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  作者: ムネソラ
17/18

10、そのもう動くことのない体を抱いて

 私は走った……。


 丘を下る坂道を、


 薄暗い裏路地を、


 人で混雑する繁華街を……。



 力一杯地面を蹴って、


 邪魔な人や物をすれすれでよけて、


 その、港の07番倉庫に向かって……。





 その場所は知っていた。

 前にその近くの倉庫でお仕事…をしたことがあったから。


 そしてここは大きな倉庫の鉄の扉の前。その扉には大きく07と書いてある。

 ここまで夢中で走ってきた……、それはキャミの、あの顔を思い出したくなかったからかもしれない……。


 私はまたキャミにあんな顔をされてしまった……、

 私はまたキャミにあんな顔を……させてしまった……。


 もう戻ることは出来ない……、もう… 引き返せない……。



 私はすでに黒い隙間を空けていた大きな鉄の扉の中へ、歩き出す……。

 その隙間から出てきた倉庫の中は広く、シンと静まり返って、闇の中、あんまり幅のない真ん中の通路の周りには、木箱や大きな鉄の箱がいくつも積まれていた……。

 中の明りは、高い天井近くの壁に、所々薄汚れた窓があるだけ。

 その暗い倉庫を私はくまなく見渡した……。


 椿、どこ……。



「…………菫、来て… くれたんだ……」

 通路の奥から、椿の声が聞こえた……。そして奥の暗闇からゆっくりと椿の姿が現れる。

 椿は私に視線を向けながら、にこりと笑っていた。


 本当に……、うれしそうな笑顔……。

 でも……、でも私は……


 私はその椿に、絆をかざした。

「…………」

「椿…… 私、椿を、殺しに来たの……」

 私の絆を持つ手に力が入る。

「…………そう、……じゃあ、わたしも……菫を殺すね」

 まるで椿はそれが当たり前みたいに、そういった。

 そして椿は私へ微笑を浮かべたまま、左手に持っていた絆を私へとかざして――、


 ――――


 ――初めに感じたのは、頭ごと髪が巻き込まれそうな痛いほどの突風と、耳元で鼓膜が破れそうな高音。そして遅れて絆のあの音と… 後ろの大きな鉄の扉に当たったのだと思う、ガンッという大きな音といっしょに辺りがすこしだけ明るくなった……。


 今…… 椿の持つ絆の弾丸が、私の顔のすぐ横を掠めた……。


 ……椿が私を… 撃った……。


 私はすぐに右手に持つ絆の引き金を引いた。……右腕にグッと負荷がかかる。

 久しぶりの感覚……、けど少し体がよろめく……。

 思っていたよりも撃った衝撃が……強い……。

 私、こんなものを……撃っていたの?


「フフフフフフ…………、当たらないよ… それじゃ……」

 椿は当然のようにそれをかわして、奥の闇へと混ざっていく……。

 私もすぐ近くの物陰に飛び入る。


 ……なんだろう? なんだか胸が落ち着かない……。


 これから私は椿と絆で撃ち合う……。

 だからなのかな……、こんな感覚……初めて……。


 当然、椿と撃ち合ったことなんて今までなかった……。

 こんなことになるなんて思っていなかったから、そんなこと考えたこともない……。


 そもそも私は… 今まで……椿のやっていることを、ただ見よう見まねでやっていただけだった。

 それはお仕事中でも、そうだった……。


 そう…だ……、

 私はただ椿のまねをして撃っているだけで……、それ以外の何かあったらそれはすべて椿がやっていた……。急に何か起こっても、すべて椿が何とかしてくれた……。時には私の体を椿が押したり引いたりして、銃弾から守ってくれていたこともあった……。


 …………。


 ――私は… そんな椿に、勝てるの……?


 手足や身体が、急に寒くなっていくのを感じた……。





 ふと何かが動いたような気がして横を見る。

 すこし遠くの物陰からスッと椿が現れ、……その手には絆を構えていた。


 ――あっ!


