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離脱する冒険者と別離する格闘術師

ずいぶんと間が開いてしまいました。

リハビリ(?)な感じなので、表現や描写のまずいところはご容赦を。

 改良され、成人男子サイズとなったゴブリン達が、剣や槍を手に「ぎっ」「ぎぃっ」と叫びながらアゾナの冒険者達に一斉に襲いかかってきた。

 最前列に居た二体の魔道人形が、手にした大剣を振り回し、その改造ゴブリン達を薙ぎ払った。

 改造ゴブリン達は呆気なく寸断され、血と臓物をまき散らす……かと思われたのだが、予想外の光景が展開されていた。

 魔道人形の斬撃を受け、吹き飛ばされた改造ゴブリン達は、傷一つ負わずに平然として起き上がってくるのだ。

 それは、リタの放つ魔力の矢に対しても同様で、銀色に輝く射線を悉く弾き返している。


「ちっ。あいつらの装備、あれは、やはり魔法衣だぞ」


 リタが舌打ちして、こちらに向かって発した警告に、アゾナの冒険者達の表情が厳しいものになる。

 魔法衣。

 聖虫が出す魔力の糸によって織られ、刃物や魔法を無効化する、この世界ナウザーにおける最強の鎧だ。

 かなり高価なものでもあり、これを制式装備としているのは、ソルタニアの魔道騎士団かアゾナくらいのものだろう。

 魔力皆無なぼくには、見ることも触ることもできないシロモノなので、今ひとつわかりにくいのだが、改造ゴブリン達は、魔力の布で作られた上下のタイツに手袋、目出し帽のような覆面までをかぶって、全身をくまなく覆っているらしかった。

 目の部分も剥き出しではなく、薄い布地となっているようで、リタがピンポイントで狙っても効果は無いようだ。


「ほっほっほ。低級レベルの魔物を、装備によって強化する事で総合力を高めると言うのが、我々――《妖兵》における根本構想ですが、いかがでしょうかな」


 人間とも蜘蛛ともつかぬ異形に変じた、行商人だったものが高笑いした。

 つまり、イズミットの召喚魔法戦術が再び変化したと言う事だろうか。

 異界から召喚された魔物は、普通の人間とは比べものにならないほどに強靱な生命力を持っている。

 その魔物に最強の防具を装備されては、本来は雑魚レベルなゴブリンでも厄介きわまりない存在となる。

 あるいは、加工しやすい素材と後付け装備の組み合わせで生産性と総合力を高めたアゾナの新型魔道人形にヒントを得たのかもしれない。

 しかし、こうなると、ゴブリンだからこそ厄介と言うべきだ。

 人型の魔物なので、人間の扱う武器がそのまま使えるのだ。

 魔道人形に剣や槍が通用しないと見るや、戦槌や棍と言った打撃系の武器に持ち替えてくる。


「ありゃー、まずいわね」


 人形師のジーンが苦々しい声を出す。


「あの装甲に施している術って、強力な一撃には反撃カウンターを発動するんだけど、一定以下の打突や打撃には反応できないのよね」


 術を施す為に必要な魔力容量との兼ね合いもあると言う事もあるが、ゴブリン程度の攻撃力であれば、本来なら装甲自体の剛性で充分だった筈なのだそうだ。

 しかし、よってたかってタコ殴りされた魔道人形の一体が、ついに膝をついた。

 その装甲は執拗なまでの打撃や打突によって、塵も積もればと言うべきか、点滴岩を穿つと言うべきか、明らかに歪んでいた。

 魔道人形は前提として、五体が整った状態でないと発動しない特殊な魔道具だ。

 要するに、その形状を維持できなくなれば、無効化されてしまうと言う事になる。

 頼もしい壁役とも言うべき魔道人形が失われれば、この戦いはかなり厳しい局面になる。


「ちっ」


 もう一枚の前衛であるハンナが舌打ちと共に前に進み出る。

 「ぎぃっ」と雄叫びを上げて襲いかかる改造ゴブリン達の攻撃をかわしつつ、魔力を纏わせた拳や蹴りを繰り出した。

 魔力によって強化された格闘術師の一撃は、さすがに効果があったようだ。

 それらの打撃を受けた改造ゴブリンは、地に倒れ、あるいは蹲り、行動不能になる。

 だが、それも一時的なものでしかない。

 ものの数分もたたないうちに、倒れていたものは立ち上がり、蹲っていたものは起き上がった。

 魔法衣は、剣や矢を通さぬ上に、魔法による攻撃を無効化し、衝撃を弱め、おまけに装着者に対し簡易な治癒魔法が発動する。

 女性魔道士で構成されたソルタニアの魔道騎士団や、アゾナの舞姫達が装備する分には、ぼくにとって目の保養以外の何物でもない装備といえたが、こうして敵の魔物が装備してその性能を見せつけられると、確かに魔法衣とは、ナウザーにおける最強の鎧だと言う実感がある。


