log in - 118 水緒(みお) 美鳴(みなり)の……覚醒(笑)
“シン”とまではいかないまでも、ある種の緊迫感に包まれた室内に“カチ、カチ”とキーを打つ音と、一部“カリ、カリ”とペンを走られる調が漂う。
PCと言う機器がほぼ駆逐された現在でも、利便性の問題もあるのでしょうがキーボードは生存を勝ち取ったようだ。
「…………………………」
そんな張り詰めた空気の中、デスクを挟んだ目の前で緊張に顔を引き攣らせて固まる1人の若い男性。擬音を衝ければ“カッチーン”かしら? 何もそこまで……。
「一か所。ここを訂正してきなさい」
「はい! 直ちに!!」
私の指摘を受けて、逃げるように自分のデスクへと戻る彼。その姿、脱兎の如く。
本当に、何もそこまで……。
「はぁ~……」
――ビックゥーーーーーッ――
思わず零れ出た溜息に、室内に緊張が奔る。
本当に……<以下略>。
確かに、目つきがきついという自覚はある。メガネのレンズ越しだとそれが更に際立って恐ろしい……とは、以前寿退社した同期の同僚の言だ。
後、要点だけを告げて会話が続かないところに言い知れない圧力を感じる……とも、言っていたわね……。
けれど、言うに事欠いて御局様はないでしょ!? 私はまだ29よ! どうも社内では、密かにそう呼ばれているらしい……シクシク。
*
*
*
“ボフンッ”
「疲れた、わ……」
家に帰りつくや否やベッドにダイブ。夕飯は、某牛丼チェーン店で済ませてきたわ。自分で作る気力なんてとてもとても……。
実のところ会社に出勤しなくとも、ネットを通じて指示等やり取りはいくらでもできるのよ。現に社員の半数は在宅ワーク組だもの。
とはいえ、中には重要案件もあるわけで、セキュリティー的なことを考えると直接車内でやり取りした方がいいでしょう?
そう思うと、どうしても……ねぇ……。結局、週の半数は会社に詰めることになるわけよ。
そこでまさかの、畏怖の対象御局様とか……orz
「はぁ……ゲームしましょ……」
私は枕元に置かれている腕輪型の機器を腕に取りつけ、同じく置かれていたヘッドギアを頭に被る。
ベッドの横に置かれた黒光りする筐体が唸りを上げて……まあ、実際には静音だけれど……。
「音露、いっきま~~~す!」
私は、ゲームの世界へと旅立つのであった。
……って、そこ! ドン引きしない!!
『|Reincarnation Online』
このゲームとの出会いは、本当に偶然だった。
そもそも、生まれてこの方テレビゲームと呼ばれる類に振れたことのない私だ。そのデビューが、まさか世界初となるフルダイブVRMMORPGになろうだなんて、いったい誰が思おうか……。
何の気の迷いか、そのβテストに応募していた私。ええ、実のところ記憶にないのよ。恐らくは、寝惚けていたのでしょうね……。
そうして、何の偶然か……当選してしまったのよ。最初通知が届いた時は、何かの悪戯かと思ってスルーしたわ。だって、身に覚えがなかったんですもの。
けれど数日後、現物が届いて……目が点。よくよく調べて思い返してみると……ほんの僅か薄っすらと記憶の片隅に、そんなような打ち込みをした朧げな断片ががががが……。思わずその場に崩れ落ちたわ。こう……orz
とはいえ、ちょっと調べただけでも信じられない倍率だったということが分かり、流石に手を着けないのも抽選に落ちた数多のゲーマーに申し訳が立たないと、生まれて初めてゲームと言う禁忌の扉のその先へと足を踏み入れたわけなんですけれど……。
そこで、私は知ったわ。これが……ハマル、というものだと!
