序章、その小さな手に握られたもの
ここから少しの間、3人称視点です。
今ならもう少しうまく書けると思いますが、修正は最小限にしています。
どこまでも拡がる青い空と透き通る美しい海に浮かぶ街〝ベニーナ〟。
初夏の太陽から降りそそぐ光。まばゆいほどにその光を照り返しながら並ぶ白い石作りの建物。それらは青く透き通った海から平地をまたぎ、はるか丘の上までの広大な土地を覆い、街を形作っていた。
綺麗に石で舗装された街道。そこ並ぶ建物は、壁や柱、窓枠一つ一つに至るまで派手やかな彫刻が彫られている。
包み込まれるような幻想的雰囲気さえ漂わせるその街は、まるで一枚の名画のように美しい景観を表していた。
数々の人間が行交い、街には多くの活気に満ち溢れていた。そして、その街に吸い込まれるように、さらに数多くの人間がこの街へと集まってゆく。
しかし、それは裏に身を寄せる者達も例外ではなかった。
その街は銃が日常に溶け込み、治安は悪化の一途をたどっていた。
†
「やっと付いたね……」
「……うん」
「この街が新しいとこなんだね……」
「……うん」
「――きれいな街だね……」
「……」
街の中心地。街のシンボルとして名高い、見事な彫刻の刻まれた高い時計塔、そしてその時計塔を据えた石作りの大きな鉄道の駅舎。その前方に裾を広げる大階段を下ると、多くの人々が行きかう広場があった。その足元は、色鮮やかな大小大きさの違う石タイルがきれいに並べられ、華やかな模様が描かれている。
広場の中央には天使たちの彫像が印象的な美しい噴水もあり、そこは街に住む人々の憩いの場になっていた。
その大きな駅舎の前、広場から駅舎へ通ずる幅の広い大階段を上りつめた先に、少女が二人立っていた。
二人は下の広場を表情なく眺めている。その顔はまるで見分けが付かないほど似ていて、まだ幼さが感じられた。
服もまた同じものを着て、薄いワンピースのひらひらしたミニスカートの下から伸びる白く細い足には黒いニータイツをはき、上着は長袖でかわいらしい胸下までのジャケットを着ている。そしてそのジャケットの上から肩に紐をかけて、小さな可愛らしいショルダーバックを持っていた。
その二人の間にある手はお互いの手をしっかりと握り、外側の腕には服の袖から見え隠れしている無骨な銀のチェーンブレスレットを着けていた。
「……」
「……たしか12時になったら迎えが来るはずだよ」
二人は手をつないだまま、鏡で映しているかのような同じ動きで、体を向き合わせるように真後ろにある時計台を見上げた。
そして首を体の正面に戻すと、二人は目を見合わせた。
「まだ10時だったね……」
「……うん」
再び広場のほうに向き直り、
「……少し歩こう」
「……うん」
階段を下り始める。
依然、二人に表情はなかった。
‡
美しく陽のあたる街、ベニーナ。その中のある建物の一室。そこは薄暗く、窓から刺し込む強い日差しによって、より一層、部屋の闇は増していた。
その薄暗い部屋には二人の男がいた。
「彼女達は?」
「……もう付いているようです」
「フンッ、随分と早いな」
「すぐ下の者に迎えを出させます」
「いや、いい。……それより――――」
「――っ! ……そんなことをしては」
「この程度のこと――」
‡
「もうそろそろ時間だね」
「うん……」
二人はベニーナの街を歩き回り、時間はおのずと過ぎていた。
「どう戻るんだっけ?」
「こっち……」
人通りの多い道から建物と建物の間、人気のない路地へと二人は入っていった。二人の間の手はしっかりとお互いの手を握っている。
「この道でいいの?」
「うん……」
路地の雰囲気は表通りとはまるで違い、狭く、建物の壁が両脇に高く反り立ち、光が届かず暗くよどみ、片隅にはごみが捨てられ散乱している。少しジメジメとしていて水溜りもあり、表通りの活気がとても遠くに、そしてかすかに感じられる。奥の建物は表通りのものとは違い、彫刻などもなく簡素な造りになっている。
そんな裏通りを二人は横に並び、ただ平然と歩いていた。
「……」
「――いるね……」
「――うん……」
二人はスッと立ち止まった。
そしてそれと同時に前の角から男たち数人がぞろぞろと出てきた。
人数は7~8人。
その男たちはゆっくりと二人の周りを囲っていった。明らかにガラの悪そうな格好をして、ニヤついた目つきをしていた。
「ひゅー、ほんとにそっくりだな!」
