新たなる冒険者
剣と魔法の異世界ナウザー。
この世界に《冒険者》と呼ばれる人々が現れ始めた。
主に魔物退治を行う民間の武装集団だ。
だが、その実態はソルタニア聖皇国の軍部に籍を置く独立遊撃小隊だ。
いや、だった……と、過去形で言うべきだろうか。
アゾナ方面にやってきた冒険者、つまり、ソルタニア軍独立遊撃部隊の第二十四小隊は、第二次アゾナ攻防戦が終わった後、なし崩し的に解散してしまった。
弓遣い《極星》ことケインは、軍神ゾーガの神託を得て、雷戦士としての義務を果たすためにゾーガ神殿へ。
聖剣騎士団重装歩兵《聖剣の双角》の一人、アルスは雷戦士に従う《剣の騎士》の約定のままに、ケインと共にアゾナを去った。
《聖剣の双角》のもう一人、リックは壊滅したソルタニア聖剣騎士団の第八騎士団再編に中核たる事を求められ、あるいは、失意を忘れる為に、ソルタニア本国への帰還を選択した。
《再生の薬師》ナーダは、その失った魔力の蓄積と、神殿都市アゾナの復興、そして神殿長の代替わりの時期に当たっての後見、等々の理由で、アゾナに残留。
そして、その冒険者集団のリーダー、即ち、独立遊撃部隊第二十四小隊の小隊長ともいうべき《ナイフ使いの軍師》ライルは、近日に引退する予定の現アゾナ神殿長ジョシュアと共に、彼女の故郷に……
「そんな事は認められんぞ!」
通信の魔道具による映像越しに、ソルタニア聖皇国親衛騎士団長でもあるバンテス将軍が噛みつきそうな表情で怒鳴っている。
「そう言われてもなぁ」
ライルさんは、無精ひげに覆われたあごを掻きながら悪びれた様子も無い。
ここはアゾナ東院の一角にある、主に神殿間の会議に使われる広い部屋だ。
各神殿の代表者が映る魔道具がいくつか置かれており、ぼくの世界で言えば、テレビ会議室のような施設と言えばいいだろう。
同じような施設が、ナウザー神殿で言えば東の塔にあったらしいのだが、ぼくはついにそこを訪れる機会が無かった。
それなりの国力があれば、必ず備わっている施設だそうだ。
まぁ、魔法、及び、魔道具がこんな感じで権力者階級に普及しているのだから、ナウザーで科学文明が発達しないのも無理はない。
それはさておき。
現在、この部屋には、アゾナ神殿代表が集まり、魔道具によってナウザー神殿代表……正確にはソルタニア軍首脳と遠隔会議をしている。
議題は、第二次アゾナ攻防戦後の今後について、である。
ソルタニアが派遣した《冒険者》も参加を要請されており、つまり、ソルタニア軍独立遊撃部隊第二十四小隊きっての荷物持ちであるところのぼくまでがここにいる次第である。
もっとも、ぼくはソルタニア皇都で脱走したお尋ね者なので、ナウザー神殿側に見えない位置にこっそりと座っているのだが。
「アゾナでの第三次があるかと言えば、たぶん、今しばらくは先の話になるだろう」
と、言うのが、ライルさんの言い分だ。
「だから、アゾナ方面への派遣と言う第二十四小隊の任務については完了って事になるわな」
「イズミットがアゾナに再び攻め寄せないと言う、その根拠を聞こうか」
と、言ったのはバンデス将軍の隣に座る《武の皇女》ことエメルダ元帥だ。
久方ぶりに見るソルタニア第二皇女は……いや臣籍に降りたから元皇女になるのだが……相変わらずにピシリと背筋を伸ばし、藍色の髪を短く刈り込んでいる。
それなりなサイズを主張する乳房が胸を押し上げていなければ、美少女と言うよりは中性的な美少年と言った感じである。
事実、ソルタニア皇都では《武の皇女》に対する女性陣の人気は追随を許さぬものがあり、イケメン騎士団長なイグニート卿すら遥かに及ばないそうだ。
「二つですな。まず、例の新型魔道人形の量産、及び、改良は順調に推移しております。アゾナに潜伏するイズミットの間諜が多少の破壊工作を試みても、この流れを止めることは無理でしょう」
《武の皇女》に対してはライルさんも言葉遣いを改めている。
