8、再会 後編
私は走った……。幸せを離したくなくて…………。
私は逃げた……。過去の自分から…………。
今日はとっても、楽しい一日だった。
何もかもが楽しくて、何もかもがキラキラ輝いていた。
キャミに浴衣を着せてもらった。
お店でソウマにかわいい髪留めを買ってもらった。
いろんなゲームをキャミと一緒にやった。
ソウマとキャミと私。みんなであつあつでまんまるの玉を、ほふほふしながら食べた。
それに……、楽しみだった花火、……想像以上だった。
これからもこんな幸せな日がずっと続いていくんだ……、そんなふうに思っていたときだった……。
そこに、…………椿が立っていた……。
昔の自分が……立っていた……。
私は足が震えていた……。
私の周りに取り巻いていた幸せが、その瞬間にどこかへと吹き飛んでく……。
怖かった……。
椿が……自分の過去が……怖かった……。
その過去はまるで、胸の奥の幸せを蝕んでいくように今の私に絡みつく……。
そんなのイヤだった……。
そんなのイヤに決まっていた……。
……だから私は走り出した。
どこへなど決めていない。私はただ走った……。
そこから離れたくて……。
私の過去を……遠ざけたくて……。
ひざに手を突く、あごから汗が滴る……。
もう追ってこないだろうか……、後ろを確認したい……けど、そこに椿が立っていそうで振り向けない……。
そこは表通りの喧騒を離れた薄暗い路地裏。花火の音は、どこか遠く向こうのほう……。
……すこし考えれば分かることだった。同じ街で暮らしてるのだから、どこかで鉢合わせしてしまうことなんて……。
それに街中の人が集まるお祭りなら、特に……。
「菫っ!」
一瞬、背筋に冷たい刺激が走る……。でも、その声は椿ではなかった。
「……ソウマ」
振り返ると、そこにはすこし息を切らしたソウマと……、私と同じ浴衣姿でひざに手を突き、疲れきっているキャミがいた。
「はぁ……はぁ……、菫、……」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、菫っ、はぁ、はぁ、やっと、はぁ、見つけたぁ、はぁ、はぁ」
二人とも息を切らしながら私を見ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、っんぁ、はぁ…、はぁ…、菫、はぁ…、どうしたのっ、はぁ…、……」
キャミはそういうと、深呼吸をして息を整える。
「はぁぁ……、はぁぁ……、……さっきの、……子、……誰? 菫とすっごく、似てたけど……」
ソウマとキャミは、椿が現れたあの時、私の両隣にいた。
……知られてしまった。
ソウマとキャミに……椿を……。
二人には……絶対、知られたくなかったのに……。
…………。
私はただ二人の前で、何も言わず下を見ることしか出来なかった。
「菫……、さっきの子は菫の……、姉妹なんじゃないのか?」
やっぱり……、気づかれた……。
私はそのまま黙って、うなずく。
「姉妹……。じゃあっ……、どうして……、あ……、記憶は? ……戻ったの?」
「…… キャミ、ごめん……、記憶がないって話は私の……嘘なんだ」
「えっ! 創真さんの……何で……? …………それじゃあ菫は…… どうして? ……創真さん? どういうことなんですかっ!?」
「ごめん。嘘をついて……。でも、その前に……、菫…… 話してほしい、キミの事を……」
私の事……? ……私の……過去?
……話したくない……。話せるわけない……。私の…私の過去の話なんてっ。
私は、首を振った……。うつむいたまま、力いっぱいに…… 首を振った…………。
「…………」
誰も何もいわない……。まだ花火が上がっているのかな……遠くのほうで音が聞こえる。
「………………私はあの日、倒れている菫を見つけたのは、偶然……では、ないんだ……」
止まってしまったかのような時間の後、ソウマは小さく息を吐いて、そう声を出した。
…………? ソウマ?
