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魔の皇女と武の皇女

「遅い、何をぐずぐずしていた」


 練成場に入った途端に、さっそく怒られた

 近衛の騎士を連れたぼくと同年代の少女が形の良い眉をつりあげてぼくを睨んでいる。

 近衛騎士団には二人の将軍が居る。

 一人はヤンボル高原の戦場で面識のある強面のバンテス将軍で、もう一人がぼくを睨んでいるエメルダ皇女だ。

 水鏡で見たセーラ皇女に似た美貌だが、藍色の髪は短く刈り込まれている。

 背筋をしゃんと伸ばし、きびきびとした動きで、少女と言うより少年のような印象をうけるのだが、ぼくには認識できない魔法衣に身を包んでいるので、形の良い胸やら、引き締まったお腹やら、藍色の茂みやらすらりとした足やらで、性別を間違う事は全く無い。


 魔法衣が見えないと言う、ぼくの不埒な特技(?)には、セーラ皇女も不快感を持っているような感じがするが、目の保養以外に役に立つことがあった。

 ソルタニア軍が帰還した後、功績があったとされる一般兵士が謁見室で、皇王の謁見を許されると言う局面があった。

 ついでに、珍しい異世界の亜人たるぼくも同じく拝謁する事になったのだ。

 ソルタニア皇王はメルヴェルと言う家の人で、この姓は皇女の名前に付帯される慣わしなのだが、貴族では無く、平民から文官として頭角を顕した経歴の持ち主で、フランクな性格の人のようだった。

 美幼女ユリア殿下が、その身分の垣根をすっ飛ばして、毎朝使用人の宿舎に出入りするのは、この人の影響だろう。


 その時、謁見を受ける兵士の一人が小さな折りたたみ式の弓のようなものを持っているのが見えた。

 謁見室では近衛騎士以外は武器の持ち込みは許されないとの事で、入る時に身体検査を受けていたので、不振に思って、その事を傍らに居たサライさんに告げた。

 その後、かなりの騒動になり、幻覚の魔法で顔を変えたイズミットの暗殺者が、やはり、幻覚の魔法で見えないように持ち込み、魔法衣にくるんだ飛び道具を所持していたところを取り押さえられたと言う結果となった。

 かなり巧妙な魔法なので、検査を担当した近衛騎士は厳重に叱責されたようだが、暗殺が成功していたら、それどころではない処分となっていた筈なので、どちらかというと感謝された。

 一方で暗殺者を見抜いた事になるぼくはお手柄とされた。

 異世界の亜人と言う、いささか怪しげな存在のぼくが、奥宮の離れに住む事が許されたり、ユリア殿下が気軽に訪問したり、侍女たちが比較的丁寧に扱ってくれたりするのは、これが理由のひとつだ。


 つまり、魔法衣、及び、それを使った隠蔽に限定されるが、ぼくは透視と言う手段を持っている事になる。


 逆に通常の隠蔽については、魔法によるチェックが有効なので、出番は無い。

 魔力の布は、仕掛けられた魔法を無効にする為、このチェックをすり抜けてしまったらしい。

 そのあたりは、今後、警備のノウハウに反映されると聞いている。

 こういう事情もあるので、セーラ皇女もぼくが魔法衣を通して色々と見てしまっている状況を黙認しているようだ。


 さて、その騒動の場に第二皇女エメルダ殿下も居合わせたので、目をつけられてしまったと言う次第だ。

 ぼくの無能ぶりや無害な事は多くの人々が保証してくれている。

 もう、ぼくが泣きそうになるほどの太鼓判を押してくれるのだが、エメルダ皇女は何かを感じ取っているらしい。


 かくして、二日に一度のペースで練成場に呼び出され、手合わせと言う名のいじめというか、鍛錬と言う名のいぢめを受けている状況である。

 暗殺を未然に防いだ礼に、第二皇女自らが武芸の手ほどきをしてくれるというので、一部、羨まれている向きもあるが、エメルダ皇女の狙いは何かを隠しているぼくの正体を探る事にあるようだ。

 いや、事実、色々と隠しているので、さすがに聖皇国の皇女だけのことはある。

 セーラ皇女もそうだが、この国のお姫様は只者では無い人ばかりである。

 いずれユリア皇女も、そうなるのかもしれない。


 エメルダ皇女は皇位継承権を返上して、いずれ、ソルタニア軍のトップになる事を望んでいるとの事だ。

 経緯こそ異なるが、皇位継承から外れる事となった二人の皇女を、それぞれ、魔の皇女、武の皇女と呼ぶこともあるそうだ。


 さて、いつもは近衛の騎士が、ぼくに盾やら鎧やらを着せて木剣を渡してくれるのだが、この日は様子が違った。


「ず~っと、鍛錬してきたが、お前は剣の才能が底なしに皆無のようだ」


 エメルダ皇女はきっぱりと断言した。


「なので、今日は組み打ちの鍛錬とする」


 以前に魔道騎士団の少女と手合わせした時は、手首を取られて、そのまま、放り投げられてしまった。

 今日はどのような目にあうのだろうか。


「まずは、お前に先手を取らせてやる。かかってこい」


 手招きのような仕草でぼくを挑発する。

 ナウザーにおける組み打ちと言うのがどういうものかしらないが、体育の授業で習った柔道のようなものを連想した。

 見えないのでやりにくいのだが、距離をつめて、襟があると思しきあたりに手を伸ばす。

 その伸ばした手をすり抜けるようにエメルダ皇女が動き、足を払われると同時に、首に腕が絡む。

 プロレスで言うヘッドロックのような体勢で、あっと言う間に倒されてしまった。


 顔面にむにゅりとした感触がある。

 エメルダ皇女の胸に顔をおしつけられているような格好になってしまった。

 魔法衣に触るのは初めてだが、人肌とほとんど変わらない感触に思われた。

 次の瞬間、エメルダ皇女が固まったような気がした。


「え?」


 締め付けられた力が緩んだので、抵抗するふりをして、エメルダ皇女の引き締ったお腹に手を伸ばしてみる。

 すべすべして、弾力があって暖かい。

 本当に人肌のようだ。


「え? え? え?」


 なんだか、混乱しているようだ。

 目の前の桜色をした突起にも触れてみると、そこだけ感触が違う。本当に直に触っているような……


「ひぃぃっ」


 悲鳴と共に突き飛ばされた。


「殿下!?」

「どうされましたか」


 周囲の騎士がかけよってくる。

 あっけにとられてエメルダ皇女を見ると、倒れたまま、こちらを見ている。

 その美貌に一瞬泣きそうな、恥ずかしそうな表情が現れて、直ぐに消えた。


「まさか……いや、しかし……」


 不意に、何かを考えついたように目を見開く。

 しかし、次の瞬間に平然とした表情になり身を起こした。


「いや、何でもない」


 と、駆け寄ってきた騎士に手を振って押しとどめる。

 そして、ようやく起き上がったぼくを、じっと見つめている。

 全く感情を読ませない視線に、非常に居心地が悪い思いをしていると、


「今日の鍛錬はこれで終わりにする」


 と、終了を告げた。


「ただし、亜人は私の部屋に来い」



 エメルダ皇女の部屋は奥宮とは別に、近衛騎士団の本部にも設えられている。

 こちらは執務室と言うところだろう。

 護衛の騎士や侍女を人払いして、ぼくと二人きりになると、エメルダ皇女はあっさりと言った。


「お前は魔法衣を無効にする能力があるな」



 ついにばれてしまったようだった。

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