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  作者: ムネソラ
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3、初恋の女の子…… 前編

「はあ、はあ…… お待たせしました」

 ここは職場の警備員控え室。奥には個別のロッカーが立ち並びそのまた奥にシャワー室がある。手前の出入り口付近は少し開けていて、折りたたみ式パイプいすや長机なんかがおいてあり、たいていみんなはそこに集まる。その中はひどく雑然としていて、少しくさいが… まあ慣れてしまえば問題はない。さらにはいつごろのものなのかわからない雑誌や新聞が散乱していたりもするのはいいのだが、いたるところに素っ裸の女性のポスターが張ってあるのは……。まあ、典型的な男のたまり場ってやつかな。


 そこには制服をだらしなく崩して着ている先輩たちが数人いた。この屋敷の警備員は6・7人で数グループに分かれていて、警備の交代はグループごとでおこなっている。俺のグループは今休憩中で、ここにいる方々は同じグループの先輩方だ。


 そしてそこに俺はそれなりに重い荷物を抱え、一度も休まず走ってきた。

 ……苦しい。自分をほめてやりたい。

 で、一緒にいた坂本先輩はとっくの昔についていたようで、

「おせーぞお前!」

「どうせ道端でぶつかった女のケツでも追っかけてたんだろ?」

「あの、俺、永戸健志って言います!!!」

「あははははは!」

 すでにさっきのことは周知の事実になっていた。


 坂本先輩は腕を組み仁王立ち、他の先輩方は座りながら、大量の荷物を持った 〝ぜぇーはぁー〟いっている滑稽な男を見て笑っている。

「あは…あはははは……はぁ……」

 疲れた……。俺はがっくりうなだれながら、とりあえず手に持っている荷物を適当な場所へ置いた。それを見て先輩たちは、

「落ち込むな落ち込むな」

「そうだぞ! まだ希望はある!」

「なーに、心配するな。恋なんてまたすぐできるさぁ!」

「そうだぞ! この世にはいい女がまだたくさんいるんだぞ!」

「よし! 今度俺がイイところに連れて行ってやる! なぁあに。勉強だよ勉強っ! テク身に着けて女をお前なしじゃ生きられないようにしてやればいいーんだよ!」

「はい……って! 何の話ですかっ! そもそも、まだ終わったわけじゃありませんっ!」

「ジョーダンだよ! ジョーダン!」

「あははははは」

 先輩方は皆さん例外なく腹をこらえて笑っている。

 それにしても、危うくいかがわしい店に連れて行かれるところだった……。



「おっ? 楽しそうだな」

 この雑踏の中に奥から顔を出したのは俺らのグループのリーダー的な存在である〝神原(かんばら)〟さんだ。とても優れた人でみんなからの信頼も厚い。シャワーを浴びた後のようで、ぬれた髪にタオルをかぶせ上半身裸でタバコをくわえていた。


「おっ! 神原さん! いやね、永戸のやつがキュートなねーちゃんのいる店につれてけってうるさいんですよ~」

「えっ…… いや……」

「ん? ああ…… それじゃ、あとで俺の取って置きの店を教えてやるよ……」

「え! 神原さんの取って置きですかい? そりゃ 俺が教えてもらいたい!」

「おいおい、そう簡単に取って置きを教えるわけないだろ。これは新入りへの俺の特別なプレゼントだよ。なあ永戸!」

 神原さんが俺の肩にがしっと手を回す。神原さんの風呂上りのしっとりとした生肌が俺の首筋を刺激する。

 あぁ……、やめてもらいたい。

「あの店のミキってやつがなぁ、特にいい女なんだよ。お前みたいなヒヨっこでも、うまくリードしてくれるだろうよ」

「ちょっ! ちょっと待ってください!!」

「ん? どうした? もう出そうなのか?」

「ハッハッハッ! 早すぎだろ!」

「どんだけ溜まってんだよっ!」

「いや、若いねぇ~」


「おい、永戸。恥ずかしがることはない。男なら誰でも通る道だ……」

 神原さんは諭すような顔で俺にそう言う。

「いえっ そうではなくて! …ただ、街中で気になった子を見つけて……」

「永戸…… 俺は黙っててやるが…… いきなりか?」

「へ?」

「止めはしないが、それはどうかと思うぞ……」

「?? あの……、どういうことですか?」

「ん? 襲うんだろ、その子を……」


 ????????? ――なっ!!!


「いっ!  …いやっ! ………へ? ちがっ……って言うか止めてくださいよそれは! じゃなくて、ちがいますっ!!」

「ハッハッハッ!!!」

 みんなが一斉に笑う……、神原さんも……。

 からかわれていたようだ…… ハハハ…。



 ……ほんとにこの先輩たちは。いつもこの調子で俺をからかって騒いで……でも、たぶん先輩たちはこの街に来たばかりで右も左もわからない俺の心細さや不安を、少しでもなくしてやろうとする暖かい気持ち……、

「じゃあ、今夜は永戸の初恋を祝ってパぁーっと飲みにいくか!」

「おーし、今日も宴会だぁ!!」

「おおぉーーー!!!」

 暖かい気持ち……なのかな……? って、初恋って! …………初恋だけど。

 そんな先輩たちを少しあきらめがちな笑顔で眺めていると、


「あれ……? おかしいな…………」


 一人の先輩がつぶやいた。

 不思議とその言葉は部屋にいる人すべての注目を集めた。さっきまでの騒ぎがうそのように、そこは不気味なまでに静まり返った。


「どうした?」

 神原さんがいった。神原さんは俺から腕を離してその先輩の元へ近寄る。

「いや、門のところにいるやつにも今日の宴会のこと無線で知らせてやろうと思ったんですが……、呼びかけに答えないんですよ」

「そんなはずはないだろ」


 無線機は警備中必ず持っているものだ。何か起こったとき連絡がつくようにするために常に電源は入れていろといわれたことがある。……それを宴会の連絡に使っちゃまずいとは思うが、いまはそれどころではない。ここにいる先輩たち全員がいやな胸騒ぎを感じているようだ。