「あのときの私は…… ちょっとおかしかった……」
私はすこし頭を上げて、ソウマのほうを見た。よく意味が分からなかったから……。
ソウマはどこか目を浮かせて、言葉を続けた。
「……2年ほど前からこの街でマフィアの抗争が起こりだしていた。人を殺し合う… ね……。あいつらの内だけでやっていることなら、まだいい……。けれど、毎回、そいつらとは何の関係もない犠牲者も出ていた……」
「創真さん……。〝紗紅羅〟ちゃんのこと……」
「……サク…ラ?」
初めて聞く名前……。
「紗紅羅は……、15年前に、道を歩いていただけで、あいつ等の抗争に巻き込まれて死んだ、私の妹…だよ……」
「……妹」
「そんな……妹の命を奪ったあいつらの抗争が、また、起きていた……」
なんの…話だろう……。
「それでもまだ初めのうちは……小さな小競り合いみたいなものばかりで、その犠牲になる人はいたけれど……、でも…………」
ソウマは一度まぶたをしばらく閉じて、
「……でも、この夏のはじめごろ……、この街で大きな力を持っていた政治家が、自分の屋敷の中で亡くなった。その政治家はこの街からマフィアの抗争やその組織自体も無くそうと、先頭に立って御尽力されていた方だった……。いい噂ばかりの人ではなかったけど、この街の人々からはとても期待されていて、信頼もあった。しかし、亡くなった…… いや……、殺されてしまった。もともと命を狙われていたらしく、数多く雇っていた50人ほどの警備員全員と一緒に……」
…………それ……もしかして……。
「それに……残酷なことに、どれも小型の大砲のようなもので撃たれたように、遺体の破損は酷かったらしい……」
「そんなっ……」
キャミがソウマの話を聞いて顔を歪ませる……。
「そしてそれが始まりだったかのように、うちの病院にもそういった死体が次々と運び込まれるようになっていった」
…………それ、私だ……。
私が椿とやったやつだ……。
この……街で、始めていったところ……?
は…ははは……じゃあやっぱり……ケンジは…………〝とっても悪い物〟……なんかじゃ、なかったんだ…………。
私はまたソウマから顔を背け、うつむく。
「――それで……、あるとき……、家である調べ物をしていたときだったかな。外から、銃声や爆発音が聞こえた。最近、事件が相次いで起こっていることに、耐えられなくなっていた私は……、家に護身用として持っていた〝銃〟をもって、外の音がした方に向かっていたんだ……」
「え……? 創真…さん…… が……?」
「ああ…… いったい……、私自身、その銃で何をしようとしていたのか…………。相当… 参っていたのだろうね……。そして……、私はその向かった先で……見たんだ……」
「……っ!」
ソウマの話していることが気になって、ソウマのほうをそっと横目で覗くと、ソウマに強い視線で見据えられていて……、私はまたあわてて、うつむいた。
「菫……、キミの分身の姿を……ね」
私の、…………分身?
「私が駈け付けた先には、ある女の子が立っていた。……そしてその場には、奥に横転した車、それともう一人、男もいた。その男はその横転した車に乗っていたのか足を折っていたようで、道の上で這い蹲っていた。そしてその女の子は私のすぐ目の前で、這い蹲っていた男の頭に……銃を押し付けていた。……そして二言三言言葉を交わすとその押し付けていた銃を……その子は――」
「イヤぁ!」
突然、そんな声を上げたキャミを振り返って見ると、耳を両手でふさいで、小さくなっていた。
「……ごめん、キャミ。すこし怖い話をしてしまったね……」
ソウマがそんなキャミの頭をなでた……。
「……… その女の子には私が見えていないようだった……。後で思うと、もし気づかれていたなら……私の命はもうなかったのかもしれない。……その子は、そのあとすぐに必死な……けれどどこか青ざめていた表情で、石垣の向こう側の崖を見下ろして、突然その下へ飛び降りた……」
石垣……? 崖……? ……まさか、あの日の? じゃあ、その子って、やっぱり……。
ソウマはキャミの頭をなでながら、そして、どこか虚空を見詰めながら、ゆっくりとした口調で話を続けた……。
「私は… その子を追って坂を下っていた。追ってどうしようかなんて考えていなかった。ただ……小さな女の子が人殺しをしていた、ということに、気が動転していただけなのかもしれない……。そうして… さっきその子が飛び降りた崖のちょうど真下辺りに来たときだった。不意にその子が林から飛び出してきて、私とぶつかった。……でも、その子は何事もなかったように、そのまま走って坂を下って行ってしまった。またその子を追おうかと思ったけれど、……なぜ、かな……、その子が飛び出してきた林の闇の奥が、どうしても気になってしまった……。目でその子が走り去った先を見詰めなからも、まるで吸い込まれるように、その暗い林の中に入っていった。……そしてその奥には、血まみれになった女の子が倒れていたんだ……」
「……その倒れていた女の子が?」
キャミがそういいながらソウマを見上げる。
「ああ…… その倒れていた女の子は菫だった……。けれど私は、その倒れていた菫に近づいて、血まみれになった菫を見て、そして、左肩の銃で撃たれた傷を見て……、15年前のあのときを思い出していた……」
あの……とき……?
