外の儀式と文献の著者
意識圧を弱めて、セーラ皇女に身体の主導権を委ねると言うのは、ぼーっとしても、身体が憶えた動作を、勝手に行っている感覚に近いだろうか。
但し、勉強や知識の取得までもが、その対象となるのは、少し説明しづらいところだ。
セーラ皇女の意識がせっせと魔道関連の書物を読み解き、理解していくと、それが自然に共有される。
ソルタニアの皇都で、ユリア皇女への便りや、魔道騎士団への指示の手紙を書いたり、直接サライさんに指示を出した時などは、こんな感じで、大妙寺晶は自分の意識を傍観している立場に置いたわけではあるが、この共有作用のおかげで、多分、大妙寺晶の姿でも、宮廷の礼儀作法に則った振る舞いは可能だと思う。
もっとも、身体スペックが低いので、舞踏会などの、ある程度の体力や、リズム感が必要な動作は難しいだろう。
ましてや、魔力が必要なものは、まず、無理だ。
さて、セーラ皇女が現在取り組んでいるのは、やはり、秘石の製造に関する知識の習得である。
結晶過程の改善や、結晶密度の向上で、もっと小型化でき、形状もマシなものになる筈だというのが皇女の見立てだ。
このままでは、おかしなクセが身についてしまうと言う自覚があるので必死になっている。
実際、楚々とした上品な物腰のアネッサ導師が、
「最近、この太さでも物足りなくなりましたわね」
等と言いながら、極太の秘石を納めていくのを見ると、あながち的外れな危機感ではないかもしれない。
城塞都市アゾナ以外でのアゾナ神殿関連施設においても、この神気の取り込みは行われているが、結界の外に持ち出すと、秘石は結晶化を保つのが難しく、専用に作られた魔道具に格納しても液体化してしまうので、結果として、その液体を注入する事になる。
話を聞いただけではあるが、これもキツイもののようだ。
結晶化が解けて液状となった秘石は、容量が三倍程度になるのだが、これを注入して、体内で吸収されるまで漏れないように我慢しなければならない。
どうにも「超ギガ盛り浣腸」と言うイメージがぬぐえない。
当然、修行が進んでいくと、皇女も、外での「納めの儀」に準じたことをやらされる羽目になる。
緩めたり締めたりと、そうとうに括約筋を鍛える必要があるなぁ……などと、他人事のように考えてしまった。
もっとも、その鍛錬のせいか、アゾナの舞姫は、その社会的地位とは別に、良縁に事欠かず、どのような出自の娘であっても玉の輿に乗れるし、嫁いだ先では、夫が骨抜きになってしまうと言う話だ。
従って、元舞姫の方々は裕福な環境にあるケースが多く、彼女らの寄付が集まる為、アゾナ神殿はナウザーではもっとも大きな財力を持っているといわれている。
しかし、いくらアゾナの神事に基づくと言っても、ぼくの持っている“浣腸”のイメージを共有したセーラ皇女には、耐え難いものであったらしく、結界の外でも液状化しないレベルまでの結晶構造を持つ秘石の開発を決意したようだ。
(だけど、あまり頑丈な結晶にすると、吸収されるまでの時間が長くなるんじゃないかなぁ)
と、ぼくは密かに思ったのだが、セーラ皇女の意識には届かなかったようだ。
図書館とも言うべき、この文書の保管施設は、司書に当たる役職がおらず、年代別には分けられているが、分類別の整理がなされていない為、セーラ皇女の求める知識にヒットする文献を探すのが大変だった。
そんな中で、世界の知られざる歴史に関する文献を読むことになり、皇女自身、知的探究心は旺盛な事もあって、けっこう調査の方向が脱線したが、いくつか興味深い話も拾った。
例えば……。
軍神、つまり、剣の神には、雷神ゾーガ以外に、もう一柱、風神ラゥーガと呼ばれる存在があった事。
二百年前には下着に該当する衣類があったが、その材料となる布を産出する生き物が全滅するほどの生態系の一大変化があって、これが、現在の世界における服飾文化に影響を与えた事。
名前を呼ぶことも禁じられた忌まわしい暗黒龍が二百年前に顕現したが、ゾーガの雷戦士がこれを鎮めた事。
二百年前と言えば、《闇の魔王子》が現れた時代の筈だ。
どうも、その辺りでナウザー全土に影響のある、かなり大きな事件があったように見受けられる。
