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復活する記憶と再生する神殿都市

 元々、魔物退治の専門家集団としての冒険者は、特定の国家に帰属するものではない、と言うのが当初の方針だった。

 ソルタニア首脳にいる『復活派』が介入した為、その方向性が一部歪められたわけである。

 なので、ソルタニアの息のかからない冒険者の出現は、少なくともエメルダ元皇女とサライさんは歓迎していたようだ。

 バンテス将軍は、ふてくされた表情のままだったので、よくわからないけれど。




 そんなわけで、ソルタニアとの会議以降はとんとん拍子に話が進み、アゾナ謹製の冒険者集団パーティーが旅立つ時がやってきた。

 この日、央院の会議室……あのアゾナ攻防戦で初めての会合を開いた部屋に参加メンバーが集められたわけであるが、その中に意外な顔があった。

 武官――アゾナにおいてはあくまでも臨時の役職であったわけだが、その一人であり常にジョシュア神殿長と共にあった、格闘術系導師の脳筋娘ハンナである。

 何回も顔を合わせているハンナ元武官を見るエレナの目つきには、いかにも気に食わないと言うのが露骨に表れている。

 いうなれば、ガンを飛ばしているといったところだが、一方のハンナは一顧だにせずと言うふうで平然としている。

 赤毛の少女としては、それが余計に気に障っているようだ。

 特に「武官」を務めていた女性たちから何かあったと言う事実はないから、これは相性が合わないと言うしかない。


 先行きに若干不安はあるものの、冒険者の人選はジョシュア神殿長を始め、ライルさんやナーダさん、そして、サーシャさんが話し合った末に決まった事でもあるので、エレナとしては個人的な感情は抑えてるといったところだろう。

 実のところ、ハンナは文句のつけようが無い人材ではある。

 サーシャさんもエレナも基本的には魔導士なので、つまりは後衛職だ。

 だが、格闘系のハンナが前衛として加われば、編成としてはバランスが取れると言うものだ。

 短く刈り込んだ栗色の髪、端正な顔立ち、形の良い胸は大き過ぎず小さ過ぎず、引き締まったお腹に、やはり、引き締まったお尻。

 すらりと伸びた長い脚は、確かに逞しいとも言えるが、それ以前に形が良い。

 奥院で見た時は、逞しいと言う印象しかなかったし、第二次アゾナ攻防戦の魔法衣に身を包んだ姿は、その後の騒ぎで記憶が飛んでいるのだが改めて検証すると、非常に均整のとれたプロポーションの持ち主だと断言できる。

 ちなみに、その検証の根拠は、ぼくの記憶を元にダークが描いた精密画である。




 あの紅い神呪騎甲兵ブラッドとの戦いにおける最終局面で、ブラッドの大剣とダークの大剣が触れた刹那に流れ込んできた記憶。

 それは、いくつかの光景と何かしらの魔法式に近いものだったようだ。

 現状では理解し難いものであり、そのままでは忘却の彼方に消えてしまいそうな気がした。

 そこで、先日の夜中に、こっそりとアゾナ城塞都市を抜け出してダークに「交代」し、その記憶を羊皮紙に描かせてみたのである。

 アゾナ第二次攻防戦までは、城塞都市の出入りは難しかったが、復興やらなんやらでドタバタしている今の時期には比較的簡単なものだった。


 ダークの記憶域は、ぼくとセーラ皇女の意識によってかなりの部分が上書きされたような感じなのだが、それ以降に見聞した内容は、驚くべき精度をもって再現が可能だった。

 ぼくとセーラ皇女の知識共有に関しては以前に述べた通りだが、ダークにもそれが及んでいるのかと思って試してみたが、これが大当たりだった。

 ダークは、ぼく自身がとっくに忘れてしまっていた、ネットや雑誌で見ただけの銃器や兵器の図式を鮮やかに描き出した。

 人間の記憶はどんな些末な情報でも消える事は無く、忘れると言う事は単に引き出せなくなってしまうだけだと言うが、本当の事のようだ。

 死の直前に訪れると言う走馬灯のような記憶の奔流は、死と言う最大の危機を目の前にして、それを回避する為に過去の記憶から対抗手段を見つける為の脳の働きだと言う話を聞いたことがあるが、ぼくはそれに匹敵する手段を得た事になる。


