log in - 33 目覚めて落ちて解き放たれて……。
“……ン……チュ……ン……チ…ン…ュン……チュン……チュチュン……”
柔らかな温もりに包まれた空気。
微睡みの中で揺蕩う意識に、雀? の囀りが届いてくる……耳元、から?
ゆっくりと開かれてゆく瞼。その視界に映し出される……河馬……?
そう、パッと見は……河馬だ。ただ、その口元にはしゃもじ型の嘴を備え。その尻には馬のような艶やかな尾が垂れ下がっている……謎の生き物。
それが、穏やかな朝の日差しに鮮やか過ぎるパッションピンクの体を照らされながら、つぶらな瞳で此方を見下ろしているのである……てぇえっ!?
「……チュチュン?」
「のぉわぁあぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っ!?」
「チュッ!? チュチュチュ~~~~~ンッ!!」
なっ、何なんだ!? あれはっ!!
俺の規制に驚いたのか、その外見に似つかわしくない涼やかな鳴き声を響かせながら、巨体を揺らし脱兎の如く逃げ去ってゆく謎の生物……。
――あ、主様!? ……いかがなされました?――
俺の隣で慌てて飛び起きたスカサハは、咄嗟に槍を構えると周囲を“キョロ、キョロ”と見渡して……“コテン”と小首を傾げるのだった。
「いや、な? ピンク色をした物体Xがだな……」
――……ああ! 『非常食』ですね?――
……今何か……非常に聞き捨てならない名称が、聞こえたような……?
「『非常食』……?」
――はい! 何でもその昔、癒しを司る萌えの巫女様が……――
……頭痛てぇ……。
要約すると、だ。その巫女の手で品種改良された生物。それが『非常食』なのだそうだ……。
つうかさ? 何で俺が言葉にすると、副音声が流れないわけ! ましてや、何でクアッパて言うと、意味が伝わらなくなるんだよ!
――それにしても……萌え、とは一体何なのでしょうか?――
……俺が知りてぇよ!
*
*
*
…………………………。
「…………………………」
「…………………………」
普段の騒がしさ? は鳴りを潜め……周囲は、静寂に包まれている。
目の前には、何処か死んだ魚のような虚ろな眼差しを向けてくるシィラの姿。どうすんべ……これ?
『森守のルトヴェリス』へと戻ってきた俺は、社にある狩守の斡旋所(正式名称は知らない)へと赴いたのだが……。
――え、えぇっと……主様?――
“シン”と静まり返った室内に響き渡るスカサハの声に、“ピクリ”と周囲の空気が微かに揺らいだ。
そう、スカサハの存在は、思っていた以上に衝撃的だったらしく……。
「プ、プキィ?」
僅かに揺れる周り空気が、ヴァイオレットの鳴き声に“ビックン”と大きく震えた……。
何よりもヴァイオレットの存在は、それ以上の驚天動地な事態であったらしい……のであった。
最初、室内へと足を踏み入れたスカサハを目にして騒然となった周囲は……次の瞬間、その腕に抱きかかえられているヴァイオレットに気付いて“キンッ”と凍りついたかの様に静まり返ったのである。
後はもう、受付までの歩みはモーゼの十戒に記されし海割りもかくやな、左右に分かたれてゆく人波を抜けて、こうしてシィラの前へと辿り着いたわけなのだが……。
「あ? ……こほん! 本気……ですか?」
「ああ……可能であるのならば、だが……」
「可能か不可能かと問われれば……可能、ではありますけれど……」
俺の提案に困惑の表情を隠しきれないシィラの視線は、備え付けられているモニターと俺との間を行ったり来たりと忙しなく動いていた。
一体何をか? と問われれば。それは、スカサハの狩守への登録を試みているのである。
まあ、流石に前例はなく。何よりも……。
「言葉が、通じませんし……」
俺の場合は称号の効果もあって意思疎通が出来るが……他の人はそうはいかないから、なぁ……。
“バンッ”
「こんなこともあろうかとっ!!」
「ひやっ!? ……リュシオーネ様?」
そんなお約束なセリフと共に現れたリュシオーネは、ざわめきを取り戻した周囲を意にも返さず颯爽と此方へ歩み寄ってくるのであった。
というか、さ? 扉もないのに、扉を叩き開く音とか……。これも、例のネタ魔術か? と、軽い頭痛を覚える俺の前へと歩み寄ってきた彼女は……って、ちょっ!? まてぇいっ!!
