log in - 30 未知との遭遇?
水辺に沿って歩いていると、いつしか目の前には白い砂浜が広がっていた。淡い月の光に照らされて“キラ、キラ”と夜陰に煌めく幻想的な光景に目を奪われる。
「……っ!?」
暫くの間、その美しい光景を“ボー”と眺めていた俺は、不意に何かの気配を感じて咄嗟に剣を構えるのであった。
ゆっくりとその気配は此方へと近付いて来る。数は、ひとつ、ふたつ、みっつ……全部でむっつ、か?
視界の先。次第に浮かび上がって行く影が、複数の人影を形作り……。
「ギッ!? ……キキィ?」
如何やら向こうも此方に気が付いたようだ。遠目ではっきりとはしないが、槍の様な武器を構えて警戒を露わにした。
徐々に縮まって行く互いの距離。
風? に揺らぐ湖面が砂浜へと押し寄せる波の音。
その波へと突撃しては“コロ、コロ”と押し返されて転がるウリ坊。
いやがうえにも高まる緊張……が、台無しだよ、ヴァイオレット……。
如何やら、それはあちらさんも同様だったらしく、毒気を抜かれた表情……まあ、表情は分からないんで雰囲気? でヴァイオレットを眺めていた。
その視線に気が付いたのか、ヴァイオレットは此方を交互に見つめると“コテン”と首を傾けるのだった。
……まあ、可愛いんだけどね。
それもまた、向こうも同じだったらしく。和らいだ緊張の中で、俺は……それに気が付いた。
……カーソルが……灰色?
そう、彼等の頭上のカーソルは、垢でもなければ緑でもない。ましてや、青や黄色などでは勿論ない……灰色、だったのだ。
ここで軽くおさらいをしよう。
頭上に表示されるカーソルだが。
蒼は『転生者』
緑は現地の人と、従魔化した魔物もこちらに変化する様だ。
赤は魔物などと、重犯罪の『転生者』
黄色は軽犯罪の『転生者』
と、なっている。
因みに現地の人は犯罪を犯していても変わらず緑表示のままである。
で、だ。灰色というのは、事前の情報には全くない未知のケース、という訳なのだ。
カーソルが『転生者』二しか見えない以上、現地の人に聞いたところで分からないだろうしなぁ……うぅ~む……。
少し悩んだ結果……ゆっくりと構えを解くと、俺は手にした剣をインベントリへと収納した。
そんな俺の目の前で、彼等から若干の驚く様な気配を感じる。うん。ヴァイオレットを眺めていた彼等の雰囲気から、敵対的な相手とも思えないしな。
困惑しているのだろう? 仲間内で「ギギィ、キィ」と話し合い? をしていた彼等の中の1人が、武器を下ろしてゆっくりと此方へ歩み寄って来た。
その間も波に晒され“コロリ、コロリ”と転がりまくるヴァイオレット。ほらね? 案の定、あちらの女性陣から、なんとも“ホッコリ”とした雰囲気が漂ってくる。俺の元へと近づいてくる彼? も、苦笑を浮かべているように感じられた……表情は見分けられないけどな!
俺は同じ様に苦笑を浮かべながら、彼? の姿をしっかりと目に捉える。
全身は青みがかった緑色の鱗で覆われている。腰から背後へと延びる長い尻尾。大きく裂けた口からは、鋭い歯がびっしりと並んでいた。
リザードマン
見た目はドラゴニュートの男から角を取ってスリムにした感じだが、1つ決定的な違いがあった。それは……。
「女性もまんま蜥蜴とか……」
そう、ドラゴニュートは男性こそ、筋肉質でガタイのしっかりした角つき蜥蜴だが。女性は角と尻尾はあるものの、その他は部分的に鱗がついているだけの普通の女性体なのだ。
対してこちらは、まんま二足歩行の蜥蜴に女性的な膨らみがあるだけの……蜥蜴、だよ……。すまない。他に例え様がないほどに、蜥蜴でしかないのだよ……。
思わず零れ出た俺の呟きに、不思議そうに“コテリ”と首を傾げる目の前の蜥蜴。おや? 意外に可愛い……?
顔つきは凶悪だけど、よく見ると目がくりっとしていて……不思議と愛嬌があるような……?
「えぇっと、言葉は……通じないだろうなぁ……」
「ギギィ? ギィキギィ……」
向こうも如何したものか? と、いったところなのだろう。互いに見つめ合いながら、首を傾げあう……。
そんな、ある意味通じ合っているような……傍から見れば、逃げ出したくなるくらいには不気味な……ひとときは、無粋な来訪者によって終わりを迎える事となった。
「っ!? ヴァイオレットっ!!」
不意に発動した【危険察知】に、咄嗟に叫んだ呼び声に応えて……って、ぐふぅ!? 軽く5、6メートルほど吹き飛ぶ、小柄な俺の体躯……。
俺の元へと駆け寄ってきたヴァイオレットは、その勢いのまま俺の腹へと【突進】して来たのであった。
目の前で起こった突然の出来事に驚き固まっていた彼も、次の瞬間“ザッバ~ン”と湖面を波打たせて姿を現した巨大な蟹? を目にして咄嗟に武器を構え直すのだった。
その巨大な蟹……蟹? は、4本の鋏を振り上げると「グゥオォオオオオオォォォォォ~~~~~……」と雄たけびを上げてこっちへと真っ直ぐ迫って来る……蟹?
その雄叫びといい、横歩きではなく正面を向いて迫って来る様子といい、おおよそ蟹とは認められない蟹に似た何か……? ああ、でもタラバガニは縦にも歩けたっけか? ……いや、タラバって生物学上はヤドカリじゃなかったっけ……うぅ~む?