「厄介ねぇ。じゃあ、まずは指揮官を先に片付けましょうか」


 サーシャさんが無詠唱で炎の矢を放った。


「ほっほっほ。無駄無駄」


 蜘蛛を思わせる異形の姿をした行商人だった男……面倒なので、安直に蜘蛛男と呼ぶ事にするが、その蜘蛛男が毛むくじゃらの脚の一対をかざすようにした。

 ぼくの目には何も見えなかったので、実に間の抜けた光景ではあったのだが、その一対の脚から放たれた不可視の何かは、サーシャさんが続けざまに撃ち出した炎の矢を、ことごとく弾き返したのだ。

 サーシャさんのいつもはホワホワとした眼が、驚愕に見開かれる。

 と言うか、サーシャさんがこのような表情をするのを初めて見た。


「まさか……魔力の糸?」


 このナウザーにおいて、最強の防具たる魔法衣。

 その原料となる魔力の糸を、この蜘蛛男は放つ事ができるようだった。

 本来は国家レベルの予算でしか調達できない極めて高価な魔法衣を、配下の魔物に装備させられるのは、そういうわけだったのだ。


(えーと。つまり、物理系の攻撃は通用しないし、魔法系の攻撃も防がれちゃうって事か)


 面倒な相手だな-、などと、ぼくは他人事のように呟きながら、少し考え込んだ。

 アゾナの冒険者達が有効な攻撃手段を持ち得ない、この危機的な状況を打開する為には、ぼくが出ていくしかないだろう。

 正確には、ぼくが他の二者と『交代』するしか無いと言う事になるのだが――いささか問題がある。

 言うまでも無く、他者の面前でそれを行うわけにはいかないと言う点だ。

 それをやってしまえば、ぼくの正体がバレてしまう。

 これからイズミットの勢力圏に潜入する事を考慮すると、無害にして存在感の薄い異界の亜人たる大妙寺晶としての存在は必要不可欠、と言うのがセーラ皇女の考えだ。

 つまり、どこかに隠れて『交代』すべきなのだが、生憎と、ここはアゾナの冒険者集団パーティーが休息に相応しいとした、見晴らしが良く、身を隠すところが無い場所なのだ。

 むろん、いよいよとなれば、そんな事は言ってられないわけだが、ぼくよりも『交代』に関する優先権が高いセーラ皇女は逡巡しているようだ。

 ちなみに、『交代』するとなれば、冒険者集団パーティーを巻き込む危険性を考慮して、ダークではなくてセーラ皇女の方だろう。

 それも、戦闘力に優れた《守護姫しゅごき》バージョンの方だ。

 まぁ、蜘蛛男に、「ぎっ」「ぎぃっ」と雄叫びを上げる戦闘要員ゴブリンの組み合わせには、《仮面……》と呼ばれるあちらが相応しい気もする。

 ともあれ、残り一体となった魔道人形が斃されるまでに、対応を決めなければならないだろう。

 そう考えていると、冒険者集団パーティーの陣形の中心で、横たわっていた赤毛の少女エレナが、薬師マリカの手を借りて上半身を起こすのが見えた。

 そして、サーシャさんがメンバーに対して招集をかけていた。


「みんな、集まって。緊急離脱するわよ」


 ソルタニア魔道騎士団において、セーラ皇女が団長の頃からその補佐を務めていたエレナ。

 攻性魔道士としては二流以下にとどまる彼女がその役職にいたのは、セーラ皇女への強い忠誠心も評価されたわけだが、じつはもう一つの大きな理由があった。

 彼女は転移魔法の使い手、それも魔道具、結界や詠唱抜きに発動できる希有な才能があったのだ。

 いわゆるクールタイムが一ヶ月と長く、連発はできないが、本人の体調に左右されず、極めて短時間に発動可能で、数十名以上の人員を連れてかなりの距離を転移できる。

 戦場に限らず、緊急避難と言う局面では、非常に有効かつ貴重な資質だろう。

 リーダーの呼びかけに冒険者集団パーティーのメンバーがエレナを中心として出現した魔法陣へと集まる。

 かなり後方に待機していたぼくは、全力で走っても発動までに間に合わないかもしれない。

 だが、そんなぼくの方を見て、サーシャさんがうなずくようにアイコンタクトを送ってきた。

 つまり、この転移はイズミットの遊撃中隊からの撤退と言うだけでなく、ぼくの『交代』する瞬間の目撃、および、ダークによる巻き添えを回避する為でもあるのだ。

 黒い神呪騎甲兵バムロードならば、魔法衣で防御しようが、中隊規模の改造版ゴブリンや蜘蛛男などは瞬殺である。

 その後、セーラ皇女に『交代』すれば、エレナの転移魔法の痕跡を追ったり、サーシャさんと交信する事もできる。