「服までおんなじもんきてやがる」
「結構上玉じゃねぇの!」
男たちは二人をいやらしい目で見回し、醜くにやけている。
二人は表情一つ変えずに男らをただじっと見ていた。
そして二人の正面に立っていた男が数歩前に出ると、二人に声をかけてきた。
「嬢ちゃんたち、歳いくつだ?」
「「……14」」
「うわっ! 声そろったよ!」
「「双子だから……」」
「ぎゃははは! またそろった!」
二人が答えるごとに周りの男たちは、からかい騒いだ。
依然、二人に表情はない。
「どいて……。待ち合わせがあるの」
独り言のようにそうつぶやいた。
「はぁ~ナニ言ってんだよ右側!」
〝右側〟という言葉に男たちはケラケラと笑いだした。
「嬢ちゃん、立場がわかってないみたいだな」
二人の前に立っている男が懐から不気味に黒光りするものを取り出し、その先端を二人に向けた。
「さあ、黙って言うこと聞いてもらおうか」
「やさしくしてあげるから怖がらなくていいよ~」
「ちょっといたずらしちゃうかもしれないけどねぇ~」
「ほんとにちょっとかぁ~」
男たちはふざけた感じにそういうと、またケラケラと笑い出した。いつの間にかうつむいている二人は、
「――先に抜いたのはそっちだからね……」
「……」
男たちが騒いでいる中、聞き取れないほどの声でそうつぶやくと、ずっと二人の間で握れていたはずの手が…離れた……。
次の瞬間――。
二人がその場から消えた。
男たちは一瞬で静まり返る。そして何が起こったか理解できず、皆そろってあたりをキョロキョロと見回す、が、二人を見つけられるものはいない。
二人は男たちの頭上、高くにいた。二人は立っていた場所からしなやかに舞い上がり、離した手を腰元のバックへと入れ、中にある〝もの〟を引き抜いていた。
そしてそれを上空から二人の目の前に立っていた男へと向ける。
その小さな手に握られたものは、その手に比べあまりに大きく、あまりに無機質で、そしてその〝場所〟にあることがあまりに不釣合いな、重厚な質感を漂わせる〝銃〟だった。
二人はそれの照準を男の頭にあわせ、細く透き通るように白い指で引き金を引いた。そしてあたりに恐ろしい怪物の鳴き声のような重々しい重低音が鳴り響いた。
男たちはそのすさまじい音を聞いて二人の位置を知り、そのあまりの威力に頭部のほとんどを失い倒れる男を見て、状況を理解した。
「くそっ」
「どうなってんだ!」
「こんなの聞いてないぞ!」
男たちは動揺しながら持っていた銃を一斉に抜く。
二人はしゃがみこむように着地し、その途端、前・後二手に分かれて跳躍した。前方に飛んだ一人は前に撃ち下ろすように二発、もう一人は体をそらせ宙返りをしながら体が逆さまの状態で後方に二発、それぞれ撃ち、4人が地面へと沈んでいく。
その間、男たちは慌てて手にした銃を撃ったが、その慌てふためく弾が二人に当たるはずもなかった。
二人は宙から戻ると、一連の動作で上体を沈み込ませながら体を回転させ、また1発ずつ発砲、周りにいる残りも始末した。そしてすこし離れて二人は向き合う状態となり、その場の動きは止まった。
一連の身のこなしはあまりにも優雅で、美しいとさえ言えるものだった。
‡
「――あの子達は本当に大丈夫なんでしょうか?」
ここはあの薄暗い部屋。相変わらずそこには男の二つの影があった。
「……まさか、心配しているのか」
「いえ……」
「さっきも言ったが、この程度のことで何かあるようでは困ってしまうよ。……そうか、お前は彼女たちのことをあまり知らなかったか。ならその心配も仕方ない」
「は… はぁ……?」
「ハッハッハッ! まあいい。……彼女たちが双子なのはもう聞いているな。彼女たちは、さすが双子で外見は見分けが付かないほどよく似ている。けれど、まあ性格は少し異なるらしい。その違いは……普段多少ながらも他人と話の受け答えをして口数が多いほうが姉の〝椿〟。ほとんど喋らずに、すべてに無関心といった感じのほうが妹の〝菫〟、なんだそうだ。彼女たちを見分けたいのならそこでするしかないそうだよ。……それで肝心の腕前についてだが、これがまた……。お前はあのレンスター一族を知っているか?」
「はい、レンスター一族といえば隣国の中で指折りの資産家にして政界にも進出した……しかし昨年末までで、皆、暗殺され、……っ! まさか……」
「そのまさか、だ。彼らはその特性から敵も多く、もちろん警備も厳重だった」
