2-4 瞬魔
「すまないな。何もなくて」
そう言ってホーウェンは茶を入れてくれている。
ホーウェンの住処は洞窟の中にあった。洞窟の中には簡潔で必要な作りだった。
テーブルとベットが置いてあるだけ。
「適当にそこらへんに座ってもらえるか?」
言葉に従ってヴァロとフィアはその場に座りこんだ。
「土竜みたいだろう」
そういってホーウェンはヴァロたちに茶を出してきた。
魔法で湯は沸かしたという。ヴァロはその茶を手に取った。
「地上に作ると壊す際に手間だし、人避けに結界も余計にはらなくてはならなくてね。
これだと入口を破壊すればまた使える。万が一のときにも予備の住処としても使える。
意外と便利だろ近くの町からは離れているのが唯一の不満なんだが」
「俺たちに自分の住処を見せてもいいんですか?」
ヴァロは彼女たちの天敵の『狩人』である。
立場が変われば敵対することも大いにありうる。
「他言するすつもりなのか?」
「そうではないですが…」
ヴァロの反応を楽しむようにホーウェンは続ける。
「冗談だよ。一つ言っておくが、私の隠れ家はここだけじゃない。大陸各地に十数個はある」
「数十個!」
その数の多さにヴァロは驚く。
「定期的に移動を繰り返しているからな。ここもある目的が済んだらすぐに引き払うつもりだよ」
「まるでウライミウサギみたいですね」
フィアは楽しげに語る。
ウライミウサギは大陸西部に生息する兎だ。外敵から身を守るために複数の巣穴を持つという。
余談だがその肉はかなり美味で、貴族や富豪が好んで買い求めると聞いている。
「臆病だと笑ってくれ。私も彼らと同じ狩られる側の人間だ」
ホーウェンは自嘲する。
その警戒心の高さこそが彼女をはぐれ魔女として生かしているのだろう。
「フィア殿、よければ貴公の持っている杖を見ててもらってもよいか?」
フィアはホーウェンの言葉に頷き右、手をかざす仕草をしてみせる。
すると彼女の右手に光とともに杖が現れる。
「…ほう、魂と直接契約してるのか。
魔器の杖というのは珍しいな。どうやらずいぶんと高度かつ高密度の術式を使っているようだ。
私では少し見ただけでは構造すらわからない…。これほどのものをどこで…」
「母の形見と聞いています」
「母の形見?」
ホーウェンは驚いたように聞き返す。
「母と出会ったことはありません。私が生まれてすぐに亡くなったと聞いてます」
「それは悪いことを聞いたな」
ホーウェンはすまなそうな顔をする。
「いえ」
「…大切にすることだ」
「はい」
隣の部屋のドアが開く。出てきたのは山吹色の服を着たヴァロが顔を出す。
「あのなんか…派手すぎないですか?」
ヴァロに渡された服は山吹色の柄の服だった。
少し大きめの服で若干余裕がある。
普段から紺だとか黒の服を着ているヴァロには若干の抵抗があった。
「すまないな。直し終わるまでそれを使っていてくれないか?昔私が使っていた古着だ。
黒のものもあるにはあるが女物でな。服が直るまでのしばらくの間それで我慢していてくれないか?」
「…はい」
こうなっては仕方がない。ヴァロはしぶしぶ了承した。
ヴァロの服は別の部屋で彼女の使い魔が直しているという。
気が付けばホーウェンはヴァロの上半身を食い入るように見つめていた。
「何か?」
ホーウェンの視線に耐えかねてヴァロは声を発する。
魔女とはいえ若い容姿の女性にじっと体を見つめられることには抵抗がある。
「すまない、本当に私の雷撃を直に食らって全くの無傷とは…。化け物並みの魔法抵抗力だな」
「ヴァロは屍餓竜の体内に入っても無事だったんです」
「…屍餓竜だと?…そんなものまで…」
彼女はその言葉にどうやら心当たりがあるらしい。
屍餓竜というのは第七魔王が使ったとされる魔導兵器である。
現在は第一級封印指定対象魔法生物とされている、
その姿は寸胴な竜だが、第五次魔王戦争の折に一つの都市と三つの街、そして九つの村を消滅させたという。
その扱いは魔王と同格とされていて、触れるものすべてを溶かしてしまう狂気の兵器だ。
一年前のメルゴートの起こした事件の際に、ヴァロはその体内に入り、その核を破壊した。
「…まるで『魔王の卵』だな」
「?」
聞いたことのない言葉にヴァロは首をかしげた。
「一つ伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
遮るようにフィアがホーウェンに声をかける。
「ああ、何でも聞いてくれ」
フィアの問いに、ホーウェンは気前よく返事をする。
「どうしてそんなに早く魔法を使えるのでしょう?よろしければヒントだけでも教えていただけないでしょうか」
フィアの表情は真剣そのものだった。
「…私の扱った魔法は体内魔法式構築法と呼ばれるものだ」
「聞いたことがあります。体内で魔法式を構築し、発動させる技術があると。
方法はいくつか心当たりがあります。自身の血液の流れを式に見立て、ルーンを流す血流環式や
少し違いますが、魔法式の刺青を体中に彫って魔力を流す刻印式とか」
「よく知ってる」
感心したようにホーウェン。
「…ただ両者とも大憲章でその使用を厳しく制限されていると聞きます」
「その通りだ。もっともはぐれ魔女にその大憲章は効力があるかどうか甚だ疑問だがな」
「聞いたところで私では使えないと?」
ホーウェンは首を横に振る。
「安心していい。私の扱う技術はそのどちらでもない。
頭に魔法式をイメージし、それに魔力を流すというものだ。
これだと式の長い威力のある魔法や複雑な魔法は扱えないが、刺青よりは多くの種類の式を扱える。
加えて相手にこちらの使う魔法式を見られずにすむ」
「確かにそれならば…」
フィアは一人でぶつぶつ言っている。
「瞬間魔法式脳内構築法、通称瞬魔。最速の魔法式と呼ばれているものだ。一回やって見せよう」
ホーウェンが右手をかざすとその先に虹色の光の玉が現れる。
「魔力による光学変化…。高等技術の一つ」
フィアはホーウェンの作り出す光の玉を食い入るように見つめている。
「メリットばかりではない。魔法式を扱う瞬間、訓練しなければスキができる。
加えて失敗した場合、脳内に焼き付きを起こすものや、廃人になった者までいる。
まずは訓練から…」
「こう?」
ホーウェンが言い終わる前に、フィアの前には魔法の光が灯っていた。
先ほどホーウェンが作り出した魔法の光の玉には及ばないものが。
「…たいした才能だ」
ホーウェンは驚いた表情をしていた。
「フィア殿、貴公の得意とする魔法はどんなものだ?」
「力場制御術式。主に重力とかです」
「環境制御型概念魔法か。ならば揚力制御等もできるんじゃないか?
…例えば向かってきた力を違う方向に向かわせるとか」
「ええ」
揚力制御はフィアが使うところを一度ヴァロも目撃している。
魔王と化したウルヒの魔弾を上空に逸らしたのだ。
あれがなければあのときあの場所は一瞬で更地になっていただろう。
「私の運も捨てたものではないな…。一つ頼みがある、聞いてもらえるか?」
ホーウェンの言葉にヴァロたちは顔を見合わせた。