log in - 119 風宮(かざみや) 翔子(しょうこ)の……RPは保てない。
「やたぁーーーーーっ!!」
端末に届いた通知に、思わず両手を頭上に掲げて歓声を上げるあたし。
『|Reincarnation Online』
βテストには落ちたものの、正式リリースの第一陣に見事当選したんだ。
「翔子! ご近所迷惑でしょうっ!?」
「ひぃいいぃ~~~んっ!?」
そんなあたしに、母さまのの一喝。
あたしは、身を縮こまらせて悲鳴を上げる。
でも、仕方ないよ。だって……嬉しかったんだもん。
だから、のど元過ぎて顔は緩み……。
「えへ……えへへへへへへへ……」
再び零れ出す喜びを、押し留めることなんて無理なんだよ。
よし! こうしちゃいらんないよ!? 善は急げ! 弥刀邑さんに連絡して、購入資金を引き下ろしといてもらわないと!!
え? どういうことかだって?
えっと、ね? あたしって、すっごいお爺ちゃん子だったんだ。あ? そう言っても、曾祖父の方ね。まあ、当時は両親共働きで忙しくて、住まい……というか、屋敷? が近くにあったお爺ちゃんに預けられていたからってのもあるんだけど、ね……。
そんなお爺ちゃんも、一昨年亡くなっちゃって……。
とある企業の創業者だったお爺ちゃんは、その経営を息子である祖父に譲ってなお結構な個人資産を有していたんだけど、さ?
なぜか、その遺産の殆どが、息子娘はおろか孫をも飛び越えて……曾孫のあたしへと遺言で……。
その額、ざっと120億。うん、ちょっと待とうよ……お爺ちゃん……。
まあ、もっとも、あたしが勝手に引き出せるわけじゃないんだけどね。そもそも、こんな金額を幼い子供に相続させたら、危険があることなんて目に見えている。なので、お爺ちゃんはあたしの代わりにお金の管理をしてくれる人を専属で雇ってくれていたんだ。
それが、弥刀邑 十和子さん。20代後半の女性で、本業は税理士。お爺ちゃんの秘書をしていた人のお孫さんらしくて、お爺ちゃんにもとても可愛がられていたんだって。
なので、あたしがお金を必要とした時には弥刀邑に要相談、て形になるわけ。確かにこうしておけば、仮にあたしが誘拐でもされて脅されても勝手に引き出したりできないし、ね。そして、あたしが死んじゃったりした場合、残りは全額福祉事業に寄付されます。
まあ、成人して自分で管理できるようになったら、色々と変わるんだろうけどね……。
え? 管理できるのかって? ……うん、きっと無理! ガクブルしちゃうよ!?
最初は何であたしに? と思っていたけど……きっと、あたしが独りぼっちにならないようにしてくれたんだよね……。
あたしの養育費諸々は、定期的に下ろされるようになっているんだよ。即ち、わざわざお母さんまで働きに出る必要はないってこと。
いや、ぶっちゃけちゃうと、お父さんの収入だけでも十分裕福なはずだったんだけどねぇ……。
多分、遺言絡みで両親……というか、お母さん宛てに何かしらあったんじゃないかな? お爺ちゃんが亡くなってから、お母さんは仕事を辞めてあたしの面倒を見てくれるようになったから。
うん、怒ると怖いけど、ちゃんと甘やかしてもらってます。
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「まったく……さっきは何大声上げていたの?」
「あうぅ……ごめんなさい。抽選に当たったのが、すっ……………………………ごく、嬉しくて!」
あたしの返答に、心底呆れた顔をするお母さん。
「タメ……長かったわね。それって、例のVR?」
「うん! βテストは逃したけど、正式リリースは当たったんだよ! 嬉しぃいいいいいぃぃ~~~~~ぃいっ!!」
「はいはい、ちょっと落ち着きなさい。まったく……。それにしても、VRねぇ……。そういえば、兄の所の絹織 ちゃんがそれに当たったとかで、あの愚兄ってば羨ま悔しがって私に愚痴ってきていたわねぇ……」
……はえ? それって、初耳なんですけど!?