 私は急いで奥の物影へと思い切り飛び込む、すると私の立っていたあたり、弾の通る高い音がした。

 ぎりぎり間に合った……。

 でもその先のことなんて考えてなかった、だから飛び込んだところ、うまく着地できなくて、地面をゴロゴロ転がって、何かにぶつかってやっと止まった。


 心臓がすごい音を立てながら胸で騒いでる。


 ……ここの地面はむき出しのコンクリート、ひじをすこしすりむいて、ジンジンする。

 けれど、私はそんなの気にしないで、すぐにそのひんやりするそのコンクリートに手をついて立ち上がる。


 そして私は倉庫のさらに奥の暗闇へと走った……。




 適当に身を隠せそうな、大きな鉄の箱の隙間にできた暗闇を見つけて、闇の中、その鉄の箱に背を付けて立ち止まる。そして耳元に絆を構えて、あたりの気配を探る……。


 椿は… どこっ……。


 シンと静まり返り、何も聞こえない暗い倉庫内。

 私は自分の呼吸の音を消すのに必死になる……。


 椿がどこにいるのかわからない……。

 さっきのところから姿を見失っていた……。


 鉄の箱を背にしながら、二・三回首を振って左右を確認する。けど、あるのは薄暗い空間に積まれて、黙って私を見ている大小の箱ばかり……。


 いない……。

 まるでここには私しかいないみたい……。


 他の様子が気になって、私は体をひねりその鉄の箱の角からすこし顔を出す――




 初め… なんだかわからなかった……。




 突然、鼻先にあの突風と、引き裂かれそうな弾丸の音……。

 そしてその奥で絆の発砲音がした……。


 驚いて、あわてて顔を引っ込めようと後ろへ飛びのく、その勢いでバランスを崩してうまく着地できず、思い切りしりもちをついて、そのまま肩までドンと倒れこむ。

 下のコンクリートにすこし後頭部をゴンと打った……。


 心臓が胸を激しく叩く。……全身の肌からじわっと汗が出てくる。


 それでも仰向けから急いで立ち上がってその場から離れるため、さらに奥の闇へと走り出した。……けれど、なぜかその足はまるで、空中を蹴っているように実感がない……。だから、途中何度も転びそうになる……。

 何で…… こんなときに……。うまく…走れない……。



「はぁ… はぁ…」

 もうすでに息が上がっていた。

 心臓の動きも激しいまま弱まらない。

 今日は涼しい日だったのに、全身にじんわりいやな汗がにじんでいく……。

 首筋で汗が下へと伝った……。


 椿はっ……。


 私は走りながら左右を何度も… 何度も見回して、椿を探す……。そして……、


「あっ! ……ぅぐぁっ!」


 私は何かにつまずいて倒れて、下のコンクリートに身体をガンッと思い切りたたきつけた。

 その衝撃で、絆を手から離してしまった。


「あぁっ……」

 カラカラと音を立てて絆が〝とても遠く〟に滑っていく。

 私は四つん這いで急いでその絆にばたばたと近づいて、そのまま飛び込んで絆をとる。そして寝転がったまますぐに絆を至る所に構えて、辺りを見回す……。


 しかし、そこには闇があるばかりで… 椿はいない……。


 ……。

「はぁ…… はぁ……」

 私はすぐに立ち上がって、また走り出した……。



 ………… 怖い……。

 ……椿が…… 怖い……。

 死ぬのが…… たまらなく……


 怖い…………。





 汗があごから滴る。

 ……もう着ていたワンピースがべったりと濡れ始めていた。


 胸を……全身を……すべてを……貫き、駆けずり回り、押し潰されるような恐怖……。

 死の… 恐怖……。

 それは… 私の……与えてきた……

 恐怖……?



