憑依する魔道士と諦めない虜囚
ゾーガ神の遺物と《魔の皇女》の身柄。
それは、イズミットの召喚魔道士が要求したものではなかったか。
「なっ……!?」
「しまった」
ジョシュア神殿長が驚愕の表情を浮かべ、元傭兵が舌打ちして腰のナイフに手をやる。
しかし、カークス卿の行動はもっと素早かった。
片手に召喚魔道士の生首をかかげたままで、もう片方の手で瞬時に剣を鞘走らせて、その切っ先をジョシュア神殿長の、魔法衣に覆われていない喉元につきつけたのだ。
「団長殿!?」
近くにいた副官の記章をつけた騎士が驚いたような声を上げた、その瞬間、別の騎士が剣を振るい、その首を背後から切り裂いた。
その場にいた冒険者やアゾナの人間は、聖剣騎士団が次々と同士討ちをする、その信じられない光景に眼を見張った。
むろん、ぼくも例外では無い。
だが、無情な刃が肌や肉を裂き骨を断ち、血臭が立ち込めるその凄惨な場面に、驚きはしてもそれ以上の情動は覚えない。
やはりダークに引きずられているのだろうか。
その戦闘……いや、一方的な虐殺は短い時間で終わった。
セーラ皇女の知識によれば、殺されたのは、指揮官が不在か、正しい命令が出せないと判断された場合に、代わって指揮を取る階級の騎士ばかりであったようだ。
残ったのは、不信と疑念は持っても命令には従う、言わば駒としての訓練のみを徹底して受けた一般の騎士で、指揮官たるカークス卿が曲がりなりにも健在である以上は、明らかに理不尽な状況ではあっても、それを覆す行動を取れる者は居なかったようだ。
武器や防具を放棄しろとの指示に、そのまま従い、カークス卿直属の騎士達に、次々に拘束されていった。
「くっくっく。コノ身体から、ソルタニア皇家に連ナる血を感ジル。これはまた、得難い依代もあったものダ」
カークス卿の姿をした“それ”は、いまや、ルビーのように紅い光を宿した眼で、自分の身体を見下ろして言った。
セーラ皇女の知識によれば、このカークスと言う人物は、確かにソルタニア皇家の分家筋に当たる家柄であった。
優秀な騎士ではあったが、その血筋を鼻にかける言動が、皇家に必要な『高貴な義務』を失っているとされて、奥殿への出入りを禁じられている問題児でもある。
こういう人物に権力を握らせないと言う側面においては、継承権と統治権を分離したソルタニア皇家の方針は、ある意味、正しかったのかもしれない。
しかも、現在はソルタニア軍人としての、いや、まともな人間としての自分すら失っているようである。
「どうやら、取り込まれちまったようだな。召喚魔道士にこんな芸当ができるとは、想定していなかったぜ」
やはり、紅く光る眼をした騎士に武装解除させられ、後ろ手に縛り上げられながら、《ナイフ遣いの軍師》が忌々しそうに言った。
同様に、重装歩兵の二人も武装解除させられている。
ライルさんは武装解除と言っても、ナイフを取り上げられただけだったが、こちらは、武器はもちろん、鎧を始めとする防具一式を剥ぎ取られて、短衣と下穿き(タイツ)だけになっている。
兜も奪われた二人の青年は、若々しい顔に驚愕と無念の入り混じった表情を浮かべていた。
元魔道騎士団の二人も同様な武装解除させられつつあった。
つまり、銀龍の鎧を外されているわけだが、ぼくの感覚だとレオタードを脱がされていると言った方が正しいだろうか。
エレナは怒りと屈辱に顔を真っ赤にしていた。
一方で、サーシャさんは(一応は)恥ずかしがる様子を見せてはいるが、「いやん」とか「そこはだめ」などといちいち思わせぶりな声をあげていた。
もっとも、紅い眼の騎士に期待した反応が無いのか、途中から不貞腐れた表情になってしまったが。
元々武装していない、薬師のおばさんは、そのまま後ろ手に縛られただけである。
《守護の人形遣い》は、魔封じの特別な鎖で縛られているようだった。
アゾナ側の女性たちも、同様に魔法衣を脱がされていく。
ジョシュア神殿長を人質にとられた形なので、アンナ、ハンナを始めとする武官も抵抗らしい抵抗はできないでいる。
もっとも、剣や槍を喉元に突きつけられ、魔道弾の発射口を向けられては反抗できる筈も無く、大人しく素肌を露わにしていく。
ただ、ぼくには全身網タイツを脱いでいるようにしか見えないので、あまり、変化が無い。
ある意味残念と言うべきだろうか。