 さて。

 そうなると。

 何よりも優先されるべきものがあるのは、言うまでもない。

 ぼくが、この世界ナウザーを訪れてから日々の中で。

 忘れてはならないと思いつつも、だんだんに薄れていってしまう記憶。

 ソルタニアで、魔法衣を通して見た筈の、魔道騎士団各位のあれこれ。

 アゾナ奥院での、素晴らしい光景。

 これこそが、最優先で復旧させるべきものでなくて、なんだと言うのだ。


 そんなわけで、セーラ皇女の意識が放つ猛烈な抗議をよそに。

 アゾナ近くの森の中、シャルーンの青白い光が差し込む開けた場所で。

 漆黒の戦士が、せっせと描いた精密、かつ、詳細極まりない、お宝な画像。

 これが、先に述べた検証の元ネタだ。

 結構な量の羊皮紙を持ち出したのだが、それらを使い果たしても、なお足りなかった。

 残念ではあったが、ダークの顕現できるタイムリミットが来てしまった事もあって、この日はそこまでとした。

 まぁ、また機会を見つけて、このコレクションは完成させるつもりである。

 今度はセーラ皇女の『秘石納めの儀』などを重点的に再現しようと考えているが、この思惑を共有化させないようにするのは、結構大変だったりする。

 そのお宝の入った包みは、ダークの副兵装をいくつか外して、空いたハードポイントに装着した。

 サーシャさんも、うちの従姉なみに鋭いところがあるので、迂闊なところに置くわけにはいかないが、ダークごと亜空間だか別次元だかに仕舞ってしまえば安心である。

 まぁ、せっかくなのでいくつかは手元に置いてあるが、そのうちの一つがハンナの画像だった次第である。

 ブラッド戦での記憶や、銃器や兵器の資料も同様に手元に置いてある。

 ちなみに、ブラッド戦での記憶についてだが、描画はしてみたものの、やっぱり、何が何やらわからないものだらけだった。

 お宝な画像に比べれば、ついでに、と言うレベルの優先度になったのはご理解いただけると思う。





 この新しい冒険者メンバーの顔合わせの席では、城塞都市アゾナの西方にあるスラティナ皇国が差し当たりの目的地と言う事が示された。

 引退して故国ハイラボルに帰郷するジョシュア神殿長の経路にあたり、スラティナ皇国から南下した先にハイラボル王国はあるそうだ。

 ソルタニアを起点として、西方に位置するイズミットの勢力圏へのルートの中で、ソルタニアの冒険者が派遣されていない場所の一つでもある。

 つまり、ジョシュア神殿長の帰路の調査が、課題クエストと言う事になるだろうか。

 学問や知識の神とも言われる智神アクアスを祭るアクアス神殿から派生したスラティナ皇国は、未だイズミットの侵略を免れているように思えるのだが、実際のところは詳細不明なのだそうだ。

