log in - 120 桜塚(さくらづか) 葵(あおい)の……初恋(胸キュン)?
「この度は、ご縁がなかったということで……」
何やら呆けている男性に背を向け、私はその場を後にします。
一体、何だったのでしょうね?
家自慢に、親自慢。学歴自慢に、役職自慢。よしんば後者は分かるとして、前者は彼自身のアピールにはならないでしょうに……。
もっとも、後者の方も通っていた学校や自分が就いている役職が、いかに素晴らしいのか? を熱弁するばかり。勉学における成績や、その役職における実績や業績なんかには一切触れていないのですから、ね……。
そして、そんな男性であればこそ必然なのでしょう。私のことに触れて口にするのは……容姿についてばかり、なのです。
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“……パタン”
「ふぅ……」
自宅へと帰り着き……そのまま浴室へ。
“シュルルルルルル……”
徐に帯を解き……はしたないと知りつつも、はだける着物を少しばかり乱暴に脱ぎ捨てる。いえ、一応きちんとたたみますよ?
ふと、姿見に映る自分の姿が目に入る。服飾系の企業を営む実家の手伝いでモデルなどをしており、それを今でも続けていられるだけあってスタイルはいいのでしょう。
けれど、まあ……それで概ね今回のような結果になるのですが……。
何度目でしたか、ね? お見合いをお断りするの……。
“トゥルルルッ、トゥルルルッ、トゥルルルッ”
脱衣所から浴室へと足を踏み入れた瞬間、響き渡るメールの着信音。きっと、父でしょうね……。
どうも父は、私のお見合いに躍起になっているようだ。会社での、己の地位を確かなものにしたいのでしょう。
元々は、現会長兼社長である祖母の趣味が高じて立ち上げた会社が、あれよあれよという間に大きくなってしまって……といった経緯のためでしょうか? 彼女は無責任に放り出すことこそないまでも、特に一族経営に拘ってはいないようなのです。なので、彼女は私にも、自分の好きなようになさいなさい、と言ってくれているのです。
けれど、父としてはそれが不満らしい。創業者の一人息子としてのプライド? が、後を継ぐことへの見苦しいほどまでの執着を、彼にもたらしているのでしょうね……。
そんなだからなのでしょうね。私のお見合いの相手として父が選ぶ男性もまた、家柄や自分の役職ばかりを誇り。私に対しては、その容姿と結婚後の自身の栄光にしか目が行っていないのです。
正直に申しまして、あの欲望に塗れた視線で全身を舐め回されるのには、嫌悪を超えて怖気すら感じます。そのような相手に、誰が嫁ぐと?
“シャーーーーー……”
そんな緊張で冷えて強張った身体を、肌を滑り落ちるシャワーのぬくもりが温め解していきます。
「はふぅ……」
思わず零れ出る吐息。我ながら気の抜けた声色だこと……。
さて、落ち着いたところでこれからの予定を考えましょうか……と、いいますか、考えるまでもないのですが、ね。
明日から10日ほどはオフになるのです。でしたら、やることは一つなのですよ。
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燦々と降り注ぐ陽光。私はこの体いっぱいにそれを受けるため、君だ手の平を中天へと向けて大きく伸びをします。
しかし、これはうっかり野外でログアウトしてしまおうものなら、私以外は大変なことになってしまうのでしょうね……この、種族。
『|Reincarnation Online』
この、世界初となるフルダイブVRゲームにおける私の種族は……ヴァンパイア。
え? どうして私は日の光の下でも大丈夫なのか、ですか?
私はβテストに運よく当選しまして、正式リリースにあたり特典として1つスキルを得たのです。
それが、こちら……。
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【光合成 Lv-1】
[アビリティ]
光属性吸収
日中常時回復
日中状態異常耐性・大
日中消費消耗軽減・中
植物育成補正・大
植物加工補生・小
[アーツ]
オーバードライブ・エナジー
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はい、言いたい事は分かります。私も思わず植物ですか!? と、道の往来ではしたなく叫んでしまいましたし、ね……。
……コホン! それで効果としましては、陽光を受けている間、常時VP・MP・SP・空腹度の回復及びその効果の上昇と状態異常の体勢及びその回復力の強化、ですね。
まあ、状態異常に関しては、元々種族的? に効果がほぼないのですけどね……。
植物育成補正と植物加工補生は生産系ですか? オーバードライブ・エナジー……ブースト?
フレーバーテキストによる、陽光を浴びることで細胞を活性化させて……と言うくだりが、おそらくは陽光を受けている間ステータスが減少するという種族的デメリットを打ち消しているのではないでしょうか……?