「……15年前のあの日の…… 紗紅羅が撃たれた…… あのとき……、私は… 紗紅羅のすぐそばにいた。……紗紅羅も左肩だった、紗紅羅も血塗れだった、紗紅羅も私の前で倒れていた。あのとき私は何も出来なかった……、ただ、紗紅羅の体を抱いて泣き叫ぶだけだった……。〝紗紅羅はお兄ちゃんが絶対に守ってやるからな〟なんて言っておきながら……まだ小さくて軽い体が自分の手の中で冷たくなっていくのを……ただ… ただ感じていることしか出来なかった」
「でもっ! それはっ… 創真さんが…まだ子供でっ……」
「……ありがとう、キャミ」
ソウマがキャミに優しく微笑む……。そしてソウマはまた坦々と話を続けた……。
「そう……、そのとき何も出来なかった私は、あのときのような自分ではいたくなくて、二度と紗紅羅のように目の前にいるのに何も出来ずに殺してしまいたくなくて、私は医者になることを決意した……。そして、医者になってから数年がたって、そんな私の前に、まるであのときの紗紅羅のように、菫が、草むらの中… 倒れていた……」
ソウマはそこまで言うと、すこし顔をほころばせて、小さく首を振った。
「そこからは… あまりよく覚えていないんだ。よほど無我夢中だったのだと思う。まず止血をして、脈を取って、まだ生きているのを確認して……、その後は、傷を縫い合わせてひと段落着いたときに始めて我に返った。あとからよく思い返してみると、ずいぶんと無茶をしていたみたいだよ。菫を病院ではなく家に運んだのもそうだし、治療のとき使った道具も、見習いのとき使っていた練習用のものを、沸騰させたお湯で消毒して使っていたみたいだ……。しかも熱いまま使ったのだろうね、手がすこし火傷を負っていた」
「……でも、……何でそのあとも病院へはつれて行かなかったんですか? 病院の道具もこっそりと持ち出していたみたいですし……」
キャミが不思議そうな顔でソウマに言った。
「それは… な……」
ソウマはまた私のことを、強く見た。
「それは…… 倒れている菫の顔をよく見たとき、実はとても驚かされていたんだ。当たり前かな。さっき表で飛び出してきた女の子が倒れていたんだから……。よく見ると、服装も同じだった……、初めは幽霊でも見たのかと思ったよ。でも、後になって崖の上でのことを思い出せば…… おおよそのことは想像できた……。その崖の上にいて、そのあと、林から出てきた女の子は、……間違いなく、さっき花火の会場で私達の前に現れた女の子だろう。そして……、私があのとき聞いた爆発音と銃声。横転した車の前で人を襲っていた女の子。その近くの崖の下で肩に銃弾による傷を負い倒れていた、その女の子とそっくりな顔と服装をしていた菫……」
…………。
ソウマ……ここまで、わかってる……。
……もう、隠せない… かな……。
「………… 椿は……、双子の… 私の… お姉ちゃん……」
「……え? ……どういうことですか?」
キャミはさらに不思議そうな顔をして、私とソウマを見ながら、ソウマにそう聞いていた。
「……菫とその椿って子は、……おそらく、ここ最近の事件の……、それに、今話した政治家が殺害された事件も…… 菫たちがやったこと……なんじゃないかな」
「えっ…… そんな…… だってそれじゃ、菫が…… 人を…………」
キャミが… ゆっくりと… 今まで何度もされてきた… あのおびえた目で私のほうを… 見た……。
私はその目が耐えられなくて……、また、顔を逸らしてうつむき、目をギュっとつむり、手をぐっと握っていた。
もう…… だめ、なのかな……。もう…… キャミと一緒にいた楽しい時間や、ソウマと一緒にいた心地いい時間は、私には… もう――。
「私は…… とても… 悪い子、だったの……。今までいくつもの…… 人… を絆で撃ってきた……」
「絆……?」
ソウマの声。
「うん……、絆は私と椿が持っている銃の名前……。昔、お父さんが生きていたころに、私達にくれたもの……」
「……そ、その、銃って…、……今も、持っているの……?」
あの…… とっても元気で… 私に向かっていつも明るく微笑んでいてくれたキャミの声は……、もうそこにはなかった……。
