log in - 34 まさかの!?
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――……ここが、主様が泊まられておられる……宿、ですか?――
目を“パチ、クリ”と瞬かせてその外観を眺めているスカサハに、思わず生暖かい視線を向けてしまう。
あの後、スカサハの狩守への登録はつつがなく終わり。息を切らせて駆けつけてきたエレオノーラに連行されてゆくリュシオーネの哀愁漂う背中を見送った俺たちは、ミュスカとシィラに別れを告げると斡旋所を後にしたのだ。
途中、ミラベルの薬屋に寄って、そこで涙と鼻水に汚れたおっさんに「ミラベルが……ミラベルが部屋から出てこないんじゃ~っ!!」と泣きつかれたり。
マイハニー君に「次は負けないよっ!」と道の往来で宣言されたりと、妙な疲労感に襲われながらもこうして『深緑の宿 森のくまさん』へと帰ってきたのだ。
……帰って、きた…か……。
そんな自分の考えを可笑しくも思いながら入り口の扉を押し開けると……視界に入り込む幾つものテーブル。そこに存在する、とある変化に気がついた。
1つは、正面のカウンターに“クテェ”と突っ伏しながら、尻尾を“ブン、ブン”と勢いよく振り回している……恐らくは少女の姿。
もう1つは、壁際の席で優雅にカップを傾ける、男装の麗人風の女性の姿である。その腕には狩守の証たる腕輪が煌めいていた。
そう言えばミュレットが、他に2人の客がいると言っていたが……この2人がそうなのだろう。
そんなことを考えていた俺の足元に“トテ、チタ”と小さな足音が迫り……。
「おっと!? ……ただいま、ラニ―」
“ピョ~ン”とその背丈からは想像出来ない大跳躍を見せた彼女は、俺の腕の中へと飛び込んできたのだった。
「あっ!? アギトさん、おかえりな、さ…い……って、ふえっ!?」
そんなラニ―に気付いたミュレットは、俺の姿を目にして嬉しそうに顔を綻ばせると……次の瞬間には硬直し、続けてすっとんきょうな声を上げた。
まあ、無理もないか。スカサハはパッと見、結構厳ついしな……。何よりリザードマンは魔物として認知されており、一般的には人型の魔物は従魔や召喚獣にはなることがないと言われているのだから……。
それが伴って現れたのだから……驚くのも、無理がない……。
「かっ!?」
「か?」
妙に納得して、心の中で“ウン、ウン”と頷いていた俺の耳に、再び届いた……奇声?
「かわいいぃいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~っ!!」
「へっ?」
「プ? プキィイイイイイィィィィィ~~~~~ッ!?」
瞬歩もかくやという素早さで俺の横をすり抜けていったミュレットは、スカサハに抱きかかえられていたヴァイオレットを一瞬の内に奪い去ると、その豊満な胸の内へと埋めたのであった。
――なっ!? 何たる早業……不覚……orz――
“ガクリ”と床に両手を突いて項垂れるスカサハ。後に聞けば、ラニ―が俺へと飛びついてきた時は、敵意どころか好意しか感じなかったがために静観していたそうなのだが。ミュレットに関しては、まったく反応が出来なかったのだそうだ。
ステータス差すら超越するその動き。一体、何が彼女をそこまで駆り立てるのであろうか……? というか……さっき同じことを思ったばかりのような……。何か、最近こんなんばっかりじゃね? いや、可愛いのには同意するんだがね……。
「ふわぁ~、カワイイニャ! カワイイのニャ!!」
……ニャ?
「い、いえ……リアン? それに、ミュレットさんも!? そっ、そそそそ…それっ!! ブラストボアの子供ですわよっ!?」
「ふえ?」
「ふニャ?」
何時の間にやらこのカオスに加わっていた件の2人。
ふむ? カウンターで突っ伏していた娘はリアンというのか……。
「ふえぇえええええぇぇぇぇぇ~~~~~っ!?」
「ふニャアァアアアアアァァァァァ~~~~~ッ!? 本当なのかニャ、シシリィ!?」
それで、こっちの男装? の麗人風の女性がシシリィと……。
「え、ええ……間違い、ありませんわ……」
「で、でも……かわいぃいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~っ!!」
「カワイイは、正義ニャアァアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~ッ!!」
引き攣るシシリィとは対照的な2人の狂乱は、暫くの間終ることなく続くのであった……。
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「プ、プキィ~……」
「ううぅ……ごめんねぇ……」
「ゴメンなのニャ~……」
「ま、まあ、お二人とも正気に戻ったことですし……そろそろ紹介をして下さっては……?」
ぐったりとしているヴァイオレットに、バツが悪そうに謝る2人。そこに未だ引き攣りながらもフォロー? を入れるシシリィ。そして……おぉ~い、スカサハぁ? そろそろ立ち直れぇ~っ!