「ちゃんと周波数確かめたか?」

「ああ、間違いない。あってる……」

「……」

 止まった空気の中、先輩たちは顔を見合わせている。


 …………………………――………。


「……なんだ、この音?」

 一人の先輩がふと何かに気づいたように顔を上げ、そういった。

「ん? どうかしたのか?」

「いや、なんか聞こえたような気がして……」

 全員が耳を澄ます……

「………―――――っ!」

「これはっ――」



 聞こえてきたものは銃声だった。

 静寂の中、遠くでかすかに銃声が響くのが聞こえた。

 それは一発や二発ではなく、 数え切れないほど……。


 え…? 銃声? …敵襲か? ……てき? 敵って――  なんなんだ…………。


「お前らは玄関ホールへ向かえ!! 俺は門のほうへ様子を見に行く!!! ……銃の所持、忘れんなよ……」

 神原さんが急ぎ制服を着ながら指示を飛ばす。

 先輩たちはみんな慌てて俺の横をすり抜け部屋を飛び出していく。その顔は皆硬く、触れただけで切り裂かれそうなほど鋭い……。


「おい! なに突っ立ってるんだ! いくぞ!!」

 坂本先輩だ……。

 俺はそのまま先輩の後ろについて走り出した。

 銃を持って……。





 俺は……

 俺は…… 何で走っている……

 何が… 起こっている……

 銃声?

 どこへ……… 行く…?

 これから……………… 


 何が起こる!?





 ……――――――――っ!!

「……がとっ! 永戸っ!!」


 っ!?


 白の空間がしだいに色をつけていく……。

 いつの間にか坂本先輩が激しい権幕で俺の両肩をつかみ、揺さぶっていた。

「しっかりしろっ!! どうしたんだ!!」

「えっ…… あ…… おれ」

 あれ……? おれ…… ここは…………どこだ?

 俺は必死ににじんだ頭で周りを見渡す。


 ……少しずつ周りがわかってきた。

 ここはこの屋敷の広い玄関ホール。二階まで吹き抜けとなっている高い天井にはギラギラ眩しい大きなシャンデリアがぶら下がり、その下で来訪者を挟み込むように弧を描く二つの階段、周りの壁には豪華な額に入った油絵や石造、骨董品が並び、所々に神殿のような石の柱が何本も立っている。

 そこの各柱や階段の陰に多くの先輩たちが集まり、俺もそこにいた。ホール中の空気は張り詰め、気持ちが悪いくらいに重々しい。


 ……だけれどそれは仕方のないことなのだろう。


 みんなが見詰める玄関扉の向こうから、いくつもの銃声、……そしていくつもの悲鳴が響き、静まり返るこのホールを満たしている。

 ……それに、その銃声と悲鳴の中に混じる〝何かとてつもないく恐ろしい怪物の鳴き声のような音〟がここにいる者たちを凍りつかせていた。

「一体…… 何が来るんだ」

 一人の先輩がつぶやいた。



  俺は柱から半身を出し、撃ったことのない銃を両手で持ち、それを扉へと向けた。

 ……手がガタガタと震えてる ……止まらない。

 そして外の銃声が止んだ。 ……あたりに不気味な静寂が響き渡る。



 耳鳴りが聞こえる……。


 時間が長い……。


 心臓の鼓動がうるさく響く……。


 汗が俺のほほを流れ、大理石の床へと落ちた――。



 ガチャッ……


 扉を開ける音… その場の空気にいっそうの緊張感が張り詰め、俺の心臓を握りつける。

 扉が… 少しずつ開く、外の光が漏れ入る。

 まぶしい……。

 息を呑む。喉の奥がべたついている。

 ……扉が開ききる。

 そこに立っていたのは同じ警備員の制服を着た……  神原さんだった。


 顔はおびえきっていて体は小刻みに揺れている。自分に向けられていた銃口に多少ひるみながらも、何か必死に言おうとしている… が、声が聞こえない。パニックを起こしていてうまく声が出せないようだ……。こんな神原さんは見間違えそうなほど想像も出来なかった……。

「……み………みんな………」

 微かで、やっと搾り出した感じの声だ。

「…みんな…… ……にげ   」


 一瞬のことだった。

 あのとてつもない音と同時に神原さんの顔から大量の血が飛び出たかと思うと、首から上が無くなった……。


 あたりに血やそれ以外のものが飛び散り…… 残った体は糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。その場にいる全員がただ呆然とそれを見ていた……。だれも動かなかった……  いや…… 動けなかった。その背後から浮かび上がる二つの影があったから……。そしてそれはゆっくりと近づいてきていた……。

 この場あるものすべてがそこに集中している。

 自分の心臓の音で鼓膜が破れそうだ。


 そして――



 一つの発砲音により膠着(こうちゃく)は崩れ、みんな一斉に撃ち始めた。あたりはおびただしい発砲音、そして硝煙のにおいが立ち込めている。


 ――しかし俺はそれに参加してはいなかった。


 身を引いて柱の裏を背にもたれかかり、激しく動揺した頭で今見たものを、見た人物を無意識に否定し続けていた。

 おれは…… おれは見るはずのないところで見てしまったんだ……。


 帰り道で偶然会った、あの子を……。

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