 私はまた真っ暗な物陰に飛び込むように、積まれた箱を背にして隠れ、そして絆を両手で持ち、顔の前に構えて、ガクガクと震え始めた身体で、辺りを窺った……。


「はぁ、はぁ」

 息が苦しい……。

 もう呼吸は殺せなくなっていた……。



「………… 菫ぇぇー」


 心臓がさらに跳ね上がって口から出てきそうになる。

 どこからか……椿の声が倉庫内でこだました。


「菫ぇぇ……? どうしたのぉぉ……? 何で逃げてばかりいるのぉぉ……」


 その声を聞いて、私は物陰の中でさらに小さくなって、見つからないように、絶対に見つからないように……もっと影になろうと……溶け込もうとする……。


「菫ぇぇ…… 私を殺すんじゃなかったのぉぉ………… 早く出てきてぇぇ…… もっと遊ぼうよぉぉ……」


 倉庫全体に響くその声は、まるで感情の感じない、独り言のように聞こえた……。


「大丈夫だよぉぉ…… 菫が死んでも寂しくないようにぃぃ…… ちゃんとあの二人も後で殺してあげるからぁぁ……」

 あの二人…… ソウマとキャミのこと?!


 ……なん……で……?


 ……何で、ソウマとキャミも殺しちゃうの……。


 そんなの…… そんなのだめ…… そんなの絶対にだめぇ!!



 私は動いた。


 その動きづらくなった身体を、震えて…震えながら小さくするしかなかった身体を、めいいっぱいの力で、思い切り、一瞬に力を込めて、動かして……


 私はその物影から一気に飛び出るっ!


 怖いけど……

 死にたくないけど……

 死ぬのなんて絶対にイヤだけど……、

 だけど……、


 ソウマや、キャミが殺されると思うと……

 もっとヤだった。


 絶対に、それだけはヤだから……

 だめだから……

 本当にだめだから……

 私は…椿を……


 椿をっ…………



 ちょうどその物陰から出て視界の開けた先に、椿の影が見えた……。


 私はその場所から、次の物陰のところへ頭から飛びながら、空中で絆を構え、撃った……。

 手にグッとかかる衝撃。

 絆を構えた先にあるその影は、寸是のところでこっちに気づいて、その弾道から飛びのいた。

 私はそのまま物陰の中に入る。


 頭から飛び込んだ物陰の先で、地面のコンクリートに手を付き、そしてそのまま宙返りをしてから足でトンと着地する。

 三週間前までは普通にやっていた動作…… 今では身体にすこし、負担を感じる……。それに震えも残ってて、動きづらい……。


 でも……

 負けるわけにはいかないっ。


 私は暗闇の中を移動して、さっき椿が立っていたところを物陰からうかがう……。

 そういえば、倉庫のかなり奥まで来ていたみたい……、入ってきた扉の明かりが遠くに見えた。


 ……―…

 そのとき上のほうから物音。

 考える間もなく今立っている場所から思い切り飛びのく―― するとその瞬間、私の立っていたあたりのコンクリートが砕け散る。

 私は飛びのいた後、まだ宙にいる間に体を翻して、高く積み上げられていた大きな木箱の上にいた椿に、絆を撃つ。それを椿は身を引いてかわす。

 背中から地面に着いた私はそのままの勢いで身体を丸め、後ろにグルッと手をつかずに回転してすばやく立ち上がる。そして絆をお腹らへんに低く構えて、またすぐ近くの物陰に隠れた。



 まだすこし手が震えている。

 やっぱり…まだ怖いみたい……。でも……

 もう怖いなんていってられない……。

 だって、私が椿に殺されたら、ソウマも、キャミも、椿に殺されちゃう……。

 だから、私が椿を殺さなくちゃ……――




「えっ……」




 私は今の場所から移動するため…

 足を動かそうと地面を蹴る足に力を入れようとした……。


 そのときだった……


 私の…

 頭に……

 何か、

 押し当てられた感覚…………。


 そんなの確認しなくても〝何か〟なんて…

 すぐに分かった……。




 ――だって… いつの間にか隣に……

 椿が立っていたんだから――。




 それは冷たい…………

 金属の感覚……。


 それだけで…

 気を、失いそうな感覚……。私は…



 動けない……。




「…… 菫……、これで…… 終わりだね……」

 目の前の暗闇が…冷たく凍りついていく……。


 終わる……?