まあ、魔物だ……と、言ってしまえばそれまでなのだが……。
取り敢えずはヴァイオレットの安全の為に一旦距離をとった俺の目の前で、蟹と蜥蜴の仁義なき戦いが繰り広げられていた。
どうも彼等の武器は槍が主体のようだ。
まず槍持ちが3人? 体? 匹? その内の1人は女性? で、なんと短槍二槍という浪漫な戦闘を繰り広げていた。
次に斧槍を手にした先程まで俺と見つめ合っていた彼。おそらく彼がリーダーなのだろう。仲間に指示を与えながら、自分は一歩引いた位置から臨機応変に立ち回っている。
残る二人の女性? の内1人は弓持ちで、流石に硬い甲羅に弾かれてダメージを与えられない為か牽制に徹している様だ。
そして、最後の1人。彼女? は、何と杖持ち。即ち【魔術】の使い手だった。ただ、惜しむべきは彼女の使う【魔術】が【水属性】で、相手も蟹? であるが為に耐性が高いのか、思ったほどの効果が無いと言うところか……。
盾持ちがいない為に攻撃特化ではあるものの、バランス自体は意外にいいのか? それに、遠目でも分かるほど練度が高い。特にあのリーダーが素晴らしい。
一歩引いた位置から味方と敵の動きを把握し、随時に指示を出しながら時に味方の隙をカバーし、時に敵の隙に切り込む優れた状況判断力。ただ、残念な事に……。
「相手が、硬すぎるか……」
一見、圧倒しているように見える戦闘も、碌にダメージを与えられていなければ、いずれはジリ貧になってしまうだろう。
とはいえ、だ。今、下手に彼等の戦闘に介入すれば、その連帯を崩してしまう恐れがある。それがなかったとしても……言葉、通じないし……。
俺は戦闘に割り込むタイミングを慎重に窺いながら、いつでも切り込めるように剣を構えてその時を“ジッ”と待つ。
最善は、一撃必殺!
次善は、彼等の体力的に限界ギリギリでのスイッチ、だ。
いずれにせよ、彼等を加えて…或いは加わっての戦闘が続かない状態が好ましい。
次第に彼等の動きは鈍って行く。牽制の矢は途絶え、さして効果をなさない攻撃の【魔術】は、回復へと重点が置かれて行く。見るからに精彩を欠いて行く連携。
そうして、遂に二槍をを振るう女性の攻撃がその硬い甲羅に弾かれ、そこに振り下ろされた鋏を受け流し切れなかった彼女の槍が宙を舞う。バランスを崩し“トサッ”と柔らかな砂地へと崩れ落ちる彼女へと、止めを刺すべく大きく振り上げられる凶鋏……。
「づっ! せえぇえええええぇぇぇぇぇいぃっ!!」
彼女と蟹との間に滑り込む様に瞬歩で一気に距離を詰めた俺は、鋏を大きく振り上げると同時に剥き出しになった胴体へと【剣】のアーツ、スラッシュを叩き込んだ……て、かったぁ~っ!? ちょう、かったぁ~~~っ!!
腕へと跳ね返ってきた衝撃……て、こっちのVPまで減ってるやんっ!? 流石は魔物って事か? 普通の蟹と違って、胴体もむっちゃ硬かったよ! と、いうか……。
「おいおい。まだ、半分以上もVP残っているじゃないか?」
感じる手の痺れに顔を顰めながら、体勢を立て直し「ギジャアァアアアアアァァァァァッ!!」と気勢を上げる蟹モドキの頭上に表示されているVPゲージを目にして、俺は思わす呆れたようにそう呟いた。
ふぅ……どうやら先は、永そうだ……。
*
*
*
“ガッギィイイインッ、ギャリィイイイインッ”
「ギッ、ギャギャアアアアアァァァァァッ!!」
硬い甲羅に打ち付けられる剣撃の音が、宵闇に覆われた湖畔に響き渡る。白く美しかった砂浜は、飛び散る魔物の体液によって青く染まっていた。
あきらかに苦しげな叫びを上げる魔物。自慢の甲羅は無数にひび割れ、その亀裂からは体液が絶え間なく滲み出して行く。
4本あった鋏も既に2本は失われ、1本は力無く砂浜へと垂れ落ちている。唯一無事な鋏を振り上げる度に“ギシリ、ギシッ”と、その全身は軋みを上げ。振り下ろす度に“ピキル、ビシィッ”と、明らかに危険な音を響かせる。
最早、死に体。にも拘らず、恐るべきしぶとさを見せ続ける蟹……もとい、デスペラールクラブも、遂に力尽きた様だ。
その巨体を砂浜へと埋め、「ギギキィ」と弱々しい声を上げる。辛うじて生きてはいるものの、既に身動き一つとれないのであろう。“ジッ”と此方を見つめる? デスペラールクラブ……あれ? 今、何かデジャビュったよ……? まさか……ねぇ?
俺は、過った不安を振り払い、両手で握った剣をゆっくりと振り上げる。
その様子を“ジッ”と見つめるデスペラールクラブ。
足元を駆け抜ける赤い閃光……えっ!?
“ドゴンッ”
と、轟音が響き。ひび割れていた甲羅がVPと共に砕け散った。……えぇ~~~……。
ゆっくりと視線を落とす。そこには「プキィイイイッ!!」と勇ましげな雄叫び? を上げるヴァイオレットの姿が……まあ、可愛いんだけどさぁっ!!
俺は、疲れたように抱き上げたヴァイオレットと顔を見き合わせる。
「まったく、お前は……。ふぅ……もう、疲れたよ……」
首を“コテン”と傾けるヴァイオレット。何とも締まらない激闘の幕切れに思わず零れた呟きが、静けさを取り戻した浜辺に響いて行くのであった。