 神殿間の連絡網に異常は無いのだが、あちらの担当者がそのあたりの状況に関する情報を提供しない為、明確な判断ができないと言う話だ。


「あそこには他所では失われた魔道技術やらなんやらの知識が腐るほどあるからな。イズミットの召喚魔法に対抗する手段も抱えている可能性がある」


 と、ジョシュア神殿長の傍らにいるライルさんが説明する。

 そのライルさんの一時期に憔悴しきった姿は実に痛々しかった。

 色々と暴露されまくったあの会議の後、OHANASHIの為にナーダさんに耳を引っ張られて連れ去られて行く姿を見て、心の中で思わずドナドナを口ずさんでしまった。


「痛て、痛てて。待ってくれよ、ナーダ。あんな事をしながらジョシュアの純潔も守らなきゃならん俺の気持ちとか立場とか……」

「うるさい! きっちりと絞ってやるから覚悟しな」


 同じ男の端くれとしては、凄く理解できてしまったし、深く同情もしたけど、さすがに怖くて擁護する事もできなかった。

 あるいは、ケインあたりがいてくれたら、と、思わないでもなかったけれど、ぼくではナーダさんに意見するには役者不足だ。


 相当に絞られたのか、あの後、ライルさんは、げっそりとして目の下に隈ができていた。

 ……のではあるが、しかし、妙にさっぱりとした、抱えていた煩悩を昇華させた聖者のような雰囲気でもあった。

 一方のナーダさんは、ひどく上機嫌だったし、何だかお肌もツヤツヤしているような感じがした。

 妖艶な美女ぶりにもいっそうに磨きがかかった印象だ。


「そういや、あたしもご無沙汰だったからねぇ」


 などと言っていた。

 ライルさんがナーダさんにこってりと絞られたのは事実のようだが、何をどう絞られたのかは、よくわからない話である。

 ちなみに、そんな二人の様子を見て、日頃はぽわわんとしているサーシャさんはひどく不機嫌だった。


「あたしなら挟んであげたりとかできたのに……そりゃ前はちょっと問題あるけど、後ろだったら奥院で鍛えたし……」


 と、美しい顔をしかめてぶつぶつ言っていた。

 何にせよ、高校生で未成年のぼくには、到底窺い知る事のできない、よくわからない次元の話なのだろう。

 セーラ皇女の意識が「嘘つき!」と突っ込みを入れたような……いや、多分、気のせいだ、うん。



 話が脱線したが、アゾナが派遣する冒険者の初仕事が、スラティナまでの経路調査である点は合意された。

 可能であれば、スラティナが持っているかもしれないイズミットへの対抗手段も調査内容に含むようである。

 どうも、このスラティナと言う国は、知識の収集には力を入れているが、そうした成果を抱え込むお国柄のようで、イズミットとは別の意味で、謎に包まれたところでもあるようだ。

 じつのところ、ぼくとしても、スラティナ皇国に行く必要があったわけなので、非常に好都合でもあった。

 アゾナからスラティナへの経路について、調査の結果、問題が無ければ、時期的に神殿長の代替わりを済ませた、ジョシュア神殿長――ハイラボルの王族にしてアゾナの舞姫たるジョシュア王女がライルさんを伴って帰国の途に就くことになる。

 武官コンビのもう一人の片割れであるアンナも、アゾナ神殿の導師を離籍して同道するようだ。

 この人は、元々ハイラボルに移り住んだ移民の出身で、つまり、ジョシュア神殿長とは同郷にあたるそうだ。

 ハイラボルに帰郷したらジョシュア王女付きの、本物の武官になると聞いている。

 アゾナで修業する女官補の中で、アゾナの神気に何からしらの反応が見られた人材は《守護姫しゅごき》に到達する可能性があるとして導師や神官として残り、そうでない娘は「舞姫」としての各々の道を進むと、ナーダさんから教わった事がある。

 ただし、アゾナの神気に対する反応は三十未満までらしいので、神殿に残る女性にしても、だいたい二十台半ばまでで《守護姫しゅごき》に到達しなかった場合は、やはり、アゾナ神殿を出るのが一般的なようだ。

 アゾナ神が乙女の守護者と言われているのは、このあたりの要因もあるのだろう。


 イズミットとの戦いからの復興によって、アゾナ城塞都市の施設は新しく建て直されつつある。

 その中身も、この先数か月を経て、新しい神殿長の元、新しい体制に移行する。

 この部屋に集まった冒険者達は、新しく再生するアゾナの先触れであり象徴でもあった。


「その自覚を持って、諸君らが活躍する事を祈念したい」


 と、ジョシュア神殿長がこの会合を結んだ。



 アゾナが送り出す、新しい冒険者。

 そのメンバーは、次の通りである。

 元ソルタニア魔道騎士団第一小隊を率いてきた《ソルタニア最強の魔女》サーシャ。

 同じく元ソルタニア魔道騎士団団長補佐のエレナ。

 アゾナ専属の狩人集団から《銀の矢》の異名を持つリタ。

 魔導人形工房の人形師から、新進気鋭と言われるジーン。

 アゾナ南院、つまり、治療院に勤めていたという薬師マリカ。

 臨時武官を勤めていた格闘術系導師の脳筋娘ハンナ。

 そして、非力な荷物持ちの亜人、アキラ……つまり、ぼくだ。

 アゾナが集めたメンバーだけあって新規参加組は、みんな若い女性である。

 いよいよ、ぼくにもハーレムと言う、フラグだかタグだかが立ってきた……ような気がしないでもない。

 そんな事を考えていると、セーラ皇女の意識が鼻で笑っているような気配があった。

 ソルタニアにおける魔道騎士団での生活と同じく、たまたま、女性だけの集団に紛れ込んだだけと言う自覚はあるのだが、ささやかな男の夢を……と、むっとしたのは事実である。

 今度「交代」したら仕返ししようと、セーラ皇女には内緒で誓った事は言うまでもない。




 新しい冒険者集団パーティーが、ジョシュア神殿長をはじめとして、ライルさんやナーダさん、ユナや大勢の面々に見送られながらスラティナに向けてアゾナを出発したのは、それから一週間後の事だった。

 城塞都市にして、神殿都市でもあるアゾナ。

 色々な経験と、忘れがたい思い出と、貴重な品々を手に入れた場所でもある。

 できれば、もう一度訪れたいものだ(特に奥院に)


 こうして、ぼく、大妙寺晶だいみょうじ・あきらの、異世界ナウザーでの次の冒険が始ろうとしていた。

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