。
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「…………………………」
「…………………………」
シシリィの口から綴られた、彼女の凄惨な過去。静寂が当たりを包み、その沈黙に耐えかねたのか「その後、身寄りのない幼いわたくしは、この村へと預けられたのですわ……」と若干震える声で語られる言葉も……。今の俺の耳には、不謹慎にも入ってはこないのであった。
湖の向こうを遠く眺めるその愁いを帯びた横顔は、とても魅力的で……。湖風に揺れる彼女の薄水色の髪が、柔らかな月の光を受けて銀色の燐光を纏っていた。
「美しい……」
素直にそう思え、る……ん? ……はっ!?
「ふ、ふえぇええっ!?」
し、しまった! 思わず声に出していた!!
「い、いや!? その! こ、これは、あれだっ!! 月の光がだなっ!?」
「あっ! そっ、そうですわね!! 月の光に照らされた湖はとてもとても綺麗ですわよねっ!?」
「いや! 月明かりに照らし出された君の方が、ずっと綺麗だ……って!? のぉおおお~~~~~ぉうぅうっ!!」
「あうあうあううぅ~~~~~うぅ……」
いや、何だっ!? 何なんだこの、イチャラブ的展開はぁああっ!!
だが、混乱する思考とは裏腹に……いや! 寧ろ混乱しているせいか!? 羞恥に悶える様に俯きながらも、上目づかいに潤んだ瞳を向けてくるその姿に……愛おしさが募る。
「シシリィ……」
「アギト…様……」
微かに吹いていた風が凪。穏やかさを湛える湖面に、月の光に照らされて映し出される俺と彼女の姿がゆっくりと近づき……重なり合った。
……っ!? まてまてまて、まてぇ~~いいっ!! 俺、一体何しちゃってるの!? いや、ホント! 一体全体、何でこんなことになったんだあぁああああぁぁぁぁぁ~~~~~……」
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「お、おおっ! 体が……動く? 気怠さが……綺麗さっぱり、消えているっ!?」
「ふくっ……パパぁ~~~っ!!」
ベッドの上で上体を起こし、驚きを顕わにする男へと飛びつく幼女。その様子を見守る者達の間に、感涙が伝播する。
あれから件の男の家へと赴いた俺は手早く【神授の秘薬(最下級)】を取り出すと、そのままとこに臥せった男の口へと有無を言わさず突っ込んだのだ。まあ、意識が朦朧としていたようで、有無よ確認出来る状態でもなかったんだが……。
そんな俺の奇行に騒然となる周囲とは裏腹に、急速に落ち着きを取り戻していく男の容体。蒼白だった顔には赤みが差し込み。その表情は、次第に穏やかなものへと変化していく。
「お、おおっ!? ……おおぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~っ!!」
劇的な男の変化に、集まった者達の中に歓声が波及する。……気持ちは、分かる……がっ! うっさっ!? 家の中で騒ぐなっ!!
そうして、先のお涙ちょうだい宜しい場面と相成ったわけだ。
……で。
「ん~♪ んっ♪ んん~~んっ♪」
「…………………………」
小柄な体躯のオレの膝へと腰を落ち着かせる、更に小柄な……幼女。鼻歌を口ずさむご満悦なその様子に、俺は閉口せざるを得なかった。
「な、懐かれたニャ~……」
「な、懐かれましたわね……」
――あ、主様……――
「プキュッ!? プキッ! プキィイッ!!」
いや、懐かれたって……まあ、その通りなんだが……。
つか、誤解を招くような物言いで言うな! ほれ見ろ!? スカサハが、若干白い目を向けているだろうがっ!! 後、ヴァイオレットは幼子相手に嫉妬するなよ……てか、お前も幼子だったか……。
「んんっ? ……えへへぇ~♪」
まあ、うん……天使の笑顔だ……。
俺へと背中を預けたまま、上目づかいに見上げる幼女。その顔に“にぱぁ”と浮かべた満面の笑顔の前に……俺、撃沈。
「ははは、どうも娘がすみません」
「あらあら……ほら、テティス。アギトさんが困っているでしょう? こっちへいらっしゃい」
「うぅ~……だめ?」
ヒスイ色の瞳いっぱいに涙を浮かべた、その縋るような問いかけに……俺、轟沈。
……しかし……ネレイド?