セーラ皇女の記憶では、聖皇国の図書館にある蔵書は、その年代の記録がすっぽりと抜け落ちており、それ以前の記録もいくつかは廃棄されたような形跡があったような印象がある。
当時は気にも留めなかったが、これはもう少し調べる必要があるだろうか。
……と、考え込んでいると、いきなり、後ろからしなやかな手が伸びてきて、胸を揉み始めた。
「ひっ――」
悲鳴を上げそうになるところに、もう一つの手が、口を押さえてくる。
とにかく、ものすごいテクニックで、胸を揉まれるだけで、あやうく……な状態になりそうだったので、慌てて身を振りほどき、いささかな心残りを抑えて、甘美な拘束から逃れた。
「やっぱりセーラちゃんの胸は最高だなぁ」
振り向くと胸を揉んできた張本人が、じつに爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
最近、この図書室で知り合い、話すようになった、腰まで届く金髪の、信じられないほど綺麗な少女で、その美貌やプロポーションはセーラ皇女と甲乙つけがたいレベルだった。
大陸東方のウルネシア王国と言う、セーラ皇女の記憶に無い国から来たフィーナと名乗る、皇女と同年代の少女だ。
不思議なことに、これほどに印象の強い美少女でありながら、なぜか、図書室以外では見かけたことが無い。
突然のセクハラにびっくりしてしまったが、すぐに、セーラ皇女の意識が前面に出て、不埒な金髪の少女をにらみつける。
「そんな真似は謹んで頂戴。ここはそういう場所ではないわ」
では、そういう場所がどこにあるんだろうか、と、ぼくは心の中で、思わず突っ込みを入れそうになった。
「あら、口ではそういっているけど、身体は正直よね」
チェシャ猫みたいな笑いを浮かべて、フィーナは視線を下げた。
「う……」
持っていた書物で、思わず下を隠す。
何しろ、このセーラ皇女の身体は敏感な上に、多い体質……いや、その、えーと、まぁ、納めの儀の時も、導師が感心するくらいで、時々吹いていたり……って、これじゃ墓穴を掘っている……
内面的にパニック状態になっているぼくを、金髪の少女は面白そうに眺めていた。
サーシャさんも得体が知れない一面があるが、このフィーナも、そんなところがある感じだ。
異世界における金髪娘は、こういうタイプが多いのだろうか。
まぁ、同じ金髪でも、サーシャさんは蜂蜜色だし、フィーナはプラチナブロンドではあるのだが。
「ところで、セーラちゃんが探していた、秘石関連の文献を見つけたんだけど」
話を切り替えるように、フィーナが持っていた巻物や羊皮紙の束を差し出してきた。
いくぶん、ふてくされた態度で、それを受け取って、書庫に設えてある座卓に置き、手近な座椅子と取り寄せて腰を下ろし、黙って眼を通す。
最初の文献は、外での秘石納めに使用する器具に間するものだった。
つまり、注入用の道具だが、ぼくのイメージにある注射器のようなものでは無く、長い管とポンプの組み合わせのようなものだ。
動物の内臓を加工して作られるせいか、あまり日持ちがしない、とある。
「そこにも書いてあるけど、材料としてはナダラ亜龍のものしか無いみたいね」
アゾナ付近に生息する龍モドキの蜥蜴の名前をフィーナが口にする。
ブラッド……あの紅い戦士が片っ端から殺戮していたのが、そのナダラ亜龍と呼ばれる蜥蜴だ。
この蜥蜴は毒牙を持っており、その毒嚢と毒牙、及び、それを繋ぐ管が、この材料には最適らしく、これの代替品はなかなか見つからないようだ。
「だけど、最近、あの蜥蜴って急に数が減っているって聞いたわ」
秘石用の器具に加工するには、ナダラ亜龍をなるべく傷つけないように捕獲して、眠らせてから解体する必要がある。
ナダラ亜龍が攻撃的になると、毒嚢に分泌物が混じり、毒として活性化するが、この毒は空気に触れると、関連する器官を損傷する働きがあるので、その状態で体内から取り出すと、使い物にならない、と記載されていた。
ブラッドが殺したナダラ亜龍はズタズタになっていたが、たとえ原型を留めていても、こうした器具の材料にはならなかっただろう。
どうも、紅い戦士はアゾナの神事を妨害しているようにも見受けられるが、その理由は皆目不明だ。
