5、逃避 後編
あの日……、私はいつものようにお仕事…に出かけた。
車から降りた後、あの… ソウマの家の前を通った。
そして私達はこの上のもう少し上ったところにある…… 確か〝この丘の一番上にある屋敷〟へ、椿と一緒に歩いていった。あの時は今日みたいに熱くなくて…… 確か夕方。
そのときのお仕事はお屋敷の中に入るんじゃなくて、門の前で待って最初に来た車に乗っている――のを全滅させる――こと……。
そのお屋敷の門の前まで来て、私と椿は少し待った。そのお屋敷には誰もいなかったのか、何の気配も感じなかった。
…………そこからは夕日が見えた。
丘の下いっぱいに広がっている街も、その先のずっと遠くまで続いている海、包み込むように拡がっている空も、すべてをあたたかいオレンジ色に染める、そんな夕日が見えた。
海がきらきら波打ってて、雲のふちからスッと光が伸びていて……。そしてゆっくり、とてもゆっくり、夕日は海の向こうに落ちていく。私と椿はその夕日をずっと見続けていた……。
夕日のともし火が消えて、完全に沈みきったころには、街のほうから大きくなっていった黒い影、気づいたときには全てのオレンジ色を闇に変えていた……。
そして暗くなってすぐに……、丘の下のほうに車のライトが見えた。
車は二台、私達が歩いてきた道とは少し違うところから上ってきて、そしてすぐに近くまで来た。
私と椿はバックから〝絆〟を抜いて手を下にたらしたまま、その車の前に出た。
体にライトの光がまぶしく当たる。車のブレーキの音が響いた。
すぐにプープーうるさく鳴らしてきたけど、絆を前に向けたらすぐに止んだ。ライトでよく見えなかったけど、驚いてるような感じだった。
そして私達はそのまま引き金を…… 引いた。
車のガラスにいっぱいのひびが入って、その向こうに座っていた相手の頭が赤くはじけるのが見えた。相手の敵意とおびえの感情がいっぱいに満たされていく。
私はそのあと少しかがみ、思い切り地面を足で蹴って、前の車の上を飛び越すように空中に浮かんだ。
……何も聞こえない。ゆったりとした感覚。となりには同じように横になって浮かんでいる椿。
絆を向けている先には車の屋根があって、その後ろの座席の方を狙って2発目を撃った。瞬時にその先で、屋根に二つの穴が開く。
私達はそのまま空中を漂うと、前に一回転してしゃがみこみながら地面に到着する。
すると同時に後ろから熱くてとても強い突風。
車が後ろで爆発したみたい。その突風で私の髪の毛や服がパサパサと前になびいていた。
立ち上がると、そこにあまり敵意は感じなかった。ゆらゆらと周りは赤くなっていて、いつものようにおびえた感覚が強く漂っているのを感じた。
すると、私達の目の前にいたもう一台の車は後ろのタイヤからきゅるきゅると煙を出して、勢いよく後ろに下がっていった。
その車に椿は、その左手に持つ絆を向ける。そして、撃った。
車から〝ガゥン!〟という音が聞こえたかと思うと、よれよれとふらついて、最後はすごい音を立てながらひっくり返った。そしてぱちぱち火花を出しながら坂道をすべっていって、下のほうで止まった。
ついたままのライトが、向こう側の木々を照らして、そこだけ少し明るくなっていた。
私と椿はそのひっくり返った車に歩いて近づいていく。
あそこからひっくり返った車までそれなりに距離があった。その合間に絆の弾を込め直そうとバックから弾を取り出して、絆のほうも上のところをスライドさせ、弾を込められる状態にした。
……そういえば絆の弾の込め方は珍しいらしい。たしかトキワが言ってた。
ボタンを押すと上の半分ぐらいの部分が後ろ勝手にスライドして弾をこめられる状態になる。そうして出てきた穴へ弾を一発ずつ押し込んでいく。こめ終わったら、スライドを戻す。手で引っ張ってでも簡単に戻せるけど、思いっきり絆を振って戻すのが正しいやり方らしい。それに確かボタンの位置が私の絆と椿に絆で左右違うらしい。私の絆が右手用で椿の絆は左手用なんだって、たしか……お父さんが言ってた……。
……、それで……、
私と椿は絆を振って弾をこめ終えて、ひっくり返った車に歩いて近寄っていくと、ガラスが割れて穴が空いたドアから、いくつかもぞもぞと出てきた。血だらけだ。そのうち黒い服着た相手がこっちに気づいて、寝たままこっちに銃を撃ってきた。
けれどよけるつもりもない。銃口の向きを見ると、あたらないのはすぐにわかった。
「狙わなければあたらないのに……」椿がそうつぶやいて絆を構え、撃った。そうしたら、その頭が飛び散った相手の、隣に寝そべっていた相手が、あわてて起き上がって、通りをそれた林の中へ逃げていくのが見える。