「ううん……、持ってない……。絆は、始めてソウマに会った日……、私が倒れていた場所に行って…埋めた」
…………。
シンと静まり返り、胸に突き刺さるような沈黙。もう花火は終わったみたい、遠くのほうからも……、もう何も聞こえない……。
ちょっと前までは……、あの花火を見ているときまでは、あんなに…… 楽しかったのに……。
もうその幸せな時間は、ここには無くなってしまった……。
あんなにうれしかったのに、あんなに楽しかったのに……、今はもう…… 辛い……。
辛くてたまらない……。
やっぱり私、悪い子だから…なのかな……。
人を… 何人もの人を… 撃ってきた、悪い子だから… 幸せになんてなれないのかな……。
なっちゃ… いけないのかな……。
「………… 菫。もうひとつ聞いて、いいかな……」
長い静寂のあとソウマがそういった。私はこくんとうなずく……。
「菫……。菫は、その椿ちゃんのところへ…帰りたい?」
椿のところへ……? 椿のところ…… それは… 〝お仕事〟のところ……。
私は目を瞑ったまま、手を握ったまま、力いっぱい首を振った。
「イヤ…… 戻りたくないっ…… もう… 人… 殺したくないっ!」
私は立っていられなくなった……。
そしてそのまま地面にひざを突き、腰を落として座り込む……。
私の細く開けた目からは涙があふれ出てきていた……。
だって本当は、ずっと前からそれが言いたかったから……。
それが… 言えなかったから……。
「………… そう… か……」
ソウマが小さくつぶやいた。そして……
「……もう夏祭りも… 終わったみたいだね。花火の音も、聞こえないし……」
……夏祭り?
私は涙でにじんだ目でソウマを見上げた……。
「キャミ… 菫…」
ソウマはキャミと私を見て――、
「帰ろうか」
え……?
「え……? 創真… さん?」
「……どうした? 二人とも、帰らないのか?」
ソウマはまるで何もなかったように、いつものような優しい微笑みをしていた……。
「え……、だって、今、菫が……」
キャミはソウマへあわてたような顔をしてそういった。
「ああ…… ようやく菫は… 自分からではないけれど、私たちに本当のことを語ってくれた。それだけだよ」
「……でも」
「…………。私にとって菫は、もっとも憎むべき対象なのかもしれない……」
ソウマはすこし息を吐いて、私とキャミにそういった。
「……私は菫を治療したあと、意識が回復するまでずっと、そういう考えが頭を離れなかった。……結論から言えば…、よくわからなかった……かな。憎むべき対象なのかもしれないと思っていた菫は、……私の前で目覚めた菫は、今まで会った人間の中でもっとも純粋な心を持っていた……。私は何が正しいのかなんて、わからなくなってしまったよ」
ソウマ……。
「……そして、今、菫は言った。〝もう人は殺したくない〟とね。私はその言葉に賭けて……いや、信じてみようと思うんだ」
「……信…じる?」
「ああ…… キャミは今まで菫と一緒にいて、菫をどう思っっていた?」
「……私は… 菫を……」
キャミはソウマから目を離して……、私を、見た……。
「…………菫はちょっと無口で、世話が焼けるところがあるけど……、でも………… 笑うと笑顔がとってもかわいくて、同い年だけど私、妹が出来たみたいで……、菫のことが…………、大好きだった……」
キャミ……。
「……私も… 信じてみる……。菫を……」
「それで、菫は…… どうする……?」
ソウマは地面に座り込んで二人を見上げている私を見て、そう… 聞いてきた……。
「……いい…の……。私……まだ……ソウマとキャミと… 一緒にいて……いいの……? 私……悪い子だよ。いっぱいいっぱい……人を… 殺した……。悪い子……だよ……」
「……もちろん、菫のしたことは、許されないこと……だとおもう。だから私の言っていることは、正しいことではない、間違っているのかもしれない。……でも、私は… 信じたいんだよ。その言葉…… 今の菫を……」
それからしばらくの間、私は…、
その場にうずくまって、大きな声を上げて、泣くことしか出来なかった。
ソウマの言葉がうれしかったから?