このスキルの効果、陽光の強さに比例するとありましてですね? 現に曇り空……特に軽い雨降りの時などには、しっかりデメリットを受けますので。ですので、やはり安易にお天道様の舌で活動することは厳しいのですよ。
もっとも、本来1/3になるところを1/3減程度に抑えられるので、マシといえばマシなのですけれど、ね……。
で、あれば……日中、安定して戦闘が行える場所として思い当たるのは、1つしかありません。
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「血啜る茨の棘っ!」
私の足元から無数の紅い糸が地面を走り……。
『グギッ!? グギャ~~~~~ッ!!」
刃の欠けた錆びついた険を片手にこちらへと駆け寄ってくるホブゴブリン……その数4。そのこと如くを絡め取ると、明滅を繰り返しながらみるみるとその太さを増していく。
それは、真紅の茨。絞めつけるその肌を、無数の棘が突き破る。
徐々に削られていくホブゴブリンのVP。溢れ出る血を啜り喰らい、茨はその絞めつける力を増していく。
「繰血の創刃っ!」
頭上へと差し伸ばす手の平から噴き出す真紅の迸り。
このまま待っていても、いずれ息絶えるでしょうが……嬲り殺しをしているみたいで、あまり気分がよくはありませんからね。
「せめてもの情けです。乱舞する刃の風渦っ!!」
宙にあまねく鋭利な矛先へとその姿を変えた紅は、暴風の渦となってホブゴブリン達を呑み込みます。
『ギャァアアアアアァァァァァ~~~~~……』
響き渡る断末魔の絶叫。
そして……。
“…………………………”
訪れる静寂。
う~ん、ブラッドルンソーンはいいとして、ブラッディーエッジは単独で使うならともかくダンシングヴェルドを組み合わせると消耗が凄いですね。
ブラッディーエッジにはブラッドルンソーンと同様にドレイン効果があるのですけど、ダンシングヴェルドを発動させると切り離さなくてはいけなくなりますから……。
ここで捕捉を入れますと、ブラッドルンソーンは【操糸】のスキルを使って色々と試していたら【血線】と言うスキルを覚えまして、その[アーツ]の1つとして修得したものになります。はい、【光合成】が影響している気が、そこはかとなくしています。
そして、ブラッディーエッジもまた【血線】の[アーツ]で、自らの血液で刃を作り出すというもの。その形状は鏃から大剣、果ては大鎌の様な特殊な形状に至るまで自在で、それなりにコストがかかるものの攻撃を加えるたびに各種ドレインを行うので、使い勝手はそこそこ。
但し、あくまで【血線】の[アーツ]……つまりは有線。繋がっていないとドレイン効果発揮せず……。
ですが、逆に有線状態ならば手に持っている必要もなく、どこぞの新人類のようにオールレンジ攻撃? のようなことも可能でしたので、どれだけの数を同時に展開できるかと試していたところ、その数が50を超えたあたりだったでしょうか? [EXアーツ]と言う特殊枠の[アーツ]をを習得したのです。
それが、ダンシングヴェルド。
どうもこれ、特殊な条件を満たすことでスキルの[アーツ]とは別枠で習得されるもようです。
ただ、これを使うと強制的に無線状態になって飛んでいってしまうので、ドレイン効果が失われてしまうんですよね……。
ええ、消耗具合がえげつないのです。
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「あら?」
不意に辺りが開け。私の目の前に、巨大な地底湖……ダンジョンの中でも地底湖と呼んでいいのでしょうか? ……取り合えず、湖が広がっていたのです。
湖岸に歩み寄り……その美しい光景に目を奪われること、しばし……。何気なしに落とした視線……その水面に映る、私の姿。
……見る影もありませんね。
それは、現実とは打って変わって……ちんまい容姿。ええ、はっきりと言いましょう……幼女です。
桜色の髪を足元まで垂らし。目鼻立ちこそ大人びた印象を醸し出しつつも、どう見ても十を超えては見えないその背格好。
現実のように不躾な視線に煩わされることこそないものの、時折“ゾクッ”と身の毛がよだつ得体の知れない不気味な視線を感じることはあるのですよ、ね……。
……コホン! ですが、不思議なものですね……? 現実とここまで体格の違いがあれば、その感覚の違いに違和感を覚えるどころではないはずです。だというのに、実際には僅かにすら意識に上ることが何のですから……。
現実と全く同じ感覚で、問題なく動かすことのできる体。
そして、現実に戻っても、まったく不具合を覚えることのない感覚。
「はぁ……超技術にもほどがあります」
思わず零れ出た溜息と共に……それは、気の緩み。
いかに目を奪われる美しい光景が広がっていようと、ここは……ダンジョン。その心の隙を縫うように、この身の危機は迫っていたのです。
「……え?」
不意に、湖面に影が揺らぎ……。
“ザバァ~~~~~ンッ”
「いけなっ、きゃああああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」
水飛沫を上げて迫り上がる巨大な……柱? と、そこから伸びる無数の……蔦? それは、私に体勢を整える間を与えることなく四肢を絡め取り、この身を宙へと攫っていく。
自分で飛ぶのとは異なる、ままならない浮遊感。自由の利かないその体が……。
「え? 何!? う、嘘……? い、嫌ぁあああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」
はしたなくも口を突く絶叫。今まで、これほどまでに大きな声を張り上げたことがあったでしょうか……?