 そもそも、転移先については、三日前に宿泊した村にポイントを設置した筈だから、合流するのは難しい話でも無い。

 ちなみに、この転移先のポイントは、次に別のポイントを設置するまで有効なのだそうだ。

 ともあれ、ぼくは大いに納得して、サーシャさんにアイコンタクトを返そうとした、その時である。


「莫迦者。何をボヤっとしている」


 と叱責する声と共に、ぼくは力強い腕に抱えられていた。


「え?」


 格闘術師ハンナだった。

 前衛の位置から、常人離れした脚力でぼくのところまで疾走して来たのだ。

 ハンナはぼくをお姫様だっこで抱えると、発動寸前の魔法陣まで、猛ダッシュした。


「え? ええ?」


 想定外の状況に、ぼくは呆気にとられ、サーシャさんもポカンとしていた。

 だが、普通に考えれば、ハンナの行動は妥当だったといえる。

 パーティーの中で最も無力なメンバーが、緊急離脱から取り残されそうになっていたのだから。

 そして、魔法陣の周辺ギリギリにハンナが到達した瞬間、転移魔法が発動したのだった。




 的確な例えといえるかどうかわからないが。

 目的地に対して、角度にして一度程度、方向を間違えて出発したとする。

 通常であれば、この程度のズレは誤差の範囲だろう。

 都度ごとに修正すれば、済む話なのだから。

 だが、瞬間的に移動するともなれば、そうした修正が不可能である事、そして、その誤差の影響が、移動距離に比例して大きくなる事もご理解いただける事と思う。

 転移魔法の原理はよくわからないが、魔法陣の中心と周辺では転移先が大幅に異なる事実については、そのようなものとして考えればいいかもしれない。

 要するに、ぼくとハンナはサーシャさん達と全く異なる森林の中に転移してしまったのだ。

 三日前に宿泊した村の近くに、猟師も入らない深い樹海があった事を思い出す。


(たぶん、ここって、その樹海の中だよなぁ)


 などと、座り込んで他人事のように考えていると、傍らで横になっていたハンナの呼吸が落ち着いてきた。

 さすがの格闘術師も、あれだけの猛ダッシュは体力を使ったようで、転移直後、ハンナはぼくを放り出すようにして、そのまま倒れてしまったのだ。

 まぁ、当人は息を荒げながらも「しばらく休めば大丈夫だ」と、意外に張りのある声で言っていたので、心配はしていない。

 食事を済ませて一息入れたばかりだった事もある。

 荷物持ちなぼくは、肩から提げた道具袋の中をあらため、水筒があることを確認してまずはほっとした。

 それ以外にも、ある道具が無事なままだったのは、さいわいだった。

 ぼくには必要の無いものだが、ハンナには必要だし、あるいは、セーラ皇女にも必要かもしれないと、念のために予備を肌身離さず持ち歩いていたものだ。

 ともあれ、道具袋を脇に置くと、サーシャさんと連絡をとるべく、左手首にある、例のブレスレット型音声通信の魔道具を発動しようとした。

 すると、急に起き上がったハンナが、それをぼくの手首からむしり取った。

 つか、この脳筋娘は力加減を間違えて、握り潰してしまったようだった。


「あ?」


 さすがに、やっちゃった、みたいな困惑の響きが、ハンナの形の良い唇から発せられた。


「な、何をするんだ。連絡が取れなくなっちゃったじゃないか」

「大丈夫だ。私の分が無事だ」


 ハンナはそう言ったが全然無事じゃなかった。

 手足を武器とする格闘家の彼女の手首にあったブレスレットは、その打撃に耐えきれなかったようで、明らかに破損していた。


「むう。困ったな」

「困ったな、じゃないだろ。一体、どういうつもりで、仲間との連絡を邪魔したんだよ」

「そう、それだ。サーシャの邪魔が入らないように、だ」


 言っている事がよくわからない。

 ぼくが首をひねっていると、ハンナが無邪気ともいえる口調で続けた。


「うむ、せっかく二人きりになれたのだ。今度こそ、じっくりと調べさせてもらうぞ」


 口調は無邪気だったが、その目つきは肉食獣そのものだった。


「えーと?」


 そのとき、ようやくハンナの視線が、ぼくの股間に向けられている事に気がついた。


「ま、まさか」


 少し年上の美女が二人きりになったなどと言って、ぼくの股間に熱い視線を注いでいる。

 状況だけ見ると、非常に艶っぽい場面ともいえるだろう。

 だが、あの時の苦痛は忘れられるものではない。


(へ、下手をすると、今度こそ、もがれる!?)