「ええっ!? 絹織お姉ちゃんって、βテスターなの!?」
「兄によると、そうらしいわねぇ」
天枷 絹織
お正月に親戚が一堂に集まるとき、あたしの面倒をよく見てくれる従姉だ。親譲りのゲーマーだってのは知っていたけど……ううぅ、あたしも羨ましいよぅ……。
「もしかしたら、ゲームの中で会えるかなぁ……?」
「かもしれないわねぇ……」
それが、まさかああまで紆余曲折を経ることになるだなんて、この時のあたしは思いもしなかったんだ。
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「はぁ~~~~~……」
零れ出る溜息。道の端っこを“トボ、トボ”と一人歩く。
最初は感動していた景色全てが、今は色あせて見える。
「何で……こうなっちゃったかなぁ……?」
思わず口調も素に戻る。
アバター名:フレイ
翔子の翔から、飛ぶ……フライにしようとして思い留まる。それだと、蠅にもなりそうなんで!
なので、フライのラをもじってレにして……フレイ。
うん、北欧神話の神様。神話では男の神様なのに、名前の響きからだろうか? 創作物では女神として扱われることもある神様。
え? 素直にアをつけろって?
ごめん。あまりにフライ=蠅のショックが強くって、決定してから思い至ったよ……orz
コホン。そして、種族は……セレスティア。うん、種族も問題なんだけど……ビルドの選択を誤っちゃったかなぁ……。
【弓】使いだったら、活動場所さえ考えればソロでもどうにかなったんだろうけどさ? 【魔術】……それも、回復系寄りのビルドだと、ねぇ……。
セレスティアって、なぜか【魔術】全般の効果が弱いんだよ。そのせいで、今日の臨時パーティも殆ど雑用係……。
「あら? フレイちゃんじゃないの。そんな不景気な顔をしてどうしたの?」
落ち込むあたしに、不意に掛けられた声。
「これは、ジュディスさん。ご無沙汰しています。え~と、これはですね……その……」
言いよどむあたしに「あらあら、これは深刻そうねぇ」と親身になってくれる彼女。道具屋を営むNPCの女性なんだけど……。
ううぅ、NPCの情けが身に染みるよぅ……。
「あらまあ? 酷いこともあるもんだねぇ……。ほんと、『転生者』の連中ってば碌でもないのが多いわね。まったく、フレイちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ!」
「ううぅ、申し訳ありません」
そう、これが今現在のプレイヤーに対するNPCの心象なんだ。ごく一部を除いて、蛇蝎の如く嫌われている。
そして、それが余計にプレイヤーの中で不遇種族と呼ばれるデメリットを持つ者達を虐げる結果へと繋がっちゃっているんだ。みんな、荒んじゃってるから……。
「あらあら、フレイちゃんが謝ることなんて何もないのよ。フレイちゃんには、みんな感謝しているんだから」
それが何を指しているのかは分かるんだけれど、さ……。
「それは、他にできそうな依頼がないので仕方なくで……」
そう、討伐依頼なんて、碌な火力のないあたしには無理だし。同じ理由で、薬草の採取なんかもモンスターとの遭遇の危険を考えると、ねぇ……。
「ふふふふふ、でもフレイちゃんが真面目に仕事をしてくれているのを、ちゃんと皆が分かっているのよ?」
「あうぅ……」
だって、そりゃあ受けたからにはしっかりやらないといけないもん。それに、それに……“ボソボソ、ボソボソ”……。
「ん? おう! フレイの嬢ちゃんじゃねぇか!!」 「あれ? 何かあったの、フレイちゃん?」 「お? フレイちゃん……何か、顔赤いぞ?」 「フレイ……真っ赤……」
って!? 照れて口ごもっている間に、何か増えてるし!?