いえ、今はそんなことを気にしている状況ではありません。なぜなら、ば……。
――ヌヂュルルルルル……――
服の内側へと無具り込んでくる……触手。そう、その不快なヌメリを帯びたソレは蔦などではありません。
そして、目の前にそびえ立つように留まり、無数の触手をクネらせるそれもまた柱などではなく……。
――ローパー――
これって……そういったゲームではなかったはずですよ、ね? 年齢制限などは、特にありませんでしたし……。
でしたら、これって……? 今のこの苦境は……何?
「ひっ!?」
慎ましやかな胸肌を、生暖かい感触が這っていく。
膨らみの乏しさもあるのでしょう。その中心で唯一張り出す蕾は、直接さらされるヌメッた肉? の刺激を殊のほか敏感に感じ取ってしまうのです。
「ひうぅううううぅぅ~~~~~ぅんんっ!?」
嫌ぁ、そこ……痺れるぅ……! どうし、てぇ……?
大凡の状態異常を受けつけないはずのこの身が、その場所から麻痺していく。
身じろぐことすら……もう、できません。
このままじゃ……私……。
その恐れを裏付けるかの様に……。
「ひあぁあああっ!? や、らぁあああっ! そこ、あ……らめぇえええええっ!!」
股肌を這い上がってきた触手が……“ヌチャリ”と、ソコへ触れたのです。
いえ、それだけではありません。あろうことか……。
――ヴヴヴヴヴヴヴヴ……――
「ん゛あぁあああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」
全身に纏わりつく触手が、小刻みに震え始めたのです。
この小さな体にとって、その振動は思いのほか強烈で……。
嘘……ですよ、ね?
身に余る刺激に大きく見開いた瞳に……ソレは、映ったのです。
い、や……無理! そんなの……無理、ですぅううっ!!
ですが、無情にも私へと迫って来る、一際野太くグロテスクなソレは……。
誰か……助けて……。
私の、ソコへと……触れ、て……。
「嫌ぁあああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」
恐怖に塞ぐ瞳。湖面を波打たせるほどの絶叫が轟き……そし、て……。
――ザザザザンッッ――
これまでとは異なる浮遊感と……。
「あ……?」
それまでとは違う……温かさ。
突然の事に、恐る恐ると開いた瞳に映った……顔。
それは、その……何と言いましょうか……。結構……醜悪?
だと、いいますのに……。
「ふぅ……間一髪だったな」
あら……? あらあらあら? どういうことかしら……? こんな、お姫様抱っこに憧れを持つような幼子でもないですのに……。
だといいますのに、なぜこんなにも……胸がときめいているのですか……?
これは、きっとアレですよね? 恐怖体験からくる、吊り橋効果と言う……勘違い?
優しく地面へと降ろされる私。乱れはだけた服の上から、インベントリから取り出したのでしょうか? 外套が、苛む痺れに肌を震わすこの身へとかけられます。
「あ、の……」
「無理に喋ることはない」
そう私に微笑み? かけると、彼はゆっくりと湖面へと向き直る。
はい、この方……ゴブリンさんです。見た目は、とても逞しいですが……。
しかも……プレイヤー? それって、先のイベントで話題になった方ですよね?
「ちっ! 逃したか……」
彼の舌打ちに、視線を地底湖へと向けてみれば……既に湖面は凪いでいたのです。
で、出てくる時も突然でしたが、逃げ足……足? ええと、逃げるのも素早いのですね。あんなですのに……。
「ふぅ……まあ、仕方がない。とりあえず……外に出るか」
「ふあっ?」
その言葉と共に、私の体が再び横抱きに抱え上げられます。
不意に訪れる恥かしさ……は。
――テレレレッレレェ~~~ッ!――
突然目の前に現れた、どこかで見たことのあるドア、によって雲散霧消してしまいます。
……て、え? 何ですか、このアイテム……? もしかして、これでダンジョンの外へと移動できるのですか? そ、そんなアイテム知りませんよ……!?
私の混乱を余所に、ドアへと向かって足を踏み出す彼。……っと、その前に……。
「う、あ……うん、え…い、に……」
「ふむ? それは……叶えられないであろうな」
……え?
「それが叶うのであれば、都市伝説じみた昏睡者が未だに出続けているようなことにはなっていないだろう」
っ!? それって……です、が……。
「掲示板の書き込みなどから察するに、リアルでそれを訴えようとしたところで口に出すことはできんだろうな……」
「そ、んな……こ、と……?」
信じ……られません。それこそ、それはじみたなどではなく正真正銘の……都市伝説、ではありませんか。
告げられた言葉の衝撃で、痺れを忘れて硬直する体。
そのまま抱きかかえられるこの身は、ゆっくりとドアの向こうへと抜けていく。
そうして、私はその先で……このゲームの現実と向き合うことになるのでした。
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