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遮る重装歩兵と現れた騎士団

 最後に残った召喚魔道士が、ついに動きを見せた。

 映像の中の魔道士は、その場に座って両手で印を組んでいる。

 そして、なにごとか呪文の詠唱を始めたようだ。


「まずいぞ。あのキマイラを次々に吐き出している魔法陣よりも、さらに桁違いの魔力を感じる」


 偵察用の魔道人形が察知したのだろう。

 ユアが緊張した声で、警告を放つ。


「こちらの魔道人形は、沸いて出るキマイラどもを抑えるので手一杯だ」

「ふ~む。いよいよ、おれたちが撃って出るしかない局面ではあるなぁ」


 ユアの警告を聞いて、ライルさんは、何故か困ったような口調で言った。


「えーと、打ち合わせでは、重装歩兵コンビを前面に出して、弓使いの極星アプタル、及び、魔女と赤毛の嬢ちゃんの精霊魔法支援を受けつつ、武官殿たちを始めとするアゾナ側の本隊が出て、おれと薬師が後詰に廻るってことだったかな」

「そうだ。今更、何を言っている? その布陣で合意した筈だ」


 そんな元傭兵の態度に、ジョシュア神殿長は不審そうに眉をひそめている。


「いや、まぁ、それはそうなんだが……。アルスにリック。お前ら、何で動かないんだ?」


 ライルさんが城門の方を見やって言った。

 元重装歩兵コンビは、魔道人形が出払ってから再び閉ざされた城門を背に、こちらを向いて立ったまま動こうとしない。

 むしろ、ここから先は通すまいとしているようにも見える。

 完全武装――フルプレートの鎧に、兜の面当てを下ろした格好なので、その表情が全く見えない。


「申し訳ないが……」

「ここを通すわけにはいかない」


 面当てでくぐもっているが、感情を抑えたような二人の声が聞こえた。


「やっぱり、そうなんだろうなぁ」

「な、なんだよ、お前ら」


 ライルさんは首のあたりを撫でながら、妙に納得したように言い、そして、激昂した声を上げたのは、エレナだった。


「アルス、いったいどうしたんだ。何があった」


 見張り塔から一部始終を見ていると思しきケインの、訝るような声が通信用の魔道具から聞こえる。


「すまないな兄貴」

「これも任務なんだ」


 もはや、いっさいの感情を無くしたような声で、二人の重装歩兵が応える。


「に、任務って、どういうことなんだよ!」


 気の短い赤毛の少女が一歩進み出る。

 それを身振りで制して、ライルさんが言った。


「たぶん、われらが宰相閣下の筋から出た命令……違うか?」


 その質問の形式をとったライルさんの確認に、二人の重装歩兵は無言のまま微動だにしない。


「あらら、サライちゃんが言ってた“復活派”って言う、アレの話かしら」


 サーシャさんは、こういう場面でも緊張感の無い口調である。

 しかし、二人の重装歩兵を見つめるその眼には、剣呑な、鋭いものがたたえられていた。


「よせよ、魔女。完全武装のソルタニア聖剣騎士団重装歩兵、しかも、《聖剣の双角》だぞ。いくら、あんたでも簡単にあしらえる相手でも無いだろう。あの武装には対魔法アンチマジックの仕掛けがばっちりだぜ」


 ライルさんは、軽く手を振って押しとどめるように言った。


「軍師殿、これはどういう事だ」

「旦那。あんた、ひょっとしたら、これも予想済みだったんじゃないのかい」


 当代のアゾナ神殿長と、先代の神殿長が詰めよるように口々に言う。

 なんだか、ライルさん一人が吊るし上げられているようで、見ていて気の毒な感じだ。


「確証は無かったが、制式武装をそのまま持ち出しているようなんで、何か裏はあると思ったはいたさ」


 ライルさんは、まず、薬師のおばさんに応えると、次に褐色の美女を向いて、頭をかいて言った。


「あー、ソルタニア内部の事情と言えばよいか……。いや、すまん、神殿長。言いたい事はいろいろあるだろうが、おれとしても、若い娘たちが戦場に出るところを見るのは気が進まなかったんでな。この件に関しては放置させてもらった」