「うむ。そちらから提供された資料を基に、こちらでも開発を進めている。いや、あれだけの簡易な方式でありながら、実戦には十分に耐えうる強靭な造りには感心した。一緒に資料提供された魔戦銃も素晴らしいが、そちらは使用する魔石がネックだな。姉上クラスの魔石使いでも居なければ量産配備は難しい。むしろ、アーダマイトを使用した魔弾の方が……」
「あー、閣下?」
新しく入手した各種武装について熱く語りだした《武の皇女》を、困ったような表情で止めたのは、魔道騎士団団長のサライさんだ。
こちらも久方ぶりではあるが、知的な美貌と輝く銀髪、そして、何よりもはち切れんばかりの巨乳は相変わらずである。
魔道騎士団の制服を直用しているが、前をきちんと合わせる事が困難なようで、緩めざるを得ない胸元から谷間が垣間見えている。
すましていれば冷たい印象を与えるサライさんだが、この凶悪なサイズの胸とのギャップにメロメロになる男は後を絶たないようだ。
なんでもソルタニアを出国するまでに聞いた話によれば。
彼女の現在の役職上、色々な人と面談する機会があるそうだが、サライさんと相対する人物は、必ずと言っていいほど視線がまず胸に行き、ややあってから、まともに視線を合わせてくると言う話で、やりづらくて仕方がないらしい。持てる者の悩みと言うべきだろう。
「あ。うむ」
エメルダ閣下の頬に朱が差した。
男勝りな少女だが、そういう表情になると途端に可愛らしくなる。
「つ、つまり、あの新型魔道人形を量産配備した城塞都市アゾナを攻略するには、魔物の大量召喚戦術でも難しい。イズミット正規軍である《鋼竜兵団》をもってしても同様で、勝算の少ない戦いをイズミットはこれ以上に仕掛けてこないだろうと言うわけだな」
誤魔化すような感じで藍色の髪の少女が言う言葉を、ライルさんは何も見なかったような表情で首肯した。
アゾナに潜む間諜を放置しているのも、その事実をイズミット側に伝える事で牽制に利用していると言うところだろう。
「先ほど根拠は二つと軍師殿は申されましたが、もう一つは何でしょう」
この問いを発したのはサライさんだった。
ライルさんはあっさりと応える。
「紅い神呪騎甲兵」
その一言で、この部屋にいる人々、及び、魔道具に映るソルタニア軍首脳の表情が硬くなる。
「たぶんに、あれはイズミットでも最大級の切り札だったと思われます。《紅の御使い》と呼ばれていましたので、かなり重要なポジションに居た事は間違いありません。それを失った事は、アゾナ侵攻に失敗したどころでは無い痛手を蒙った事は間違いありませんな。イズミットが、そんな状況で戦を仕掛けるような手合いであれば、苦労は無いんですがね」
《ナイフ使いの軍師》と呼ばれる元傭兵は、銀髪の魔道騎士団団長にも丁寧な言葉づかいをした。
おそらくは《魔の皇女》の名代と位置付けているのだろう。
あるいは、凶悪なサイズの胸に敬意を表しているのかもしれないけれど。
「痛手を蒙っているのはこちらも同じだぞ」
バンデス将軍が厳つい顔に恨めし気な表情を浮かべて言った。
「第八聖剣騎士団は、指揮官クラスが全滅した為、解散せざるを得ぬ状況だ。現在、第七聖剣騎士団に編入しているがな。第二、第五、第九をヤンボルで失ってから再編も済んでおらんと言うのに」
よほど苦労しているのだろう。
本来は重要な軍事機密である筈の事を愚痴交じりに口走っている。
「将軍……」
さすがに看過できずにエメルダ元皇女が窘めているが、バンデス将軍の耳には入らないようだ。
「何より痛いのが、ゾーガ神殿との盟約だ。まさかあれほどに《剣の騎士》の約定を持つ者がいるとは……」
ソルタニア軍の主力である聖剣騎士団は、武神ゾーガの《剣の騎士》と呼ばれる人々を母体としているそうで、今回、ゾーガの正統な戦闘神官が現れた事で、代々受け継がれてきた盟約に従って、聖剣騎士団の少なからぬ人員がゾーガ神殿に移動したらしい。
「こちらの事情はお主も承知だろう。だから、アゾナの問題が片付いたと言うなら、今一度、ソルタニアの為に力を貸しては……」
「生憎とそんな訳にはいかぬよ、将軍殿」
ライルさんに懇願せんばかりのバンデス将軍の言葉をあっさりと却下したのは、アゾナ側のジョシュア神殿長だった。