先程勝手に発動した識別によって明かされた、この娘……テティスの種族なんだが……。
母親は「あらあらうふふ」のおっとり系マーメード。先刻の慌てた様子は、非常にレアなものだったらしい……。
父親はパッキンエルフのイケメン……くっ! 冥府魔道へと誘いし昏き囁きが……む? いかんいかん! 仮にも先程まで死にかけていた者に対して不謹慎が過ぎる。
胸に湧き上がる殺意の波動を押さえ込みながら詳細へと目を向けた結果。どうやら、エルフとマーメイドの間で極稀に生まれてくる、言い方は悪いが所謂交配クリティカル的は存在みたいだ。
只でさえ単独繁殖が可能なマーメイドが、異種族との交配でどちらかにすると定めない完全な自然交配に至ることなんてまず無いという中で。エルフとそれを為し、10万分の1の確立を引き当てるとか……。
『天使の笑顔』
それは……奇跡の笑顔でもあったのだ!
などと、子供に懐かれる免疫の無さが故の現実逃避をする間にも話は進み……。
「ですが、本当にいいのでしょうか? あのように貴重なポーションを使っていただいたというのに、何のお礼も必要がないだなんて……」
「ああ。何、時間の経過と共に自然に補充されるものだからな。まったく問題ない」
それに、現状だと使用することがまずないんだよねぇ……。
俺自身の状態異常に対する耐性の高さに、【比翼の首飾り】の内在[アーツ]同調でスカサハもカバー出来るし。ヴァイオレットにしても、称号〈理の共有者〉の影響なのか? それとも、スキル【従魔】のレベルが上がった為なのか? はたまた、その双方が合わさった結果なのか……? 気が付けば、俺の耐性スキルが共有化されていたのだから……。
「むうぅ? 難しいお話し?」
「いや、話はもう終わったよ」
若干ぐずり始めたテティスの頭をそう言いながら優しく撫でると、途端に「ふにぃ~」と心地よさそうに目を細めるその姿に一同はほっこりとしながら、せめてもと晩御飯を御馳走になって宿への帰還と相成ったのだった。
まあ、途中「帰っちゃ、やぁ~っ!!」と駄々をこねだすテティスを宥めたり。泣き疲れたテティスをベッドに寝かしつけて、表へと出たところで……。
――ゴオォ~~~~~ン――
「っ!? ……また、か……?」
“ピコーン”
と、若干のトラブルもあったのだが……。
「ふうぅ……」
雲ひとつない夜空に“ポッカリ”と穴が開いたかの様に浮かぶ満状の月。その淡い光を受けながら、俺は湖岸へと足を向ける。
いい加減ログアウトして食事を取らないと、とも思うのだが……何か胸の奥でざわめきを感じて、まるで誘われるかの様にこうして夜風に辺りに出たのである。
涼しげな風が“サワ、サワ”と肌を撫でてゆく。目指す先……今朝も釣りに訪れた桟橋へと差し掛かった……その時。
「ん? ……あれは……シシリィ?」
橋の縁へと腰を下ろし、湖面を眺める……今にも泣きだしそうな弱々しい姿に。俺の足は、自然と彼女へと向かっていくのであった……。
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き、気まずい……。
顔を真っ赤に染めて俯くシシリィ。擬音にすると“プシュ~ッ”で、あろうか? 頭の天辺から湯気でも噴き出しているかのその様子に。俺は悶え……いや、萌えを体験していた……って!? 何か、これも可笑しくね?
まあ、うん……分かっている。分かってはいる! 混乱しているということは……分かってはいるんだよっ!!
しかぁ~~しっ! どぎゃんすればよかとたいっ!?
唇に残る、薄っすらと冷たさを感じる温もり。その、アンビヴァレンツな心地のよさに囚われた俺の視線は、自然と彼女の唇へと引き寄せられて……。今一度、あれを味わいたい……ってぇ!?
うおぉ~~~っ! ヘルプ! ヘルプ!? ヘルプっ!!
混乱が混乱を呼び。いたたまれないレベルの錯乱に、よくは分からない何かに救いを求めた……その時。
「っ!?」「あっ!?」
奇しくも訪れた、それは……救いと呼ぶには、あまりにも悍ましい昏い波動。
肌へとへばり付くような、不快なその気配に。俺たちは互いに顔を見合わせると……同時に駆けだすのであった。
そこには、先程までの熱も混乱も既に無く。向かう先へと向けられる彼女の凛々しい眼差しは、月明かりに照らされた湖面の如き澄んだ輝きを浮かべている……ふつくしい……。
……うむ! 如何やら俺の方は、未だ混乱から抜け切ってはいないようだっ!?
「アギト様!」
「っ!? あれは……」
湖岸を駆け抜け、浜辺へと辿り着いた俺達。砂地に足を取られながらも進むその先で、湖から這い上がってくる1つの影。
1歩。また、1歩。浜辺へと、歩みを進めるその影が……遂に、白い砂地へと足を踏み入れた、その時だ!?
