1-1 魔剣調整
聖堂回境師は主に三つの境を守らなくてはならない。
人の境、城の境、国の境。
人の境とは魔と人のすみわけを守らなくてはならない。
魔が現れたとあれば、速やかにそれを対処するべく動く。
城の境とは結界のことであり、魔王戦争時からの人類防衛の要である。
そして、最後にな守るのは国の境。
現在この大陸で教会に認められた国家は小国家群をあわせて十二に分類される。
異邦や魔術王直轄地他を除いた数の話だ。
人による戦争がなかったわけではない。ただそれは大きなものにならなかっただけだ。
魔王という差し迫った脅威が戦争という行為を人々に許さなかったというのもある。
魔王と呼ばれる存在が
それに付け加えて魔剣や聖剣の存在よるところが大きい。
魔剣は魔王戦争に作られたもので、聖ジムングという時の天才がその製法を編み出したといわれている。
その製法は教会によって厳重に管理されていて、三百年昔より新しく作られてはいない。
理由はその強大な力によるところが大きい。魔剣一振りで一軍にも匹敵するとまで言われている。
ただし、人に向けた使用は制限されており、もし禁を破れば没収もあり得る。
それは国家にとって大きな損失となるわけであるため、その国家ごとに厳重に管理されている。
国家間において魔剣の軍事利用を行ったならば、教会に対する明確な敵対行為としてみなされ、
敵勢国家として大陸から排除される可能性もあるらしい。
現在魔剣や聖剣といった類のものは教会によって厳密にその保有本数が管理され、
この大陸に存在する十二の国家はその規模によって所有する魔剣の本数が割り当てられている。
多くは家ごとにその管理を任されており、聖堂回境師と呼ばれる人間たちがその
マールス騎士団領においてノクターン家もその一つだ。
「もう少し肩の力を抜いてほしいのだけど」
ヴィヴィを目の前にして、ミランダ=ノクターンはがちがちに緊張していた。
「は、はい」
ヴィヴィとフィアを前にしてなぜかミランダは上ずった声を上げる。
今まで見たこともない同期の様子をヴァロは外で座って聞いていた。
借りてきた猫のようだ、それが率直な感想である。
「いい子ね。…それでは契約者ミランダの名の元に
フゲンガルデンの聖堂回境師ヴィヴィが魔剣の調律を始めましょう」
現在ヴィヴィとフィアはその管理を任されている聖堂回境師である。
フィアは今回ヴィヴィの魔剣の調整を見学するとのことではりきっていた。
ヴァロはどういうわけか、付き添いというカタチで新年早々呼び出され、部屋の外で待機中。
兄貴へのあいさつそっちのけで。
ヴァロの表情には不満が如実に表れていた。
魔剣の調律はほぼ十五年おきに行われるという。
ミランダの場合、十七年前に行ってつい最近まで都合がつかなかった
それも独立騎士団という彼女の属する集団の性質上仕方のないことでもあった。
前回調律した十七年前といえばミランダが三歳のころである。
ミランダ曰くほとんど覚えていないとのこと。
現在新年を迎えるにあたり、実家に帰ってきたのをヴィヴィに呼び出されたのだという。
数カ月前の盗賊の捕り物のことを話した時、ヴィヴィが頭を抱えていたのをみるとどうやら忘れていたようだ。
待つこと一刻。ヴィヴィは部屋を出て、束ねていた赤い髪をほどく。
「終わったのか?」
「まあね。魔法式がほつれていたのを結って新しく結っておいた。
さすがに十七年も経って、変わらずとはいかないものね」
ヴィヴィはそう言ってため息をついた。
「すごいな。いろいろとできるんだな」
正直な感想だ。ここに来てからというものヴィヴィたちに驚かせられてばかりいる。
「そりゃ、魔剣の調律も広義では結界の調律に分類されるからねぇ」
少し照れたようにヴィヴィが言う。
結界に分類されるという言葉にヴァロは引っ掛かりを覚えた。
魔剣も結界の一種?