魔道騎士団団長にも劣らぬ輝く銀髪に、滑らかな褐色の肌を持つ長身の美女は、人目も憚らず、傍らのライルさんを抱きかかえるように腕を回した。
ライルさんは鼻の下を伸ばすのと照れるのと困惑するのを一遍にやってのけていた。器用な人だ。
「ライル殿は私のものだ。それにソルタニア軍首脳がライル殿にした仕打ちを鑑みても、ライル殿にそのような事を頼めたものか」
「あ、いや、しかし……だな、神殿長」
「無理に、と言うのであれば、ソルタニアはアゾナとハイラボルを敵に回す覚悟を決めると言うことになるが?」
ハイラボル王国はナウザー大陸南方にある大国で、ジョシュア神殿長はそこの王族出身と言うことらしい。
ライルさんが冒険者としてソルタニアを出るまでに、何があったかは知らないけれど、イズミットの召喚魔導士に憑依されたカークス卿の振舞を見ても、ライルさんの能力に相応しい待遇だったとは思えない。
たぶんに、ジョシュア神殿長と共にあるほうがライルさんには幸せなのかもしれない。
「何より、私の外での儀式に、もはやライル殿は欠かせぬ人材だ」
(え? そっちなの)
ぼくは思わず、心の中で突っ込んだ。
ジョシュア神殿長の言う外での儀式とは、アゾナの神官……《アゾナの舞姫》にとって、重要な神事であるところの『秘石納めの儀式』に違いない。
アゾナ神殿奥院の外では、膨大な容量の液体となる『アゾナの神気』を胎内に取り込む儀式なのだが、その納め方がちょっと問題である。
この『アゾナの神気』と言うものが実のところ何なのかはアゾナ神殿の最重要機密なのでよくわからない。
また、「納める」と言う表現でもわかるように、経口で摂取するものでも無いようだ。
どうも、皮膚または直腸から吸収する必要があるものらしいので、おそらく、経口摂取した場合、肝臓や胃腸に悪影響がある物質のようだ……とは、以前に闇の魔王子――正確にはその残留思念から聞いた話である。
まぁ、長期間に浴びると男性機能に悪影響を与えるシロモノとも聞いているので、迂闊に近寄りたくないものだ。
ただ、舞姫と呼ばれるアゾナの神官は、これを定期的に摂取する事を義務としている。
二百年前、アゾナ神殿の結界が完全だった頃は、その中で空気中に散布した神気を浴びるだけで十分だったようなのだが、闇の魔王子がこの結界を壊してしまった事で、結界内で必要な濃度を保てなくなったようだ。
城塞都市アゾナの結界はナウザー大陸各地に存在する分殿とも言うべきアゾナ関連施設の結界とも連動しているので、その影響はかなり大きかったらしい。
そんな事情で『アゾナの神気』を取り込む方法は大きく変化した。
即ち、一定以上に濃度を高めた……本殿結界の中では結晶化した状態で、本殿結界の外の施設では液体となった状態のものを、それぞれの状況に応じて摂取するのだ。
直腸から。
身も蓋もない表現をするならば、ジョシュア神殿長の言うところの「外の儀式」とは、ギガ盛りな液体の直腸注入……もっと言えば浣腸と言う事になる。
そこまでして、何故に『アゾナの神気』を摂取しなければならないか。
それは……
「久方ぶりにアゾナ神殿に《守護姫》と呼ぶべき人材が現れたのだ。同時期にゾーガの戦闘神官が顕現した事も偶然ではあるまい。イズミットの大侵攻に始まった膨大に召喚される魔物、そして、あの紅い神呪騎甲兵。一連の事象は、この世界に只ならぬ事態が迫っている兆候に違いあるまい。守護を司るアゾナ神に仕える者の端くれとして、いっそうの精進の必要性を痛感している」
ジョシュア神殿長は、そう言いながら、ライルさんを抱く腕にいっそうに力を込めたようだった。
線が細いライルさんは、あっさりと褐色の美女の豊かな胸に顔を埋めることになった。
臨戦時にはいぶし銀の迫力のある《ナイフ使いの軍師》も平時には非力なおっさんであり、舞姫としての鍛錬を積んだジョシュア神殿長には力負けしてしまうようだ。
「あ、いいなぁ」
と、色気過剰な金髪娘であり、ソルタニア魔道騎士団最強の魔女であるところのサーシャさんが、思わず、といった様子で呟くのが聞こえる。
