log in - 27 その森の奥の、楽園にて……。
「……………………」
「シィラ?」
俺の呼びかけに、その肩が“ビクッ”と大げさに跳ね上がった。……しかし、ここの男共は、一体どれだけ女に飢えているというんだ?
周囲のむさ苦しい視線を一身に浴びる中。彼女は、ゆっくりと顔を上げる。
その表情は、ひとえにこれ驚愕……。無言で見詰め合う俺と彼女。唖然とするその視線が、再びその手元の依頼完了の証明書へと落とされる。
「……S……ですか……」
長い、永い沈黙の後。彼女は、絞り出すような重苦しい声で“ボソリ”とそう呟いたのだった。
「……シィラ?」
「はっ!? 申し訳ありません! あまりにもありえない評価を目にしたもので……つい……」
そこまで驚く事なのか? と、思い聞いてみたところ。基本評価A~Gの7段階で、評価Dが普通。可も無く不可もなくと言ったところか? そこからAが最高評価で、Gが最低評価になる。
因みに評価Gは、依頼失敗でこそないものの。依頼主からしてみれば、寧ろ失敗してくれた方がよかったんじゃね? てレベルの酷評なのだそうだ。
そんでもって、この評価S。その依頼において本来ならあり得ない偉業? を成し遂げた場合に限り適応されるものなのだそうだ。
「3年前にマルス様が討伐依頼でS評価を受けるまで、122年間も与えられる事が無かった評価を……よくて最高評価がFどまりの悪名高きこの依頼で……ですか?」
信じられない、とでもいう様に、左右に首を振る彼女の姿に……その場に訪れる混沌。……もうヤダ、ここ。
「……“コホンっ”それではアギト様。【狩守の腕輪】をこちらに……あっ、腕に着けたままで結構ですのでお願いします」
そう言う彼女の手には、赤い光を点灯させるバーコードスキャンの様な道具が……。何だろう? このファンタジー感を台無しにされた様な複雑な心境は……。
そんな俺の残念な胸の内を知ってか知らずか、手早く“ピッ”と腕輪をスキャン? すると、モニターを見詰めながら手慣れた手つきでキーボードを弾いて行く。
「はい。これで依頼完了の手続きが終了しました。こちらが報酬の明細になります」
そう言って手渡された紙面上の数字をを目にして……。
「……は?」
思わず目が……点になった。
えぇ~と、ゼロが1、2、3……8つに、頭が6……?
「ま、まあ……驚かれますよ、ねぇ?」
「いや! もともとの報酬は80万ギリムじゃあなかったか? それがまた、何でこんなに……?」
額にして6億ギリム。幾らなんでも上がり過ぎだろう。
因みに通貨は……。
銅貨=1ギリム(約10円程度)
銀貨=100ギリム
金貨=10000ギリム
白金貨=1000000ギリム
黒金貨=100000000ギリム
と、なっている。
この上に皇貨なるものが有るらしいのだが……シィラもよくは知らないそうだ。
「それが、評価S……と、いうものなのですよ……。特に書庫の整理は、依頼受注率から成功率に至るまで、過去最低を更新し続けていた依頼なんです。そこに来て……ですから……。それに……」
なんでも、あの書庫には神話の時代に書き記された文献などもあるらしい。ただ、ほぼ誰も利用する者がいない……と、いうか。読める者すら殆どいないために、棚に戻す必要性というものもそれ程ないのだとか。
そんな事情から、緊急性は皆無なれど重要性は異常に高い、という訳の分からない事になっているのだそうだ……。
「それで、報酬のお支払方法はいかがなさいましょうか?」
この報酬。全額一括でも、そのまま社に預けて置く事も可能なのだとか。社指定の商店なら店備え付けの端末経由で、【狩守の腕輪】から代金引き落としも可能ならしい。
まあ、さすがに現金一括はありえないよなぁ……。とはいえ、指定外の店では普通に現金が必要なわけで……。
俺は取り敢えず10万ギリムだけ現金で受け取ると、残りをそのまま社に預ける事にする。
カウンターの向こうで“ウン、ウン”と訳知り顔で頷くシィラは、おもむろに立ち上がると奥へと歩いて行くのでした。そう、周囲の男達の視線を一身に集めて……。こ、こいつらは……。
室内に漂う不穏な空気。男女に隔たるあまりの温度差に辟易している俺の前へと、布袋をトレーに乗せたシィラが戻って来るのであった。
「では、こちらがお引き渡し分の報酬になります。ご確認ください」
手にした袋の中身を覗き見る。……うん、眩しい! 黄金色の輝きが、俺の網膜へと焼きつくのであった。
「ああ、確かに……。それでは、次の依頼を探して来る」
つとめて冷静に双言葉を綴ると、俺は新しい依頼を求めて壁際絵と足を向ける。
「はい! お待ちしております!」
背中へと掛けられるその言葉に、少しばかりの気恥ずかしさを感じながら、まだ見ぬ冒険へと胸を躍らせるのであった。
「さて、と……」
壁一面に張り巡らされた無数の依頼書。その紙面へ“ザッ”と目を通して行く。
「……『ゴブリン(魔)の討伐』……。分かってはいるんだが……なんか、複雑だ……」
どことなく世界の理不尽さを感じさせられる依頼に、何とも言えないやるせなさを覚えてしまう。まあ、散々殺しておいてどの口が……とも、思うのだけれどねぇ……。
そんな、微妙な感傷に陥りかけた俺の目に、それは映った。
「……『【啞奸茸】の採集』……? これって、あの時見かけたやつだよ……な?」
そこに描かれた真っ赤なキノコ。
しかし……何故だろうか? なんか異常に報酬が高い上に……誰も手を付けようとはしていない……?