はっちゃけたわ、年甲斐もなく。←自虐はいいのよ? 余所様が口にしたら……ふふふふふふふ……。
で、それは今でも続いている。ストレス解消、ストレス解消……。
そんなこんなで本サービス開始。私はかなり特殊な種族へと、曰く……転生、したのである。
――レイス――
VPがMPと共有され、物理的な干渉をまったく受けないという強みはあれど、日中……というか、火の明かりのが届く内においては能力値が激減するというデメリットも抱えている。
それと、MPが尽きると死に戻るらしい。私は未だ経験がないのですけど……。
そして、SPが存在しない。疲労とは無縁なれど、これも良し悪しね。SPを消費する[アーツ]の類は、使用不能となることでしょうから……。
まあ、そういうわけで……行動も、自ずと制限される。
昼間は街……といいますか、施設に籠って夜狩に出るか……。
もしくは、陽光射し込まない……ダンジョン、に籠るかだ。
ただ、必然的にソロでの活動になるわけなんですけど、そうなると難点が1つ。
「……ダークアロー!」
漆黒の光弾が、牙を剥いて此方へ駆け寄るワンワンへと飛来する。
「ギャンッ!?」
直撃を受け一瞬怯んだものの、そのまま元気よくツッコんでくるワンワン。
う~ん、やっぱりダメージ量低いわねぇ……。
どうも【闇属性】の【魔術】の[アーツ]って、精神攻撃やデバフ? 状態異常系に偏っているみたいなのよ。
今使ったダークアローは攻撃の[アーツ]に該当するものなのだけれど、本来VPに与えられるダメージ量の8割ほどがMPを削る方に行ってる感じがするのよね……。
つまり、ソロで活動するには……火力が不足。
「グルルルッ、グラァ~~~ッ!!」
“フヨ、フヨ”と宙を漂う私へとアギトが迫り……。
――スカッ――
まあ、物理攻撃は効かないのよね。正直ゲームとしてこれでいいのかしら? とは思うものの、レイスと言う種族は【光属性】と【聖属性】に滅法弱いという弱点があるらしいから……いいのかしら?
もっとも、まずモンスターがそんな属性を持っているはずもなく。
「……ダークアロー! ……ダークアロー! ……ダークアロー! ……ダークアロー! ……」
有り余るMPでゴリ押し……そして勝利。憐れ、地面へと倒れ伏すワンワン。
それに、ね……。たとえその属性を持っていたとしても……私、問題無かったりするのよね……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【聖なるかな】
[アビリティ]
MP1.5倍
聖属性強化
浄化付与
聖属性吸収
光属性無効
闇属性耐性(極)
回復効果補正(極)
[アーツ]
ホーリーベル
ホーリーブラスト
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何でも、βテスターは特典としてランダムでスキルを1つ与えられるとのことだったのだけれど……私が与えられたスキルって、この種族と組み合わせてもいいものなのかしら……?
因みに[アーツ]のホーリーベルは、範囲浄化結界とかで格下のアンデットモンスターはほぼ即死。格上であっても、継続ダメージ+弱体化を与えるらしい。後者の効果はアンデット以外の門スターにも及ぶらしいのだけど、モンスターのタイプ? によっては効果がないものもあるとのこと。何でも、職気によって生み出されているモンスターには効果があるけれど、繁殖して世代を重ねているモンスターには効果が薄いそうだ。
ついでにこの[アーツ]はスキルのLVが上がると効果が増えていくみたいね。効果範囲内の味方のVPを常時回復させたりとか、ね。
続いて、ホーリーブラスト。これは、放出系の砲撃魔法。とても強力。以上! いえ、他に言いようがないですし、あえて言うならば……聖属性の強力なビーム?
ええ、なぜこれらを使わないのかと言いたいのでしょう? ですが、種族的な問題なのか元からそうなのかは分からないのだけれど、これら消費MPがとんでもないのよ。
ホーリーベルは発動中、毎秒最大MP5%の消費。ホーリーブラストは発動に最大MPの50%消費のうえ、放出し続けている間毎秒2%づつ消費していく。
レイスのMPはVPと同義。
ね? 早々使えないでしょう?