「だが、情けない話であるが、私は外での儀式が苦手だ。いや、苦手だった。だが、ライル殿がサポートしてくれれば話が違う。神気を送り込む量、速度の按配が自分でやるよりも適切だ」
「むが……む」
ライルさんは、そんな事をあっさりと開陳し始めた褐色の美女を黙らせようとしているようだが、口元を柔らかな胸に塞がれ、身動きも取れない体勢になってしまっているので、どうしようもないみたいだ。
「それでも、私が負けそうになり、漏らしそうになると、すかさずに平手打ちで気合を入れてくれる。おかげで神殿長としての務めを果たすことができている」
どこを平手打ちしているのかは、その状況から類推可能だが、なんとまた、けしからんと言うか、羨ましいと言うか。
儀式の事情を知らないソルタニアの面々は、渋面のままのバンデス将軍を除いて「さすがは」と、感心しているようである。
こちらの部屋のメンバーでは、事情を知らない赤毛の少女エレナや《守護の人形遣い》ことユアも同様である。
武官であるアンナとハンナの二人組は、まったくの無表情だ。
「いや、そもそも、苦手意識を持つという時点で、この身が修業不足なのだろう。だが、ライル殿はそんな私への精神面でのサポートもしてくれる。儀式を始めなければならない、ギリギリの時間まで戒めてくれるのだ」
どうも、「お前はこれを欲しがっているんだろう」とか「入れて欲しいなら、そう正直に言え、この雌犬が」等と、ジョシュア神殿長の苦手意識を矯正するべく罵声に近い言葉で教育指導してくれているとのことである。
まぁ、いわゆる言葉責めってやつですかね。
儀式の内容を知っている先代神殿長や、中途自主卒業舞姫は、何とも言えない表情でライルさんを見ているし、こんな会議の席で、そんなことまで暴露されたライルさんは、ジョシュア神殿長の豊かな胸に埋もれた顔を赤くしたり青くしたりしている。
「まぁ、ジョシュアも王族の箱入り娘のままで、直接にアゾナ神殿に来たわけだしねぇ」
姉御肌なナーダさんは溜息混じりに言った。
だが、次の瞬間に、その妖艶な目元にきつい光を湛えて、ライルさんを睨み据えて言葉を続けた。
「ただ、ライルの旦那には、後で色々と、きっちりと話をしたいもんだねぇ」
どうも、ライルさんには厳しい時間が待っているようだ。
ちなみに、一方のサーシャさんは
「いいなぁ、そこまでしてもらえるんだ。ジョシュアちゃん、ずるい~」
などと言っている。
どうも、おかしな方向に脱線してしまったが、『アゾナの神気』を摂取する理由。それは究極的には《守護姫》と呼ばれる境地に至るのが、目的の一つのようだ。
アゾナ神は処女神であるとの伝承から「乙女の守護者」と一般的には言われているが、守護の対象はもっと広い。
現在のナウザーにおいて、アゾナ神の象徴は鏡であるとされているが、その原型は盾であり、それも、あらゆる攻撃を逆転反射する究極のリフレクトミラーのような盾であると古い文献にあったと、アゾナの書物を読破したナーダさんが教えてくれたことがある。
つまり、雷神とも武神とも言われるゾーガ神が剣の神であるように、楽神とも処女神とも言われるアゾナ神は正確には守護を司る盾の神なのだ。
舞姫も、元々は魔衣姫が語源であり、ナウザー世界における究極の鎧たる魔法衣を顕現せしめると言う意味があるようだ。
そういえば、奥院の修業の中でヨガのような鍛錬があったが、あれが時代が下ると共に舞踏と同一視され、今日のナウザーにおける舞姫と言う存在になったとも考えられる。
……と、闇の魔王子の話を基に、ぼくと融合した状態であるセーラ皇女は結論づけていた。
ぼく個人としては、へぇ、と言う以外にはなかったわけではあるが。
ちなみに、セーラ皇女の知識によれば、ソルタニアの防衛や守護を専門とする八つの聖盾騎士団は、各団長や団員はほぼ男性だが、それらを束ねる聖盾将軍は、元々アゾナの舞姫であった女性である。
つまり、ソルタニアがアゾナを敵に回すと言う事は、この聖盾騎士団も影響があると言う事になる。
確か、ヤンボルでの戦いでは、殿を務めていた第三聖盾騎士団が壊滅した筈なので、こちらも再編中だったはずだが、それどころでは無くなる事は明らかである。
