log in - 28 また……?
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「……また……です、か?」
俺の目の前で呆れた様にそう呟いたシィラは、半ば諦めたかの様に溜息をつくとミラベルから手渡された紙面へと目を落とし……もう一度“フゥ~~~ッ”と、深い溜息をつくのであった。
「もっとも、この報告の通りでしたら、寧ろS評価でさえ足りないでしょうけれど……。群生する【啞奸茸】に、伝説級の素材の宝庫……ですか?」
「まあ、普通でしたら信じ難い事ですからね……。アギトさん? 取り敢えず、何か一つ出してはいただけませんか?」
流石にいぶかしげな視線を向けて来るシィラを前に、苦笑を浮かべながらそう提案してくるミラベルの言葉に促されて、俺は【宵待草】を1本取り出して見せてみた。
「……確かに、【宵待草】……ですね。……半ば化石化したトレントの老木と、隠された聖域? ……これって……?」
「おそらくは、伝承に記されている『巫女の庭園』ではないかと思われます」
「えっ!? ミ、ミュスカ様!?」
突然の声に慌てて振り返ってシィラは、驚きに目を大きく目を見開きながらその名前を口にした。
ミュスカ? 確か、ミュレットの姉でエレオノーラと同じ杜衛の1人だったか……?
目の前には巫女装束に身を包み、永い白髪を首の後ろで結った小柄な女性が、何やら感慨深げな眼差しを此方に向けていた。
ミュレットとは対照的な、清楚で落ち着いた佇まい。唯一その頭上に“ピョコン”と乗ったまん丸のケモ耳が、彼女との血縁を証明するかの様に揺れていた。
「君は……ミュレットの……?」
「はい。お初におめもじつかまつります。わたくし、杜衛を務めさせていただいておりますミュスカと申します。アギト様、どうぞよしなに」
「あ、ああ……。っと、それよりも『巫女の庭園』とは一体何なのだ?」
下にも置かない物言いに、一瞬呆気にとられてしまう。そんな俺を柔らかな笑みを浮かべ見つめる彼女に思わず見惚れてしまうも、慌ててそれを取り繕う様にそう疑問を投げかけた。
「はい。実を申しますと……」
何でも神話の時代に白黒の神の巫女の1人が保護した幼いトレントと共に作り上げた箱庭が、この樹海のどこかに存在しているのだと伝承に記されているのだとか。ただ、過去に幾度と無く探索が行われたものの、ついぞその形跡すら見つかる事は無かったらしい。そのため、今では単なるおとぎ話の1つになってしまっているとのことだった。
「ですのでS評価というのは、決して大げさなものではありません。寧ろSSやSSSを与えられたとしても、過大なものではないでしょうから……。もっとも、規定上その様な評価は存在存在してはいないのですけれど……」
そうして手渡される明細。そこに表示されている数字を目で追って……orz
俺は虚ろになっているであろう瞳を、隣に佇むミラベルへと向ける。
「えぇ~と、ですね? 採集の依頼自体は私が出したものなのですけど、調薬の依頼が社からのものなので……予算の方は社から出るんですよ」
整然と並ぶ0の連なり。明らかにゲーム初日とは思えない所持金に、軽い眩暈を覚えながら俺は……。
「ぜ、全額預かりで……」
そう、絞り出すように、シィラへと告げるのであった……。
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「つ、疲れた……」
あの後、ミラベルを家の前まで送り『深緑の宿 森のくまさん』へと戻ってきた俺は、主に精神的な疲れによって困憊の極みに陥っていた。そんな俺の足元にいつの間にやら寄り添っていたラニ―ちゃんは、まるで労わる様に優しく足を“ナデリ、ナデリ”とさすってくれていた。
俺は、ラニーちゃんの頭を一撫ですると、そのお礼にとインベントリの中から1つの木の実を取り出した。それは【プレアの実】。まさかあの庭園? の中にこの実のなる木が生えているとは、ねぇ……。
ミラベルによると、この実は天然のマジックポーションのようなものなんだとか。実際に【鑑定】してみた所、効果は低いものの確かにMP回復効果があった。もしかしたら、この実も大昔は何かの素材として使われていたのかもしれない。
などと考えを廻らせながら、両手で抱きかかえる様にして“シャクリ、シャクリ”と木の実を食べるラニーちゃんの姿に“ホッコリ”としていると……。
「あっ!? アギトさん! あぅ……お、おかえりなしゃいっ!!」
俺の姿を確認し笑顔を浮かべたミュレットは、次の瞬間顔を真っ赤に染め上げると、狼狽えながらも迎え入れる言葉を口にした……。
「あ、ああ……ただ、い……ま?」
俺の視線は、顔を赤らめ体を“モジ、モジ”と揺すっているミュレットを……越えて、その後ろに佇む女性へと釘付けになっていた。
「……ミュスカ?」
「はい。先ほどぶりでございます、アギト様」
そう……先ほど社で別れたばかりのミュスカが、先ほどと同じ姿で佇んでいたのである。
しかし……なんなのだろうか? 先ほども感じたあの感慨深げな眼差しは……懐かしんで、いる?
