4、過去
彼女達を車から下ろした後、私達は港にある07番倉庫に向かった。その倉庫で彼女達の受け渡し完了の際の、最後の金を渡し終える手筈となっていたからだ。そして受け渡しも無事すみ、そのまま車は本部へ戻った。
私は鳴原大斗。アーゼリエス・ブラント率いるマフィア組織〝ブラント〟の一員だ。
〝ブラント〟はこのベニーナの街を古くから代々根城としている。しかし最近この街の人間が増えるにつれ、他の町から同業の組織の連中もこの街に続々と入り込んできていた。
そして数年前……、それまでもこの街で同業間の小さな小競り合いはあったが、ついに大規模な抗争が始まった。先代のキーサ・ブラントもこの抗争当初、いきなりの襲撃により殺されている。
そう…… そしてあの双子を雇うことになったのも、この抗争を勝ち抜くためだった。
〝ブラント〟は決して優勢ではなかった。すぐに息子であるアーゼリエスが跡を継いだとはいえ、先代のキーサを当初になくしたのはやはり痛かった。そしてこの状況を打開するため、前から友好を結んでいる隣国の組織から大金をはたいて買ったのがあの双子の少女たちだった。
はじめその話を聞いたとき、私は唖然としてしまった。無理もない。組が傾きかねないほどの大金を使って、少女二人を買ったのだからな。正気とは思えない……。しかし、アーゼリエスは未熟なところがあるが、バカな男ではない。だからあのときも、「見た目は何の変わりのない普通の少女なのだが…… 話を聞く分には、それだけの価値はあるということだろう……」と、じっと目を閉じ、思い込むようにしていた。
その後、私は彼女達を下ろした同じ場所、そこで車を止め彼女達を待った。本部へと戻った際に、アーゼリエスに彼女達の管理を一任されたからだ。すると程なくして彼女達が帰ってきた。
その姿は、まるで何もなかったかのように……。
私はそのとき一抹の不安を覚えた。が……、しかし、私はその日の内に彼女達の実力を再度認識させられることになる。
彼女達の仕事は完璧だった……。
屋敷内にいたものは全員死亡。生きているものは誰一人としていなかったという……。
会食の予定になっても現れない議員を迎えに来た秘書がそれを発見したのだとか。ちなみに、その秘書はしばらくの間食事がのどを通らなかったらしい。特に肉料理を見ると突然嘔吐を繰り返すとか…… 気の毒にな。
あれから一ヶ月が経ち、彼女達にはその間何度も仕事をさせていた。
彼女達は驚くほど素直に仕事を引き受けていく。仕事とはいっても彼女達に特に大金を払っているというわけではない。彼女達が望むものは、専用の部屋と、新しい服と、普通の食事。そして子供の小遣い程度の少量の金。
なぜ彼女達はこのようなことをしているのだろう。率直な疑問だった。たしかにそう理由を考えてみれば想像つかないことはない。生活のためというのが妥当だろう。ならば彼女達の生活を支えるはずの親はどうしたのだろうか……。
最近私は彼女達が妙に気になりだしていた。そもそもこの世界は他人の私情を詮索しないのが暗黙のルールとなっている。私も今までそれが当たり前で他人に興味を持つことなどなかった。だからどうして今更そんなことが気にかかるのかわからない。
彼女たちへ罪悪感でも持ったのだろうか……。
今日も仕事をさせるため、目的の場所の近くに彼女達を乗せた車で向かっている。
彼女達のおかげでこの闘争、確実に優勢へと傾いている。だが最近、私は彼女達に妙な違和感を覚えていた。初めのころとは何か違う気がする。ルームミラーで後部座席に座る彼女達を見る。
……。
そこには無表情の二人の顔が映った。
特に変わったところは見られない。……気のせいだろうか。
予定の場所に着き、車を止める。
「着きました」
彼女達は無言で車を降り、いつものように二人並んでゆっくりと歩いていく。私はその後ろ姿をいつものように運転席からガラス越しに眺めた。
あの日からなんら変わりのない姿。新しい服に変えても常に二人はまったく同じ服を着ていて、今日はピンク色の丈の短いワンピースの上にベストを着ている。銃を入れているバックさえ同じものをぶら下げ、二人が別々の違うものを着ていたところを見たことがない。
やはり変わったところは見られないか……。
彼女達は後姿さえ無表情で、ただ淡々と歩いている。外の手には無骨なチェーンのブレスレットをつけ、間にある手は…
よく手をつないでいたと思ったが……。
彼女達が見えなくなると、私は彼女達のプロフィールが書かれた資料を入れておいたグローブボックスの中から取り出す。彼女達の管理を任されたときに渡されたものだが、特に読む必要もなく今まで一度も目を通していない。この資料はたしか前の飼い主からの送られてきたものだったか……。ご丁寧なことだな……。
私はその資料をピラピラとめくり、読み始めた。
名は椿と菫。姓は不明。彼女らによると年齢は14歳。出身はエイクリット、……この街から国境を挿んで1500kmほど北にある町か。あの町はたしか豪雪地帯だったか……?