創生神ナウザー神殿を擁するソルタニアは「八つの盾に守られ、敵に対しては十三の剣を振るう」と謳われているが、実態は他の神殿に首根っこを押さえられていた、と言うわけだ。
まったくの影響を受けないのは、近衛騎士団だけであろう。
バンデス将軍としても黙らざるを得なかったようだ。
「雷戦士と共に紅い神呪騎甲兵を打ち取った《守護姫》の話は聞いている。見事にアゾナ神の力を顕現したそうだな。どのように顕現したか、一度お目にかかりたいものだ」
エメルダ元帥が興味深そうに言う。
ゾーガ神の戦闘神官は雷戦士の剣、別名《厳之霊の剣》を抜き、振るう事でその顕現を示すが、アゾナ神の顕現は千差万別のようだ。
「生憎と奥院での神事を務めねばならんので、現在、この席には不在だ。ご容赦願いたい」
ライルさんを抱えたままでジョシュア神殿長が応える。
アゾナ神殿の長で王族の出自と言う事もあり、こちらは《武の皇女》と対等な言葉づかいである。
先ほどから話題になっている《守護姫》とは、闇の魔王子の子孫であるフィーナと言う少女の事である。
いずれは、公式にお披露目をするのだろうが、しかし、その顕現の仕方には色々と問題があるので、一般公開するにはアゾナ神殿首脳も頭を抱えるところだろう。
「今一人、どうも《守護姫》ではないかと思われる人物がいるんですがねぇ」
ここで口をはさんだのが、先代神殿長にして《再生の薬師》との異名を持っていたナーダさんだ。
現在は蓄積した魔力を失っており、薬師としてのスキルはともかく『再生の……』ではなくなっているわけだが。
「あの全身を覆っていたのは『アゾナの神気』に間違いは無いはずなんですが……」
「ほう、もう一人か。どのような人物なのだ?」
エメルダ元帥が身を乗り出して尋ねるが、ナーダさんは首を横に振った。
「あたしらは《仮面の……》って呼んでます。大層な魔力の持ち主である事は間違いありませんが、その呼び名通りに仮面をつけていたので素顔がわからないんですよ。――剃っていたから、奥院に居た事は間違い無い筈なんですが」
さすがに《仮面の痴女》とは言えないようで、言葉を濁すナーダさんだった。
言葉の後ろ半分も小声である。
つまり、アゾナの神気を纏う代わりに、それ以外は一糸も纏えぬ状態となったセーラ皇女の事だ。
正確には装飾品を身に着ける事は可能なので、仮面を装着しているのだが、それが《仮面の痴女》の正体である。
さすがにセーラ皇女が懇願しているように思えるので、サーシャさんにも話してはいない。
もっとも、魔女の笑みを浮かべてこちらをチラ見したので、薄々は察しているようではある。
まぁ、ダークに「交代」した時点でバレバレなのは間違い無いわけだが。
「正体のわからぬ、もう一人の《守護姫》については、別途に調査するとして」
ようやく、ライルさんを解放したジョシュア神殿長が姿勢を正して発言した。
「ソルタニア軍独立遊撃部隊第二十四小隊の解散については、ソルタニア軍としても了解された事と思う」
「ゾーガ神殿との約定、アゾナ神殿との盟約、そして、ソルタニア側も構成員の一人を呼び戻した事実があるとなれば、いさしかたあるまい」
バンデス将軍は不満そうだったが、エメルダ元帥が首肯したので渋々と言った感じで引き下がったようだった。
「そうなると、サーシャ殿とエレナ殿、そして……あ、いや、つまり、残りの人員は、身の振り方が定まっていない事になるのだが」
「その両名については、元々、第二十四小隊の員数外だ。魔道騎士団団長の権限に基づき、随員とさせたに過ぎぬ」
エメルダ元帥はそう言って、傍らのサライさんへ視線を向けた。
「はい。魔道騎士団の人事については、独自性を認められておりますので、それに則ったまでです。一応、離籍扱いでもありますし、ソルタニア側から関与する事はできません」
サライさんはすまして答えた。
その回答に、ジョシュア神殿長はおおきく頷いた。
「そこで、だ。この残った各位とアゾナとして追加する人員をもって、新しい冒険者集団を立ち上げたい。いかがかな」