……たぶん… そうじゃなくて……、
胸が、痛かったからだと思う……。
そのときはただ……、
そのソウマの優しさが……、
そのソウマの信頼が……
ズキンと、痛かった……。
‡
……そのあと、
私たちは、三人でソウマの家に帰った。
そして私は昔の自分のことを話した。6歳のときにお父さんとお母さんが死んだこと、それまでは普通の生活をしていたこと、それからは路地裏で生活していたこと、……そして、初めて絆を使った日のこと……。……そんな私のことを知っておいてほしいと思ったから。
ソウマとキャミは、私の話を最後まで黙って聞いてくれた。
途中、キャミは何度か顔を手で覆ったりして、辛そうな顔を見せていたけど… 最後まで聞いてくれた……。
そしてその夜、キャミはもう遅いからソウマの家に泊まることになった。
ソウマに言われてキャミが家に連絡し終わると「やっぱりパパ、創真さんの所だって言えばすぐにいいよって言ってくれた……。でも……まだ嫁入り前なんだから軽率な行動は取るなよ。まあ… 創真くんなら、そこら辺のことは大丈夫か、だってっ! それじゃあまるで、私がそんな子みたいじゃないっ……」とか言ってた。ソウマは笑っていたけど… そんな子って……?
もう寝る時間になってキャミは私と一緒に寝ることになった。
他の部屋もあったけど、ずっと使ってなかったからほこりが溜まっててとても使えないんだって。
ソウマの部屋もあるよって言ったら「そんなこと出来るわけないじゃないっ!」だって……。
何でだろう……。
明かりを消して、キャミと二人であとりえのベッドに入った。二人で乗ると、いつもより大きくベッドがギィギィいった。
シーツを被って、二人向かい合わせになるように寝た。
そしてしばらくしたとき、ベッドが波打つように振動したと思ったら…… 私の頭は抱きしめられた。
キャミ……?
「……」
ただ何も言わないで、抱きしめられたその腕は、遠慮がちで… すこし震えていた……。……でも、その腕には次第に力がこもっていって、そのキャミの胸は…、痛いくらいに暖かくて…… 私はまた、泣いてしまった……。
だから私はこうつぶやいた……。
「キャミの……胸の…中… 暖かいね……。昨日… ソウマのベッドの中で触れた…… 肌みたいに……」
すると突然、「……えっ」とキャミが言って、私の頭を抱いていた腕が固まった。
私は首を逸らせて、まだ涙の残る目でキャミの顔を見上げた。キャミ…、すごい怖い目で私を見てた……。
「そっ… 創真さんのベッドの中で…… は、はだっ!?」
「……うん… 昨日、ベッドの中でソウマ……、とっても優しかった……」
そういうとキャミはベッドの上でいきなり立ち上がって、「そぉうぅまぁさぁん……!」とすごい低い声で言うと、すたすたとベッドを降りてドアのほうへ歩いていき、部屋を出ると、すごい音を立ててドアが閉まった。
……そして、ソウマの部屋のほうで、すごい大きなドアを開ける音がして、キャミのでっかな声が、何度かソウマの家に響き渡っていた……。
そんな声が聞こえなくなってしばらくすると、あとりえのドアがゆっくりと開いて、目にうっすらと涙を潤ませ、口を膨らませたキャミが入ってきて、「……それでも、一緒のベッドに寝てたことは変わらないじゃないっっ!!!」と言って、怒られた。
……だめだったのかな。
そんなようないつもの日常が、もう、その夜には、戻っていた……。