前の組織に飼われ始めたのが三年前、彼女らが11だといっていた頃。その頃にはすでに驚異的な瞬発能力を持っていたらしい、そしてあの銃も……。
彼女達が前に飼われていた組織〝バリエル〟。
今や、マーシュ・バリエル率いる隣国一の組織だが、聞いた話によると彼女達を拾う前は、確かそのエイクリットに数ある組織の一つに過ぎなかったらしい。それが、なんでもナンバー2であるトキワというやつが、相当キレるやつだとか……。次期トップはそいつで間違いないという話を聞いたことがある。
次の資料に目を移すとそこには年表のようなものが書かれていた。これは彼女達が行なった所業の実行日時と目標人物の表か……、本当にまた、ご丁寧な……。
――最初の襲撃は警察署内…、なぜ警察署なんだ……? まあ、その後は隣国を牛耳っていたレンスター一族の主要な30人ほどの人間を一件ずつ、二年を掛けて殺していったと…… 後のほうになるほど月日が離れているのは逃げ回っていたやつらなのだろう。……さぞ最後のやつは恐怖だったろうな。
そしてバリエルは彼女達を手に入れたことによって、レンスター一族を全員の暗殺……いや、虐殺の末に、驚くべきスピードで隣国一の組織へとなった。そして逆らうものがいなくなったバリエルにとって余る力になった彼女達を、友好を結んでいる他国の組織に高く売りつけ、さらに大金を得る……か。まったく……うまくやったものだ……。アーゼリエスはそれを真似ようとしているのだろうか?
‡
……彼女達を下ろしてからしばらくの時間がたった。そろそろ戻ってくる頃だろうか。
あたりはもう日も落ち、ガラスの外は黒い夜になっていた。
今回の仕事の内容はある要人の殺害。ある会食の帰り、警備の手薄な彼の屋敷の門の前で襲うことになっている。それは最近の襲撃によりこの世界の住人は一様に警戒を強めていたからだ。無理もない。この闘争に関係する者が次々と、しかもあれほど派手に死んでいっているのだからな。
……しかしそれも彼女達にとっては無用な対処なのだろう。それ程の圧倒的な力を私はこの一ヶ月の間、彼女達に何度も見せ付けられていた。
――だから、初め真に受けられなかった。その日、帰ってきたのが一人だったということを……。
帰ってきたのは椿のようだった。
うわごとのように「スミレが……」と小さな声で何度もつぶやいている。妹のほうはどうしたのかと私は彼女の肩を持ち問い詰めた。彼女は普段からシンとおとなしいが、この目の前にいる少女はまるで人形のようだった。そして、しばらくして出てきた言葉はただ一言、
「菫が死んだ……」と……。
それ以外、少女は一切を語ろうとしなかった。私はそんな彼女をとりあえず後部座席に座らせ、この事態をまずどう対応すべきか頭の中で確認しながら車を出した。
本部に戻った私はすくにこのことをアーゼリエスへと伝えた。報告によれば、その日任せた仕事のほうはいつものように完璧にこなされていたらしいが……。
アーゼリエスはこの事態にひどく狼狽していた。今、彼女達がいなくなればこの男、アーゼリエス・ブラントの計画したことが水の泡と化してしまうかもしれないだろう。だからこの男はしばらく考えた後、どこを見ているのかわからない目をして、ちょこんといすに座る少女に対して優しい口調でこういった……。
「椿一人でも、仕事… できるね……?」