 何が…

 終わるの……?


 …………私?

 それとも…

 すべて……?



「……私ね、もっと… 笑っている菫を、見ていたかった……。でも、もう… その菫も見れなくなるんだね……。でもいいの…… きっと私はずっと菫の笑顔が見えているから……」


 椿は私の頭に絆をかざしながら、私の正面へとゆっくり回りこむ。

 その椿の顔は…

 驚くほど澄み切った顔だった……。


 血を、一瞬で抜かれるような冷たさが全身に響く……。

 足が… 立っていられないほどがくがく大きく震えていた。


 ――〝恐怖〟……。


 椿はそんな顔で私を撃つの……。


 そんな……

 素敵な顔をして…………。



「菫…… もうこれで最後だね…… さよう…なら……。…………私には、菫が…全てだった…… だから…… さようなら…… すみれ…………」


 私、もう死ぬの……?


 イヤッ……

 死にたくない……

 死にたくなんて…ない……


 私の額にかざされた絆にかかる、すぐ目の前の椿の人差し指が……

 それでもゆっくりと…

 動き…… 


 引き金を……

 引いていく…………。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」





 ―――――― …カチッ。





 …………。


 その倉庫内には絆の低い重低音がこだましていた……。


 私…… 死んだのかな……

 なにも感じない……

 ……いや、足の裏に今までどおり地面の感覚……。

 ……でもそのうち、みんなみたいに立っていられなくなって、倒れていくのかな……。


 …………?


 私は、自分が目を閉じていることに気づく。だから、目を開けた……。


 その目の先には……

 澄み切っていて…

 穏やかな顔をした、

 椿……。


 その…

 椿の口からは……

 一筋の赤が、たれ…

 落ちた…………。



 椿……?



 椿の左手から絆が離れ…

 下に落ちていく……。


 そして…

 その椿の絆が……

 私の右手に持っていた絆に…

 あたった……


 そのお腹に構え…

 引き金が引かれ、

 銃口から煙硝を上げている…

 私の絆に……。



 椿の左腕が力なくだらんと下に落ちていく……

 その先の…

 椿の…

 わき腹の辺りが…

 真っ赤に染まっていて……


 〝欠けて〟いた…………。



「……っごぅっ――」

 急に椿の顔が苦しみだし、口から血が飛び散る……。


「……す… みれ……は…… いじ…わる…… だね……」

 椿はその欠けたわき腹に手をやる……。

「……こんなに…いたい…の…… わたし…が……、とっても…… 悪い……子…だから……かな……」

 椿はそういうと、ガクンとひざから落ちて、倒れる……。

「椿っ!」


 私はその倒れる椿を途中で抱きとめて支え、そのままその場に座り込む……。


「…… ねぇ…すみれ…………覚えて…る? 小さい…とき ごほっ…… お父さんと…お母…さんが死ぬ……まえ…の……、その…ときも…… よくきょう……みたい…に ごほっ…… おに…ごっこ……したよね ごほっ」


 椿はその真っ赤な口で、苦しそうに……、

 でも、やすらかな目で私を見ながら……、

 声を、出す……。


「……それで…私……すみ…れ……に、なかなか ごほっ…… おい…つけなくて……、 私…… ごほっ…… すみれの…お姉ちゃんなの……に…って ごほっ…… 思って……とっても……悔し…かった…… ごほっ はあぁ…はあぁ、でも…… ごほっごほっ…… …… とても…… たのし…かった…… あの…ころ……は…… すみれ……ごほっごほっ…… はあぁ……はあぁ…… とても…よく……笑って…いて…… はあぁ……はあぁ……私も……笑って……た……、……たのし……かった……ごほっごほっごほっ……はあぁ……はあぁ…… …………本当に……たのし…かった…………ごほっごほっ……」