鍛冶屋のNPCに、防具屋のNPC。武器屋のNPCに、薬屋の……NPC。
困惑しているあたしを余所に、井戸端会議よろしく会話は弾み……。
「そいつぁ、ひでぇな……」 「フレイちゃん、可哀想ぉ~~~~~っ!」 「まったく、赦せないね!」 「ん! 死ねばいいのに……」
表情を渋くするザガンさん。ただでさえ強面なのに……怖い。それと……苦しい!? ハンナさん、ギブっ! ギブだよ!! 背中に、圧が凄いんだよ!? お……おっぱいががががが……。
後、ロイドさん? 何ですか、その手に持っている禍々しい短剣は!? キサラちゃんも、その手にしている毒々しい色のポーション? は何!?
「あんた達……特に、ロイドとキサラは抑えなさいな。フレイちゃんが困っているよ」
『うっ……』
ジュディスさんの言葉に、一同息を詰まらせる。
「……あ? それなら、ワタシはフレイを推薦する」
……はい? 水洗……? あ? 推薦か! でも……何に?
困惑醒め切らないあたしへと突きつけられるキサラちゃんの宣言に、更なる困惑ががががが……。せ、説明プリーズ!?
「ん、『森守のルトヴェリス』の薬友から手紙が来た」
えっと、ね? キサラちゃんが言うには、セレスティア・マーメイド・グラット・ヴァンパイア・レイスの5種族と、自分の在り方を間違えちゃってたりデメリットの大きいスキルを習得しちゃってどうにもならなくなっちゃった『転生者』で、人となりが問題のない人を紹介してはしいってことみたい。
でも、在り方って……多分、ビルドが種族に合ってなかったりってことかな?
後のは、『クエスト』の報酬? とかでデメリットの大きい称号やスキルを得ちゃうことがあるみたい。それが失敗によってならば自業自得とも取れるんだけど、性交は打臭で得ちゃうこともあるんだって。しかも、そういった形で得ちゃうのって、ビルドとか関係なしに与えられちゃうんだよ。
例えば、【魔術】が使えないのに【魔術】の効果を極大化する代わりに物理的な影響を極弱かさせちゃうスキルを与えられちゃうとか……。ホント……orzってしちゃうよね。
……でも、何でそんな『転生者』……プレイヤーを探してるんだろ……?
「んん? そう言やあ、オレんとこにも師匠経由で大師匠様からそんな手紙が来ていたなぁ……」
「え!? アンタんとこの師匠の師匠って言やあ……」
「ああ……『鉄血のオデット』の女皇陛下だ」
はいぃいっ!? な……何でそんなところから同じ内容の通達が来るの!?
「そいつは何とも……。まあ、キサラんとこはともかく、女王様絡みとなればおかしなことにはならないだろうけど、な……」
「むっ、失礼! 特級薬師!!」
「ええ!? そ、それって……まさか、白の聖女様とか言わないわよ、ね……?」
「ん! それ」
「マジですかい!?」
何か、あたしそっちのけで話が盛り上がってるよ……。ていうか、特級薬師って……何?
「あらいけない。当のフレイちゃんを置いてけぼりにしていたわ」
一人“ポツン”と放置されて、若干涙目になっているあたしに気づいたジュディスさん。
でも、ね? 今のこの容姿で頭よしよしは、ちょっと……。
整った顔立ちに、金色の長い髪を背に垂らし。長身、とまではいかないものの、結構なスタイルの良さも相まって、背筋を伸ばして佇んでると……うん、凛としてカッコいいお姉さん系? まあ、中身は変わらないんでアレだけどさ……。
そんなあたしを気遣うように寄り添ってくれたハンナさんが言うには、特級薬師って幾つかの特殊な薬を調薬できる薬師のことで、現在この大陸には5人といないんだって。
でも、白の聖女って……? え? 名は体を表す? 見たら分かるの? そうなんだぁ……。
みんな口を揃えてそう言うんで、納得しておくことにする。
うん! どうみても、何かとんでもないことに巻き込まれているよね、これ!?
そうして、あたしは……出会うことになる。
万魔の王様、と……。
「ふひひひひひひ……」
「ひいぃ~~~~~んっ!?」
天敵に……。
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