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反撃する狂戦士と水鏡

 じつのところ、ぼくといっしょにナウザーに召喚された《それ》が何と呼ばれる魔物かは分からない。

 ドラゴン周囲の将兵は全て息絶えており、生き残った目撃者は遠方からしか、その戦いを見ていないので詳細は怪しいところがあるが、それでも話を統合すると、漆黒の鎧に身を固め、兜は……何と言うか、形状を聞く限りでは、フルフェイスのバイザーのようでもある。

 鏡で自分の姿を確認するような状況ではなかったから、いずれ機会があれば、そうしよう。

 存在する「位置」を譲ったとは言うものの、主体の意識はぼくのままだ。

 でも、今のぼくは大妙寺晶ではない。

 高温のブレスを放とうとするドラゴンを見ても、全く恐怖がわかない。

 ただし、これをまともにくらうと、さすがに、ただではすまないという認識はある。


 背負っていた剣を手にする。

 後で思い起こすと、何だか冗談みたいに思えるサイズの大剣だ。

 その剣で、炎竜のブレスを――斬った。

 高温の輝きは、その剣先で二手に別れ、ぼくは直撃を免れた。

 無論余熱は凄まじいものがあったが、漆黒の鎧は、その余熱程度ではびくともしない。


 感情を表す事の無い炎竜だが、自分のブレスを凌いでしまった目の前の存在に、愕然としているような感じがした。

 そんな事には構わず、ぼくは歩を進める。

 急ぐでもなく、遅れるでもなく、迷う事無く前進する。

 炎竜は鋭い爪を持つ右の前足を持ち上げ、一気に振り下ろした。

 ぼくは、その前足に大剣を叩きつける。

 絶対不可侵たるドラゴンの鱗は、さすがに、その大剣でも斬る事はおろか、傷つけることすらできない。

 だが、ぼくは、大剣を振りぬいた。

 つまり、振り下ろされた前足を弾き飛ばしてしまったのだ。

 弾き飛ばされえた前足に引きずられる形で、ドラゴンの上体が跳ね上り、その巨体がひっくり返ってしまった。


 後で遠方から目撃した人々の話を聞いたところ、まるで、悪夢を見ているような気分だったらしい。

 ぼくの世界の感覚で例えると、幼児の乗った三輪車と巨大なトレーラーが正面衝突して、トレーラーの方が弾き飛ばされたようなものだったようだ。

 ひっくり返ったドラゴンの巨体に、ぼくは淡々と歩み寄ると、大剣を振り上げ、振り下ろす。

 依然として、ドラゴンを傷つける事はできない。しかし、打撃は通っているようだ。

 ドラゴンの体内の構造がどうなっているかは知らないが、生き物だったら内臓破裂を起こしそうな打撃だろう。

 大剣をもう一度、振り上げ、振り下ろす。

 何かしらいやな音がして、ドラゴンは初めて悲鳴を上げた。

 魔法陣が現れ、ドラゴンを包み、その巨体が消えていく。


 倒すには至らなかったが、ドラゴンをぶん殴って撃退した、と、言うところだろう。

 ドラゴン本体は異界に戻ったようだが、衝撃で剥がれたと思しき鱗がいくつか散らばっている。

 だが、こちらも全くの無傷と言うわけにはいかなかったようだ。

 大剣をかざして見る。

 この身体に昼夜の区別は無いようで、闇の中でも視界は昼と変わらないようだ。

 その視界にある大剣は、ブレスを切り裂き、不可侵たるドラゴンを打ち据えた代償に、大きなひびが入っていた。

 多分、次に同じような事をしたら、砕け散ってしまう事が見て取れる。


 たった一回の戦いで、メインウェポンを失ってしまった訳になるが、今のぼくは動揺したり、後悔したりする事はない。

 ナウザーに来て、時々、周囲の状況にかかわらず、ひとごとのように考えてしまうのは、ひょっとして、この身体に引きずられている一面があるのかもしれない。

 それはともかく、そろそろタイムリミットが近づいてきたようだ。

 召喚された魔物は異界に帰る。

 この身体が、どの異界から召喚されたかはしらないが、しかし、そこへ帰る事はできない。

 ナウザーとの親和性が高いと言う訳ではなく、寧ろ、相性は極めて悪い。

 しかし、大妙寺晶を媒介として、この世界に繋ぎ止めている存在がある以上、帰る事は無い。

 元々、帰りたいと言う感情も無い。

 ドラゴンの犠牲者の持ち物からいくつかを拝借して、とりあえず、星明りの届かない森の奥へ歩いて行く。

 追跡する者がいない事を確認して「位置」を譲る。



 しばらく歩くと小さな泉を見つけた。

 今のぼくは「漆黒の戦士」でも「大妙寺晶」でも無い。

 だから、魔法が使える。

 「灯りよ」

 小さな光が空中に浮かぶ。

 元々、魔法を直接使うより、魔石にする方が得意なので、魔力の膨大さに比べて直接使役できる魔法については、あまり強力なものは使えないが、今の作業にそれほどの明るさは必要ない。手元が見えるくらいあれば、それで済む。

 泉を覗き込むと、数刻ぶりに自分の顔を見ることになる。

 青色の髪は、ソルタニア聖皇家固有のものだ。

 戦場に立つに当たって、侍女の制止を振り切り、腰まであったそれは肩までの長さまでばっさりと切ってしまった。

 自分で切ってしまった後は、ろくに整えることも無く、そのまま戦場に赴く事になったが、泉に写る顔は、それでも、絶世の美女……と言うか、美少女と言って良いだろう。

 セーラ・メルヴェル・ド・ソルタニア、つまり、行方不明となっている第一皇女の顔が、そこにあった。

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