 椿が咳き込むごとに、真っ赤な口から血が飛び散っていた……。

 わき腹からもそのつど血が飛び出して、血は私の白のワンピースを赤く……紅く染めていく……。


「すみれ……ごほっごほっ……、さい…ごに……いわ…せて……」

 椿はそういってその紅い手で私の頬に触れる……。


「……すみれ……いま…まで………あり…が……とう…………」


 椿の眼が……

 閉じて……、

 頬の手が……

 滑り…落ちた……。



 ………… 椿……?


 …………。


 ……私の、腕の中で……

 血まみれになりながら……

 最後にとってもうれしそうな顔をして……

 椿が…………



 死んだ……。



 ……………………。



 ……何だろう……

 すべてのものが嘘のように感じる……。


 この倉庫も……、

 この暗闇も……、

 この私の前で目を閉じている椿も……、


 ソウマも、

 キャミも、

 この夏も、

 そして、この人を殺し続けた8年間すべても…………。


 みんなみんな、

 全部嘘で……、

 全部夢の中のことで、

 目が覚めたら、あのときのまま、


 お父さんもお母さんもいて、

 椿も横にいて、

 すべてあのときのままに、

 幸せな毎日が広がっていて…………。



 でも…………、



 ここにはそれはない。

 私は、目覚めない……。


 そして、そこにあるのは血まみれの私と、

 もう目を開けることのない椿……。




 何でだろう……

 私は椿を殺しに来たのに……

 椿が怖くてたまらなかったのに……。


 目からは、一筋の涙が流れ出た……、

 それは止まらなくて、ずっと流れ続けた……。


 何も分からなかった……。


 ……だから、

 私はそのもう動くことのない体を抱いて、

 あふれ出る感情に、

 そのまま身を任せることしかできなかった…………。


 どうして……

 私達はこんなことになってしまったんだろう……。


 私達はただ……、

 幸せに生きたかっただけなのに…………。








 シンと静まり返る倉庫内に足音が響く……

 コツ……コツ……コツ……コツ……、

 それは徐々に……徐々に近づいてきて、私のすぐそばまで来て立ち止る。


「……ここにいたか」


 私は顔を上げる……。

 その声に聞き覚えがあったから……。


「……鳴…原」

 そこに立っていたのはアーゼルの元にいた、鳴原だった。

「終わった…… みたいだな」

 鳴原は私のひざに眠る椿を見てそういった。


「死んで…なかったの……」

 確か椿は、アーゼルたちは死んだって……

「死んださ…… 私、以外はな……。あの夏祭りの夜にほぼ全員……、椿の不在を狙われた奇襲だった。私と椿が祭りから戻ってきたときにはもう、すでにアーゼルは死んでいた。かなりの人数で総攻撃を食らったらしい。……多方面に手を出していたのがいけなかったのだろうな。そしてその日に生き残った者達も、すぐに殺されていったさ。今では椿と行動をともにしていた私しか残っていない……」