「その警備を掻い潜って…… と?」
「いや、それは少し違うな」
「は?」
「……彼女らは警備をなぎ倒していった。皆殺しってやつだな」
「――っ!」
「どうした、お前とあろう者がそんな顔をして、怖くでもなったか?」
「……い…いえ……」
‡
唐突なる演舞が終わり、あたりに沈静が広まっていく。そこに立っているものは二人しか居らず、先ほどまでそこにいた数々の存在はもう動くことのない物となっていた。
「だから……どいてっていったのに。 行こっ、菫……」
「……うん」
距離を開け向かい合っていた二人は互いに銃をバックにしまい、寄り添おうと足を前に出した。
「うおぉぉぉ!」
その時、男が椿へ、背後から襲いかかってきた。
その男は建物の物陰に即座に身を隠し、機会をうかがっていた。
「こんな小娘どもにっ! くそぉぉぉーー!!」
男は身を隠すときに銃を落としていたため刃渡りが十数センチあるナイフを右手に持ち、突き出してきた。
椿は瞬時に右に振り返りつつ上体を前に倒し、同時に右足を後方に振り上げ、まるでその襲撃が初めから予定されていたかのごとく正確に、相手の右手のこうを右足の回し蹴りで蹴り飛ばした。男の右手からはナイフが離れ、その蹴られた突然の激痛に男は無意識に少し体をうずめる。だがその蹴られた痛みを味わう間もなく、その男の頭部右側に椿の左足が飛んできた。椿は右足のかかとで手を蹴り飛ばした後、回転の勢いをそのままに左足で頭部を蹴り飛ばしていた。その威力は意外にも強く、男は横の建物の壁へと飛ばされ、その壁に身体を強く打ち付ける。そしてそのまま腰を落とし、背中が壁にもたれかかる状態になった。それはほんの一瞬の出来事だった。
そしていつの間にかバックから取り出した銃を、椿はその男のひたいに突きつける。
男にはまだ意識が残っており、その男が銃の先に見た彼女の目は、生きた人間のそれには見えなかった。菫はその光景をただ見ている。
椿の指が引き金をゆっくりと引いていく。そして――。
〝カチッ〟。
その空間には金属がぶつかり合う音だけが響いた。
男はそのまま恐怖のあまり失神した。
「…… 寝ちゃった」
‡
「彼女たちについてもうひとつ有名なことがある。それは彼女たちの持っている銃…… 〝絆〟だ。この銃にはいくつかの特徴があってな、その一つは威力。あの銃は特殊な性能で、発射する弾の速度と回転を数倍にも高めることができるんだそうだ。具体的には、垂直に打てば30センチのコンクリートすら貫通するほどの威力とも言われている。……まるで大砲だろ。その銃の前には防弾ベストなど無に等しい、ということだ。……そのかわり、あれには致命的欠点がある。あの銃には一丁に弾が4発しか入らない」
「4発ですか……。たしかに少ないとは思いますが……」
「特に彼女達は大勢を相手にする……」
「そう……ですね、いくら威力が高いものでも、だからといってあたらなければ何の意味もありません。むしろ実際の打ち合いではリロードの隙が減る分、弾数の多いほうが有利、……と、そういうことでしょうか?」
「そう、普通の威力だって人は死ぬからな。だが、あの銃の特徴はまだある。あの銃は双銃として二つ一組で使うように作られている。だから実際は二つ合わせて8発。……これでもそう多くはないが……まあ、だから名が〝絆〟ってのかな……。二つで一つ、離すことのできない、離すべきではない銃〝絆〟……ってな。フッ、なんだか格好いいじゃないか」
「……」
コン、コン。
そのとき扉をノックする音がした。
「失礼します。……そろそろお時間です。」
サングラスを掛けスーツを着たスキンヘッドの男が扉をすこし開けそう言った後、丁寧に扉を閉めた。
「ご自分で向かわれるのですか?」
体格の良いこわもての男が、スラッとした若い男にそういった。
「もちろん。レディに失礼のないようにしなくてはな。お前もついて来いよ。彼女たちを見せてやろう」
「……わかりました」
若い男は上着を着ながらにやっと笑い、そのまま部屋を後にした。
あるとき小説の大会賞金に目がくらみ、はじめて小説というものを書いたのがこの章でした。
そのときは、小説を書くことがいかに重労働かに気がつき、これを書いた後、半年以上放置しましたけれどね。
その後、完成までに幾度となく修正を繰り返しましたが、今読んでもまだまだ直したいところだらけです。(笑)