それはそれとして、武装解除の結果、素裸になった若い女性たちに対する縛り方が、一律に全身に荒縄をかけて、亀の甲羅を思わせるようなマニアックな手法なのは、どうしてなんだろうか。
隠微な密室で行われるならともかく、白日の下に量産されると、どうも風情とか趣とか言うものに欠けてしまっているような気がした。
いや、ソルタニア側に死者まで出ている状況で、そんな場合では無いと言うことは解っているのだが。
その死者の周囲には武装解除によって収奪した魔法衣等の武具や、荷物が積み上げられている。
不意に一本の矢が飛来してきた。
見張り塔のケインが放ったと思しき、その矢は、しかし、“それ”に当たる直前で、結界のようなものに弾かれたようだった。
相当に威力があったようで、その矢は積み上げられた荷物に当たり、その山が崩れて散乱した状態となった。
“それ”の紅く光る眼が見張り塔に向けられ、数人の紅い眼の騎士が、そちらに走っていった。
さらに数人の同類が南院に走ったのは、地下空洞に避難している人々を捕らえるためだろうか。
「どうかな? 軍師殿」
カークス卿に憑依した魔道士は、勝ち誇ったような声で言った。
短時間ですっかりと馴染んだようで、不自然な言葉遣いは消えている。
「色々と策を弄してくれたようだが、こちらが一枚上手だったようだな」
「認めるよ。イズミットの召喚魔道士の手札に関して情報不足だったことは言い訳にもならん。手の内を隠すのも策のうちだからな」
自嘲するようにライルさんは言った。
「おれの負けだ。さっさと、ひと思いに殺しやがれ……と、言いたいところさ」
「わかっているようじゃないか。言った筈だな。おとなしく差し出せば、速やかなる死を与えた、と」
魔道士は、くっくっく、と、笑いながら言った。
「まずは、神殿長かな。我々が求めるモノの有りかを白状するのが早いか、殺してくれと懇願するのが早いか。どうだ、軍師殿。最後の最後に……」
「断る。そんな趣味の悪い勝負はごめんだ」
ライルさんは忌々しそうにそっぽを向き、それを見た魔道士は嘲笑した。
喉元に剣を突きつけられたままのジョシュア神殿長は、やや青ざめてはいたが、威厳を保った態度を変える事はなく、魔道士を睨んでいた。
最後まで諦める事はしないと言う決意の現れにも見える。
そして、それはライルさんや薬師のおばさん、サーシャさんやエレナの表情にも共通したものだった。
ところで。
そんな混沌とした状況の中で。
死んだ筈の召喚魔道士に憑依されたか、取り込まれたかはよくわからないが、眼を紅く光らせて人間離れした形相となった騎士達に、ぼくは完全にスルーされていたのだった。
(えーと?)
いつかもこんな事があったなぁ、と既視感を覚えて、虜囚となった人々の不審と疑念の視線を浴びながら、呑気に薬師のおばさんの傍らに突っ立ったままで考えていると、右手が勝手に動いて後頭部をひっぱたいた。
その衝撃で思い出した。
これって、ユアが操る魔道人形に、最初に邂逅した時と同じ状況ではないだろうか。
つまり、憑依された人間の、あの紅く光る眼は、ナウザーの人間が誰でも持っている魔力のみを感知していると言うことだろうか。
「あー、アキラ。聞こえるか?」
左手首の、腕輪に模した通信の魔道具から、見張り塔にいるケインの声が聞こえてきた。
密談モードと言うか、対象者にしか聞こえないように設定した通話特有のノイズが混じっている。
「護衛につけてもらった警護の魔道人形が静止して、真っ赤な眼をした連中が、こちらにもやってくるようなんだが……」
「どうも、召喚魔道士に憑依されちゃったかどうかしたみたい。ユアも魔力を封じられて捕まっているよ」
ぼくも、腕輪を口元に近づけて、声を潜めて応答する。
「ああ、見えてはいたがな。やっぱり、そんなところか。連中、バルディでも、色々と器用なところを見せていやがったからな。今の今まですっかり忘れちまっていたが、旦那に伝えとけば、もう少しやりようもあったかもしれないな」
ケインのぼやくような声が聞こえる。
「まぁ、過ぎたことは置くとしよう。ところで、紅い眼の連中は、どうもお前が見えていないみたいだな」
「う、うん。そうみたいだね」
「もうすぐ、おれもとっつかまるようだ。それで、だ。お前はどうする?」
「はい?」