「あ……逃げちゃう……」そういって椿は、私の隣からトンットンッとすばやく走りだし、ひっくり返った車を通り過ぎてそのまま林の中に入っていった。
私はそのまま歩き続けて、ひっくり返った車のそばまできた。
椿が撃った相手の反対側の扉の窓からまた、ガシャガシャと音を立てて黒い服が這い出ていた。足が折れてなかなか動けなかったのかな、変な方向に足が曲がっていた。
手には一応、銃を持っていた。
そしてその相手は私に気づいたようで、はっとして顔を上げた。私はそれに絆を向ける…………。
そこで…………たしか…………変なことがおきた……。
たしか…………私はそれ……を見て、……その……人の……目を見て思った。
似てる………………。
……ただ、……ぶつかっただけだった。
……ただ、……手をつないだだけだった。
……ただ、……通り過ぎるとき目が合っただけだった。
……けど、あの人のくもってないきれいな目、……すこしよかった。
……ナガ…ト……ケン…ジ…………。
……また見たいなと思った。
……また見れたらいいなと思っていた。
…………だから……あんな……、あんな目で私を見てほしくなかった……。
あんな目で見られるのが……ヤ……だった。
…………撃てなかった。
そして……椿が…………撃った……。
…………わからなかった。何がなんだかわからなかった……。
何もわからないまま、あのときから、ただ浮かんでいた言葉…………………………。
「どうして…………」
風が吹いて、サワサワと木々の葉っぱが音を立てる。その風は木々の間をすり抜け、足元の草を揺らしながら、私をなでて通り過ぎていく。髪がハラハラとゆれる。
そうつぶやいて、ただに立ち尽くしている私に気づいた……。
そのあと私は、もう撃たれていて、後ろの崖のほうへゆっくり倒れていくのが最後の記憶。
ふと何かを感じて、視線を横に向ける……。するとその草の間から絆が覗いていた……。
長い草を、ぶかぶかのスリッパを履いた足で掻き分け、絆の近くに歩いていく。
絆……ここにあった……。
足元には絆。そっとその場にしゃがみ、絆に手を伸ばす……。けど……、触れる前に手が止まる。
絆……これは……〝何〟……? なんだか……絆に触るのが…………こわい………………。
そのときいろんな人の顔が浮かんだ……。
…………厳しいけど優しかったお父さん、……そのお父さんを見ていたお母さん、……始めてみた死んだ人、……私たちにお仕事のことを話してきたトキワ、……その上の人のマーシュ、……その次の人のアーゼル、……お仕事で撃ったたくさんの――、……私を見たまま動かなくなったケンジ、……いつも一緒だった椿、……優しく私を見ているソウマ………………。
――――私は穴を掘っていた。絆の横の草の生えていた地面を手で、掘っていた。
つめの間に土が入る……。途中小石に当たって指が痛い……、汗がじわじわにじみ出てくる……。足や腕に草がちくちくあたって気持ちが悪い……。けど止めずに穴を掘り続けた…………。
頭がすっぽりと入りそうなほどの穴を掘り終えて、さっきのバックのところに行く。
バックを手に取り散らばった弾丸を一つ一つ集め、そのバックに入れる……。そして絆のところへ戻り……、絆に手を伸ばすが手が止まる。
……しばらく経った、意を決し、一度ぎゅっと手を握ったあと絆をつかみ、そのまますぐにバックへと押し込む。
ふたを閉じ肩に掛けるひもでぐるぐると巻くと、バックごとその穴の中に入れた……。
そして……その穴の中に土を戻していく。バックの上には土がかぶさって、そのうち見えなくなる……。
全ての土をかぶせ終えて、最後は手でたたいて固めた。私は立ち上がってすこし後ずさり、絆を埋めた場所を見詰める。
私はここに絆を埋めた……。
私の……すべてを……ここに埋めた…………。
‡
林から出ると、頭上からの痛いほどの日差しが私を刺す。そして……無意識に来た道に戻っていた。
足がふらつく……。
土で汚れた手をだらんと揺らし、ぼっとした頭で、ただ前だけを見て、歩いていた。
そして、そのままソウマの家に吸い込まれるように入った……。
そのあと、キッチンで手を綺麗に洗って……、そのまま……、あとりえの私が寝かされていたベッドに前から倒れこむ。
汗をかいたからお風呂に入って流したいけど、そのまま手を洗ったから手に巻いてある包帯が濡れたままだけど、このシーツが気持ちよくて……、このベッドが心地よくて……、ヘトヘトな私はそのまま目を閉じて、眠った……。