 鳴原は手をスーツのうちポケットに入れて、そこからライターとタバコを取り出し、火をつけ、一度吸って、どこか遠くを見ながら、その煙を吐いた。


「椿からお前に言付かっていたことがある……、すべてが終わった後に、菫に伝えてほしいと……」

 椿が……。

「これからも、ずっと笑っていてほしい……、と」

「えっ……?」

「分からないのか? 椿はお前を殺すつもりなど…なかったということだ」


 鳴原は私を見ずに、もう一度タバコを吸い、そして吐く……。

 暗闇の中でタバコの火が赤々と灯っている……。


「え…… でもっ」

「椿は最初から自分が撃たれるつもりだった。お前とここで撃ち合って……、そのおまえの絆で……な。お前に殺されるつもりだった…と、いうことだ」

「でもっ 椿は…… …… だって……」


 私は椿の顔を見る。

 血で汚れた椿の寝顔。


 でも……

 椿は私を殺そうと……

 絆を撃って……


 …………、


 あぁ………

 そう…か……



 よく思い出してみると……、

 椿は最初から、私を狙ってなんてなかった……。


 すべて、私の…横を撃っていた……。


 そう……

 なんだ…………。



「…… 椿は… どうして…… どうして…こんな……」

「さぁ…な…………、ただ、あの夏祭りの夜……、奇襲のあった本部を後にするとき、椿は私にこう言った…… もう、私の周りから何もかもがなくなってしまった……、誰からも必要にされないのなら、せめて最後は… 菫に殺されたい…… と… 私にな……。私はそれを実行できる場所を用意して、お前の居場所を探し教えて……。私はその最後の椿の望みを手伝ってやることしか、出来なかった……」


 ……あの夏祭りの日、私は椿の前から逃げ出した。

 だって……

 椿は私にとって、けして戻りたくない過去だったから……。



 鳴原はタバコを地面に落とし、黒の革靴で踏み潰して、赤い火を消した。

「私はこれから帰って、落とし前をつけることにする。もう、会うこともないだろう」

 鳴原は光が漏れる扉の方へと歩き始めた……。


「…… 鳴原……」

「……どうした」

 鳴原は歩みを止めこっちに振り返る。


「……私は椿にとって、なんだったのかな…………」


「…… そんな簡単こと……」

 鳴原はまた扉のほうへ歩き出す。


「お前は椿にとって、たった一人の姉妹だろう…… たった一人のな……」


 たった一人の……


 姉妹……。



 そう……

 私は椿にとって、そして椿は私にとって、たった一人の姉妹だった……

 たった一人の…生きている証明だった……。


 ずっと小さなときから、椿は私のお姉ちゃんで、

 時にはケンカもしたりしたけど、

 とっても優しくて、

 大好きだった。


 そして二人で過ごすことになってからも椿はやっぱりお姉ちゃんで、

 着替えを手伝ってくれたり、

 食べ物が少ないとき、椿の分を分けてくれたり……、

 私はただ、

 椿の後を付いていけばよかった……。


 ただ何も考えず、

 椿について行って、

 椿になんでも決めてもらって、

 椿に全部頼り切って……、

 そして私は最後、


 椿から離れた……。


 私は椿をイヤになったから……?

 そんな椿を私は……捨てた……?




 私はひざの上にいる椿を、そっと……そして強く、強く抱きしめた。



 私、何で椿を殺しちゃったんだろう……、


 何で殺そうなんて思ってしまったんだろう……。



 悪いのは私なのに……、

 私のせいなのに……、


 私が逃げたから、

 私が自分の過去を受け入れられなかったから、

 こんなことになったのに……。



 …………。





 何で私はまだ生きているんだろう……。





 だって……


 〝もう椿は死んでしまった〟。







 椿……

 私ね…、もう帰るところなんてないの…………。

 もうなくなってしまったの……。


 それも……

 私のせい…なんだ…………。



 だから……私……、

 そっち……行くね……。



 私は椿の頭をそっとなでる。


「椿……。そっちでも… また……一緒にいようね……」


 私はバックから

 ひとつの弾丸を取り出す。


「ねぇ…… 椿…… 私ね… 最近やっと、ちゃんと笑えるようになったんだよ……」


 地面に落ちていた絆をひろい、

 スライドさせ弾を込める。


「だから…… そっちでも二人で一緒に…笑おぅ……」


 スライドを手で戻して、

 その銃口を私のあごの下につける。


「きっと…… きっと…… 楽しいから…………」





 そして私は…… 引き金を引いた――――。


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