「あ~、俺はアギトと言う。そちらはシシリィでいいのか?」
「あ…は、はい! わたくし、シシリィと申します。よろしくお願いいたしますわ、アギトさん!」
体にしっかりとフィットした騎士服? というか軍服風のスーツを身に着け“ビシッ”と姿勢を正す彼女。その男装っぽい服装に反して、言葉遣いは何処かお嬢様っぽい口調だ。
薄水色の髪は短く刈られ。そのボーイッシュな髪形が、その言葉遣いと……何よりもある一点の影響を受けて、激しい違和感を感じさせるのであった。
それにしても、だ。またか? またなのか? なぜっ!? とツッコミを入れてしまいそうになるほどに、その服装にそぐわぬ……膨らみ。と、いいますか? 服装が服装なだけに、はち切れんほどに張った胸元の目立つこと目立つこと、目立つことこの上ないっ!!
……ワザと、か? そうなのか!? ここまで逝くと、あえてそうしているとしか思えんっ!! け…けしからんっ!!
「それで……そちらの方? は……」
――はっ! 某、主様にお仕えする武士、スカサハと申す者。以後お見知りおきを――
スカサハさん? 硬い! 硬いよっ!! てか、武士って何っ!? 巫女共め、一体何を感染させやがった!? そして、どれ程の歳月……それを拗らせ続けたっ!?
いや、何となく分かっていた……分かってはいたんだ……だが! それでもツッコまずにはいられないんだよっ!! はあぁ~……何か、負けた気分だ……。
そんな俺の心の内など露知らず「こちらこそお願いいたしますわ」と固い握手を交わす2人。
……あれ? 何か普通に受け入れられている……? 意外に思う俺に、曰く……。
「そちらの子に対する衝撃が強すぎますもの。今更驚きようがありませんわ。それに……【狩守の腕輪】を身に着けておられるということは、森霊様がお認めになられたという確かな証ですから……」
とのことだそうだ。
しかし、真紅の暴君やら紅の殲滅者やら血濡れの蹂躪やら森林の破壊神等々……失われた厨二心? をざわつかせる言葉の出ること出ること……。
どうやら樹海の中でもトップクラスの危険度を誇る魔物なのだとか……よくもまあ、倒せたものだ……。子供を産んで、一時的に弱体していたとかだろうか?
「ニャーはリアンっていうニャ! よろしくなのにゃ!」
「あ、ああ…よろしく……」
腰にまで伸びる黄色い髪をポニーテールにした少女は、その頭上の耳と同じく“ピン”と長い尻尾を立てて元気に自己紹介をして来た。
……ニャ、か……。まあ、見た目通りの、猫のセリアンだな。
「……? あっ!? 因みにニャーは、陽虎のセリアンニャっ!」
……妖狐? ……いや…虎? ……まさかのトラっ!?
確かによく見れば、耳とか尻尾に黒い筋が入っているような……そう、微妙に……。
「それで? それでっ!? この子は何て名前なのかニャ? かニャっ!?」
「プ、プキィ……」
「あ、ああ…ヴァイオレットと名付けた」
怯えるようにスカサハの胸? に顔を埋めるヴァイオレットの様子に苦笑を受べながら、俺はそう告げたのだった。
「おおぉ~っ!! 熱血の赤だニャ! カッコいいニャーっ!!」
「プ? プキィーッ!」
「いえ……スミレ色、では……?」
「あは……あはは……」
歓声を上げるリアンに、何処か誇らしげに吼えるヴァイオレット。
……あれ? 意外と好感触? と、残る2人に目を向ければ……ですよねぇ。
如何したものかと言わんばかりに、そこはかとなく引き攣った笑みを浮かべるシシリィとミュレットの姿が……。
こうして落ち込む俺は、足元へと寄り添い“ポン、ポン”と軽く叩くラニーに慰められながら、部屋に戻ることになるのでしたとさ……。