そんな疑問を浮かべている俺の元へと歩み寄って来た彼女は、目の前で恭しく跪くと俺の手を愛おしそうに掬い上げ……へっ?
“ホニュン”
……てのひらで、ふわりとたゆむ、ふくよかさ……。
そう……その感触が……。
またしても俺の手の内に……。
戻ってきた……。
「おっ…おおおっ、お姉ちゃんっ!? なななっ、何やってるのぉおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~っ!!」
ああ、うん……先に慌てている人がいると冷静になれるって聞いた事があるけど、どうやら本当の様だ。
それにしても……着痩せするのだろうか? 先ほどは気付かなかったんだが……姉妹そろって、なんたるけしからん胸だっ!!
☞ 揉む?
揉む!
揉む!?
揉む!!
て、十分混乱しているでござるよっ!? ……えっ?
まるで何かを取り戻そうとでもしているかの様に、俺の手を自らの胸へと押し付けていたミュスカ。そんな彼女の瞳から、“ツー”と一筋の涙が零れて行く。
「ミュスカ?」
「お姉……ちゃん?」
「……お願いいたします。もうしばらく……こう、させていてくださいませ……」
さらに混迷を深める俺達に、そう、呟く様に口にした彼女は。自らの胸へと抱き寄せた俺の手を、決して放そうとはしないのであった……。
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「……で、ミュスカ? 俺は何時までこうしていればよいのだろうか? 寧ろここは……このままこの膨らみを、揉みしだいた方がいいのか?」
「てぇっ!? ア、アギトさんっ!? 何を言っちゃっているんですかぁあああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」
「いえ。もう、十分でございます……。まことにお見苦しい姿を晒してしまい、申し訳ございませんでした」
流石に冷静さを取り戻した俺の冗談? に、過剰な反応を示すミュレットへと目を向けた彼女は、“クスリ”と優しい笑みを浮かべると、以外にもあっさりとその手を放しそう告げるのだった。
そうしてこの手から失われた感触。その温もりに、名残惜しさを感じるのは……男の習性、なのだろうか?
「お姉ちゃんっ!? 説明っ!!」
「説明……ですか? そう、ですね? その、わけは……」
「その、わけは?」
勢い勇んで詰め寄るミュレットの、そんな権幕にも動じる事無く。ミュスカは興奮冷めやらない妹へと……爆弾を、投下した……。
「ミュレット……貴女の体が理解しているものと、思うのですが?」
「ぴっ!? ……か、体っ!? なっ!? にゃにを言っているにょかなっ!? かなっ!? しょんな、体とか……から、だ? ……ぷしゅうぅ~~っ!!」
何だかよくは分からないが……一体何を想像したんだ、ミュレットよ? 動揺しすぎだ、お前は! こら、こっちを“チラ、チラ”と見るでない! 俺まで赤くなってしまうわっ!!
「そ、そうだミュレットよ? これ、なんだがな……」
居たたまれない空気から逃れるために、俺はインベントリの中から【プレアの実】を取り出すとミュレットへ手渡した。
「ふ、ふえっ!? ……あっ!? 【プレアの実】! 見つけて来てくれたんですね! ありがとうございますっ!!」
《『個人依頼』【プレアの実】の採集を達成しました》
《報酬として【水樹の種】が与えられます》
例によって“ピコーン”という電子音と共に流れたインフォ。……ほう? こうなるのか……。
んんっ? そういえば、社での『クエスト』ではインフォは無かったよな? あれは初めから依頼として掲示されていたからか?
「アギトさん?」
「んっ? ああ、すまない。『クエスト』達成のインフォが流れたのでな……」
そう口にすると、俺は報酬で得た【水樹の種】を取り出して見せた。
「種? ……ですよね?」
「種? だな……少なくとも名称は……」
それは、エメラルドグリーンに輝く不思議な……種?
「【水樹の種】……ですか? これはまた……なんと申しましょうか……」
「知っているのか?」
「はい……」
結論から言うと、名は体を表すという例にもれず。周囲の魔素を吸収し、その根から水を湛える霊樹の一種なのだそうだ。
そんなある意味ファンタジーにおいてはありふれた設定のこの木なのだが、これが実はとんでもなく貴重なもののようなのだ。
「れっきとした霊樹の系統ですから。少なくとも個人で所有している方はおられません……」
国……特にこの大陸においては、綺麗な水を大量に必要としている鍛冶の国……『鉄血のオデット』であるならば。魔力もこもった聖水? ともいえる水を湛えるこの木を、年間の国家予算額を捻出してでも手に入れようとするかもしれないと……? なにそれ、引くわぁ……。
「各国に3本と存在せず。この『神樹の森』にも、数本が自生しているだけですから」
と、言う事らしい……。
それにしても……【|森呪の靈珠《ニルヴァーシュの思い出》】に【水樹の種】。そして、伝説の素材たる植物系各種って……。俺に栽培をしろとでも……? これで自由にできる土地でも手に入った日には……あからさまに誘導されている感じだよなぁ……?
この後、さしたる時間を置かずして、土地? と呼べるものを手に入れる事に成ろうとは、この時の俺には知る由もないのであった。