むぅ? シィラに聞いてみるか?
そう思い、カウンターへ向かおうと振り返った俺の目の前で……。
「アギトさん?」
「ミラベルか……」
白い少女は、小首を傾げて佇んでいた。
「なにか、真剣な顔をしていましたけれど……これ、ですか?」
「ああ……。ここに来る少し前に見かけていたものでな。少しばかり気になったんだ」
「み、見かけたんですかっ!! いっ、いったいどこでっ!?」
「おっ、おおうぅ!? お、落ち着け……近い、近いから……」
その、あまりの食いつき具合に思い切り引いた俺の様子に気がつき“ハッ”とした彼女は、途端に顔を真っ赤にすると「すみません」と縮こまってしまうのだった……。
「じゃあ、これはその【瘴気中毒回復薬】とやらの素材として必要なものだと……?」
「はい。現在においても唯一、瘴気中毒を治療できうる薬なのです」
神話の時代では、この瘴気中毒によってヒューマンから異形の怪物へと変じたという記録があるらしい。そして、その瘴気中毒に対する薬こそが、当時白黒の神によって招かれた巫女の一人によって開発されたこの【ミオフルミンM】なのだとか……。
「ただ、この【啞奸茸】が特殊な素材でして……」
俺には普通に見つけられたこの茸。何と死角はおろか、【魔力感知】からセリアンの嗅覚に至るまで、ありとあらゆる探査を阻害するふざけたステルス性をを持っているらしい。
おまけに、下手に採集しようとすると、周囲へと胞子を爆発的に散布するそうなのだ。さらには、その胞子を吸い込んでしまうと、悶え死ぬこともあるのだとか……性的な意味で……。
なんでも強力な催淫作用があるようで、一説には赤ん坊すら発情させたとか……?
「ふむ? では、何でおれは普通に見つける事だ出来たんだ……?」
「えっと、失礼ですが……アギトさんは【魔眼】系の能力を持っているのではありませんか?」
どういう訳だか種類問わず【魔眼】系のスキルを持つ者には、この馬鹿げたステルス効果は発揮されないのだとか。
しかしながら、仮に【魔眼】系のスキル持ちであったとしても、アメリカ大陸のおよそ半分の面積を持つテッラ大陸。その、1/3を占めるこの大深緑地帯の何処に生えているかも分らない茸を探すのが、いかに困難なのかはこの報酬の高さからも窺い知る事が出来るであろう。
まあ、見つける事が出来たとしても、採集に危険が伴うのだが……。強制発情悶え死に……って……。
「しかし、詳しいな。流石は薬師といった所か……?」
「ええっと、ですね? 実を言いますと……この依頼、私が出したものなんですよ……」
現在この薬を作る技術を持つ者は、世界中を探しても両手で足りる程度しかいないらしい。その上、素材の希少性もあってか、実際に製薬に携わっているのは各大陸で一人づつ程度だという話だ。
そして、何を隠そうこのテッラ大陸において、その製薬を一手に引き受けているのが目の前の少女……ミラベルなのだそうだ。
*
*
*
赤く膨れ上がった生々しい光沢へと少女の白い手がそっと添えられる。天へとそそり立つその猛りを鎮めるかの様に、儚げな指先が優しく筋をなぞってゆく。
その刺激に“ピクン、ピクン”と身を震わせながら、いきり立つ奇形はじんわりと半透明な汁を浮かび上がらせてゆく。脈打つ様に震える肉肌を“ツー”と零れ落ちていく雫が、全体を妖しく濡らし……“ブチッ”。
「しかし……ミラベルまでついてきたのでは依頼にならないんじゃないか?」
木漏れ日の射し込む森の中。せっせと採集に勤しむミラベルに、俺はそう声をかけた。
その手にもぎ取られた【啞奸茸】に、妙な哀愁を感じるのは……うん、気のせいだろうっ!!
