log in - 39 『C』の誘い……。
“ヒュンッ…………………………チャプン”
波打つ湖面。波紋が周囲へと広がってゆく。
その揺らぎも、次第に落ち着きを取り戻し……穏やかな風が、一陣。
「平和だ……」
「……枯れていますわね?」
との容赦の無いお言葉に、隣へと目を向ければ……“バイイィ~~ンッ!?”
……コホン!
柔らかな日差しに照らされた薄水色の髪を押さえながら、呆れたような表情を浮かべて此方を眺めるシシリィの姿が……。
相変わらずのコスプ……どこぞの将校のような“ピッチリ”とした軍服風の衣装は、彼女のもてる戦闘力を、いかんなく発揮させているのであった。
「ニャははははははっ!!」「プキキキキキキッ!!」
「ニャ~はっはははぁ~~っ!!」「プキキキキ、プキッ!? ……プキ?」
けたたましい笑い声の聞こえてくる方へと首を向けてみれば……。
照らす太陽にも劣らない、煌めくオレンジの髪と同じ色のネコミミ……いや、トラミミを“ピン”と突っ立てて、村の子供たちと追いかけっこにに興じるリアンの姿があった。
そこに……何ら違和感を感じさせない小柄な体格に、俺の目から“ホロリ”と涙が零れでた。
いや、だってよ? 実年齢……シシリィより上だっていうしさ。ファンタジー的に、年齢通りの見た目じゃないことなんてありふれていること、とはいえ……うん! 強く生きろ!!
そんなお子様たちに混じって無邪気に駆け回るリアンの背中を“トテテテー”と追い掛け回すウリ坊1匹。途中、勢い余って何度も“コロリ”と前のめりに転がりながらも、ヴァイオレットは楽しそうに走り回っていた。
「……ふうぅ……平和、だ……」
「そ……そうですわ、ね……」
何処か疲れたような表情で、遠くを見つめながら“ポツリ”と相槌を打つシシリィの呟きを耳にしながら。俺は、この手持ち無沙汰な状況に至るまでの経緯を、思い返すのであった……。
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「…………………………」
ある種の異様な熱気に包まれた室内の混沌具合に。俺達は、為す術もなくバステを受け。只、言葉もなく立ち尽くすのみ、なのであった。
受付に座るシィラが身動ぎをする度に、男達の熱いパトスが迸り。それを目にした女達の、凍える視線が空を切る。
「う~む……相変わらず……」
「むさ苦しい、ですわ……って、あら?」
壁に貼られた依頼書へと伸ばした俺の手に重なるもう一つの手の感触と共に、心の内を代弁する声に頭上を見上げると……“バイイィ~~ンッ!?”
……揺れる、揺れる、柔らかな弾力が、ぼくの頭上で“ポヨ、ポヨ”と揺れる。
……はっ!?
「うおっほんっ! シ、シシリィ……か?」
「…? はい。ごきげんよう、アギト様。それで……アギト様もこの依頼を?」
何処か不審げな間を置きつつも、そう言葉を返してくるチチリ……もとい、シシリィ……。 いかん! 動揺が、モロに表へと出ているっ!!
色即是空、空即是色……思考修正、軌道修正っと……。
「いや、少し気になっただけだが……」
何とか心を落ち着けて意識の切り替えを成し遂げた俺は、未だ頭上で“ポヨヨン、ポヨン”と波打つ肉の海原から目を逸らすように依頼書へと視線を戻すと、歯切れ悪くそう答えるのであった。
いやね? 何せ見出しが『湖より這い上がりしモノの調査』とか、どこぞのホラーか古き邪神の神話を彷彿させるかの様なタイトルなんだもの……。まるで、Cの呼び声に誘われたかの様に、この手はそこへと伸ばされていっちまっていたんだよ。
「それにしても、そっちは何で……この依頼?」
「……以前、この村には……お世話になっていたことがありまして……」
此方もまた、何処か歯切れの悪い口調でそう口にするシシリィに小首を傾げるも。何やら触れて欲しくはなさそうな雰囲気に、口を噤んでスルーする。
それでも……何処か重苦しい空気は立ち込めるもので……。
「…………………………」
「…………………………」
ち……沈黙が、重い……。
「プ……プキ?」
俺とシシリィを交互に眺めながら不思議そうに鳴き声を上げるヴァイオレット。その愛くるしい姿に、纏わり付く霧のように陰鬱なその場の空気が霧散した。
GJ! ヴァイオレットっ!!
