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  作者: ムネソラ
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2、海岸沿い 後編

ここから1人称視点になります。

 やっと夢にまで見たベニーナにやってきた。

 小さなころ来た旅行でこの街のすばらしさに感動した俺は、将来この街で絶対に暮らすと心に決めていた。16回目の誕生日を迎えた俺はその始まりかけの夏の日に実家を出て一人、この街にやってきた。親には「まだ早いっ! あそこは物価も高いし…… ちゃんと大人になってしっかり稼げるようになってからでも遅くはないだろう」とか言われたけど。「その分給料がいいんだから大丈夫だ」なんていって半ば強引に家を飛び出した。

「おーい新入り! ぼっとしてると置いてっちまうぞ!」

「あっ、はい! って 〝坂本(さかもと)〟先輩だってまだ新入りでしょう!」

 というわけで、俺はベニーナで仕事を探し当て、今、職場の先輩の坂本さんと買出しに来ている。先輩といっても職場入りは俺よりちょっと前なだけで、年上だけど職場の立場的には同じ、だから自然と仲もよかった。

「ちょっ まっててくださいよ!」

 今は夏が始まり、本格的な真夏の前。日差しが照りだすも、まだ涼しい風が吹く心地よい日。

 俺は店の出口の外にいる先輩にそう言うと、レジカウンターで会計を済ませ袋いっぱいに詰めた買出し品を両手にぶら下げ、なおかつその両腕でさらにでかい袋を胸いっぱいに抱えた。 ……前がよく見えない。

「ちょっとは手伝ってくださいよぉ~!」

「はぁ~? 負けたのはお前だろう! 勝負の世界ってのはな、厳しいもんなんだよ!」

 自分の腰にずっしりと負荷がかかり、何であの時チョキを出さなかったのかと後悔しつつ、軽くため息を吐きつつ、俺は小走りに店から出た――。


「うわっ!!」


 店から出たとたんドンッと何かにぶつかった。俺はその衝撃で腕に抱えていた大きな袋をそこらへんにぶちまけた。

 ぶつかったのは…… 双子の女の子だった。

「おぉ~い、なにやってんだ」

 先輩が俺をやじる。俺は買ったものをぶちまけたことによって、拾い集めまた袋詰めしなければならないという絶望を感じながら、こちらが明らかに悪いということに気づいて謝った。

「ごっごめん! 大丈夫?」

 その双子は俺よりもいくつか年下って感じで、顔はとてもかわいい。そのうちの一人にぶつかってしまったようで、しりもちをついている。

「ごめん……ね」

 俺はそういって持っていた片方の袋を下に置き、手を差し伸べた。そんな俺をその女の子はじぃっと見つめる……。

 目が合った… 俺の顔、少し赤くなったかもしれない。

 女の子は少しためらいがちに俺の手を取った。その手は小さくとてもやわらかい。

 女の子の手ってみんなこんなんなのかなあ…… 考えてみたら女の子の手を握ったことってほとんどなく、あったかもしれないが記憶にない。

 女の子は立ち上がると、また俺をじぃっと見つめる。手はまだ繋がっている。

 まずい、心臓の鼓動が… 体が熱い。なっ何か言わなきゃ……。


「あっあの、おれ……、〝永戸(ながと)(けん)()〟って言います…あの…… 趣味は音楽鑑賞で… ?!」


 俺はそこまで言って、自分がもう一方の手にぱんぱんの買い物袋をぶら下げながらおかしなことを口走っているのに気がついた。

 俺、なに言ってんだ……。バカか、俺……。

 俺がそんな自己嫌悪におちいっていると、

「わたし、菫…… 趣味…  甘いもの……」

 返してくれた。

 そして女の子、いやっ、スミレちゃん… は俺から視線をはずすとそのままもう一人の女の子につれられ、何もなかったかのように俺を通り過ぎ、歩き出した。俺はしばらくぼーぜん固まりながらスミレちゃんの後姿をしばらく見詰めていた。……そして坂本先輩はそんな俺を、腹を抱えて笑っていた。



「おい、ぼっとしてんな! 早く行くぞ! っく!」

 坂本先輩はまだ軽く噴き出しそうになりながら言った。俺はふと我にかえり、眼下に散らばっているものを見て再度ぼーぜんとなるも、あわて交じりに買出し品を拾い集め、元のように抱えなおした。無論、坂本先輩は手伝わなかった――

「まっまってください!」

 ――それどころか坂本先輩はすでに走り出していた! 俺は急いで後を追っかける! 漫画のような大荷物を抱えながら。 そして… 追いつく! 意地だった……。


「それにしてもあそこで自己紹介とはな」

 坂本先輩は俺が追いついてきたのに気づくと、走りながら、そしてニヤニヤと意地の悪そうににやけながら俺に言った。

「自分でも何であんなこと言ったのか……」

「あの女の子に一目惚れでもしたのか? おまえ」

「一目惚れ……」

 したかも……。

「それにしてもそっくりだったよなぁ、あの二人…… 服まで同じだったし……。まるで鏡で映しているみたいだったな……」

「え!? そうですか? たしかに似てはいましたけど……。スミレちゃんのほうが断然かわいかったじゃないですか!」

「おまえ……。 …おれ、応援してやるよ」

「え? え? だって……? え?」

「おわっと、やべっ! このままじゃ遅れる。おい! もっと早く走るぞ! ついて来いよっ!」

 先輩は腕にある時計を見てそういうと、颯爽と俺を突き放していく。

「ちょっ……」

 坂本先輩は俺が大量の荷物を抱えていることなどお構いなしのスピードで走り、もうすでに数十メートル先にいる。俺がそんな世の中の先例をたっぷり味わっているとき、坂本先輩がさっきの女の子、スミレちゃんを追い抜かしていくのが見えた。その姿を見たとたん胸がドキッと勢いよくはね、痛みすら感じたような気がした。

 本当に惚れちゃったみたいだ……。

 だんだんその距離は縮まっていく、俺はどんどんと近づくスミレちゃんの姿から目が放せず、そんな視線を感じたのか、追い越すとき彼女が俺に気づき目が合った。俺は即座に意味もなくぎこちない笑顔を作り、あわてて顔をそらした。

 ……俺、バカだ。


        ‡


 俺、永戸健志はこの憧れの街に来て恋をした。そこは海岸沿い、日用品からおしゃれな服までそろうショップ通り。青く透き通る海はきらめきまぶしい。白を混ぜ砂浜に何度も穏やかに押し寄せる波は心地よいがかすかな音をたて、それはこの一帯を静かに支配していた。

 そんな街中を走る俺はここで仕事を見つけた。それはある偉い政治家の屋敷専属警備員。職場の先輩たちは人使いが荒いけどいい人ばかり。その俺の職場はあそこに見える〝海に突き出た大きな丘の、一番高いところにある大きな建物〟。


 そのとき俺は、もう一度あの子に会えることを強く願っていた。



 ――何も知らずに。




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