いきなり、ケインにそんな事を言われて、ぼくは混乱した。
「いくら見えなかろうが、そのまま動けば、音やら気配やらで感づかれちまうだろうよ。さいわい、手元に、撹乱用に拵えたアーダマイトの矢がある。音と光と無意味な魔力を派手にばら撒くタイプだ。これをお前の周りに何本か撃つ。その隙に逃げるなり、身を隠すなり、好きにしろ」
「え? いや、だって……」
「もちろん、その指揮官らしいやつを不意打ちにしても構わないぜ。まぁ、お前じゃ討ち果たすのは、まず無理だが、一泡吹かせる程度に驚かせるくらいはできるだろうよ」
「そ、そんなこと言われても困るよ。ど、どうしたら……」
「言っただろ、反省はしても後悔しないように腹をくくれと。後はお前が自分で決めろ」
むろん、ぼくは、ダークかセーラ皇女に交代するつもりだった。
ただ、ダークに交代するには、少し条件が難しい。
ケインが撹乱した隙にダークに交代しても、ぼくの姿が消えてダークが現れれば、その関係性に気づく者が出るだろう。
特に、ぼくたち冒険者の誰かと、黒い神呪騎甲兵との関係を指摘しているライルさんには直ぐにわかるはずだ。
今後のことも考えると、それはあまり好ましいことでは無い、と、言うのがセーラ皇女の考えだ。
そうすると、一度、セーラ皇女に交代するのが望ましい。
セーラ皇女の並外れた身体能力と魔力をもってすれば、なんとでも誤魔化す事は可能だろう。
その気になれば、この広場にいる人々全員の目を欺く事もできなくは無いようだ。
ぼくと言う存在が、別の何かと入れ替わると言う事実を糊塗するには、《魔の皇女》が操る目眩ましの魔法は充分な威力がある。
ただ、そこまで大掛かりな魔法ともなると、詠唱はともかくとして、何よりも印を結ぶ等の複雑なアクションを一呼吸で行う必要がある。
ここで厄介なのが、ぼくの今の格好である。
ライルさんと同じ革鎧なのだが、この革鎧というやつは、身体を締め付けるような装着感である。
つまり、このまま、セーラ皇女に交代すると、丈夫な革鎧が必然的に巨乳を強烈に締め付ける事になるので、呼吸困難になることは必至である。
従って、一度、この革鎧を脱ぐ必要があるが、ぼく一人では簡単に着脱ができない。
まぁ、ひょいひょいと着脱ができるようでは、防具としての意味を成さない一面があるわけで、装着は薬師のおばさんに手伝ってもらった次第だ。
時間をかければ、あるいは、何とかなるかもしれないが、肝心の時間が無い。
ケインの元に、そろそろ、召喚魔道士の支配を受けた騎士が辿りつく頃であろうし、ジョシュア神殿長の身にも危機が迫っている。
カークス卿に憑依した魔道士が、褐色の美女の露わになった豊かな胸元を、剣先で浅く抉った。
「我の元の身体のものよりも、大きいな。邪魔であろう? なんなら抉り落としてやろうか。ああ、いや、ゾーガ神の遺物の在り処などを教えてくれれば、このまま心臓を貫いてやるぞ」
歯を食いしばるジョシュア神殿長を見やりながら、壊れたような笑みを浮かべて魔道士が言う。
その足元に、先ほど散乱した荷物の一つ……ぼくの行李があった。
魔道士が探している、ゾーガ神の遺物、つまり、雷戦士の剣と神紋を封じたガラス玉の首飾りは、じつは、その行李の中だ。
灯台下暗しと言う、ぼくの世界の諺を体現しているような、見ようによっては、非常に間抜けな光景だが、しかし、笑い事では無い。
(どうする?)
いちかばちか、このままセーラ皇女に交代してみるか。
あるいは、この局面の打開を最優先として、直接ダークに交代するか。
その短い時間に、ぼくが逡巡していると、再び右手が動いて、ぼくの目の前に持ち上がる。
右手首には、先日購入した銀龍皮の腕輪……リストバンドがあった。
購入先の店で付けてもらったガラス玉が陽光に輝いている。
(あ、忘れてた)
このガラス玉。
対ゴーレムの魔石を造る為にセーラ皇女に交代した時に、ふと思いついて、央院にこっそり忍び込み、残っていた牛乳瓶の一部を使って、アゾナの神気を凝縮して封じてみたものだ。
その効果と言うか、機能についてだが。
ある意味、非常に納得したはものの、どう使ったものか、予想の斜め上をいくようなシロモノだったわけだが、しかし、今の状況にはうってつけだろう。
ぼくは、通信の魔道具の向こうに居るケインに合図した。
「ケイン、やってくれ。今だ」