「むぎゅっ!?」
「実を言いますと【狩守の腕輪】には装備者同士の言語翻訳機能が封印されているのですっ!!」
…………………………。
「…………………………」
――…………………………――
そして周囲は……再び静寂に包まれた……。
「……あら? 皆様、いかがなさいましたか?」
“ドーン”という効果音と共に“ドヤー”と自慢げにこの大きな胸を張っていたリュシオーネは、寒風吹きすさぶかのごとき周囲の反応に“コテン”と小首を傾げる。
その前へと1人の勇者が二を乗り出して……その指先を、ゆっくり鬼神へと差し向けるのであった……“ガクリ”
「ええっと……リュシオーネ様? アギト様が……大層危険なことに、なっているようなのですが……?」
「……ほえ?」
「きゅうぅ~~~……」
*
*
*
ふう……危うく死に戻るところだった。
初めての死に戻りが戦闘ではなくて……ふくよかな胸の温もりに溺れての悶死とか、笑い話にしかならないって!
それにしても、だ。昨晩の戦闘などでステータスが悍ましいことになっているのにも拘らず、振り解くことが出来なかったよっ!? 一体……何が彼女をそこまで奮い立たせているのだろうか……?
……いやっ! 決して男の悲しい性だったという訳ではないっ! ないったらないっ!!
「ううぅ……申し訳ありません……」
衆人環視の直中で正座させられているリュシオーネと、その目の前で仁王の如きオーラを発しながら静かに佇むミュスカ。
どうやら狩守に関係する諸々のことはミュスカの管轄らしく。リュシオーネは今、こうして彼女からお叱りを受けている……のだが……。
「ふぅ……困ったものですね。まあ……気持ちは分かりますが……」
「「って、分かるんかいっ!!」」
俺の心の声を代弁した周囲のツッコミは“サラッ”とスルーされ……。
「ですが……時と場所を選んでいただきたいものですね……」
て、時と場所がよければいいんかいっ!?
何やら不穏な風向きに戦慄を覚える俺へと顔を向けると……彼女は聖母の様な微笑を浮かべて……。
「私はそのあたり……心得ておりますよ?」
そう、のたもうた……。
「「何ですとぉおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~っ!?」」
飛び交う怒号。荒れ狂う人波。……あ? 血の涙を流していやがるよ!?
阿鼻叫喚の坩堝と化した室内に……。
“パンッ”
「っと、冗談は此処までに致しましょう」
そのミュスカの発言に、一瞬にして訪れる静寂。
その時、この場に集う者達の心は一つになった……それ、即ち……。
――いや、ぜってぇ本気だったっ!!――
「こほん! それででですね? 彼女の狩守への登録ですが……もちろん問題はありませんよ」
「え? よ、宜しいのですか?」
「ええ、リュシオーネが語ったように【狩守の腕輪】には……正確には狩守の心得に、ですが。装備者同士の相互間言語翻訳機能が備わっているのですよ……そう、こんなこともあろうかと、ということですね……」
周囲の沈黙の意味を正確に理解しているからだろうか? 彼女は繕うように咳払いをすると、唐突に話題を変えるのであった。
何でも神話の時代に……また、なのか? また……巫女、なのか……?
再び襲ってくる頭痛に、目頭の上を“グリ、グリ”と揉み解す俺へと向けられる生暖かい眼差し……。
ミュスカさん?
リュシオーネさん?
何ですかその、微笑ましげな表情は?
しかし【真眼】による鑑定でも表示されることのない隠し機能とは……アイツらも侮れぬ! ……てか、アイツらって……誰よ?
「それではすぐに機能を解放いたしましょう。宜しいですね?」
「あ、ああ……宜しく頼む」
俺は混乱する意識に流れ込んで来た魂鎮めの清鈴のようなその涼やかな声色を受けて、俺は全ての思考を一先ず棚に上げることにしたのであった……。