そんなわけがない。魔剣は魔王という存在と戦うために人類が作り出したものだ。
ヴァロは頭に浮かんだ疑問を振り払った。
今はそんなことよりもすることがある。
「…とにかく終わったんだな」
ヴァロは疑問をおもむろに立ち上がる。
「ああヴァロ、調律は終わったけど部屋にはいら…」
新年そうそう呼び出されて、このときヴァロは焦れていた。
ヴィヴィの忠告を最後まで聞かずに、部屋の中に足を踏み入れる。
すぐにその失敗に気づくことになるのだが。
「ミランダ、帰る…」
そこにいたのは半裸のミランダだった。視線が交わり、その部屋の空間が固まった。
その背中には魔剣の契約者であるという証のタトゥ目に入った。。
「す…」
何か声を発そうとした直後、ヴァロは額に何らかの直撃を食らい卒倒した。
「遅かったか」
ヴィヴィはそう呟き、額に手を当てた。
「大丈夫?ヴァロ」
額に大きなこぶができていた。フィアは何処からか持ってきた薬をヴァロの額に塗っていた。
ヴィヴィ特製の薬だとかなんとか。
「自業自得だ」
ミランダはまだふてくれされているようだ。
「独立騎士団は共同生活だろう。こういった事故もよくあるんじゃないのか」
今回のは完全に不可抗力だ。部屋に無断に入ったことはすでに何度も謝っている。
ただモノを投げるにしても程度というものがある。ヴァロはその点を責めていた。
彼女が投げたのは鉄の像。反射的に受け身を取らければ、大けがをしていてもおかしくはなかった。
「騎士団の連中はそんなことはしないし、
ただそれでも覗いた者、覗こうとした者にはそれ相応の罰を与えさせてもらっている。
もちろんこれは団長も了承済みだ」
彼らにとっても命がけということらしい。
「そうですか」
ヴァロは今後ミランダの着替え、沐浴等に関しては一切近づかないことを心に誓った。
「フィア、魔法でどうにかならないか?これじゃ新年早々兄貴に笑われる」
察しのよい兄のことだ、たんこぶなどつけていけば間違いなく爆笑される。
新年そうそうそれではヴァロの面目も立たない。
「魔法による傷の回復は出来ないわ。
もともと魔力そのものは人体に有害なものだから、傷口に毒を塗るようなもの。
さらに腫れ上がったとしてもおかしくない」
「…なんでも魔法に頼るのはよくないな」
最近はフィアたちと一緒にいることも多いため、何かと魔法を身近に感じてしまいがちであるが、
本来ならば一般人が触れることすらかなわないものなのだ。
「ミランダ、これからどうするんだ?」
ヴァロは再びミランダと向き合う。
「家族とは一緒に過ごせたし、独立騎士団に戻るつもりだ。その前にお前とまた一勝負しておきたいんだが?」
こちらを伺うようにミランダは視線を投げてきた。
「お前の付き合いで、こっちは兄貴への挨拶がすんでないんだよ。
年末は警備に駆りだされるし…」
溜息交じりにヴァロはミランダの申し出を断った。
「それは悪かったな」
ミランダはそういって視線を外した。
問答無用で斬りかかってくることもあるが、理由さえ話せば無理強いはしない奴である。
「ヴァロが行くなら私もケイオスさんのところへ行く。ドーラさんにも魔法のことで聞きたいことあるし」
フィアはドーラからもよく魔法の手ほどきを受けていた。
ヴィヴィは研究室に籠ることも多いためだ。
元魔王だけあって知識は古いが、その理解力は凄まじいとのこと。
少し前にヴィヴィと言い合いになり、激論の末打ち負かしていた。
「わかった。なら待ってるから支度して来い」
フィアはヴァロの言葉に頷き、パタパタとその場を後にする。
「ああしてみると年ごろの娘みたいだな」
フィアが慌てて部屋から出ていく様を眺め見ながらミランダは言う。
「ああ、娘がいればあんな感じあのかなと思う時がある」
ヴァロの顔をまじまじと見つめてミランダが言う。
「…不憫だな」
ミランダはそう言って苦笑いを浮かべる。
「?」
ヴァロはキョトンとした表情をした。
「なあヴァロ、お前さ剣に人格みたいなものが宿っているとか感じたことはないか?」
このときのミランダの質問は真面目なものだ。
長い付き合いのヴァロはそれを察した。
「人格とはいかないまでもその剣自体に個性のようなものは感じる。
グリップとか、切れ味とか、重心だとか…自分のを使っていると違和感はないが
同じ支給されたものでも、たまに他人の物を使うと若干違和感がある」
「…そういうのではないんだけどな」
「?」
ミランダの質問の意図が読めずにヴァロは首を傾げた。
「すまない忘れてくれ。ただの戯言だ。
明日の用意もある。私は先に帰る。フィアにはよろしく伝えといてくれ」
そういってミランダはヴァロに背を向ける。
「来た道まっすぐ歩いていけば通りに出る。迷うなよ」
魔女の住処は入るのはそれなりの手順が必要になるが、出るときはたやすい。
「子供じゃない」
ミランダはそう言い残すとヴィヴィの家をあとにした。
少し遅れてしまいましたが、続きです。
話はできていたのですが、設定とかいくつか変更したり、仕事で忙しかったりしたので。