「ソルタニアの内部事情か何かは知らぬが、あれをそのままにはできまい」


 ジョシュア神殿長が、映像の中の、いよいよ魔力の輝きを放ち始めた召喚魔道士を指差す。

 その向こうでは、新型の魔道人形がキマイラを押さえ、ユアの特別製の二体が、そのキマイラを次々と屠っている光景が映し出されている。

 戦い自体は魔道人形側が優勢なのだが、巨大な魔法陣からは、続々とキマイラが出現するので、全体としては拮抗していると言える。

 ここに、新たに何か別のものを召喚されると、この拮抗が一気にひっくり返る危うさを孕んでいた。


 結局、ぼくらが所属する冒険者……ソルタニア軍第二十四独立遊撃小隊における“復活派”は重装歩兵の二人だったわけだ。

 この二人は、今もなお、正規の聖剣騎士団所属であり、その命令系統は、まだ遭った事の無いソルタニア宰相閣下と言う人に連なるところから出ている事になるようだ。

 たとえ、セーラ皇女が出てきても、この二人が受けた命令を覆すのは無理だろう。

 魔道士である《魔の皇女》には、政治的軍事的発言権は無い。

 唯一、それを保持していた魔道騎士団も、ソルタニアを発つに当たって軍に制式編入させた為に、セーラ皇女自身の手札と言うものは一切存在しない状況である。

 ただし、サーシャさんとエレナは魔道騎士団を離籍している扱いなので、軍の命令系統の外にいるわけだが。

 どちらにせよ、城塞の外で繰り広げられている戦いに手をこまねいるわけには行かない筈だった。

 だが、アゾナ側の武官も、重装歩兵の威圧に手を出しかねているようだ。

 ユアも手駒となる魔道人形は全て出撃させていたり、警備に回したりしているので、こちらの状況に介入できないように見える。


 そんな中で、見張り塔からケインが狙撃したようだったが、召喚魔道士は結界を張っているのか、飛来した矢は悉く弾かれていた。

 通信の魔道具から舌打ちと共にケインの声が聞こえてきた。


「やっぱりだめだな。旦那、このままだとまずそうだぜ。どうする?」

「悪いが、おれの方はもう打ち止めだ。もっとも、この重装歩兵コンビがこう出てきたからには、そろそろだと思うんだが」


 不意に、キマイラたちの動きに大きな変化があった。

 いくつかの爆発がキマイラの群れをなぎ倒し、そして、その爆煙の中から、ユニコーンに騎乗した一団が姿を現した。


「カークスの野郎か。いけすかない奴だが、重装歩兵を置いてきた思い切りの良さだけは認めるしかないか」


 その一団の先頭を走る指揮官らしい一騎を見やって、ライルさんが面白くもなさそうに言った。

 支援としてソルタニアから派遣されてきた聖剣騎士団の第八騎士団が、戦場に到着した瞬間だった。

 当初の予想より遥かに早い期間で姿を現した彼らは、未だに召喚魔法の呪文を詠唱していると思しき魔道士の元へと殺到した。




 巨大な魔法陣がついに消失し、キマイラの最後の一頭が魔道弾の餌食となった。

 城門が再び開き、魔道人形とともに、騎士の一団がアゾナ城塞都市に入場してきたのは、それから間もなくのことである。


「戦時の事とて、入場の細かな手続きは後ほどとさせてもらおう。お初にお眼にかかる。ソルタニア聖剣騎士団の第八を預かるカークスと申す」

「アゾナ神殿の長、ジョシュアだ。支援申し出の約定により、入場を認めよう」


 次々とユニコーンから降りる騎士たちの中から歩み出てきた偉丈夫の挨拶を、褐色の美女は無表情で受けた。


「いや、アゾナ神殿の方々が勢ぞろいのようだな。戦を終えた我らにとって、この華やかな出迎えは何よりの慰めだ」


 カークスと名乗った指揮官は、ジョシュア神殿長を始めとして、ついに出撃する事なく終わった女性たちを見回して、ぬけぬけと言ってのけた。

 ちなみに、ぼくは薬師のおばさんの、横に大きな身体の後ろに隠れて見つからないようにしていた。


「けっ、相変わらず、いやみな奴だ」


 エレナが吐き捨てるように言ったが、さすがに小声である。


「カークス卿、ずいぶんと早かったじゃないか」


 ライルさんが声をかけると、カークス卿はあからさまに冷ややかな態度で応えた。


「おお、傭兵あがりの軍師殿か。大変だったようだな。後は我らに任せて、ゆっくりと休まれるが良い。アゾナ側との折衝やら事後のあれやこれやはこちらで引き受けるゆえ」

「いやいや、戦で疲れているのはそちらの方だろう。強行軍でもあったようだしな。お主こそ休んだらどうだ?」

「なに。これしきのこと、我ら正規の騎士にとってはさほどのものでもない。それに魔道騎士団より借り受けた、このユニコーンのおかげで馬に乗るよりは楽な行軍だったからな」


 ユニコーンは、基本的に女性しか騎乗させない性質の聖獣だが、ぼくのような魔力皆無の例外を除くと、魔道具で強制する事で男でも操ることができる。

 しかし、それは、そのユニコーンの寿命を著しく縮める事にもなる筈だった。

 アゾナ神殿経由のナウザー神殿からのやりとりの中で、魔道騎士団がユニコーンを徴発された話は聞いていたが、それを目の当たりにしたエレナは悔しそうな表情を隠そうともしないし、サーシャさんも口をへの字にしていた。

 しかし、制式部隊となった以上、その装備に関する主導権は軍の管轄におかれる。

 エメルダ元帥も抵抗したそうだが、アゾナ支援と言う大義名分の前に、宰相閣下に押し切られたようだった。

 このユニコーンの優れた機動性と、徒歩となる重装歩兵を切り捨てる事で、第八騎士団は予想を遥かに上回る迅速な移動を実現した、と、言う事になる。


「そうだ。ジョシュア殿にも改めてもらおうか」


 カークス卿が合図すると、騎士の一人が抱えてきたものを、どさりと放り投げた。

 その場にいた女性たちから悲鳴が上がる。

 それは、首の無い、切り刻まれた両性具有の裸身だった。

 そんなアゾナの面々を見やって、うすら笑いを浮かべたカークス卿は、もう一人の騎士から、召喚魔道士の首級を受け取ると、ジョシュア神殿長の目の前にかざして見せた。


「イズミットの召喚魔道士だ。御検分願いたい」


 褐色の美女は、その惨たらしい遺体を見ても、眉一つ動かさなかったが、さすがに不愉快そうだった。


「たしかに、そのようだな。アゾナの危機に駆けつけてくれた事に、まずは礼を言おう」

「ふふん。では、褒美と言うわけではないが、こちらの要望をお聞き願えるかな」

「おいおい……」


 カークス卿の、性急とも言える、交渉以前のやり方に、ライルさんはさすがに呆れたような声を上げた。


「軍師殿は、黙っていただこう。いや、なに、難しい話ではない。こちらの要望はふたつだけだ」


 召喚魔道士の生首をかざした偉丈夫は、ライルさんに一瞥もくれず、不気味な笑みを浮かべて褐色の美女にこう言った。


「ゾーガ神の遺物と《魔の皇女》は……ドコダ」

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