セーラ皇女の意識は、その文献の内容と、紅い戦士の事で考え込んでしまったようだ。
一方で、ぼくは、その文献自体に、少し違和感を覚えていた。
タッチが違うと言うか、アンマッチングな何かがあるのだが、それが何だか、よくわからない。
そんなぼくに、隣に座ったフィーナが一瞬、興味深そうな視線を送ったように感じた。
次の文献は、秘石納めの儀に関する手順だった。
奥院の中と、外でのものが各々記載されている。
修行としてやらされている奥院での「納めの儀」は、これの記載と変わらないので、ほとんど変更無く伝わっていると言うか、それなりに完成度が高い手順なのだろう。
そして、未経験の「外での儀式」に関しての、注入するに当たっての時間とか量とか、非常に詳細な記述は、想像するだけで期待してしまう……いや、ぞっとする儀式だとわかる。
どうも、これを書いた人物が、この儀式全般の創始者と言うか、考案者のようだ。
印刷技術が無い異世界の事とて、手書きの文書で、筆跡が先ほどの器具の説明と同じである。
同一人物だとすると、ある意味、かなり優秀な人だったのだろう。
結界が著しい損傷を受けたアゾナ神殿の存続の危機に当たって、その対処を考案し、必要な器具を作成し、他の人間でも実行できるように手順書を記述した、と、言う事になるのだから。
この図書館にある文献の年代順には空白期間と言うものがなかった。
と、言う事は、アゾナ神殿の運営は途切れる事がなかったわけで、この人物は極めて短期間に対処方法を成立させた事になる……。
その時、不意に、ぼくは、さきほど感じた違和感の正体に気がついた。
魔法や魔道具が存在するファンタジーな異世界にあって、先ほどの文書は記載の仕方が不釣合いなまでに科学的なのである。
確かに、医学と言うべき分野はナウザーにも存在するが、治癒魔法とか、あるいは薬師のように漢方と錬金術を合わせたようなものである。
しかし、先ほどの文書は、なんだか、高校の授業で読んだ生物の教科書とか、家庭の医学とか言う本のような感じだ。
この筆者は何者だったのだろう。
奥院に手書きの文書が残っており、アゾナ内部の事情に詳しいと言う事を考え合わせても、当然、アゾナの舞姫を志望した娘と言う事になるが、文書の書き方は学者と言うか、その方面に近い。
周りに居る舞姫志願者の娘たちには全く見られないタイプだ。
まぁ、かく言う皇女のように、休みの日に、せっせと研究に励んでいる娘もいるわけではあるが。
その次の巻物を広げて、ぼくは絶句した。
それは、ナウザーでは珍しい絵画のようなものだった。
映像を映し出す魔道具が存在する、この異世界では、美術としても記録としても、絵画等の類は、皆無ではないが、あまり見たことが無い。
多分、これも、実際の映像を、魔道具か何かで転写して加工したようなものなのだろう。
かなり写実的なイラストと言う感じである。
問題は、描かれた、その内容だ。
「ああ、それって凄いわよねぇ。苦行をしているところなんだろうけど、昔の修行は、こういうこともやらされちゃったのかしら」
と、すでに目を通したらしいフィーナが言った。
苦行と言えば、そう見えなくもない。
若い女性が荒縄で縛られたり、吊るされたり、蝋燭と思しきものを近づけられたり、鞭のようなもので叩かれたりしている図だ。
しかし、この縛り方……亀の甲羅を思わせる独特の縛り方を含めて、これらの図を、両親、妹、従姉の目を盗んで、悪友からもらったマニアな雑誌に載っていた写真で見た記憶がある。
その雑誌は詳細に見る前に、従姉に感づかれそうになって、血の涙を流しながら処分してしまったのだが。
まぁ、それはともかく、そのイラストに説明文か何か書いてある。
(えーと、裸女を縛るに当たっての由緒正しい作法……って、さっきの文献の筆者じゃん)
本当に、どういう人だったんだろう?
巻物を解いていき、最後のところを見て愕然とした。
筆者の名前と言うか、署名があったのだ。
その名前にも驚いたが、使われている字にも驚いた。
ぼくが居た現代社会の、日本語に見える。
思わず、それを声に出して読んでしまった。
「……ウルネシア王国が第一王子フィール、ここに記すものなり?」