まあ、純粋にスキルの効果だけで割とチート? ぽくなっていることだし、多くを望まなくてもいいでしょう。
物理攻撃が利かない上に魔法防御……抵抗? 力もかなり高く、弱点であるはずの光と聖が無効と吸収って……。状態異常も種族柄ほとんどかからないし、ね。
ええ、ダメージの受けようがないわね……。仮に、多少【魔術】でダメージを受けたとしても、回復効果補正(極)って回復系の[アーツ]のみならず、自然回復とかにも効果を及ぼすから……。
いったい……どこのラスボスでしょうかね?
もっとも、その分火力がカスだけど……。
ああ、それとレア種族特典? とかでも幾つかスキルを得ましたが……それは追々。
まあ、そんなわけで“フヨフヨ、フヨフヨ”と1人ダンジョン内を奥へ奥へと漂っていく私。
けれど、ゲームというものにこれまで馴染のなかった私は……知らなかったわ。
「んぎゃぁ~~~~~~~~~~っ!? 目がっ! 目がぁ~~~~~っ!!」
ダンジョンの中には、日が燦々と降り注ぐフィールド型と呼ばれる階層もあるのだと……。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
いえ、実際にVP……といいいますか、MPが減っていったわけではないのだけれど、ステータスが低下したせいなのか? はたまた単純に火の光を浴びたせいなのか? とにかく体がとてもとても怠くなるのよ……。デスペナを受けた時って、こんな感じなのかしらね……?
それにしても……光属性無効があっても、日の光によるペナルティーは受けるのよね……解せぬ。
さて、これって……日、落ちるのかしら?
素朴にして、切実な疑問。
まあ、それも時間が解決してくれるでしょう……と、あら? どうやら、ちゃんと夜になるようね。
ただまあ、常に日中のままなダンジョンも、もしかしたらありそうよね……。
いずれは対策も必要かしら……?
さて、気を取り直して先に進むとしますか。そう……暗い内に……。
そうして進み続けること……数層。私は……出会ったのだ。
“ターンッ……ターンッ……”
一対の純白の翼を背負い、金色の長い髪を間引かせて、片手で構えた武器からさ快感的に場違いな? 音を弾き出す女性。
それを見守る? 赤い短髪の少しボーイッシュな少女。
それに……あのゴブリンって……。
プレイヤーのゴブリン。それって、前に掲示板を騒がせた……アレ、よね?
その隣で佇む、2本の槍を携えた……モンスター? あれって……リザードマンよね?
そういえば、以前リザードマンの氏族がうんたらって、ワールドアナウンスが流れたわよね……?
そして、その足元でウロチョロしているの……ウリ坊? 何か、赤いけど……。
そこでふと、見知った顔を目にする。
あれ? もしかして……桜華?
同じ夜間特化種族? とあって、狩の時に何度か会って面識のあるヴァンパイアのプレイヤーだわ。
う~ん、非常に気になる組み合わせ。何よりも気になるのは、あの武器……銃? を撃っているセレスティアの女性。
なぜ、かしら……?
「ふひっ!」
酷く嗜虐的な感情を駆り立ててくるのだけれど……。何ていうか……いぢめたい。
「ふひひひひひひ……」
どうやらこちらに気がついているようなゴブリンさんと桜華に、敵意はないよぉ~っとボディーランゲージで意思表示をしながら音もなく私は漂って行き……
セレスティアの女性の背後にに擦り寄ると……。
「わたし、音露。今、貴方の後ろにいるの」
と、彼女の耳元で“ソッ”と囁く。
「ふひゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っ!?」
七転八倒した挙句、地面に“ペタン”とお尻を着けて涙目で私を見上げるセレスティアの……女性?
うん、中身は小学生くらいだわ、この娘。
そんな状況に目を覆うゴブリンさんと、深い溜息をつく桜華。
呆れた目をこちらへと向ける赤髪の少女と、あまり動じているようには見えない……というか、表情では把握できないリザードマンの女性?
そんな一同の足元で、小首を“コテリ”と傾げるウリ坊。
そう、これが私と、今後長い付き合いとなるギルド:パンデモニウムとの邂逅だったのよ。
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