「ですが、場所が分かっているのでしたらこの方が確実でしたし……。それに、これの採集は色々と危険ですので……」
最後の方は若干“ボショ、ボショ”と小声になりながら顔を赤らめるミラベル。うん! なんとも可愛らしい……ではなくっ!! 採集依頼に依頼主が同伴するのって、ありなのか? まあ、採集依頼が護衛依頼に変わったと思えばいいか……。
そう、結論づけながら、手にした真っ赤な茸をまじまじと見つめる……ふむ? 実に毒々しい!
「依頼の達成について心配なさっているのでしたら大丈夫ですよ? 寧ろ確実に採集できるぶん、私の護衛も含めて評価を上積みに……って、何をしているのですかっ!?」
「むぐっ? …………いやな? 毒キノコは意外にうまいと聞いた事があってな。幸いなことに、スキルの効果で飲食に関してはあらゆる毒を無効化できるのでな……食べてみた」
脳内に“ピコーン”と響く音を聞きながら、俺はそうのたまった……。
「き、貴重なものですのに……。本当は、凄く貴重なものですのに……」
「そうは言うがな、ミラベル……ほら? こんなにたくさん生えてるし……?」
そう、あたりを見渡せば……。視界の半分近くが真っ赤に染まっていた……件の茸によって……。
ミラベルを伴なって森へとやってきた俺は、運よく……なのか? あのゴブリン(魔)の集団に踏み荒らされる事無く、地面からいきり立った真っ赤な茸の元へと辿り着いた。
いそいそと採集を始める彼女を尻目に辺りを見渡して見れば、少し先にも自己主張激しく真っ赤に膨れ上がった茸が地面から雄々しくそそり立っている姿が目に映った。
「採集、終りました!」
「お疲れさん。……で、あそこにも生えているのだが?」
「ほえっ?」
*
*
*
そんな事を何度か繰り返している内に、俺達はこうして群生地? とでもいうべき場所へと辿り着いたのであった。
「これって……やはり、あれの影響なのだろうな……?」
「はい、おそらくは……」
向けた視線の先には石化(?)した1本の巨大な老木が、差し込む木漏れ日を浴びながら静かに佇んでいた。
まるでルトヴェリスの家々を形作る木々の様に真っ白な石へと変化した巨木。
「これって、霊樹とかに関係があるのか……?」
「いえ……おそらく、この木はトレントだと思われます。それも、恐ろしいほどに時を経た……」
トレント。植物系の魔物の中ではアルラウネなどと並ぶメジャーな奴だ。さしずめこいつは、エルダー……いや、エイシェントトレントと言ったところであろうか?
――ネガイ……。ヤクソク……ズット……――
ほとんど化石と化した白い老木を、感慨深げに見上げていた俺の耳に、森のせせらぎに混じって微かな声が届けられた。
……今の、は……?
込められた思いと共に脳裏に過った光景。驚く俺の耳に“ピコーン”《【森呪の靈珠】を入手しました》と、今度は聞き慣れたインフォが響いたのであった……。
……これ、は……?
「な、何なんですか……それ? 何か……とても不思議は力を感じます……」
インベントリから取り出したそれを目にしたミラベルの驚く姿を尻目に、俺は【鑑定】を発動してみた。
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【森呪の靈珠】
[系統]スピリチュアル・オーブ
[属性]土/水/木/霊
[効果]
植物保育(極)
植物系素材効果上昇(大)
植物操作(中)
生命の息吹き(小)3/3
〈極品質〉
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「なるほど……この周辺の異常性に納得が出来ました……」
だろうな……。これが、あのトレントの思い出のよって作り出されたというのなら、その大元であるその力のほども窺えるというものだ。
しかし……。このアイテムを利用すれば、この茸……栽培できるんじゃないか? そんな俺の考えを証明するかの様に、ミラベルはとある植物を指差した。
「あれなんて【宵待草】ですよっ!? しかも、本来なら夜の間しか花をつけないと伝えられているのに……」
だいぶ日が落ちてきているとはいえ、未だ射し込む陽ざしに照らされたその花に、ミラベルは驚きを顕わにしていた。
てか、よいまち……そう? たしかオオマツヨイグサの別名が、よいまち……ぐさ、だったと思うが……?
聞けばこの草は一日草とも呼ばれ。たった1日で発芽から開花を経て、次の朝日が昇る頃には枯れてしまうのだそうな……。
「この【宵待草】と、あそこに生えている【魔威茸】を素材に使えば【完全魔力回復薬】が。あちらの【抱満霊瓜】とで【完全気力回復薬】が。この【励瞑花】とで【完全生命回復薬】が。ほかに【真通茸】・【輪廻草】・【麗張姫桃】……。これらに、古い精霊樹系の木から取れる樹液があれば【神薬】すら作る事が、でき……る? て、素材が全て、揃うではないですかぁあああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」
それは……。ここが、とんでもない場所だという事が分かる……魂の、叫びだった。
次第に日の陰り出した森の中。増して行く静けさの奥へと、その絶叫は響き渡ってゆくのであった……