 ぼくは股間を押さえたまま立ち上がり、思わず「ひえええ」と情けない悲鳴を上げながら脱兎のごとく逃げ出した。

 いや、逃げ出したと思ったのだが、次の瞬間には、ハンナに押し倒されていた。

 お姫様だっこされた挙げ句に押し倒されるなどと、男としては色々と心の中で折れるものがあったが、それどころではなかった。

 ぼくのズボンを脱がせようと、ハンナが手を伸ばしてくる。

 これまで、どんな局面でも他人事のように感じていたぼくだったが、根源的なモノを喪失する恐怖には、さすがに半分理性を失っていたかもしれない。

 ひ弱な異界の亜人であっても、必死で抵抗する相手には、さすがのハンナも手を焼いたようだ。


「ええい、おとなしくしろ」


 体の向きを入れ替えると、柔道で言う上四方固めのような体制でぼくの腕と胸を押さえつけてきた。

 正確には、上四方固めの変形と言うべきか。

 色々と作業(?)をするためには、両手の自由を確保する必要があるだろうから当然といえばそうだが、腕と上半身で押さえるのでは無く、足と腰で押さえ込んできたのだ。

 そして、ぼくの抵抗は完全に封じられてしまった。

 形の良い、それでいて強靱な両足が、伸ばしきった状態の左右の腕を、手首のところで押さえ込んでいる。

 それだけでも抵抗できないわけだが、ぼくの胸部を腰で押さえつけており、こちらの方が、ぼくの抵抗を封じると言う意味では大きかった。

 格闘術師ハンナは足運びに邪魔にならないよう、下半身は丈の短い……平たく言うとミニスカートな感じになっている。

 そして、このナウザーと言う世界には下着と言うものが存在しない。

 ここまで言えば、ぼくの鼻先に見える光景がどんなものか、おわかり頂ける事と思う。

 正直、魔法衣を認識しない視覚のおかげで色々と見てきたし、セーラ皇女に『交代』した状態では、存分に弄ったりしたわけなのだが。

 大妙寺晶のまま、これほどの至近距離で見るのは初めてだった。


「むう? どうやったら、これは外せるのだ」


 自分がどのようなコトをしでかしているのか、いっこうに自覚の無いハンナは、ぼくのズボンを結わえている腰紐を外そうと躍起になっている。

 脳筋に相応しく、不器用なところがあるようだ。

 セーラ皇女の呆れたようなため息が聞こえたような気がした。


(さすがに、この絵図は不味いわね。しょうが無い)


 そして、右手が勝手に動き、押さえつけていた足から自由を取り戻すと、近くの土塊を掴み、ぼくの両目へと投げつけた。


「うくっ」


 反射的に瞼を閉じたが、少しは入ったようで、目が開けられない。


(な、何を……)

(やかましい。見るんじゃない!)


 ぼくの心の中での抗議に、セーラ皇女の一喝が聞こえた気がした。

 だが、ぼくの耳に実際に聞こえたのは、ハンナの悲鳴だった。


「ひぃいいいいい」


 右手がぼくの意思を離れたままに動き、鼻先に突き出された部分にあれこれとしているようだが、目が見えない上に、右手の感覚も遮断されているので詳細がわからない。

 ただ、ぼくに覆い被さっているハンナの身体が痙攣しているのは理解できたし、顔に暖かい飛沫がかかってくるのは感じた。


「や、やめろ。やめぇ~」


 ひっきりなしにハンナの悲鳴と、そして許しを請う声が聞こえる。

 だが、すでに身体の自由が効かなくなっているらしく、ぼくの右手から逃げられないようだ。

 自由を取り戻した左手で瞼の上の土砂を払い、ひっきりなしに出てくる涙が目に入った分を洗い流して視力を取り戻した時には、すべてが終わっていた。

 ぼくの右手が、ハンナを身体の上から下ろし、姿勢や身繕いを整えたようで、そこがどうなっているかは見えなかったが、たぶん、色々と凄い事になっているのは、日頃のクールビューティーさなど微塵も止めていない、ハンナの顔を見れば想像がついた。

 失神状態にあったハンナが、意識を取り戻すまでには、それからさほど長い時間を要しなかった。

 だが、気がついた彼女は、ぼくをみると「ひっ」と悲鳴をあげた。

 顔を真っ赤にして、前を押さえて後ずさるところを見ると、何かのトラウマを負ったようでもある。

 さしあたり、この格闘術師が、ぼくに対しておかしなちょっかいをかけてこなくなった事は確かだった。


 その後の彼女の言動が、少なくとも、ある方面に関しては幼児とは異なるものになったのは、良かったのか、悪かったのかは、ぼくには判断ができない。


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