柔らかく微笑みながら「何でもありませんことよ」と、ヴァイオレットの頭を優しく撫でるシシリィの姿に。俺は心の中で、そう喝采を上げるのだった。
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と、そんな彼女の様子に興味を引かれて、こうしてパーティを組んで『クエスト』を受けた訳だ……いや! 決して乳に誘われた訳ではないぞ!! きっと……その、はず……。
“ピクッ………ククンッ”
「おっ!?」
竿の先から伝わってきた手ごたえに、記憶の海を揺蕩っていた意識が引き戻された。
俺は慌てることなく竿を立てると、手元のリールへと手を掛ける……そして。
「「「フィーーーシュッ」」」
俺とシシリィ。そして、何時の間にやら後ろに駆け寄っていたリアンが、口をそろえてそう叫びを上げた。……てか、どいつだ……こんなん伝えた奴は……?
軽い頭痛を覚えながらも、俺はっ止めて冷静にリールを巻いてゆく。
逃れるような動きに竿を合わせ。それが衰えた瞬間、すかさず巻き取る。
うん? 調査もしないで、何をやっているのかって?
いや、だってよ? それなりの大きさこそあれど、所詮は何もない湖畔の漁村。村人からの聞き取りや周辺の調査なんかも、手分けして丸一日費やせばあらかた終るってなもんで……。後は待つことしか出来ることはない訳よ。
なもんで、こうして湖面に糸を垂らして……て、思いっ切りぶん投げてはいるけどねッてな訳。因みに【釣り】のスキルは既に習得済みである。
そうして、半分ほどの糸を巻き取った時であっただろうか? それは……訪れた。
――ググッ……グンッ――
「くおっ!? ぐっ……くうぅうっ!!」
それまで警戒に巻き取られていた糸が“ピン”と張り詰め。竿を伝って途轍もない重みが腕へと届いてくる。
俺の体を“ググンッ”と湖中へ引き摺り込もうとするかの様な強烈な引き。
こ、これは……あれか? かかった魚に別の魚が食らいついた……それ何て呑ませ釣り? ってやつか!? いや、この場合は……呑まれ釣り?
「きっと主だニャ~っ!!」
いやいや、まてまて!
「ヌ、主……本当にいましたのね?」
いや、だから! 如何してそうなるっ!?
「「いえ、こういうタイミングでかかるのは、主だと相場が決まっていると……伝承ではそう記されているのですわ」」
「巫女ぉおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~っ!!」
その時……はるかに遠く、どこぞの病院で。とある小柄な女医が、オリンピック選手もかくやという大跳躍を“ピョイイィ~~ンッ”とキメたとかキメなかったとか……?
俺の絶叫が湖面を揺らす。右へ左へと翻弄される現実を映し出したかのように動き回る糸が、そのうねる立波を縦横無尽に切り裂いてゆく。
“ピコーン”
《スキル【咆哮】を習得しました》
そんな憤りを胸に続いた長い戦いも、ようやくと終わりを迎える。
何時しか中天へとかかっていた日の光に照らされた湖面へと浮かび上がる、大きな……魚影?
波打つ水面が大きく揺らぎ……。
“ザッバァ~~~~~ンンッ”
遂に湖上へと現れ出でし、その姿。
全身を“ビッシリ”と覆い尽した鱗。湖水に濡れたそれは、降り注ぐ陽射しを受けて“キラ、キラ”と緑色に輝いている。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
2mはあろうという巨体が、その首をもたげ……。
――ン、ンググッ!?――
「え……え~と……」
「コ、コメントは、控えさせてもらうニャ~……」
困ったような2人の様子に、その瞳が所在なさげに宙を彷徨い……。
――ム、ムググンングググンンッ!!――
いや……うん、まあ……何だ? 取り敢えず……口に咥えた魚を解放しろや、スカサハさん……。
この日。スカサハのステータスに、スキル【喰らいつく】と称号〈食いしん坊〉が生えたとさ……。