「$B%^!<%I!"%K%#!D!D%^!<%I!"%K%#!D!D」
“コプッ……コポコポ、コポォ~……”
奇怪な声を綴る異形の足元から、白い砂地を浸蝕する様に染み出してくる真っ黒い濁水。まだ距離があるというのにはっきりと感じられる、吐き気を催す汚臭。不快感を堪えつつ走り続ける俺は、突如かつてない危機感を感じるのと共に目の前に“ピコーン”と浮かび上がった汚水の詳細に目を見張った。
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【穢濁の海域】
[系統]呪い/毒/怪異
[属性]水/冥
[効果]
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湖なのに……海? というツッコミを呑み込んで、俺は目にした効果に思わず声を張り上げていた。
「シシリィ! その水に触れるなっ!!」
「っ!?」
今まさにその汚水へと足を踏み入れようとしていたシシリィは、咄嗟に大きく後ろへと飛び退く。
ヤバイヤバイ! マジヤバイ!! 猛毒や麻痺、石化はおろか……即死効果!?
他にも多種多様な状態異常が、汚水に触れている間10秒毎に纏めて辺り判定とか……ヤバ過ぎるだろう!?
石化1つとってみても、毒系・病系・呪い系・魔術系等々。その上で各種、即効系から遅延系・遅効系……効果そのものも、単純な石化から白化に至るまで全種コンプリートするかの様な数々。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるにしたってたちが悪すぎる。
おまけに、汚水に浸かっている累積時間で辺り判定の確立上昇。しかもこの汚水……効果が累積する?
1体ならまだいいが……いや、それでも十分ヤバイが、これが2体、3体、最悪群れで襲ってきたら、毎秒毎に辺り判定とその確立上昇が起こるぞっ!! ……って、さぶっ!?
“フワリ”と砂地の上へと降り立ったシシリィを取り巻く空気が強烈な冷気を帯びていく。
周囲を白銀の輝きが“キラ、キラ”と舞い。風になびく彼女の薄水色の髪と相まって、月明かりの下に幻想的な光景を浮かび上がらせていた……っというか、ダイヤモンドダストぉ!?
「氷結の領域っ!!」
「うおっ!?」
掛け声と共に、彼女の周りで渦を巻いていた凍気が辺り一面に解き放たれた。
“キン”と空気が張り詰める音と共に、大地を穢す汚水は一瞬にして凍りつき。滲み出す先から瞬時に凍てついていく。
「破ぁああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」
「$B$U$0$%$&$&$&$%$%$&$C!*!)」
耳障りな奇声を上げて吹き飛ぶ異形。
凍える砂地の銀板を、髪を棚引かせて滑走したシシリィは。一気に距離を詰めるとその勢いをそのままに、手にした槍を体ごとぶつけように突き出したのだ。
……しまった! 出遅れた!? 思わず見入っちまったよ!!
それにしてもだよ? 半身を覆うほどの丸盾と、長身の彼女をしてその身の丈を超える巨大な……突撃槍って……。ここは一体、何処の戦乙女の戦場ぞ……? って、いやまてぇい!? 何か、髪……伸びてね?
霜が降りたかのように雪の結晶を纏った髪が、月の光を受けて銀色に輝いている。その幻想的な姿に……再び目を奪われる。……まて? だから、まてまてぇいっ!? 今はそれどころじゃなってのっ!!
俺は慌てて剣を振りかざし、瞬歩を発動……。
「$B?<$-J%$J$kDk9q$K!"1I!&8w!&$"$l$'$($C!*!*」
……何だろう……この、いたたまれない感情は……。
目の前で、謎の叫びを上げて崩れ落ちていく異形。振り上げた子の刃は、一体……何処に振り下ろせばいいというのだろう……。
「え、えぇ~と……。ほ、本体自体はそれほどでもないよう、ですわね……?」
「あ、うん……そだね……」
「…………………………」
「…………………………」
……寒い……。周囲の気温以上に……心が、寒い……。
凍てつく砂浜に漂う寒波に晒された俺の心は、物理的にも凍えるような寒さに苛まれるのであった……。
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【昏き訪れを告げる鐘 Lv-∞】
[アビリティ]
ノクターン
とある『転生者』たち~その淫惨なる時の最中に……~
R18
ネタバレ注意?
[アーツ]
招かれる凶鬼~昏き胎動の目覚め~
強者の躾け~敗北の掟を身に刻む宿命の胎嫁~ NEW!!
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