追撃する竜
アンデルセン童話の『裸の王様』には、馬鹿には見えない布と言うものが出てくる。
無論、これは詐欺師が布職人を装ってありもしない布を偽った話ではあるのだが、ここ異世界ナウザーには魔力的無能には見えない布が存在した。
ぼくが、最初、魔道騎士団の女性達を見たとき、何でみんな裸なんだと、その格好を疑問に思ったり、檻の中で気づいた時に、サライさんを始めとする三人の胸の大きさにストレートに目が行ったりしたわけだが、それらの疑問が全てこの瞬間に氷解した。
「アキラ殿には、どのように見えますか?」
にっこりと微笑みながらサライさんが尋ねてくる。
非常に豊かな胸と先端の桜色。
くびれた腰。
頭髪と同じ銀色の淡い茂み。
すらりと伸びた健康的で形の良い足。
しみ一つ無い、白い肌。
「……」
言えない。流石に正直に言えない。
「……白に見えます」
バンテス将軍と同じように応える。
「この刺繍はどうでしょう?」
無地じゃなくて刺繍まであるのか?
このぶんだと、ぼくには見えないけど、デザインとか模様とか、各々違うのかもしれない。
「あ、いや、その……わかりません」
覚悟を決めて正直に白状する。
「まぁ、そうでしょうね。私には花のような紋様に見えますが、実際には、魔力増幅の為の古代文字なのでしょう?」
イグニート卿が口を挟んでくる。
ナイスフォローだ。
模様も魔力によって異なって見えると言う事がわかってほっとした。
そして、この時に、魔道騎士団の衣服とか装飾品に関しては、一切、口にするまいと心に決めた。
ひょっとして……あり得ない話だが、ぼくのためにお洒落をしてくれる娘が現れる……かもしれないが……いや、それはないなぁ。
はぁ、と、ため息をつく。
そんなぼくを怪訝そうに見て、その後、サライさんはバンテス将軍に向き直って何かを言いかけた。
その時。
「敵襲!」
「イズミットの夜襲だ!」
と言う叫びが聞こえた。
「何事か!」
バンテス将軍が、なかば怒鳴りながらテントの外に出る。
それに続いて、イグニート卿とサライさんと、つられてぼくも外に出た。
「報告します」
伝令と思しき騎士がバンテス将軍に駆け寄ってくる。
「聖盾騎士団壊滅。イズミットの召喚せし魔物が追撃してきます。おそらく、ドラゴン級かと」
「なんだと」
バンテス将軍の顔色が変わる。
ドラゴンと聞いた時は、へぇ、さすがに異世界、ファンタジーしてるなぁ、などとのんきに考えたが、実のところ、ナウザーにおけるドラゴンは天災と同義語だと、これも後で知らされた。
だから、召喚するのも並大抵ではないが、制御するどころのシロモノでは無い。
イズミットの召喚魔法は召喚対象をランダムに選んでいるらしいのだが、今までは中級クラスの魔物が精々といったところらしい。
上級クラスの魔物は召喚するだけでも、かなりの魔力を消費するし、適当に暴れて帰ってもらうにしても、自分達も巻き込まれる可能性があるからだ。
ぼくたちの世界で言えば、核兵器を使用するようなものだろう。
これも、後で聞いた話だが、この時にイズミット軍の前衛も巻き込まれて壊滅したらしい。
それだけの犠牲を払ってでも、この高原にいるソルタニア軍を、今の時点で全滅させる必要があったと言う事になるが、そこまでの理由は皆目不明だ。
森の木々の向こう、それほど離れていない場所から凄まじい火柱と悲鳴が上がる。
ソルタニアの将兵が生きながら焼かれている。
そう認識した時、
(守らなければ)
と言う声が聞こえた。
外からの、耳に聞こえる声では無い。
遠いところからのような、そしてすぐ隣にいるような、そして、心の奥底からの、明確な意思。
その声に突き動かされるように、ぼくは走り出した。
「アキラ殿」
誰かが呼んだようだが、ぼくの意識には届かない。
ぼくに聞こえるのは、さっきの声だけだ。
冷静に考えれば、ぼくが行ったところで何ができただろう。
魔力なんてものは皆無だし、腕力だって無い。
ぼくの世界ではありふれた高校生で、特殊技能があるわけでも無い。
異世界にきたからと言って、何か特別な能力を授かったわけでもない。
召喚された無能者、それがぼくだ。
結果から言うと、この認識は正しかった。ぼく自身は全くの無能だった。
大妙寺晶と言う人間自体には、災害級のドラゴンに抗する力は全く無い。
しかし、ぼくが召喚された時、魔法陣はもうひとつあったのだ。
生きている災害ドラゴンの前に出た。ドラゴンの中でも下位に属する、それでも、人間には対抗不可能な炎竜と呼称されるドラゴンだ。
ドラゴンは目の前にいる小さいな生き物を見て何を考えただろう。
いや、特に何も考えない筈だ。絶対不可侵の存在が、目の前の小癪な生き物を叩き潰すだけの話だ。
ドラゴンはその禍々しい口を開き、高温のブレスを放つ、その瞬間、ぼくは、いっしょにナウザーに召喚された《それ》に「位置」を譲った。